大久保 勲の人民元論壇    
     第7号 2005.3.22発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元相場形成メカニズム調整の実行時期は遠くない
 1.はじめに
 人民元問題は遅くも年内に相場形成メカニズム調整が実行されると見たい。前回、その時期は4月から7月までの間で、変動幅が上下に各3%に拡大されるだろう、と書いた。基本的な見方に変化はない。もし7月までに実行されないとしても、実行時期は遅くとも9月までと見たい。10月以降となると、12月の年度末まであまり余裕がなく、経済成長率や輸出入目標にずれが生じる可能性があり、時期的には避けたいところである。これまで一歩一歩慎重に環境整備を進めてきたところを見ると、あまり急激に大きな改革は行わないであろう。人民元切り上げの可能性は否定できないが、やはり変動幅の拡大が順当であろう。1994年以来、人民元為替相場は、建前として「需給に基づく単一の管理された変動相場制」であり、今後目指す方向も、同じである。 
 3月21日付け「日本経済新聞」は、「中国はいつ人民元を切り上げるのか」という問いに対し、中国政府が現時点で出している答えは、関連する制度変更を一つ一つ進める「漸進主義」にみえる、としている。同紙は、切上げ予想について、スタンダード・チャータード銀行シニアエコノミストのスティーブン・グリーン氏は「9月末までに3%程度切り上げ」と小幅の変動を予想し、UBS証券アジア首席エコノミストのジョナサン・アンダーソン氏も「基本は今後12ヶ月で1−3%の切り上げ」と語る、としている

 2.時期、方式で意表をつく可能性を示唆―温家宝首相が全人代後の記者会見で
 去る2月中旬以降、新しい報道等が幾つかあるが、予想を大幅に修正するような報道はない。報道で最も注目されたのは、全人代閉幕後の温家宝首相の記者会見である。

2005年3月14日 内外記者会見する温家宝首相
http://www.china.org.cn/japanese/163353.htm より

 第10期全人代第3回会議が閉幕した3月14日に温家宝首相は記者会見で、人民元相場問題にも言及した。
 ロイター記者が「人民元問題は国際社会で注目される問題で、中国の多くの貿易相手はより柔軟な人民元相場を実行することを提案したが、中国は人民元問題は長期的な問題だと主張している。現在、何か気に入った計画はないか。最初の変化は何か。」と質問したのに対し、温家宝首相はおよそ次の通り答えた。
 「中国の為替相場改革は1994年から始まったもので、今まで停止したことはない。我々が確立した目標は、市場の需給に基づく管理された変動相場制である。現在、我々は改革案を鋭意検討中であり、人民元相場に対し、市場に対応できる柔軟性を持たせる。一方で、外国為替管理において一連の開放措置をとった。人民元為替相場調整あるいは人民元切上げが、中国経済、中国企業、周辺諸国ひいては世界にどのような影響を与えるかについては、大きな論争が展開されている。正直言って、一部の人民元切上げを要求している人たちは、人民元切上げ後出現しうる問題について完全にはわかっていない。我々は責任感のある国で、人民元相場と為替相場形成メカニズムについて、自国の利益だけではなく、周辺諸国と世界への影響も考えなければならない。最後に、人民元相場調整の仕事は進行中であり、いつ実行するか、どのような方式で行うかは、意表をつく可能性がある。」
 温家宝首相の「意表をつく」とは、中国はまだ市場経済が熟していないので、これまで通り一歩一歩着実に改革を進めるので、投機筋の思惑ははずれる、と解釈すればいいのではないか。

 3.外貨準備増加分の構成と新状況、新動向に注意せよ―郭樹清国家外為管理局長
 人民元相場メカニズム調整あるいは人民元相場切上げを迫られていると見る背景には、外貨準備の急増がある。中国の外貨準備は2004年末には6099億ドルとなったが、2003年末比2067億ドルも増えた。増加分の構成について、国家外為管理局の郭樹清局長が披露した、と3月11日付けの「経済日報」が報じている。報道によれば、外商直接投資606億ドル、税関統計の輸出入貿易黒字が320億ドルで、輸出入貿易の外為収支は300余億ドル増加、対外債務増加350億ドル、サービス貿易黒字100余億ドル、個人移転および収益ならびにその他300億ドル前後、証券投資100余億ドル、そのほか国内機構の海外における金融資産投資収益、為替相場変動による収益等々がある。しかし、郭樹清局長は幾つかの新状況、新動向は軽視してはならない、として次の点を指摘している。
 一に新しく増加した対外債務規模が350億ドルに達し、前年よりも18%増加した。特に短期対外債務の増加が非常に速く、全対外債務に占める比率は既に45%を超え、40%の警戒ラインを超えた。中国の対外債務の総量は小さく、外貨準備の1/3に達しておらず、総体として問題は大きくない。但し、対外債務自身の規模と構造の変化については、重視すべきである。とりわけ短期資金は、入ってくるのも出て行くのも速いので、短期資金の急増に対しては注意が必要である。
 二に、個人投資面では、銀行による外貨の買い入れのかなりの部分は資本取引に属し、投資に使うものである。沿海のいくつかの都市で、域外の個人が何十棟もの家屋、甚だしいのは百棟にものぼる家屋を購入しているのが見つかっている。この種の行為は明らかに投資ないし投機である。中国の現行規定では、域外の非居住者個人が家屋を購入する場合は必ず自家用でなければならず、投資で利益を上げるために用いることは出来ない、となっている。
 三に、貿易であれ、外商直接投資であれ、どちらにも真実でないものが存在する。表面上は貿易や投資をやるが、実際上は域内の人民元、建物、土地を購入し、不動産市場と通貨市場で投機を行っている。甚だしきはまだかなりの数量の、にせ外貨があることである。
 このように、外貨準備が2004年末までの1年間で、2000億ドル以上増えた背景には、見かけ上、貿易や外商直接投資の形をとって入ってきた外貨に投機資金がかなりあることを、国家外為管理局長も認めている。こうした背景には、一部の地方政府や部門にマクロ意識が欠けており、一部の指導幹部が単純に外資の数量を追求していることも影響しているとされる。
 輸出にも外資の直接投資にも、水分が含まれていることを当局の責任者が認めている。水分を増やすことに、一部の地方政府や部門が実際上は加担したことになっている。その水分に負けて、人民元の大幅切上げをやったのでは、中国経済の健全な発展は見込めない。当局としては、なんとか水分を取り除く対策を講じ、投機筋に冷水を浴びせなければならない。

 4.「国際収支均衡」の意味とまとめ
 今春の全人代における温家宝首相の政府活動報告では、2005年経済発展の予期目標の中に、「国際収支均衡」をあげている。なぜ、「国際収支均衡」をあげたのか。去る3月4日付けの『.経済日報』は“中国の外為体制は均衡管理に転向”として、およそ次のような報道をしている。
 最近開かれた今年の全国外為管理工作会議の席上、国家外為管理局郭樹清局長は、今年の外為管理の考えは“管理の考えを変えて、均衡管理を実行する”と明確に表明した。過去の不対称の政策フレームワークを変えて、輸出と輸入、資本流入と流出、内資機構と外資機構、国有企業と民営企業を同等に待遇する。更に多く市場、法律等の手段を運用して資源配置を行ない、国際収支均衡と渉外経済発展を促進しなければならない。外為管理部門のサービス意識を強化し、更に行政の審査批准を減らし、手続きを簡素化しなければならない。
 国際収支の目標は、基本的に均衡し、若干余りがあることである。国際収支の均衡保持は、マクロコントロールの四大目標の一つである。国際収支不均衡は開放条件下で内部経済不均衡が外に反映したものであり、それがまた内部経済不均衡を更に過激化する。今回の会議で、マクロコントロールの成果を固め、国際収支の均衡を促進し、更に対外開放水準を高めるため、今年外為管理工作は力を入れて外為管理体制改革を推進し、引続き貿易と投資の便宜化を推し進め、人民元の交換性を緩やかに推進し、人民元為替相場形成メカニズムを完全にし、国境をまたぐ資本流動の監視測定と管理を強化し、対外金融リスクを防止し、徐々に国際収支を調節する市場メカニズムと管理体制を打ち立て、経済の全面的協調発展を促進する。
 今回の外為管理工作会議で今年の外為管理工作の五大任務の手はずを整えた。
第一に、更に貿易と投資活動の便宜をはかる。
第二に、短期資金と決済管理を強化し、短期資金の衝撃を防止する。
第三に、資本取引の交換性を緩やかに推進し、資金の双方向の合理的流動を促進する。
第四に、外為市場育成を加速し、人民元為替相場形成メカニズムを完全にする。外為需給範囲を拡大し、個人、企業単位および金融機関の合理的な外為需要を更に満足させる。外為指定銀行の買為替売為替資金管理を改善する。外為市場の取引品種と取引方式を増加させる。外為市場資源配置の効率を更に高める。
第五に、外貨準備の経営管理を強化し、外貨準備管理の専業化水準を更に高める。
以上の通りであるが、政府活動報告の「国際収支均衡」という六文字の中に、今年の中国当局の人民元為替相場形成メカニズム改革への意気込みを感じ取ることができる。
 今回の全人代における記者会見で、中国人民銀行周小川総裁は、およそ次のように述べている。「中国の準備資産の来源は主として貿易黒字、貿易外の黒字および資本投資で入ってきた資金が主である。中国は資本取引に対してまだ一定程度の外国為替管理を行っている国である。したがって、投機資金がないとは言えないが、総体から見て中国に入ることの出来る数量は決して大きくない。」
 人民元相場問題について、最近は、中国当局が極力鎮静化を図ろうとしているように感じられる。周小川総裁としては、このように言う以外には方法がなかったのであろう。 
 最近の様々な動きから、人民元相場形成メカニズム調整の時期が遠のいていると見るべきか、近づいていると見るべきか。遠のいているとの見方はとりたくない。冒頭に書いたように、遅くとも年内には何らかの調整が行われると見たい。具体的には遅くとも9月までの間に行われると見たい。人民元相場形成メカニズムがこれからどうなるか。中国経済全体の動きとあわせて、注目していきたい。(2005年3月21日記す)