大久保 勲の人民元論壇    
     第8号 2005.4.20発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元切り上げ論再燃
 最近、人民元問題が新聞紙上をにぎわしている。ワシントンで開かれた七カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議は4月16日午前、共同声明を採択して閉幕した。対ドル相場に事実上固定している中国の人民元をめぐっては、名指しはしなかったが変動幅拡大などの改革を早期に実施するよう促した。スノー米財務長官は16日、ワシントンで開いた七カ国財務相・中央銀行総裁会議の後、中国に人民元改革の早期実施を強く働きかける独自の声明を発表した。声明は「中国は人民元の変動幅を拡大する準備ができている」と強調している。スノー財務長官は記者会見で「中国が次にとるべき行動は(変動相場制への移行による人民元の実質的な切り上げを)実施することだ」と述べた。

G7財務相・中央銀行総裁会議
http://news.hexun.com/detail.aspx?lm=1707&id=1017259 より

 米国がG7のあと、独自の声明を出して中国に人民元改革の早期実施を迫る背景には、当然ながら貿易赤字がある。繊維製品や雑貨、家電など、中国からの輸入額は2004年に前年比3割も増えた。貿易赤字は過去最大の6170億ドルに膨らんだが、そのうち約四分の一は対中赤字だ。更に、最近の報道では、今年2月の米貿易赤字は610億ドルと、2月としては過去最大となった。貿易相手国別にみると、対中国の赤字(通関ベース、季節調整前)が最大で138億7100万ドルとなり、前年同月に比べて67.5%も増えている。ブッシュ大統領も4月14日、人民元の早期切り上げを求めていく姿勢を強調し、「自由で公正な貿易を確保するため、中国に人民元の変動幅を拡大するよう働きかけている」と述べた。テーラー財務次官も同日、「中国は直ちに人民元の変動幅を拡大できる。次の段階にすすむべきだ」と従来より強い調子で中国に改革を促した。米国の上院では4月6日、中国からの輸入品に一律27.5%の報復関税を課す対中制裁条項を、06年度国務省支出権限法案に盛り込むことが決まった。これに対し、中国の外交部秦剛報道官は、「為替相場が過小評価されているかどうかは、多国間の貿易状況から分析すべきである。中国は米国に対して一定の貿易黒字があるが、アジアの貿易相手に対してはすべてかなり大きな赤字である」と述べた。

 最近の中国の新聞は、人民元相場は過小評価されていないとする、米国の経済学者の意見を載せている。3月21日付け「経済日報」は、ノーベル経済学賞のステイグリッツがおよそ次のように述べたと報じている。「第一に、中国のマクロコントロールを解決する中での、金利手段の作用を慎重に取り扱わなければならない。もし現在金利を引き上げれば、更に多くのホットマネーが流入するほか、経済過熱抑制には効果がない。従って、中国のマクロコントロールは金利調整にあまり力を注ぐべきではない。その次に、更に重要な一点であるが、現在は中国政府が為替相場調整を行う良い時期では絶対にない。為替相場の安定を保持することは、どのような調整を行うよりも更に良い選択である。現在の固定為替相場制度を改革することは、中国経済に対して多くの不利な影響を与えるであろう。例えば、貿易に対して、農産品価格に対して、就業に対して等々。人民元切上げは中国経済を傷つけると同時に、その他の国にとっていいところがない。なぜなら、中国の輸出製品の価格弾性はかなり低いので、切上げたとしても製品の競争力を削ぐことはありえない。そこで、現在幾つかの税収手段を利用して間接的に貿易に対して影響を与えることがおそらく必要でしょう。例えば輸出税を拡大することである。但し、為替相場に調整を行うことは絶対によろしくない。」
 4月8日付け「経済日報」は、米国スタンフォード大學のマッキノン教授は、人民元と米ドルの現在の為替相場が均衡しており、人民元が過小評価されていないと認めたと報じている。マッキノン教授は、人民元切上げが中国の対米黒字を減少させるとの見方に反対した。彼は人民元を対ドル切上げても中国の対米黒字は減少せず、20世紀の80年代から90年代初めの日本が一つの例証である、と言った。マッキノン教授は、中国が現在実行している管理された変動相場の変動幅が大変狭く、将来必ず問題になる、として、次のように提言している。「人民元の対米ドル中心相場を変えないという前提で、適度に人民元の為替相場変動範囲を拡大する。変動幅を上下各1%に拡大し、変動幅拡大後、中心相場からはずれた時に、中央銀行は介入する。」
 2004年末の外貨準備高は6099億ドルとなり、前年末比2067億ドル増えた。外貨の流入が増えると、中国当局は余剰外貨を買い入れるため、市中の人民元が増えることになる。そのため、中央銀行は中央銀行手形を発行し、「不胎化介入」している。最近、中央銀行手形は一貫して大量に発行されている。2005年3月、その発行量はこれまでの最高の4100億元となったという。これは1月分と2月分の合計に相当する。3月末までに、中央銀行手形は大量発行で残高は1.56兆元となり、2004年末に比して30%も増えた。中央銀行手形は、債券市場で二番目に大きい残高の債券となったという。中央銀行は中央銀行手形の発行でマクロコントロール目的を実現すると同時に、問題も生じている。まず、巨額の中央銀行手形残高で、中央銀行の利息支出が増えた。中央銀行手形が国債や金融債に替わって、インターバンク債券市場で最も活発な取引商品となることで、その他の債券の投資需要を絞り取っている可能性がある。更に、中央銀行手形の金利水準が、債券市場の指標になってしまっている。こうした状況は債券市場にとって正常ではない。しかしながら、現状では中央銀行手形の発行残高が直ちに減少するような状況にはない。

 中国人民銀行の周小川総裁は、「人民日報」記者のインタビューに答えて、中国は積極穏当に,計画的に段取りをつけて人民元為替相場メカニズム改革を推進し、あわせて適当な時期を選んで公表する,と述べた。人民元為替相場政策は主として自国の対外経済、国際収支均衡等の要素を考慮するのであって、個別の国の貿易赤字や黒字を考慮するのではない、と述べた。将来の任務は主として人民元為替相場形成メカニズムを完全にすることであって、単に人民元相場水準を調整することではない,と述べている。

 中国経済の厳しい現状や、中国国内の最近の新聞報道から見ると、米国の圧力にもかかわらず、人民元の切り上げは行わず、適当な時期に変動幅を拡大する可能性がある。そうだとすれば、変動幅が問題になるが、マッキノン教授がいうように、上下各1%なのか、あるいは上下各3%程度まで拡大するのか。変動幅が小さければ、影響はそれだけ限定的になる。(2005年4月18日記す)