大久保 勲の人民元論壇    
     第11号 2005.7.21発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元相場形成メカニズムの調整はやはり年内

 1.結論は変わらず
 結論から先に書いておきたい。温家宝首相は、去る6月26日、人民元相場メカニズム改革について三原則を述べたが、やはり、第一段階は年内実施、方法は変動幅調整で、片道3−5%とみたい。 

 2.外貨準備の急増
 中国の外貨準備が急増して、6月末で7110億米ドルとなった。日本の外貨準備は最近あまり増えておらず、8249億米ドルとなっている。中国の外貨準備は2003年が実質的に1618億ドル増え、2004年は2067億ドル増えた。今年は1−6月で1000億ドル以上増えており、このままなら年内に日本と並ぶか日本を抜く可能性も出てきた。

 3.温家宝首相の三原則
 中国の温家宝首相は去る6月26日に開かれたアジア欧州会議(ASEM)財務相会議で演説し、人民元改革について@中国の独自判断(中国語で主動性)A制御可能な対応(可控性)B時間をかけて進める(漸進性)の三原則を堅持し、中国は責任ある態度とやり方で改革を推進すると強調した。温家宝首相は、「この種の責任ある態度とやり方は、中国のマクロ経済の安定と発展のために有利であるだけでなく、周辺国家および世界経済の安定と発展のためにも有利である」と述べた。
 温家宝首相のスピーチの中で、次の点に触れている。@中国は更に柔軟な為替相場制度をつくる。A外部で関心のあるタイムテーブルについては、“急于求成”(功を焦る)ことは出来ない。Bこの改革は関係する面が広いので、影響が大きく、なお大量の準備を行なう必要がある。C中国の為替相場改革は決して外部の圧力に屈しない。D人民元為替相場改革の方式、内容と時期は国内改革と発展の必要で決定する。
 新中国成立以来の人民元相場を簡単に振り返ると、中国の対外開放以前は、中国経済の実態とは関係なく、安定第一であった。対外開放になると、輸出促進のために、1993年末まで切り下げの一途をたどった。1994年1月に外為体制改革が行われ、1ドルが8.7元となった。1993年末の時点で、外貨調整センター相場が1ドル=8.7元、公定相場が1ドル=5.8元であり、公定相場が使われた比率が2割、調整センター相場は8割であったことから、統一された相場が1ドル=8.7元は人民元の下げすぎであった。そのため、やがて1ドルが8.27−8.28元の水準となり、現在に至っている。
 中国経済は高度成長を続けているとはいえ、雇用問題等国内的には複雑な問題を抱えている。従って安易に切り上げ等は出来にくい。しかし、人民元相場が事実上長期に固定されているために、大量のホットマネーが流入し、不動産バブルの原因にもなっている。相場安定のために、余剰外貨を吸収し外貨準備が急増を続ける中で、通貨政策がうまく機能しなくなるという問題も生じている。中国政府にとっては、外圧には屈することは出来ず、方式とタイミングの問題はあるものの、人民元相場形成メカニズム調整はどうしても行なわねばならない。そのときに、中国の金融機関と企業の実情から、一度に大幅な調整は行ないにくい。そのような事情から、第一段階は年内実施、方法は変動幅調整で、片道3−5%とみたいのである。

 4.最近の中国報道に見る問題のポイント
  本年6月と5月の『経済日報』の報道から、人民元問題のポイントをまとめておきたい。
(1)人民銀行周小川総裁発言。
改革は人民に対して責任を負わねばならないので、為替相場改革が国内産業、就業と経済発展にもたらす可能性のある影響について詳しく分析しなければならない。
人民元相場改革は、“漸進式”であり、各方面に生じる影響について詳しく分析し、十分な準備をしなければならない。
中国の為替相場制度改革の方向と決心は非常にはっきりしている、但し改革は二つの面でよく準備しなければならない。まず現有の金融機関を改革し、将来の為替相場改革の基礎を作らなければならず、同時に企業が外為リスクにうまく対応できるようにして、企業がグローバル化に適応できるよう手助けしなければならない。
人民元相場切り上げがもたらす可能性のある変化に対してあまり大きな期待を持ってはならない。なぜなら中国が世界経済に占めるシェアはまだ大変小さい。もしのぞみが高すぎると、中国からすれば肩の荷が重過ぎる。(王智記者、2005年6月8日付け『経済日報』)

(2)アジア開発銀行の一つの報告。
中国の人民元相場切り上げの、世界の貿易不均衡と米国の貿易赤字に対する影響は十分限られたものであるが、中国経済に対する影響は重大であるとしている。
中国からの輸入が減った分はアジアのその他の国からの輸入増加で帳消しとなる。しかも人民元相場切り上げの中国経済に対する消極的影響が輸入需要を制限するであろう。従って、米国の輸出は人民元相場切り上げで大幅に増加させることは難しい。
もし人民元が10%切り上がれば、中国がインフレ圧力を阻止し、投資を減らすのに大いに有利であり、従って、中国の過熱した経済と国内総生産を安定させるのに有利である。だが、もし人民元の切り上げ幅が20%あるいは更に大きくなると、中国の国内総生産の増加速度が半分となり、ハードランディングとなるリスクがある。(2005年6月5日付け『経済日報』)

(3)マンデル教授が人民元相場は安定させるべき、と述べる
 5月30日に行なった“2005ノーベル賞受賞者北京論壇”で、1999年ノーベル経済学賞受賞者―”ユーロの父“マンデル教授は、当初予定の演題を変えて、人民元について次のように述べた。人民元相場の安定を維持することは中国経済成長に有利であり、人民元の切り上げあるいは変動は、中国に不利なだけでなく、世界のほかの国の経済にも不利である。従って、当面最も良い政策は人民元為替相場の安定を維持することであり、そうして資本勘定、国内経済、銀行体系等の面についての改革を進める。これらの改革が成功した後に、徐々に人民元為替相場を変動相場にする。(2005年5月31日付け『経済日報』)

(4)米国はなぜ人民元切り上げを迫らなければならないか
米国が人民元切り上げの圧力をかけるのは、その主要な目的は三つある。一に、中国に米ドル相場下落のコストを分担させる。二に、米中貿易の赤字を減少させる。三に、中国経済が迅速に発展することを防ぐ。
中国のGDPは、世界の4%に過ぎないが、中国の経済成長の世界経済成長への貢献率は20%に達する。併せて、世界経済の構成と経済秩序の形成に新しい変化をもたらした。米国が中国に更に弾力的な為替相場制度を要求したり、更に市場開放を要求したりするのは、実質は中国に世界経済調整と米ドルの相場下落にコストを負担することを要求しているのである。
中国は労働力価格等の面で巨大な優位性があるので、日本、韓国、台湾、香港等の企業の対中投資規模は絶えず拡大しており、ハイテク製品等の部品を中国に輸出し、組み立て加工の後米国に輸出する。この種の新しい貿易チェーンのもとで、中国大陸の韓国等新興工業体の貿易赤字は拡大しており、対欧米の貿易黒字は増加している。従って、中国の対米貿易の黒字は、実際上はその多くの部分が、その他の経済体の米国に対する貿易黒字の移転である。上述の局面は長期に存在するので、米国の人民元切り上げ圧力も長く続く問題である。
米国の右翼と極端な保守主義勢力は、中国を最も主要な“潜在的ライバル”と見ており、経済面で中国を抑制すべきだと主張している。
別の角度から見れば、人民元には目下国際社会の切り上げの外部圧力が存在するだけでなく、部分的には中国経済の高度成長という基本面の支えがある。中国にとっての政策操作のカギは、適当な時期を選び、適当な幅を選び、為替相場制度改革の総体的要求と進行過程に符合するようにして、経済の大幅な変動を避けることである。この過程で、中国政府は必ずこれによって生じた二国間あるは多国間の駆け引きに直面することになる。その中から最も有利な国際環境を勝ち取り、同時に人民元のために、最後には市場化し、国際化するための理論と政策の準備をしっかりとしなければならない。
(李紅岩=中国現代国際関係研究員副研究員、2005年5月30日付け『経済日報』)

(5)為替相場改革:なにか?どうしてか?どうするのか?
温家宝首相が強調して指摘したように、“人民元相場改革は中国の主権であり、どの国も自国の国情に適合する為替相場制度と為替相場水準を選ぶ権利が完全にある。われわれは市場経済の規律にのっとるが、外界の圧力には屈しない。”
現行の人民元為替相場形成メカニズムに改革を行なうことは、中国政府の既定方針である。その目的は、国内経済発展の必要に適応させるためであり、外国人におもねるためではない。
問題一:切り上げの要求をどのように見るか
国際的に人民元切り上げの世論が強烈なのを分析すると、一つの重要な理由は、人民元切り上げが米国の巨額の経常勘定の赤字を減少させることが出来、世界経済の不均衡を緩和するということである。冷静かつ公平に論じれば、この理由は根拠がない。
目下、世界経済に出現した不均衡現象は、主要な原因は各国の貯蓄水準に差が大きく、とりわけ米国の財政赤字が多すぎ、国民貯蓄がかなり低いことによるものである。中国の対外貿易は近年らい、増加がかなり速いが、総規模は世界の6%に過ぎず、世界経済の不均衡を作ることは根本的に不可能である。
中国は日本、韓国、アセアン等に対して、貿易は赤字である。その上、米国やEUに対して黒字なのは、その原因の大きな部分は中国に対する輸出商品の制限である。
中国の労働力コストがかなり低いとの非難については、人民元相場をどのように調整しようとも、改めることが出来ない現状である。中国の労働力は米国の4倍あまりで、中国の平均賃金は米国の3%以下である。
問題二:現行の為替相場をどのように見るか
中国の外為改革の歴史を回顧すると、経済市場化程度が絶えず高まることで、人民元為替相場メカニズムは確かに改善すべきところがある。
金融専門家はみな次のことを認めている。すなわち、現行の為替相場制度と中国の経済発展段階、金融管理監督水準と企業が耐え切れる能力は互いに適応しており、対外貿易と投資の迅速な発展を促進し、国内経済建設を支持した。更に重要なのは、外貨金融危機の衝撃を有効に防いだ。
同時に、これらの専門家は次のことを否認しない。すなわち、目下人民元為替相場メカニズムにはなお一部足りない点がある。それは主として、市場の需給を弾力的に反映できず、為替相場の資源配置のなかでの積極的作用が一定の制限を受けていることである。
この種の状況が作り出した結果は、人々の外為リスク意識を低下させたことである。企業が価格競争力に依頼しすぎることになり、企業が管理と技術面での刷新の力を弱め、企業が非価格競争力の面で、考慮が不十分であった。とりわけ資源を更に輸出製造部門と沿海地区に集中させ、産業と地区発展の不均衡を激化させた。
一部の領域に出現した投資過熱、インフレ圧力、資産バブル等の現象は、一つとして為替相場問題と密接な関連がないものはない。
アナリストは次のように認めている。目下の為替相場メカニズムで為替相場が長期に不変なため、人民元外貨の金利差と人民元切り上げ期待で、域内企業と個人が外貨を国内に戻し、外貨を売り、はなはだしきはまだ投機資金が流入している。
為替形成メカニズムを改善し、為替相場を市場で更に弾力性あるものとすることは、既に中国経済発展で避けて通れない焦点となった。
問題三:基礎的な工作をどのようにうまくやるか
人民元為替相場改革の着眼点は、為替相場形成メカニズムを改善することであり、単純に為替相場水準を調整することではない。
今後、人民元の為替相場形成メカニズム改革の目標は、主として為替相場コントロール方式を改善することである。人民元相場の弾力性を増すことである。更に徐々に為替相場形成の市場化程度を高めることである。最終的には、為替相場を合理的で均衡の取れた水準での基本的安定保持を実現することである。(2005年5月27日付け『経済日報』)

(6)外貨準備増加が速すぎることがもたらした新しい矛盾
2003年に、中央銀行は中国銀行と建設銀行のために450億ドルの資本注入をしたが、外貨準備はなお1168億ドル増えた。2004年には更に2067億ドル増えた。2005年1−4月に、中国工商銀行のために150億ドルの資本注入をした基礎の上に、中国の外貨準備は608億ドル増えた。年間ではこれまでの2年間の外貨準備大幅増加の勢いが続く可能性が高い。
このことは通貨政策の操作余地をなくしてしまい、あわせて人民元上昇圧力を大きくする。一方では、基礎通貨の供給が多すぎて、貨幣価値安定を目標とする通貨政策操作が大変大きな困難に直面する。別の面では、1998年以来、中国の為替相場水準は基本的に不変であり、外為需給を弾力的に調整することが難しく、外貨準備増加が速く激しい状況の下で、もし為替相場変動幅を拡大すれば、人民元切り上げ圧力が必ず切り下げ圧力よりも大きい。
為替相場変動と資本取引自由化の過程を協調して順に推進しなければならない。
資本取引の厳格な管理を徐々に自由化し、為替相場変動幅を徐々に拡大するのが、中国の為替相場体制改革の二つの重要な内容である。
1998年から2004年まで、中国は資本取引管理を徐々に緩めてきた。国際通貨基金が確定した43の資本取引項目のうち、中国が交換可能にしたのは8項目あり、制限がかなり少ないのが11項目あり、制限がかなり多いのが18項目あり、厳格な管理のものは6項目に過ぎず、全体の2割に達していない。同時に、中国は為替相場形成メカニズムを完全にするための大量の準備工作を行なった。
今年は関連措置を取ることを早め、人民元切り上げ圧力を軽減すべきである。重点的に考慮できるのは、適格域内機関投資家(GDII)制度を通じて、国外機関の人民元債券発行規模拡大等の手段で、中国の外貨準備の過度の増加を抑制することである。これは為替相場調整のためにチャンスを勝ち取るのに有利なだけでなく、人民元相場が潜在的な均衡水準に近づくのに有利であり、為替相場調整後に、マクロ経済への震動を減らす。(国務院発展研究センター課題組)(2005年5月23日付け『経済日報』)

(7)三つの現象に注目−北京大学中国経済研究中心林毅夫主任発言。
当面の国民経済には三つの特別に注目に値する現象があるとしている。
第一は、生産能力過剰の状況がなおかなりひどいこと。商品小売価格指数の統計のための16種類の商品中、食品、飲料タバコ酒、新聞雑誌、燃料、建築材料等を除き、紡織品、家庭用電器製品、事務用品、日用品等10種類の小売価格は1998年以来、下落の趨勢にある。
第二は、輸出貿易の中国経済成長への貢献が顕著である。1−3月の貿易黒字166億ドルは、2004年の年間の黒字320億ドルの52%に相当する。2004年1−3月の84億ドルの赤字と比べると250億ドル増え、約2068億元に相当する。これは1−3月の国内総生産増加量2500億−2600億元の80%に相当し、1−3月の国内総生産増加の主な源となっている。
第三に、人民元切り上げ投機圧力が依然存在する。2004年の中国の外貨準備は2067億ドル増えたが、うち半分は最後の三ヶ月に形成された。外貨準備増加額中、経常項目が約700億ドル、資本と金融項目が約1120億ドルを占める。資本と金融項目中、実際に使用した外商直接投資が606億ドル、その他は大部分がホットマネーである。1−3月の実際に使用した外商直接投資は134億ドル、貿易黒字が166億ドルあり、双方を加えてやっと300億ドルである。但し1−3月の外貨準備増加は492億ドルである。余分の192億ドルは、ホットマネーの性質を有する域内金融機構が国外資産を域内に送金したもの、あるいは国外からの短期借款の増加、あるいは住民の外貨を人民元に両替したものである。
そのほか、1−3月の輸入は前年同期比増加率が大幅に下落したのは、国際石油と原材料価格が上昇したことと国内のマクロコントロールで減少した輸入需要以外に、人民元が近いうちに切り上がるとの期待で、国内企業が輸入を減らした可能性がある。ホットマネーの流入は1−3月には、既にある程度減少している。
切り上げ投機の圧力下では、絶対に圧力に屈服して切り上げてはならない。
IMFの高級経済学者黄海洲博士の国をまたぐ実証研究によれば、発展途上国は管理された変動相場制を実行することが経済成長と安定に最も有利である。
ただし、理論と多くの国の経験に基づけば、投機の圧力の下で、一回限りの20%、30%という過度の切り上げで、投機筋の利ざや稼ぎの願望を満足させられなければ、管理された変動相場を回復するというどのような試みも、上に動いた固定相場に変わるだけである。しかも一回限りの過度の切り上げのあと、投機筋は必ず資金を引き出し利ざやを稼ぎ、為替相場には過度の切り下げの圧力がかかり、為替相場は大幅に上下に変動し、対外貿易と国民経済の正常な進行には極めて不利である。(2005年5月19日付け『経済日報』)
以上
2005年7月17日記す