大久保 勲の人民元論壇    
     第13号 2005.8.26発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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変動幅拡大の準備は進んでいる
1. 切り上げ幅ではなく、相場形成メカニズム変更が重要
 まず結論から先に書いておきたい。変動幅拡大のための外為市場整備が急速に進んでいる。変動幅拡大は遅くも年内に行なわれる。人民元相場は上がったり下がったり、上下への変動の幅を拡大しながら緩やかに上昇する。
 中国が人民元為替相場形成メカニズムを変更してから、1ヶ月余り経過しての反応は、ひと言で言えば期待はずれということであろう。2%切り上がり、上下に各0.3%の変動幅を設けたが、その幅の中で0.1%上昇しただけということから見れば、そうした反応が出るのもむしろ当然かもしれない。 写真:周小川人民銀行総裁
バスケットの中身を説明する
周小川人民銀行総裁
 しかしながら、中国人民銀行の周小川総裁も、今回の改革は、切り上げの幅ではなく、為替相場形成メカニズムが変わった点が重要である、と最初から強調している。
 変動幅拡大のための準備が予想以上に速く進んでおり、遅くも年内には変動幅の拡大が行なわれるであろうが、変動幅が拡大しても、単純に切り上がるということではない。長期的に見れば、現状では人民元相場は緩やかに切り上がっていくであろう。しかし、短期的には、近い将来拡大される変動幅の中で、上下への変動の幅が拡大された動きを示すことになる。それでは、人民元切り上げに期待してもリスクが生じてしまうではないか、ということになる。その通りである。
 投機筋が期待した切り上げ益を得られないことは自業自得としても、企業や個人は相場変動リスクを回避する手段がないと困ることになる。そこで最近、中国は矢継ぎ早に、外為市場整備の具体策を発表している。
 
2. 先物相場は人民元高
 8月17日付けの中国の新聞『経済日報』に、“インターバンク先物取引は順調に開始”という見出しで小さな記事があった。そこにおよそ次のことが書いてあった。「インターバンク先物取引は15日、順調に始まった。米ドル/人民元先物取引の最新レートは、1ヶ月もの8.0778、3ヶ月もの8.0370、6ヶ月もの7.9417、9ヶ月もの7.8609、1年もの7.8140。いわゆる先物外為取引は、売買双方が先ず契約を結び、外為取引の数量、為替相場、受け渡し日を約定し、約定日に受け渡しを行なう。これまでは中国のインターバンク外為市場では、すべて直物取引を行い、直物相場のみが存在した。」
 相場があまり動いていないのは直物相場だけである。先物相場は上記報道の通りかなり元高になっている。ただ、これでも控えめな元高といえるかもしれない。
 
3. 為替リスク回避の手段としてインターバンクの先物とスワップを認める
 最近、中国当局はインターバンク取引、つまり銀行間取引に先物取引を認めることとした。ただ、このように書くと厳密ではない。中国銀行は既に1997年から先物取引を開始していたのである。人民銀行は8月10日、《外為市場発展加速にかかわる問題についての通知》を出した。この通知で為替相場形成の市場化の度合いを高め、銀行と企業に更に多くのリスク管理のツールを提供することになった。《通知》は、主に三つの内容を包括している。一は、インターバンク直物外為市場取引主体の範囲を拡大することである。条件に合うノンバンクと非金融企業が実需原則でインターバンク市場に参加することを認める。二に、インターバンク取引モデルを増加させる。先物取引で、相対(あいたい)取引を認める。三に、インターバンク外為市場での取引品種を更に豊富にする。条件に合うインターバンク外為市場参加主体にインターバンク先物取引を認める。資格のある市場会員に、インターバンク直物と先物、先物と先物の人民元と外貨のスワップ取引を認める。
 
4. 顧客との間で先物とスワップを認める
 人民銀行は最近、《外為指定銀行の顧客に対する先物売為替買為替業務拡大と人民元と外貨のスワップ業務にかかわる問題についての通知》(以下、通知と略称)を出した。《通知》は、人民元と外貨の先物業務を行なう銀行主体を拡大し、条件に合う銀行が顧客に対し、金利の交換にかかわらない人民元と外貨のスワップ業務を認めることとした。人民元と外貨の先物取引とスワップ取引は銀行が顧客に提供する為替リスクリスクヘッジの道具である。《通知》によれば、取引期限の制限はなく、銀行が自ら取引期限と期限延長の回数を決めてよい。《通知》は取引範囲の拡大も認めている。現在の貿易、サービス等のほかに、経常移転を含むすべての経常取引を含めている。
 以上のように、中央銀行は、外為市場発展にかかわる通知と、銀行の顧客に対する先物とスワップ取引にかかわる通知の二つの通知を出したが、これら二つの通知は、人民元為替相場形成メカニズムを改善するための重要な措置であり、銀行と企業に積極的な影響を及ぼす、とみられている。
 インターバンク外為市場は、1994年からこれまで11年間に、会員が絶えず増加し、2005年6月末現在、会員は366社で、うち国有商業銀行は4行、株式制商業銀行が11行、政策性銀行が3行、都市商業銀行が39行、商業銀行の授権された支店が109店、外資銀行179店、信託投資公司2社および19社の農村信用聯社となっている。
 市場成立当初は米ドルと香港ドルだけだったが、1995年に日本円が増え、2002年にはユーロが増えた。インターバンク市場での成約額は年々増え、1994年に408億ドルであったものが、1997年には700億ドルに増え、2004年には2099億ドルとなった。
 
先物売為替買為替業務:
 外為指定銀行と域内機構が先物契約を結び、将来行なう買為替、売為替の外貨幣種、金額、為替相場と時期を約定し、時期が到来した時に契約に基づいて、買為替か売為替を行なう。例えば、某輸入企業が3ヵ月後に、国外の輸出者に米ドルの貨物代金を支払うとする。財務コストを確定するために、当該企業は銀行と予め先物売為替契約を結ぶ。このようにして、相場変動にかかわらず、約定した為替相場で銀行から米ドルを買い、為替相場変動リスクを減らすことが出来る。
人民元と外貨スワップ業務:
 人民元と外貨スワップ業務で、域内機構と銀行は異なる日に、二度方向が異なる人民元外貨取引を行なう。最初の取引で、域内機構は外貨を約定した為替相場で、銀行で人民元に換える。次の取引で、当該機構は人民元を約定した為替相場で、銀行で外貨に換える。例えば、某輸出企業が国外の輸入者から貨物代金として5百万米ドルを受け取る。当該輸出企業は外貨を人民元に換えて国内支出に充てる。同時に、当該企業は原材料を輸入し、3ヵ月後に5百万ドルの貨物代金を支払わねばならないとする。このとき、当該企業は銀行と直物対三ヶ月先物の人民元と外貨のスワップを行なうことができる。直物で5百万ドルを売り、人民元を受け取る。三ヶ月先物で人民元を払って5百万ドルに換える。こうして当該企業はリスク回避の目的を達する。(2005年8月10日付け『経済日報』)
 
5. 中国が通貨ブローカー制度を作る
 外為市場で、先物取引やスワップ取引が出来るようになり、しかも市場参加者が増えるということは、中国が以前から目標としていた外為市場の整備につながる。外為市場の更なる整備の方法として、最近、銀行業監督管理委員会は《通貨ブローカー公司試験的実施管理弁法》を頒布実施することとした。中国の外為市場に通貨ブローカー制度を作ろうというのである。通貨ブローカー公司は金融市場の取引仲介を行い、業務は通貨市場、資本市場および外為市場の主要商品にわたる。通貨ブローカー制度を導入し、通貨ブローカー公司を設立することは、市場の流動性と透明度を増し、資金の金融市場での運用効率を高めることになる。通貨ブローカー公司の導入初期に、中外合弁の形態をとってもよい。《試点弁法》は、9月1日から施行されることになった。
 2005年8月12日付け『経済日報』は、通貨ブローカー公司試験的実施管理弁法について銀監会の関係部門の責任者との一問一答を載せている。その一部を紹介しよう。
Q:通貨ブローカー公司をなぜ導入し、設立する必要があるのか。
A:目下、インターバンク市場参加者は既に2000社を超えた。参加主体の多元化、投資需要の多様化によって、市場は専門に情報サービスに従事する専業機構が必要とするようになった。直接取引に比して、ブローカー経由の間接取引は便利で速い等多くの利点がある。また、金利市場化および中国のWTO加盟後、通貨ブローカー制度の導入が必要になった。
Q:通貨ブローカー公司の主要な業務は何か。
A:規定によれば、以下の一部または全部の業務に従事することが出来る。
(1) 域内外の外為市場取引、(2)域内外の通貨市場取引、(3)域内外の債券市場取引、
(4)域内外のデリバテイブ取引、(5)銀監会の認めたその他の業務。
 
6. 通貨バスケットの中身
 周小川総裁はおよそ次のように語っている。
人民元為替相場調節の一つの参考として、通貨バスケットの選択とその比重を確定するときの基本原則は、中国の国際収支経常勘定の主要取引国家、地区及びその通貨を考慮することである。平たく言えば、中国の対外貿易、対外債務(利息支払いを含む)、外商直接投資(配当を含む)等対外経済貿易活動中かなり大きな比重を占める主要な国家、地区の通貨を総合的に考慮して、ひとつの通貨バスケットを組成し、それぞれ通貨バスケットの中での比重を決める。周小川総裁は、商品とサービス貿易の比重を通貨バスケット選択と比重確定の基礎とすると強調した。この他、周小川総裁は対外債務の通貨構造を適当に考慮すべきだと述べた。2004年末は対外債務がドル換算で2286億ドルとなった。また、周小川総裁は外商直接投資の増加がかなり速く、目下中国が使っている外商直接投資は5600余億ドルとなっている。これらの投資のうち、多くが投資国の自国通貨を使っている。従って、通貨バスケットの中で、外商直接投資の影響を考慮しなければならない、とした。
 周小川総裁は、新しい人民元相場形成メカニズムの参考にする“通貨バスケット”の幣種を披露した。米ドル、ユーロ、日本円、韓国ウオン等が主要な通貨バスケットであるとした。周小川総裁は同時に、「シンガポール、英国、マレーシア、ロシア、オーストラリア、タイ、カナダ等と中国の貿易の比率がかなり大きく、これらの国の通貨は人民元相場に対して大変重要である」と述べた。このことは、これらの国家の通貨も人民元相場の参考にする”通貨バスケット“の範囲内であることを意味する。
 「通貨バスケットを参考にすることは、通貨バスケットだけに着目することではない。通貨バスケットだけに着目するとは、通貨バスケット相場指数の変化で機械的に人民元対米ドルの相場を調整することである。米ドルだけに着目する為替相場制度に比して、中国が今回選択した人民元相場の新しいメカニズムは、人民元対主要通貨の変化を全面的に反映することが出来る。そこで米ドルの不安定がもたらす影響に対し、対応しやすくなっており、中国の対外経済貿易環境の総体的安定を守り、国際収支の基本的均衡と国民経済の持続、協調、健康でかなり速い発展を促進するのに有利である、とみなされている。(2005年8月11日付け『経済日報』)
 
まとめ
 7月21日に行なわれた人民元相場形成メカニズムの改革は、2%切上げて、変動幅の中で0.1%程度の上昇に終わっていることに対して、率直にいえば不満の声が強い。
しかし、中国は原則を重んじる国である。メカニズムが変り、市場経済の国の外為市場に近づいてきた。表向きの変化はまだ小さい。しかし、今後の人民元相場形成への影響は極めて大きいといえる。人民元は短期的にどのように動くかは、わからない。従来は、人民元相場の動く方向について、誰もが同じ方向を予測していた。今回の改革で、人民元を持つことは、短期的には上がるか下がるかわからない為替変動リスクが生じたことになる。そうした新しい時代に急速に変化しつつあることをよく理解する必要がある。(2005年8月25日記す)



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