大久保 勲の人民元論壇    
     第3号 2004.11.16発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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−人民元は切上げか変動幅拡大か−
 11月14日(日)の日経に“中国、元の変動幅拡大検討”という見出しで、「中国政府は米ドルに固定している通貨・人民元の相場改革に向けて検討に入った。通貨当局はすでに為替レートの変動幅を広げる具体案を作り、実施時期は国務院の決定待ちの段階になったとの情報もある」という記事が出ていた。早速、15日朝、友人から人民元はいよいよ切り上がるのか、と電話がかかってきた。
 筆者が2004年6月初めに出した『人民元切上げと中国経済』(蒼蒼社刊)には、「2004年中には切上げはない」「2005年には変動幅が拡がる」などと書かれた帯封がついている。
 客員教授として大学に来てくれている元同僚が、あと残り一月半には切上げはないでしょうね、といってくれた。
私としては、「2004年中には切上げはない」と明言し、「2005年には変動幅が拡がる」と明言した以上、もちろんそうなって欲しい。それでは今の時点ではどうか。お忙しい方のために、最初に結論を書いておきたい。やはり「2004年中に切上げはない」。変動幅拡大は2005年とみるが、それが若干繰り上がって、年内の可能性が絶対ないとは言えない。変動幅がどれだけ拡大されるのでしょうか,とも聞かれたが、そこまでは具体的に言えない。
それでは、なぜ切上げではなくて、変動幅拡大なのか。

2004年11月14日 日本経済新聞

 一つの具体的な根拠として、去る10月12日の国家外為管理局スポークスマンの談話(11月13日付け「経済日報」)をあげたい。その中で、「中国は一度で人民元為替相場を再評価するといった賢明でないやり方は採用することが出来ない」と述べ、「改革の核心は、為替相場形成の市場化程度を高め、為替相場の弾力性を増加させることであって、単に為替相場水準を調整することではない」と述べている。
 また、さる10月28日の人民元の利上げも変動幅拡大と関係があると見られている。清華大学中国経済研究センター高級研究員の韓秀雲氏は、「今回の中国の利上げのポイントは、一に金利市場化への準備であり、二に人民元為替相場を一定程度自由に変動させるための準備である」としている。そして次のように説明している。「人民元は切上げないでも問題がある。現在の中国の為替相場は、管理された相場である。中国に入ってくる資金の多くはホットマネーであり、投資もせず消費もせず銀行にある。利上げすれば中国の銀行の金利負担が大きくなる。利上げしなければ、物価指数が金利水準より高いので、銀行預金が大量に流失するリスクがある。そこで金利を弾力化する。これは一時的に人民元切り上げを防止する手段である。人民元の問題は、切上げるか切上げないかではなく、弾力性(変動)をもって市場に出現する各種の重大な信号に対し合理的な反応をするか否かである(11月2日付け「経済日報」)。

 次に、変動幅拡大の時期が2005年ではなく、年内の可能性も否定できない理由が三つある。
 その一は、政府関係部門からも変動幅拡大すべき、との意見が出てきたことである。例えば、国務院発展研究センター相関課題組の“当面の経済情勢分析と建議”では、「出来るだけ早く為替相場形成メカニズムを完全にし、為替相場の変動幅を適度に拡大すべきである」と提言している。変動幅拡大を今行うのはタイミングがいいというのである。その理由としてあげているのが、米国の利上げ、中国のマクロ経済が安定してきたこと、中国の対外貿易と外資利用の情勢も比較的よく、加えて強制買い為替売り為替制度の実行で、外貨準備は持続的に大幅増加しており、この面で人民元切上げの内部経済圧力が大きくなっていること、巨額の外貨買い入れでベースマネーの供給が増加しており、通貨政策面で不利な影響があること等であり、「今は正に目下為替相場メカニズム改革推進に適した時であり、これらの矛盾を緩和し、為替相場変動幅を適当に広げてもマクロ経済に過大な衝撃とはならないであろう」としている。 (10月25日付け「経済日報」)
 その二は、国家外為管理局が2004年1−9月に、合計1.2億ドルの規則違反の外為決済を取り締まり処分した等の情報があるが、決済面で厳格な措置も、これは外貨資金の異常な流入には何の役にも立っていないという見方があることである。つまり、徹底した外為管理が出来ないのは、外貨資金流入制限が輸出入と外商投資に打撃になることを心配してのことだ、というのである。また、中国の外為管理は外貨準備を増やすことは既に中国の外為管理の主な目的ではなくなってきた(11月3日付け「経済日報」)、とされている。そうであれば、出来るだけ早く異常な外貨資金流入を阻止する対策を講じる必要がある。これに関連して、中国マクロ経済学会王建秘書長は、「今年4月以来、厳格なマクロコントロールの下で、中国に流入した外国直接投資はかえって大幅に増加した。今年1月から8月まで、国外からの直接投資は18.8%増加した。そのうち7月は62%増加し、8月は52%増加した。国外からのこのような大幅な規模の流入は正常な投資とは解釈しにくい(10月21日付け「経済日報」)としている。つまり外商投資企業の直接投資とされているものにも、投機資金があるという見方である。私自身も、直接投資という形で中国に資金を送り、人民元切上げのメリットを受けることは出来ないか、と相談を受けたことがあり、同じようなことを考えている人が多くいても不思議ではない。
 その三は、市場の動向である。人民元は、利上げ後も先高感があり、切上げの思惑が消えないというのだ。中国は10月28日に利上げを発表したが、先物相場は利上げ発表直後こそ元安に振れたが、程なく元の先高感が再燃した (11月3日付け「日本経済新聞」)。
 また、11月19日からベルリンで開く主要国と新興国の財務相・中央銀行総裁会議(G20財務相会議)が注目を呼んでいる。会議には中国が出席し、米国が強く求める人民元の相場改革が焦点になる可能性が高いからだ(11月16日付け「日本経済新聞」)。

 ところでどうして中国は人民元切上げに慎重で、外国側は総じて人民元切上げを望んでいるのか。教科書的に言えば、経済成長は投資と内需(消費)と輸出でもたらされる。ところが、中国は内需が振るわない。それを輸出で補ってきた。中国としては何とか輸出を増やすことで経済成長を図りたい。外国側は、人民元安の為替相場で輸出攻勢を掛けられてはたまったものではないと反発しているわけである。中国マクロ経済学会の王建秘書長は次のように述べている。「人民元切り上げには多くの良い点があろうが、最大の弊害は輸出への打撃となり、輸入を奨励することになることである。私の研究では、今後五年中国は消費不足で需要が落ちる可能性がある。こうなった場合、国際需要が国内需要不足を補い、生産過剰危機に陥るのを避けることが出来る。こうした今後の大きな趨勢を見ないで、短期的な必要から人民元を切上げると、輸出価格の上昇で一部の国際市場を失うだけでなく、輸入が増加して一層供給過剰になる可能性がある。長期的に見れば、中国の国力増強によって、人民元は早晩切上げねばならないであろう。ただし、基本的に工業化が完成してからとすべきである(10月21日付け「経済日報」)。
 つまり人民元問題は政治問題といえよう。現在、人民元切上げ圧力がますます高まっており、人民元為替相場改革を行わないわけにはいかない。そこで相場の弾力化、市場化を図るため、変動幅拡大を目指すことになると見るわけである。

 最後に、新華社北京11月6日電で、中国当局の最近の公式見解を記しておきたい。
 「(人民銀行責任者が新華社記者に答えて)われわれは更に一歩改革を推進し、さらに市場の需給の変化に適応した、更に弾力的な人民元相場形成メカニズムを形成する。人民元為替相場体制改革は一つの多くの面にわたるシステム工程であり、中国のマクロ経済運行、社会発展と国際収支状況、銀行システム改革とその他の関連する方面の改革の進み具合を総合的に考慮せねばならず、また周辺国家と地区および世界経済金融の要素を考慮しなければならない。われわれは多くの面から措置を講じ、徐々に穏当にこの改革を推進する。」

                                                  (2004年11月16日記す)