大久保 勲の人民元論壇    
     第9号 2005.5.23発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元相場改革はタイミングがずれる?
 1.米国からの人民元切り上げ圧力
 米国からの切り上げ圧力がかかっている。これに対し、中国が反発を強めている。
 4月上旬からの動きをまず整理しておきたい。去る4月6日、上院では中国からの輸入品に一律27.5%の報復関税を課す対中制裁条項を、06年度国務省支出権限法案に盛り込むことが決まった。これに対し、中国の外交部秦剛報道官は、およそ次のように述べた。中国は人民元相場形成メカニズムを完全にするために既に大量の改革を行ってきており、金利市場化改革も序々に推進している。為替相場が過小評価されているかどうかは、多国間の貿易状況から分析すべきである。中国は米国に対して一定の貿易黒字があるが、アジアの貿易相手に対してはすべてかなり大きな赤字である。
 ブッシュ大統領は4月14日、人民元の早期切り上げを求めていく姿勢を強調し、「自由で公正な貿易を確保するため、中国に人民元の変動幅を拡大するよう働きかけている」と述べた。テーラー財務次官も同日、「中国は直ちに人民元の変動幅を拡大できる。次の段階にすすむべきだ」 と従来より強い調子で中国に改革を促した。
 ワシントンで開かれた七カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議は4月16日午前、共同声明を採択して閉幕した。対ドル相場に事実上固定している中国の人民元をめぐっては、名指しはしなかったが変動幅拡大などの改革を早期に実施するよう促した。スノー米財務長官は16日、ワシントンで開いた七カ国財務相・中央銀行総裁会議の後、中国に人民元改革の早期実施を強く働きかける独自の声明を発表した。声明は「中国は人民元の変動幅を拡大する準備ができている」と強調した。スノー財務長官は記者会見で「中国が次にとるべき行動は(変動相場制への移行による人民元の実質的な切り上げを)実施することだ」と述べた。
 米財務省は5月17日議会に提出した報告書で人民元相場をドルに実情固定している中国の為替政策について「大きくゆがんでいる」と批判、半年以内に改革するよう求めた。

人民元の基準レート
    年月日 元/100米j 元/100ユーロ 元/100円 元/100香港j
    2005-05-23 827.65 1046.22 7.6919 106.18
    2005-05-20 827.65 1048.78 7.7239 106.16
    2005-05-19 827.65 1043.70 7.6876 106.09
    2005-05-18 827.65 1044.82 7.7247 106.08
    2005-05-17 827.65 1042.22 7.6849 106.08
    2005-05-16 827.65 1049.28 7.7430 106.09
    2005-05-13 827.65 1058.34 7.7890 106.10
    2005-05-12 827.65 1065.39 7.8351 106.09
    2005-05-11 827.65 1062.70 7.8228 106.09
    2005-05-10 827.65 1060.07 7.8558 106.14
    2005-05-09 827.65 1063.31 7.8865 106.09
    2005-05-08 827.65 1066.88 7.8737 106.09
(資料)中国国家外匯管理局-統計数据より

 2.人民元先物の動き
 香港の人民元先物相場が高値になっている。4月以降の動きをまとめてみたい。
 香港市場の人民元先物(NDF)相場は4月22日、先物1年が1ドル=7.83元台と前日の7.87元台から急伸し、今年1月以来の高値水準となった。この日はFRBのグリーンスパン議長が21日の上院の証言で「事実上の固定相場制度が中国経済に悪影響を与え始めている」と言及したことが材料視された。(05年4月23日付け『日本経済新聞』)
 人民元先物相場が一段と上昇している。香港市場の人民元先物(NDF)相場は4月25日、先物1年物が1ドル=7.80台と前週末の7.83元台からさらに上昇、今年1月以来の高値水準となった。中国人民銀行の周小川総裁が23日、ボーアオアジアフォーラムで「国際社会からの圧力は改革のスピードアップを促し、必ずしも悪いことではない」などと述べたことから、人民元の切り上げ観測が強まった。(05年4月26日付け『日本経済新聞』)
 外国為替市場で、人民元の変動幅を早期に拡大するとの観測が再び強まってきた。変動幅の拡大を受け、人民元相場が切り上がれば「日本の円にも上昇圧力がかかる」との思惑から、4月29日のニューヨーク市場では円相場が終値で1ドル=104.70円台まで上昇した。
米での円上昇のきっかけは、『中国証券報』が「中国は為替制度を変更する条件を整えた」と伝えたこと。(05年5月1日付け『日本経済新聞』)
 5月3日の香港市場で人民元先物(NDF)相場が対ドルで急伸した。先物1年物が1ドル=7.77元台と大幅続伸し、2003年10月の過去最高値(7.78元台)を更新した。
メーデーの連休が明けた香港市場を支配したのが人民元の早期切り上げ観測。上海の外貨取引センターで4月29日、人民元相場は中国人民銀行がアジア通貨危機以降、維持してきた取引レンジを一時超えたのがきっかけだ。(05年5月4日付け『日本経済新聞』)
 5月11日には人民日報が、インターネットのホームページ上に「来週にも人民元制度の変更が発表される」との記事を一時掲載し、円相場が一気に1ドル=104円台まで急上昇する騒ぎがあった。人民日報の”誤報さわぎ“による円の上昇幅が70銭程度にとどまり、1円に届かなかったことに注目する市場参加者も少なくない。(05年5月13日付け『日本経済新聞』)

 3.ホットマネーの流入と外貨準備
 2004年10‐12月には、中国の外貨準備が954億ドルも増えた。2005年1−3月の外貨準備がどうなるか、注目されたが、492億ドルの増加となり、04年10−12月の水準の約半分となった。最近、温家宝首相らが、中国は外圧に屈しないと述べているが、コントロール可能と自信を強めつつあるからでもあろう。中国にとって、米国の金利上昇が続いていることも安心感を深めている要因であろう。米連邦準備制度理事会(FRB)は5月3日、米連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を0.25%引き上げ、年3%とすることを全会一致で決めた。FRBの利上げは昨年6月末から8回連続で、即日実施した。累計では2%の引き上げとなり、2001年9−10月以来、約3年半ぶりの金利水準。FF金利の誘導目標に1%上乗せする公定歩合も0.25%引き上げ、年4%とした。
 北京師範大学の鐘偉教授は次のように述べている。「今年の外貨準備の増加が緩やかになることは予見された。外資利用の角度から見ると、FRBが最近絶えず金利引き上げを行なっていること、中国の内外資企業の所得税の改革等はすべて今年の外資流入減少につながる。外国貿易の角度から見ると、今年中国の外国貿易摩擦と貿易紛争が増加していること、輸出増値税還付政策の調整も貿易黒字が一定の幅で減少することにつながる。これらすべてにより、今年の外貨準備が絶対額は増加するが、増加速度はゆるやかになるという増加局面となる。ホットマネーは人民元切上げに賭けると同時に、自らのコストも考えなければならない。ホットマネーの中国への流入から流出までの一連の過程に大量のリスクコスト、時間コスト等が含まれる。」
 「目下FRBが絶えず金利引き上げを行ない、中国政府の人民元切上げ問題での態度が毅然としている状況下で、ホットマネーは既に明らかにコストが高すぎると感じている。一歩後戻りして話しても、人民元が最終的に3%ないし5%切り上がったとしても、この程度の利益率では、引きつける力が十分ではない。」
 税関統計では、1−3月の貿易黒字は165.8億ドル、商務部の数字では1−3月の中国が実際に利用した外資残高は133.88億ドルである。大量のホットマネーが中国国内に入っているか否かについては意見がわかれている。不動産業界に入っているとの見方もある。
 しかし、外貨の流入、両替、流出の過程に"灰色ルート“が存在することは、誰もが認めている。外為改革の足を引っ張ってはならない。(05年4月19日付け『経済日報』)
 外貨準備の増加が緩やかになったとはいえ、3ヶ月で500億ドル近い水準はやはり多い。
05年5月15日付けの『日本経済新聞』によれば、中国政府が外資系企業の資金調達の制限に乗り出したことが明らかになった。現地法人が親会社の保証を担保に銀行から借りる上限を資本金の2倍程度に限る規制を導入した。人民元の切り上げを見越した投機マネーが現地法人への支援を装って入り込むのを防ぐ狙いと見られる。別の報道では、外為管理局が2005年の域内外資銀行の短期外債指標を確定したとのことである。それによれば、査定を経て、2005年の域内外資銀行の短期対外債務指標合計348億ドルとした。指標制定の目的は、対外債務規模を適当にコントロールし、対外債務構造を調整することである。
 ここで、中国の国際収支状況も見ておきたい。2004年の国際収支の経常項目、資本と金融項目が双方とも黒字となった。うち、経常項目の黒字は686.59億米ドル、前年同期比50%増となった。資本と金融項目の黒字は1106.60億米ドルで前年同期比110%増となった。外貨準備は2066.81億ドル増加し、史上最高の6099.32億ドルとなった。2004年の純誤差と脱漏は現在貸方で、270.45億ドルとなっている。これは国際収支の貨物貿易輸出入総額の2.4%に相当し、国際的に公認の5%の合理的範囲内にある。誤差脱漏が直ちにホットマネーと断定することは出来ないが、2002年77.94億ドル、2003年184.22億ドル、そして2004年は270.45億ドルと増えている。

 4.中国政府の立場
 国家外為管理局魏本華副局長は4月24日、「もっとも早くて今年後半、最も遅くて明年初めに為替相場改革を行なう」という説を否定するとともに、中国政府は為替相場改革に対して“タイムテーブル”はないと表明した。4月24日に行なわれたボアオ・アジア論壇“アジア一体化と経済成長”分科会で、魏本華副局長は、次のように述べた。「中国政府と経済部門は外為制度改革を十分に重視している。ただし、為替相場制度はマクロ政策の一部分であり、各部門,各部分にかかわっており、決して一挙になしとげることは出来ない。少なくとも条件が基本的に備わってから、はじめて判断を下すことが出来る。」(05年4月25日付け『経済日報』)
 魏本華副局長は、中国政府は外資銀行が人民元業務を行なうことを認めており、中国の銀行も外国銀行と競争するので、「どのように中国の銀行の効率を高めるか、コーポレートガバナンス能力をどのように高めるか、は当面の急務である」、と述べ、中国資本の金融機関の競争力の弱さも問題にしている。更に、中国の銀行と対外貿易企業は、基本為替相場制度のもとで多年にわたり操作してきたが、もし変動相場制の環境を換えるならば、どのようにしてリスクを回避するか、金融の人材と法律の人材が必要であり、中国はこの面ではまだ大変弱い、ことも指摘している。このほか、開放された為替相場制度のもとで、かなり成熟した外為市場が必要であり、中国は金融派生商品や外為のツールの面でなお豊富ではなく、その成熟発展にはなお時間が必要である、とも指摘している。ただ、魏本華副局長の指摘するような問題はあるものの、こうした問題は人民元相場制度改革の中で、徐々に解決していく問題でもある。
 人民銀行の呉暁霊副総裁は日本経済新聞の取材に応じ、人民元の為替制度改革について「技術的な準備は出来た」と述べ、事前の検討は終わったことを示唆した。その上で、「国際社会は中国が自主的に(改革の時期を)選ぶ機会を与えて欲しい」と語り、変動幅拡大など制度見直し要求を求める米国をけん制した。(05年5月11日付け『日本経済新聞』)
 日本経済新聞の呉暁霊副総裁インタービューは、やはり特種だったようだ。5月13日付け『経済日報』はおよそ次のように、詳しく報じている。
呉暁霊副総裁は、《日本経済新聞》のインタービューを受けた時、米国が出した人民元切り上げの要求に対して、「これは人民元為替相場制度改革の登場に不利である」と表明した。呉暁霊は次のように強調した。「われわれも努力して仕事をしている。われわれは1−3月になって、彼らがこのような議案を提出するとは思いもしなかった。もともと既に比較的よい環境があった。」呉副総裁が指した議案は、米国の上院が出した、もし中国が人民元に改革を行なわないならば、中国に対して報復的関税を実施するという法案である。呉暁霊副総裁は、次のように表明した。「中国政府の改革の方向は外部の圧力で進められるものではない。」為替相場制度の改変は、決して米国の圧力に屈しないと表明した。
 記者のインタービューを受けた一部の人士は、呉暁霊副総裁の話には二つの情報があると考えた。第一に、中国は人民元為替相場改革に対して、既に改革案を作り、技術的な準備をした。目下最も重要なのは時機を選ぶことである。第二に、外在圧力は人民元為替相場改革に対して決して決定的な作用をしないということである。
 最近、人民元切り上げについての市場のうわさがすこぶる多く、あるものは期日を5月8日とし、5月8日に何もなかった後は、5月18日に中国外為取引センターが8通貨の間の取引を新しく開始する時に、中国政府が恐らく同時に為替相場改革を行なうだろうとした。
 実際は、人民元為替相場改革の鍵は、為替相場形成メカニズムの改革であって、為替相場を簡単に調整することではない。この過程で、人民元為替相場が決まる外為取引センターで、当然市場化改革方面で各種の準備をしっかり行なわなければならない。ただし、少なからずの人士が、5月18日に外為取引センターが新しく世に出した通貨間の取引と人民元為替相場改革とは必然的なつながりはないと考えている。
 上海にある中国外為取引センターは5月中旬から、外貨と外貨の売買取引を始めた。取引の基礎は、現有の米ドル、香港ドル、日本円とユーロの四種の外貨の基礎の上に、英ポンド、カナダドル、オーストラリアドル、スイスフラン等の外貨を加え、新しく始めた外為取引は、米ドル/香港ドル、米ドル/日本円、米ドル/英ポンド、米ドル/スイスフラン、米ドル/オーストラリアドル、米ドル/カナダドル、米ドル/ユーロ、ユーロ/日本円等8種の通貨取引である。中国外為取引センターは既に9行の銀行を選び、ブローカーとした。うち7行は外資銀行であり、2行は中資銀行である。これらの銀行はドイツ銀行、シテイバンク、香港上海銀行、オランダ銀行、オランダ商業銀行、スコットランドロイヤル銀行、カナダモントリオール銀行、中国銀行と中信実業銀行である。
 関係者は、為替相場改革が、いつ登場するかはきっと“不意をつく”であろうと述べた。但し、国内企業と投資者は為替相場改革に対して準備を行ない、更に市場化した為替相場メカニズムに、出来るだけ早く適応すべきだ、と述べている。
 中国人民銀行周小川総裁は、5月18日に人民元が切り上がるとの説を否定し、およそ次のように述べている。中国は一つの大国として、改革の主要な出発点は内部の動力と圧力である。内部改革のロジック、内部のプロセスとニーズで考える。但し、中国は国際的に影響がますます大きくなっている。われわれは必ず各方面の意見を聞き、必ず国民経済全体、特に周辺国家への影響に非常に注意する。(05年5月14日付け『経済日報』)
 温家宝首相は、16日北京で米国商工会議所代表団と会見した時、中国は実際から出発し、ゆるぎなく人民元為替相場改革を推進すると述べた。温家宝は次のように中国政府の基本的立場を明らかにした。第一に、人民元為替相場制度改革を行なうことは、社会主義市場経済体制を打ち立てるために必然の要求であり、金融改革の重要な内容であり、われわれの一貫した方針であり、われわれは、ゆるぎなくこの改革を推進する。第二に、人民元為替相場制度を改革することは、中国の実際から出発しなければならず、マクロ経済環境を考慮し、企業の耐えうる能力を考慮し、金融改革の進行速度を考慮し、国際貿易に対する影響を考慮しなければならない。最近2年来、われわれは多方面から為替相場改革のために積極的に条件を作り、あわせて改革案の研究を進め、大量の準備工作を行なった。同時に、中国は責任を負う国家であり、為替相場改革も周辺国家、地区から世界経済金融への影響にいたるまで考慮しなければならない。第三に、人民元為替相場改革は中国の主権であり、どの国家も完全に自国の国情に適合する為替相場制度と合理的為替相場水準を選択する権利がある。われわれは市場経済規律にのっとるが,ただし外界の圧力には屈しない。どのような圧力と投機的売買も、経済問題の政治化も、みな問題の解決には助けにならない。われわれの態度は大変明確である。条件が備われば、外界の圧力がなくても、われわれは必ず主動的に為替相場改革を推進する。もし条件が備わらなければ、外界が巨大な圧力をかけても、われわれも軽々しく為替相場改革を行なうことはありえない。(05年5月16日付け『新華網』)

 5.まとめ
 最近、人民元為替相場改革についての報道が多い。その多くが、外為市場での人民切り上げ必至との報道である。恐らく外為市場関係者にとっては、いつ人民元が切り上がってもおかしくない。しかしながら、中国は米国を中心とする外圧に屈するわけにはいかない。投機筋の動きに屈することも出来ない。
 もし、人民元切り上げの圧力が加わらず、人民元に対する関心が高くなければ、中国は人民元為替相場改革に動き出したかも知れない。あるいは間もなく動き出す予定だったかもしれない。しかし、これだけ騒がれては動きにくい。他方、上海の外為取引センターでは、新しい為替取引が導入された。外為市場の整備の一環として、大いに意義がある。
 やはり、それほど遠くない先に、人民元為替相場改革は行なわれるであろう。しかし、それは人民元の切り上げではなく、変動幅の拡大であろう。但し、とりあえず行なわれると見込まれる変動幅拡大は前から予想しているように、せいぜい片道3%程度までであろうから、あまり大きな影響はないのではないだろうか。
 中国経済を見ると、最近は不動産の値上がりとか、株式市場での非流通株の放出問題とか、様々な問題が目に付く。不良債権処理を含めて、金融界もまだまだ多くの問題を抱えている。だからこそ、米国の圧力に屈して大幅な人民元切り上げなど到底出来ないわけでもある。米国の期待しているのは、 米国の対中貿易赤字が減少するような大幅な人民元切り上げであろう。それは中国経済の現状を考えると、とても難しい。中国にとって、現状の経済運営はとても難しい。本当は、なんとか中国経済がソフトランディングを実現することが、中国にとっても世界にとっても望ましいのではないだろうか。
                                                  (2005年5月23日記す)