大久保 勲の人民元論壇    
     第5号 2005.1.17発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元は変動幅拡大か
 2004年末の中国の外貨準備高は6099億ドルと03年末時点に比べて51.3%も増加した。2003年末の外貨準備高4033億ドルで、前年末比1168億ドル増加したが、2004年末は前年末比2066億ドルも増加した。2004年の中国の輸出入は11547億ドルで、前年比35.7%増、輸出5933億ドル、輸入5613億ドルで、貿易黒字は320億ドルであった。2004年の外資企業による対中直接投資は、実行額で前年比13.3%増の606億3千万ドルとなり、4年連続で過去最高を更新した。貿易黒字が3百余億ドルで、直接投資が6百余億ドルにもかかわらず、2千余億ドルの外貨準備高が増えるというのは、人民元切り上げに賭けたホットマネーが大量に入っていることを示している。外貨準備高が1年間で2千億ドル以上増えるというのは異常である。資金の流れから人民元相場問題を見ている専門家からすれば、人民元は切り上がっておかしくない。
 共同通信社が日本の主要105社の経営者におこなったアンケート結果が明らかになった。1月16日付けの地方紙の報道によれば、大企業経営者の7割が人民元について何らかの改革が必要と考えている。ただ「完全な変動相場制に移行」は13%(14社)と少ない。75社が何らかの改革を希望している。「変動幅を拡大すべきだ」との回答が45%(47社)と最も多かった。「現状のままでよい」は3社のみだった。ただ、改革には「プラス、マイナス両方の影響がある」との認識で、「中国経済を急減速させないよう段階的に変動幅を拡大するのが現実的」との意見が目立った。「通貨バスケット制」導入も12社が支持した。現状では、ほぼ妥当な結果だと思う。


 旧年12月7日付けの「経済日報」紙に周小川人民銀行総裁が、人民銀行の研究部門が行った金融リスクについて紹介した小さな記事があった。金融リスクは9つの面から来るとして、その中に為替相場に関係のある金融リスクを二つ上げていた。一つは「通貨価値の安定はこれまで通り大変大きな潜在圧力に直面している」とするものであり、もう一つは「為替相場制度硬直化と國際収支の不均衡は巨大なリスクを大きく内蔵する」とするものであった。中央銀行は確かに、いま大変大きな人民元切り上げ圧力に直面している。人民元相場形成メカニズムとの関係で、中国当局が国際収支動向に大変注目していることは想像に難くない。
 旧年12月11日付けの「経済日報」紙に、国家外為管理局スポークスマンと記者の次のような問答が出ていた。
      
Q: 噂では1千億以上の米ドルが、甚だしきは1兆ドルを上回るホットマネーが人民元切り上げに賭けているというが、これは本当か?
A: 中国の資本勘定はまだ完全には開放されていないので、投機資本があからさまに大規模に出入りすることはとても難しい。しかし、注目に値するのは、貿易取引で輸出入価格をごまかしたり、貨物代金を先に受取ったり支払いを遅らせているもの、直接投資で実を伴わないもの、過度に借入したり、不動産市場で投機する等不正常な現象がある。
我々は決して外為市場の秩序を破壊する行為を放置しない。但し同時に、引続き投資貿易の便宜化を緩やかに推進し、中長期資本流入を奨励し、対外投資戦略の実施を速め、対外開放水準を更に高める。 

Q: 国外のマスコミが、中国は外貨準備の米ドル資産を大量に売却していると報道しているが、これは事実か?
A: これは事実ではない。中国の外貨準備通貨構造と資産支配は、国家経済発展の実際、対外貿易支払いと対外債務構造および資本市場の状況等の要素を総合的に考慮し、科学的に論証した基礎の上に決定したものである。我々は國際外為市場の変動趨勢を高度に注目するが、市場の短期変動で通貨構造を調整することはあり得ない。

Q: 米ドル相場が下落して中国は外貨準備で損失を出し、準備資産が減少していると言う人がいるが?
A: 外貨準備にも一定のリスクがある。中国の外貨準備経営管理は“安全性、流動性、増値性”の原則を守っている。中国の国情と中央銀行の外貨準備管理の特徴を結び付けて、投資基準を核心とする経営管理モデルを採っている。第二に、中国の外貨準備の構造は長期的、戦略的構造を基準にして進める。もし幣種を変えたり実際に使わねば、為替相場の変化がもたらした外貨準備価値の増減は会計上の帳面だけの問題であって、すぐに損益が発生するわけではない。第三に、外貨準備の通貨構造を確定する時、対外支払いの需要を十分に考慮したものである。

Q: 中国が大量の外貨準備をもつことは損ではないか?
A: 外貨準備を持つことは一定のコストがかかる。どの国の中央銀行も通貨政策操作をするに当ってはすべて財務コストが掛かる。但しもし、マクロ経済全体あるいは金融システム全局が危機に陥れば、国家と社会は何十倍、何百倍の代価を払わねばならない。

 中国の人民元為替相場改革の方向は「管理された変動相場制を実施すること」とされる。中国の為替相場制度は、1994年の相場一本化後「需給に基づく単一の管理された変動相場制」となった。しかし、当局による管理の度合が厳しくて、あたかも固定相場のようになっている。それを文字通り、「管理された変動相場制」にすることが改革の方向とされる。しかし、それは簡単ではない。まだ十分な準備が出来ているとはいえない。
 旧年12月8日、温家宝総理は次のように指摘した。市場の変化につれて、中国は徐々に人民元の弾力的な為替相場メカニズムを実行する。ただし、これは複雑で漸進的な過程である。われわれの改革の方向は管理された変動相場制の実行である。人民元の弾力的な為替相場メカニズムを実行するには必ず次の要素を考慮しなければならない。一は中国のマクロ経済が安定していること、市場経済体系が完全であること、金融体系が健全であること、二に中国経済の持続的発展が保証できる科学的な計画、方策がなければならない。三に、周辺国家への影響を考えなければならない。中国は周辺国家に責任を負い、世界に責任を負う。温家宝総理は、「為替相場改革のタイムテーブルは、以上の三つの要素によって決まる。」と言った。
 従って、為替相場改革のタイムテーブルは出来ていない。人民元為替相場政策の重点は為替相場形成メカニズムを完全にすることであり、為替相場の弾力性を増加させることであるが、短期間内に実現することは難しいともいわれる。
 しかしながら、2004年には、いくつかの不必要な外為管理を減らし、市場が更に大きな範囲で外為の需給関係を反映できるようにした。QFII(適格域外機関投資家)制度で中国が批准した限度額は既に32億ドルに達している。2005年1月1日から、出入境の際の人民元持ち出し、持ち込み限度額が、従来の毎回6000元から20000元となった。中国内地の銀行が発行した“銀聯”標識のある人民元カードが2005年1月10日から、韓国、タイ、シンガポールで使えるようになった。中国の公民が域外に転居した後、もともと有していた財産や非居住者が域内で継承した遺産を、域外に送金することができるようになった。ただし、大量の個人財産移転で国際収支リスクをもたらすことを防止するために、20万元相当額を超えた場合は、一度で申請し、分割して送金しなければならないこととなっている。非常時には中国人民銀行は、国際収支の状況に基づいて、個人財産の対外移転に限度を設ける等調整できることになっている。

 為替相場形成メカニズムを改革するには、まだ多くの準備の仕事が必要とされ、銀行改革を深化することも為替相場改革の重要な内容とされている。
 
 人民元の単純な切り上げは行わないであろう。それでは、近いうちに人民元相場形成メカニズムに変更があるか。2005年初頭に行われた人民銀行工作会議で、周小川総裁は、積極穏当に人民元為替相場形成メカニズムの改革を推進し、人民元相場を合理的で、均衡の取れた水準で基本的に安定させると述べた。今年は、人民元相場形成メカニズムに何らかの変化があると見ておいたほうがいいであろう。その変化は何か。とりあえず確実なのは、中国当局は為替管理を更に緩める方向に行くであろう。外貨準備高は6000億ドルを超えたとはいえ、投機筋に屈するわけにはいかない。ホットマネーが落ち着いたところで、ある程度変動幅を拡大するのではないか。

                                                     (2005年1月16日記す)