大久保 勲の人民元論壇    
     第1号 2004.10.14発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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今年の人民元切り上げなし
 1.はじめに
 筆者が2004年6月初めに、『人民元切上げと中国経済』(蒼蒼社刊)を出したとき、帯封には「2004年中には切上げはない」「2005年には変動幅が拡がる」などと書かれていた。現時点で見ても、2004年中には、人民元の切上げはないであろう。それはなぜか。一言でいえば、人民元問題は中国経済の実態を踏まえて取り組むべき問題だからといえる。
 去る10月1日にワシントンで七カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議が開かれ、中国から周小川中国人民銀行総裁と金人慶財政部長が招かれたが、人民元については中国に対して切上げ圧力をかけるのではなく、「対話路線」に変わったとされる。これは中国経済の複雑な問題への理解が深まったためであり、「為替政策だけでは片付けられない大作業」との認識が浸透しつつあるため、と報じられている。 
        
news.xinhuanet.com  より
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金人慶中国財政部長
周小川中国人民銀行総裁
(於:G7財務相・中央銀行総裁会議)
金人慶:中国財政部長 周小川:中国人民銀行総裁

 温家宝首相は北京でルービン元財務長官一行らと会見したとき、次のように強調した。「われわれは更に改革を推進して、更に市場の需給の変化に適応した、更に弾力的な人民元為替相場形成メカニズムを形成する。この改革は、多方面にわたるシステム工程であり、中国のマクロ経済運行、社会発展と国際収支状況を総合的に考慮しなければならず、銀行システム改革とその他関連する方面の改革の進み具合を考慮しなければならず、更に周辺国と地域および世界経済金融の要素を考慮しなければならない(2004年9月29日付け「経済日報」)。
 アジア欧州会議(ASEM)首脳会議に出席した温家宝首相はベトナムでも同様の趣旨の発言をしている。10月8日、記者団に対し、ドルに事実上固定した人民元の為替制度の改革について、「危なげなく推進する」と述べ、早急な為替レート改革に慎重な見方を改めて示した。国有商業銀行の経営改革や資本取引の規制緩和などの環境整備は積極的に進めるが、「国内の経済や社会の発展などを考慮する必要がある」と話した(2004年10月9日付け「日本経済新聞」)。
 中国の外貨準備高は2004年に入っても増加の一途を辿っている。6月末現在の対外債務残高は2209.8億ドルとなり、2003年末比273.46億ドルも増えた。このうち短期が219.2億ドルと圧倒的に多い。この増加には中国の対外債務管理の方法が変更になるなど技術的な問題もあるが、外貨資金の流入は顕著といえる。こうした資金の流れだけからすれば、人民元の切上げ圧力は大きいということになる。しかしながら、為替相場制度改革は資金の流れだけを見て行うことが出来るほど単純な問題ではないので、中国の指導者は極めて慎重になっているといえよう。

 2.金融改革の実態
 中国は2001年12月にWTOに加盟したので、中国の中国資本銀行(中資銀行)と外資銀行は2006年12月より全面的な競争に入る。しかし、2004年3月末現在、中国の国有独資商業銀行、政策性銀行、株式制銀行、農村信用社、都市商業銀行および資産管理公司の処置しなければならない不良資産を含めて合計でおよそ3.5兆元(約45.5兆円)である。この数字には、その他のノンバンクおよび外資金融機構の不良資産を含まない(2004年7月22日付け「経済日報」)。
 不良貸出比率はかなり高く、4行の国有商業銀行、3行の政策性銀行、12行の株式制商業銀行を含む「主要銀行業金融機関」の2004年7月末現在の不良貸出比率はなお14.65%とされている。しかも最近2年らい、一部の業界の盲目投資と低水準の重複拡張の結果、新しい不良貸出発生のリスクが増大している(2004年9月14日付け「経済日報」)。
 こうした中で、是が非でも成功させなければならない中国銀行と中国建設銀行の株式会社化が8月26日と9月21日に行われた。両行を株式会社化するには、不良債権問題を解決しなければならない。中国銀行と建設銀行の、2004年6月末現在の不良資産率はそれぞれ5.46%と3.08%と低くなったが、これは実質破綻貸出を資産管理公司に移し、要管理貸出と破綻懸念先貸出を入札で信達資産管理公司に移したために過ぎない。株式会社化したが、株主は中国銀行の場合、国有会社の中央匯金投資有限責任公司一社であり、中国建設銀行の場合も、5社の発起人は中央匯金投資有限責任公司、中国建銀投資有限責任公司、国家電網公司、上海宝鋼集団公司、中国長江電力股?有限公司であり、実質的に国が出資している状況に変化はない。
 銀行業には四大問題が存在するといわれる。1に企業の資金調達が過度に銀行融資に依存していることである。企業が株式や企業債券で資金調達する比率は1割にも満たない。このことは企業のリスクが銀行に集中していることを意味する。2は不良貸出比率の高さである。3は主な銀行の所有構造が単一なことである。4には、貸出資金の需給矛盾が突出していることである。銀行の融資は長期資金、大都市、大企業に集中し、短期資金が相対的に不足し、農村や中小企業に資金が回りにくくなっている(2004年9月14日付け「経済日報」)。

 3.経済軟着陸の可能性
 2004年6月には、中国経済は軟着陸に向かってまい進している、との見方があった。
6月16日の国務院常務会議の判断や国家統計局のスポークスマンの発言は軟着陸に向けての明るい見通しを語っていた。しかし、最近は軟着陸についての発言が見当たらない。ここで最近の中国経済の状況をまとめておきたい。物価は7月も8月も前年同月比5.3%上昇となっている。 物価上昇の主因は食糧価格であるが、今年の食糧総生産量は6%を突破する可能性があり、食糧価格下落で物価が年間で3.5%前後になるとの期待がある。固定資産投資は、規模が大きすぎ、投資構造不合理とされるものの固定資産投資増加幅は1−3月の47.8%から1−8月は30.3%に下落した。1−8月の不動産開発投資も前年同期比28.8%増と1−3月よりも12.3%落ちた。貯蓄預金の増加幅は8月まで連続7ヶ月下降している。これは金利が実質マイナスとなっていることの影響が大きいとされる。マネーサプライは8月のM2が前年同月比13.6%増、M1が15.1%増と中央銀行のマクロコントロール目標内にある。貸出も8月は前年同月比14.1%増と落ち着いてきた。貿易収支は8月に貿易黒字が年初来最大の44.9億ドルとなり、年初来の貿易赤字は9.5億ドルまで減少してきた。
 こうしてみると、軟着陸の可能性は十分あるように見られる。ところが新しい状況が出現してきた。乗用車を含めて工業製品の在庫が明らかに増加している。企業間の支払い滞りが増えてきた。企業の運転資金がタイトになっている。中国の国家指導者が頭を痛めている最大の問題は原油高といえよう。国際エネルギー機関は、中国で原油が1バレル当たり10ドル上がると国内総生産(GDP)は0.8%下がるとしている。中国では1バレルあたり1米ドル上昇すると、輸入外貨が約5.6億ドル増加し、GDP増加に0.043%影響するとの推計がある(2004年6月8日付け「経済日報」)。いずれにしても原油高は中国のGDPを確実に引き下げる要因となる。中国の報道では、中国のGDPが平均1%増で、石油消費は0.5%増えるとしている。20世紀90年代以来、中国の国民経済が年平均9.7%で成長して、原油消費は年平均5.77%の速度で増加した。もし今後15年間経済成長が7%以上ならば、原油需要は少なくとも4%前後の速度で増加する。国内原油生産は2%以上の速度での増産は難しい(2004年8月18日付け「経済日報」)。中国経済は原油高の影響をまともに受けることになる。しかも、中国は石油消費大国であり、石油浪費大国であるといわれる。排気量1.4リットル以下の経済車は中国の乗用車販売量の1/4に過ぎず、目下自動車の石油消費は、中国の石油消費の1/3にも達している(2004年8月31日付け「経済日報」)。
 中国経済成長コストは世界標準コストよりも25%以上高い。1兆ドルのGDPのためのエネルギー消費は日本の6倍ともいわれる(2004年7月27日付け「経済日報」)。中国は2003年に、2.5億トンの石油を消費した。うち輸入石油は9112万トン、輸入製品油は2824万トン、消費量と輸入量はどちらも世界第二位となっている。石油の輸入依存度は35%で、2004年の石油輸入は1億トン超と見込まれている (2004年6月8日付け「経済日報」)。
石油の輸入依存度はその後更に高まり、2004年1−8月では4割となっている。中国経済は以上見てきたようにエネルギー効率が悪い。いわゆる粗放型経済成長では原油高の影響が大きい。2003年に中国のGDPはわずかに世界の4%であった。しかし消費した原油、原炭、鉄鉱石、鋼材、セメント、アルミナはそれぞれ世界の消費の7.4%、31%、30%、27%、40%と25%といわれる(2004年6月18日付け「経済日報」)。
 原油高が落ち着けば、中国は早晩、経済軟着陸を宣言するであろう。しかし、それで中国経済が持続的発展を約束されるわけではない。根本的には、中国の経済発展中の多くの問題は、経済構造問題、経済体制問題と経済成長方式の問題とされる。まだ、中国は市場経済への過程にある特殊な国といえる。また、市場経済の国になるには、巨額のコストがかかる。国有商業銀行の不良債権の多くは、このコスト負担によるものといえる。したがって、人民元問題は単に資金の流れだけでは判断できない、中国経済全般にかかわる問題といえる。

 4.人民元問題
 それでは、外国からの圧力にもかかわらず、中国では人民元問題は進展していないのであろうか。国有商業銀行の改革等環境整備を鋭意進めている。環境整備について、更に具体的に記してみたい。
 資本取引の開放について、国家外為管理局魏本華副局長が発言している。その要点は次の通りである。
        
(1)  中国が現在研究し、近く出そうとしている資本取引管理政策は主として資本の流出方面である。新しい措置が出ることによって、中国の資本取引は更に開放され、国境をまたぐ資本流動および中国の資本市場の発展を促進することになる。
(2)  IMF分類による43の資本取引項目のうち、目下既に半分近くが基本的に制限を受けていないか、あるいは制限が比較的少ない。4割あまりの取引項目がかなりの制限を受けている。厳格な管理の項目はわずかに1割あまりである。
(3)  中国の資本取引の政策目標は次のとおりである。金融コントロールを健全にし、有効にリスクを防止する前提で、選択的に、一歩一歩国境をまたぐ資本取引活動の制限をゆるめ、徐々に人民元の資本取引についての交換性を実現する。
(4)  人民元の資本取引交換性を実現するための総体的な考えは、中国の実際から出発し、資本市場のツールを導入し育てることを主とし、選択的に徐々に資本取引開放措置をとる。
(5)  資本取引開放の順序は、先に流入を緩め、後に流出を緩める。先に長期資本流動を開放し、後に短期資本流動を開放する。先に金融機関管理を開放し、後に非金融機関と住民個人の管理を開放する。先に実需取引を開放し、後に実需のない取引を開放する。(2004年7月5日付け「経済日報」)
 
 中国の外貨準備が増加の一途をたどっているが、中国は多種の措置で合理的な外為の需要を満足させる、としている。この問題について、外為管理局馬徳倫副局長の発言要旨は次の通りである。
        
(1)  中小民営企業を含むあらゆる中資企業に、一定限度の経常項目外為収入を保留することを認める。企業が保留することの出来る外為の比率は30%あるいは50%に高められた。
(2)  モトローラ等国際的に著名な多国籍企業に試験的に一部の資金を域外で運用する
ことを認める。
(3)  域内住民が出国する際の携帯外貨購入限度を引き上げる。クレジットカードを海外
で使った場合の国内での人民元での返済限度を引き上げる。(2004年7月12日付け「経済日報」)
      
  中国の外為市場はまだ発展が十分とはいえない。国家外為管理局胡暁煉副局長は、中国は外為市場を更に発展させ改善していく、と述べた。胡暁煉副局長は、発言の中で、市場参入制限を緩め、ノンバンク、大企業集団等を徐々にインターバンク市場に直接参加させること、外為ブローカーを育成すること、インターバンク外為市場で、外貨と外貨の取引を行うこと、銀行の先物売り為替買い為替業務を拡大すること、人民元の外貨とのスワップ、先物、オプションなど金融派生商品を研究し、市場がヘッジ機能を提供できるようにすること等にも触れている。(2004年6月15日付け「経済日報」)

 5.おわりに
 中国がG7会議に招かれて、人民元切上げ問題が単純な問題ではないことに理解が深まったことはG7にとっても中国にとっても有益だったといえよう。G7と中国の国内総生産(GDP)を大きい順に並べると、米、日、独、英、仏、中、伊,加となる。G7と中国のGDP の合計は、世界のGDPの約7割を占める。中国の経済規模が大きくなり、中国を除いて世界経済を論じることは難しくなった。
 投資抑制の必要性と原油高から、中国の経済成長率は確実に下がるであろう。石炭、電力、石油、輸送の厳しい状況はかなり長期に続くことになる。中国経済の抱えた構造問題は長期的課題であり、今後、改革がどれだけ順調に進むか注目したい。年内に人民元切上げはなく、2005年にはおそらく変動幅拡大の可能性がある。
                                                  (2004年10月11日記す)


    
参考資料1 中国国家外貨管理局新聞通稿 , 2004年10月12日
参考資料2 Yahoo!ニュース − 時事通信