大久保 勲の人民元論壇    
     第10号 2005.6.23発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元相場改革はまず上下に3%程度の変動幅拡大か
 最近の新聞報道を見ていると、米国等の中国への圧力と、それに対する中国の反発が目につくが、やはり前に進んでいる。人民元為替相場形成メカニズムはいつ、どのように変わるのか。現時点での結論からすれば、やはり遅くとも年内に改革は行なわれる。それは単純な切り上げではなく、変動幅拡大となる。変動幅はまず上下に3%程度に拡大する。一度に大幅な切り上げや大幅な変動幅拡大は、中国の国内事情から難しい。
 なぜそのように考えるのか。以下順を追って記していくこととしたい。

 1.人民元問題はなぜ政治問題か
 まず、人民元相場問題がなぜ、これほどまでに注目されるのか。為替相場をどのように決めるかは、それぞれの国の主権の問題であり、他国が圧力をかける問題ではない。それにもかかわらず、毎日の新聞を賑わす大きな政治問題となってしまった。
中国の国際収支
    (資料)中国外匯管理局

 なぜ、単なる為替相場の切り上げとか変動幅拡大が政治問題になるのか。それは、人民元が切り上がれば、儲かるとか損するとかいった次元を超えた大きな問題が横たわっているからといえよう。
 中国の国内総生産が世界の国内総生産に占める比率はまだわずか4%に過ぎないという。それほど小さいのならば、中国の通貨人民元が切り上がろうと、あるいは切り下がろうと世界経済にはあまり大きな影響はないのではないか。
 確かに、中国の国内総生産は世界の4%に過ぎないが、中国の経済成長の世界経済成長への貢献率は20%に達するという。併せて、中国の経済発展は、世界経済の構成と経済秩序の形成に新しい変化をもたらしたとされる。
 米国が中国に更に弾力的な為替相場制度を要求したり、更に市場開放を要求したりするのは、第一に中国に世界経済調整と米ドルの相場下落コストを負担することを要求しているという見方がある。第二に、米中貿易の米国側の赤字を減少させることがあげられる。米国の巨額の貿易赤字の1/4は中国との取引で生じたものとされている。米国としては、これを何とか減らしたい。第三に、中国経済が迅速に発展することを望んでいない勢力があるとされる。米国の右翼と極端な保守主義勢力は、中国を最も主要な“潜在的ライバル”と見ており、経済面で中国を抑圧すべきだと主張している、というのである。(2005年5月30日付『経済日報』)

 2.切り上げで、米国の貿易赤字は減るのか
 米連邦準備制度理事会のグリーンスパンは去る5月20日次のように述べたと報じられている。
 中国は最終的には通貨体系に改革を行なうであろうと信じる。ただし、人民元が切り上がっても、米国の貿易赤字が減少する助けにはならない。なぜなら、米国の小売商は国内の供給者から仕入れせず、他の国から輸入するからである。6月7日(北京時間)にもグリーンスパンは、同様の発言をしている。人民元相場の変化は米国経済と貿易赤字解決には決して大きな助けにはならないであろうが、更に弾力的な為替相場制度は中国経済に対していいところがある、というのがグリーンスパンの見方とされる。
 国際的に人民元切り上げの世論がなぜ強烈なのか。一つの重要な理由は、人民元切り上げが米国の巨額の経常勘定の赤字を減少させることが出来、世界経済の不均衡を緩和するというのである。しかし、中国の輸出は近年来、増加がかなり速いが、総規模は世界の6%に過ぎず、これでは世界経済不均衡の原因にはなり得ないというのが中国側の見方である。中国の労働力コストがかなり低いとの非難については、人民元相場をどのように調整しようとも、現状からすれば解決は難しい。中国の労働力は米国の4倍以上あり、しかも中国の平均賃金は米国の3%以下とされる。(2005年5月27日付『経済日報』)
 中国は労働力コスト等の面で巨大な優位性があるので、日本、韓国、台湾、香港等の企業の対中投資規模は絶えず拡大しており、ハイテク製品等の部品を中国に輸出し、組み立て加工の後米国に輸出する。この種の新しい貿易チェーンのもとで、中国大陸の韓国等に対する貿易赤字は拡大しており、対欧米の貿易黒字は増加している。従って、中国の対米貿易の黒字は、実際上はその多くの部分が、その他の国、地域の米国に対する貿易黒字の移転である。こうした状況は今後長期に続くので、米国の人民元切り上げ圧力も長く続く問題である、との指摘もある。(2005年5月30日付『経済日報』)

 3.人民元相場形成メカニズム改革は行なわれるか
 最近の新聞報道を見ると、米国等の中国に対する人民元切り上げの圧力がますます強まるが、中国側は圧力に屈しないとの姿勢が目立っている。
 例えば、去る4月、米国では6ヵ月以内に人民元相場改革を行なわないならば、中国からの輸入に対し、27.5%の懲罰的輸入税が課せられることになった。主要国首脳会議(グレンイーグルズ・サミット)の財務相会議は6月11日共同声明を発表して閉幕したが、人民元改革では切り上げを求める米国に、日本も欧州と同調し、中国に早急な改革を促す包囲網が一段と狭まった、と報じられている。スノー米財務長官は財務相会合後に声明を発表し、名指しを避けながらも中国に人民元改革の取組を促した、とされる。
 しかしながら、中国側の報道を詳しく見ていくと、人民元相場改革を行なうための具体的準備が進んでいることが感じられる。人民銀行呉暁霊副総裁の、《日本経済新聞》とのインタービューには、「中国は人民元為替相場改革に対して、既に改革案を作り、技術的な準備をした。目下最も重要なのは時機を選ぶことである」との情報が込められている、との見方がある。(2005年5月13日付『経済日報』)
 上海にある中国外為取引センターは去る5月18日から、外貨と外貨の売買取引を始めた。取引の基礎は、現有の米ドル、香港ドル、日本円とユーロの四種の外貨の基礎の上に、英ポンド、カナダドル、オーストラリアドル、スイスフラン等の外貨を加え、新しく始める外為取引は、米ドル/香港ドル、米ドル/日本円、米ドル/英ポンド、米ドル/スイスフラン、米ドル/オーストラリアドル、米ドル/カナダドル、米ドル/ユーロ、ユーロ/日本円等8種の通貨取引である。これは外為市場でのリスク回避のための環境整備の一環といえる。中国の国内企業と投資家は為替相場改革に対して準備を行ない、更に市場化した為替相場メカニズムに、出来るだけ早く適応することが期待されている。
 温家宝首相は、去る5月16日北京で米国商工会議所代表団と会見した時、中国は実際から出発し、ゆるぎなく人民元為替相場改革を推進する、と述べた。そして、「条件が備われば、外界の圧力がなくても、われわれは必ず主体的に為替相場改革を推進する」と述べた。
 中国の新聞は、「資本取引の厳格な管理を徐々に自由化し、為替相場変動幅を徐々に拡大するのが、中国の為替相場体制改革の二つの重要な内容である」と書いている。(2005年5月23日付『経済日報』)また、「現行の人民元為替相場形成メカニズムに改革を行なうことは、中国政府の既定方針であり、その目的は、国内経済発展の必要に適応させるためである。」(2005年5月27日付『経済日報』)などと報じられている。更に、次のようなことも書かれている。「為替形成メカニズムを改善し、為替相場を市場で更に弾力性あるものとすることは、既に中国経済発展で避けて通れない焦点となった。」「今後、人民元の為替相場形成メカニズム改革の目標は、主として為替相場コントロール方式を改善することである。人民元相場の弾力性を増すことである。更に徐々に為替相場形成の市場化程度を高めることである。最終的には、為替相場を合理的で均衡の取れた水準での基本的安定保持を実現することである。」(2005年5月27日付『経済日報』)人民元相場の弾力性を増すということは、つまり変動幅を拡大するということである。変動幅拡大だが、一度に拡大するのではなく、何回かに分けて拡大する可能性がある。何回かに分けることで、銀行も企業も個人も、相場が変動する前提で、為替リスク回避の手法に次第に習熟してくることになる。
 「中国にとっての政策操作のカギは、適当な時期を選び、適当な幅を選び、為替相場制度改革の総体的要求と進行過程に符合するようにして、経済の大幅な変動を避けることである。この過程で、中国政府は必ずこれによって生じた二国間あるは多国間の駆け引きに直面することになる。その中から最も有利な国際環境を勝ち取り、同時に人民元のために、最後には市場化し、国際化するための理論と政策の準備をしっかりとしなければならない。」(文/李紅岩=中国現代国際関係研究員副研究員)(2005年5月30日付『経済日報』)
 最近の中国人民銀行の周小川総裁の発言から要点を記してみたい。「人民元相場改革は、“漸進式”である」としている。つまり上述したように、一度に大幅な切り上げや大幅な変動幅拡大はしないということである。
 「企業が外為リスクにうまく対応できるようにして、企業がグローバル化に適応できるよう手助けしなければならない」としている。これも改革は企業の立場を考えて、一度に手荒なことはしない、ということである。
 「外部は人民元相場切り上げがもたらす可能性のある変化に対してあまり大きな期待を持ってはならない」と言っている。まず小幅ということを示している。
 「改革は人民に対して責任を負わねばならないので、為替相場改革が国内産業、就業と経済発展にもたらす可能性のある影響について詳しく分析しなければならない」としている。外圧に屈するというのではなく、中国の国内事情を大いに勘案して行なうということである。
                                                 (2005年6月8日付『経済日報』)

 4.中国にとって人民元相場改革を行なわないデメリット
 中国の外貨準備が急増している。
 2003年に、中央銀行は中国銀行と建設銀行のために450億ドルの資本注入をしたが、外貨準備はなお1168億ドル増えた。2004年には更に2067億ドル増えた。2005年1−4月には、中国工商銀行のために150億ドルの資本注入をした基礎の上に、更に中国の外貨準備は608億ドル増えた。
 国務院発展研究センター課題組は、「今年、年間を通してみると、これまでの2年間の外貨準備大幅増加の勢いが続く可能性が高い。このことは通貨政策の操作余地をなくしてしまい、あわせて人民元上昇圧力を大きくする。一方では、基礎通貨の供給が多すぎて、貨幣価値安定を目標とする通貨政策操作が大変大きな困難に直面する」としている。(2005年5月23日付『経済日報』)
 次の指摘もある。
 「金融専門家は次のことを否認しない。すなわち、目下人民元為替相場メカニズムにはなお一部足りない点がある。それは主として、市場の需給を弾力的に反映できないことである。」「こうした状況で、人々の外為リスク意識を低下させてしまった。企業が価格競争力に依存しすぎることになり、企業が管理と技術面での刷新の力を弱め、企業は非価格競争力の面で、配慮が不十分であった。」「一部の領域に出現した投資過熱、インフレ圧力、資産バブル等の現象は、一つとして為替相場問題と密接な関連がないものはない。」「為替形成メカニズムを改善し、為替相場を市場で更に弾力性あるものとすることは、既に中国経済発展で避けて通れない焦点となった。」「今後、人民元の為替相場形成メカニズム改革の目標は、主として為替相場コントロール方式を改善することである。人民元相場の弾力性を増すことである。更に徐々に為替相場形成の市場化程度を高めることである。最終的には、為替相場を合理的で均衡の取れた水準での基本的安定保持を実現することである。」(2005年5月27日付『経済日報』)

 人民銀行系の「金融時報」は去る6月15日、改革初期は3−5%の変動幅を試すことが可能だ」とする記事を載せたという。中国も人民元相場改革の必要を痛感している。問題はいつやるかである。もはや人民元相場改革は遠い先のことではない。
                                                  (2005年6月21日記す)