大久保 勲の人民元論壇    
     第6号 2005.2.18発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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春先に人民元相場形成メカニズムに改革か
 1.はじめに
 このホームページを読んでくださる方からコメントをいただくとうれしい。1月中旬に書いたのでは古いから、早く書けと言ってくれた。でも、求められているのは結論だ。切り上がるのか、上がらないのか。切り上がるなら時期はいつか。幅はどれだけか。あるいは変動幅拡大か、バスケットか。
 折角、このホームページを開いてくれたお忙しい方のために、全くの私見だが、まず現時点での結論を大胆に書いておきたい。時期は4月以降7月までの間で、単純な切り上げの可能性を全く排除することは出来ないが、やはり変動幅の拡大が行われるであろう。バスケットはないであろう。変動幅は上下に各3%程度と考える。
 理由は、人民元切り上げの可能性が騒がれている間は手をつけられない。3月は全人代が開かれるので避けたい。8月は夏休みだ。単純な切り上げをすると、更に切り上がるのではないかとの期待が出てしまう。バスケット相場は相対的に安定するであろうが、当事者はどのようにリスクヘッジしていいか悩む。幅は上下に各5%では広すぎる。2%では狭すぎる。お忙しい方はここまで読んでいただけば、後は読んでいただかないでも結構である。
人民元の基準レート
    年月日 元/100米j 元/100ユーロ 元/100円 元/100香港j
    2005-02-18 827.65 1079.24 7.8556 106.06
    2005-02-17 827.65 1076.96 7.8840 106.08
    2005-02-16 827.65 1056.20 7.8790 106.08
    2005-02-08 827.65 1063.74 7.9419 106.06
    2005-02-07 827.65 1062.01 7.9954 106.07
    2005-02-06 827.65 1065.22 7.9856 106.06
    2005-02-05 827.65 1072.93 7.9161 106.09
    2005-02-04 827.65 1077.68 7.9422 106.06
    2005-02-03 827.65 1081.80 7.9794 106.08
    2005-02-02 827.65 1079.67 7.9683 106.07
    2005-02-01 827.65 1077.84 7.9862 106.07
    2005-01-31 827.65 1078.33 8.0188 106.09


 2.外貨準備の激増
 人民元為替相場形成メカニズムをどのようにするのが正しいか。一つは人民元相場が過小評価されているか否か、人民元相場切り上げが中国経済にとって有益か否かの判断がある。今の中国にとって、そうした問題も確かに大切であるが、無視できないのは異常ともいえる市場圧力である。
 昨年末以来、中国の外貨準備の異常な増加が注目されている。2004年の外貨準備は6099億ドルとなり、2003年よりも2067億ドル増加した。2004年1−9月のうち、7ヶ月の外貨準備増加幅は月当たり100億ドル以上であった。特に2004年10−12月に954億ドルも増えた。毎月平均300億ドル以上であった。このうち、10月は279.05億ドル、11月は314.39億ドル、12月は360.18億ドルそれぞれ増えた。2004年10‐12月は、貿易黒字がそれぞれ70.9億ドル、99億ドルと110.8億ドルであった。合計すると3ヶ月で280.7億ドルの黒字になる。これだけでは説明がつかず、やはり投機的資金がかなり入ったとみなされている。
 人民元切り上げに賭けたホットマネーは、実体のない貿易取引や外商直接投資の形をとって流入し、外貨準備激増につながったとする見方もある。そうすると、2004年の外商直接投資は600億ドルを超えたが、この中には実際には外商直接投資ではなく、ホットマネーも含まれていることになる。90年代に資本逃避で海外に逃げて行った中国国内の資金が、一部還流しているとの見方もある。実態はみかけよりもかなり複雑であろう。90年代に巨額の資本逃避があり、外為管理局の関係者は何のために為替管理をやっているのか、と嘆いていたとの話があったが、ホットマネーの流入も当局の目をごまかして巧みに行われているのであろう。過去の例からすれば、少なくとも一部は当局の関係者も加担して行われているわけであり、そうなると防ぎようがない。2004年1−6月に、外商直接投資でもなく、貿易取引等経常取引でもなくて、外貨が増加した分が294億ドルあり、外貨準備増加の50%であったともいわれる。

 3.通貨供給量の矛盾
 中央銀行はインフレ防止のために通貨供給量を抑制しなければならない。今年初の中国人民銀行工作会議で、周小川中国人民銀行総裁は今年のMとMの増加予想をそれぞれ15%と発表した。2004年12月末現在、広義の通貨供給量M残高は25.3兆元、2003年比14.6%増で、増加幅は2003年末比5%下落した。狭義の通貨供給量M残高は9.6兆元で2003年比13.6%増であった。M残高は2.1兆元で2003年比8.7%増であった。インフレを抑制するためにも、通貨供給量が一定限度を超えないように、公開市場操作等で市中の人民元の流通量をコントロールしなければならない。
 他方、人民元為替相場の安定のため、当局は市場の余剰外貨を買い入れる。そうすると、買い入れた外貨の代り金としての人民元が市中に増えることになる。そのままでは通貨供給量が増えてしまうので、市中の人民元を吸い上げる必要がある。つまり中央銀行は、「不胎化介入」を行う必要がある。昨年来、中央銀行は大量に手形を発行しているが、特に今年1月11日には900億元の中央銀行手形を発行した。これは1996年に中央銀行が手形を発行して以来、規模が最大といわれる。
 専門家の指摘によれば、外貨準備の激増につれて、中央銀行の発行する手形はますます多くなり、手形の期限はますます長くなり、利率も高くなっており、2004年に中央銀行が発行した手形の利率は中央銀行が購入する米国国債よりも高くなっているという。中央銀行の操作コストはますます高まり、圧力はますます大きくなっており、隠れた財政赤字を形成する可能性があるともいわれる。この面からは中国としては、米国が引き続き利上げしてくれることを期待することになる。米連邦準備制度理事会(FRB)は今年2月1,2日に開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で短期市場金利の誘導目標を0.25%引き上げ年2.5%とすることを決めた。これは昨年6月以来,6回目の利上げである。これからも米国の利上げが続けば、中国当局も金利引き上げ等政策余地も広がることになる。

 4.新聞記事に見る微妙な変化
 外貨準備がこれだけ異常な増加を示すと、中国の中でも、今年、人民元相場形成メカニズムに変化が生じる可能性に関心が集まる。例えば、1月6日付けの『経済日報』で、趙暁強記者が書いた「2005年の通貨政策」という解説記事でも、次のような書き方をしている。「2005年に、人民元相場が変動するか、物価が上昇するかが、今年の経済生活の中で、人々が関心を持っている懸念である。」「中国政府が2005年から為替相場制度を改革する可能性がかなり大きいが、二つの必要な前提条件が備わっていなければならない。切り上げの期待が下降すること、基本的な準備の仕事がほぼ整うこと(マクロ経済安定、外為市場建設等を含む)である。ある専門家は、為替相場は今年の経済に影響する第一要素であり、外商投資、輸出、外貨準備等が為替相場の影響を受けるので、為替相場政策はかなり慎重に行われるであろう、としている。」
 今年の人民銀行の業務には、“人民元為替相場形成メカニズムの改革を積極穏当に推進し、人民元為替相場を合理的で、均衡の取れた水準で基本的に安定させる”という任務が入っている。この他、国際収支の基本的バランスを努力して促進すること、売為替買為替制度の改善等の改革措置もすべて2005年の中国外為管理強化改善の重要任務に入っている。
 やはり、今年のいつ、どのような形で人民元為替相場形成メカニズムの改革が行われるか、が問題だと見たい。具体的には単純な切上げではなく、変動幅拡大と考えたい。

 5.マクロ経済は安定しているか
 (1)金融機関の不良貸出問題
 初歩的な統計では、2004年主要商業銀行(4行の国有商業銀行と12行の株式制商業銀行を指す)の不良貸出残高は17176億元で、年初比3946億元減少した。不良貸出比率は13.2%で年初よりも4.6%下降した。
 機構別に見ると、2004年末、国有商業銀行不良貸出残高は15751億元で年初より3499億元減少した。不良貸出比率は15.6%で年初より4.8%下降した。株式制商業銀行不良貸出残高は1425億元で、年初比447億元減少した。不良貸出比率は4.9%で年初比2.7%下降した。(1月14日付け『経済日報』)
 こうした報道をみると、不良貸出問題が解決に向かっているように思われるが、必ずしもそうではない。銀行から不良貸出が減っても資産管理公司等に移管しただけのものも多いので、必ずしも解決しているわけではない。1月26日付け『経済日報』は陳四清氏の署名入りで、「新しい不良資産が生まれる可能性が非常に大きい」と書いている。その理由として、以下の点をあげている。第一に、国家のマクロコントロールは短期的には既に作った資産に対して一定の影響がある。資金がタイトとなり、返済が思うように行かないことがありうる。国有企業への貸出が改革で不良資産になる可能性がある。第二に、銀行は新しいリスクに直面する。民営企業の貸出リスクは既に十分顕現している。第三に、法制体系、信用体系など社会全体の環境整備が遅れている。
 また、次のような問題もある。「目下、70%の貸出資金は国有経済を支持している。ただし、約30%のGDPしか創造しない。大量の貸出資金が市のインフラ建設に投入され、政府が計画した大型プロジェクトに過分に集中し、貸出資金の運用効率に影響している。(1月11日付け『経済日報』)」
 中国が金利市場化や為替相場の市場化を更に進めるには、金融機関自体がしっかりしていなければならないわけで、金融改革は周小川中銀総裁が言うように背水の陣で行わねばならない。
 (2)物価は大丈夫か
 国家発展改革委員会価格観測センターの「中国物価情勢分析」では、食糧生産の基礎はまだ安定しておらず、固定資産投資規模は依然大きすぎ、生産財の価格上昇は川下の製品価格上昇の圧力となっており、石炭、電力、石油、輸送がかなり厳しい等の問題があり、今後の価格上昇にかなり大きな圧力となっている。これらの問題は、今年の価格総水準のコントロールに一定の難しさを増した。価格安定のために、更に措置を講じ、絶えずマクロコントロールを強化改善しなければならない。(1月24日付け『経済日報』)
 人民元問題と並んで、今年は物価上昇に注目する必要があるようだ。国家情報センター経済予測部も、同様な問題点を指摘している。食糧増産と農民増収の基礎がまだ固まっておらず、固定資産投資がぶり返す圧力がなお大変大きく、資源制約の矛盾がますます突出しており、貸出の構造的矛盾が依然として存在し、不動産価格の上昇が速すぎ、物価上昇圧力がある(1月10日付け『経済日報』)。

 6.まとめ
 昨年5月に、『人民元切上げと中国経済』(蒼蒼社)を上梓した時は、はっきりと2004年には人民元切上げはない、と断言できた。いま、市場の圧力は大変に大きく、放置できる状態にはない。中国の経済運営は、もっと早くソフトランディングを宣言できると思っていたが、油断がならない。
 そうした状態で、投機筋に負けることは絶対に出来ない。市場経済化は一歩一歩着実に進めなければならない。そうだとすれば、人民元相場形成メカニズムについても、改革を進めざるを得ない。今の問題は、人民元相場の今後の見通しについて、誰もが同じ方向を考えていることである。切り上がる可能性はあっても、当面切り下がると考えている人はいない。みなが同じ方向を考えているのでは、先物取引も成立しない。
 変動幅を拡大することは、相場が天井について動かないと考えている人も多いが、必ずしもそうではない。認められた変動幅の範囲で上下に動くとすれば、投機筋もリスクを負うことになる。リスクが生じれば、今のようにホットマネーの流入が激増する状況には変化が生じることになる。
 中国経済のマクロコントロールをしっかりと行い、金融改革も着実に進め、外為市場も引き続き整備していくのであれば、人民元がいつまでも投機筋の投機の対象となることはない。為替はそもそもリスクのあるものである。切り上がる一方、という状況をなくす必要がある。外貨を中国に持ち込んで、人民元に転換して保有することにリスクが生じる状況を作り出せば、今のような異常な状況はなくなる。
 改革が行われるまで、国家指導者はいつ改革するなど絶対に言わない。中国当局者の賢い舵取りに期待したい。
                                                           以上