大久保 勲の人民元論壇    
     第15号 2005.11.14発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元相場に当面大きな変化は無い
1.人民元為替相場制度改革の漸進性
 温家宝首相は、去る10月中旬、国際通貨基金一行との会見で、人民元相場形成メカニズムについて語っている。
 特に目新しい点は無いが、「市場の需給を基礎とし、管理された変動相場制度で、人民元為替相場を合理的で、均衡の取れた水準で基本的に安定させることは、われわれの確固たる改革の方向であり目標である。これは一つの徐々に推進し改善する過程である。』と述べている。
 中国にとって、現時点で重要なことは何か。温家宝首相は、「当面、最も重要なのは、このたびの為替相場形成メカニズム改革の成果をしっかりしたものとし、さらに関連の工作をしっかりと行なうことである。その中には、外為市場を改善すること、企業が為替相場リスクを回避するためにさらに多くの金融商品を提供すること、人民元為替相場コントロールメカニズムを改善すること、国境をまたぐ資本流動に対して監督管理を強化すること、新しい為替相場メカニズムの引き続き順調な運行を確保することが含まれる。」としている。
 温家宝首相は、また次のように述べている。「中国金融改革の深まり、経済の発展、市場作用の増強につれて、人民元為替相場は、さらに鋭敏に市場の需給を反映し、さらに弾力性に富むようになるであろう。中国の為替相場制度改革は、自身の経済、金融の安定発展だけを考えるのではなく、周辺国家と世界経済、金融への影響を考えなければならない。」(10月15日付け『経済日報』)
 
2.為替相場制度の選択は一国の主権行為
 米中連合経済委員会第17回会議が10月16日午後から河北省香河で開かれた。会議の開かれる前から、人民元相場問題が重点議題の一つとなることが予想された。米国のスノー財務長官は、今回訪中に先立ち、中国が7月に実施した為替改革は「歴史的な一歩」、ただし、米国は「さらに大きな弾力性」を望む、と述べていた。そこで、一部にはこの会議で米国が中国に圧力をかけるのではないか、との観測もあった。国務院発展研究センター対外経済部趙晋平副部長は、温家宝首相が国際通貨基金一行に語ったように、中国の為替相場改革の目標、方向は一貫したものであり、どこかの国の批判で変えるということはありえない、と述べていた。彼は、今回、為替改革の進み具合を速めるか否か、は討論の対象にはならない、と予測していた。
 米中連合経済委員会第17回会議は、共同声明を出して10月17日閉幕した。共同声明の中で、米中双方は、為替相場制度の選択は一国の主権行為であるが、ただし、世界的な範囲で影響がありうる、ことに同意した。また、共同声明の中で、双方は、為替相場の無秩序で激烈な変動は世界全体の経済に不利な影響を与える、と再度強調した。(10月17日、18日付け『経済日報』)
 
3.2005年の貿易黒字は900億ドルないし1000億ドル
 中国社会科学院課題組2005年秋季報告は、2005年の対外貿易の黒字は新記録の1000億ドル前後となる、と予測している。2005年の輸出入増加速度は、輸入約16.1%増と輸出約25.7%増、と予測している。2006年は人民元の切り上げその他の影響で、輸出増加速度はある程度緩やかになるであろう。貿易黒字はある程度減少し、輸入と輸出の増加速度は、輸入16.2%増と輸出12.6%増と予測している。(10月17日付け『経済日報』)
 商務部の出した《中国対外貿易情勢報告》(2005年秋季)によれば、2005年の年間の対外貿易総額は、14000億ドルを超え、20%以上の増加となる。うち輸出は26%前後の増加で、輸入は18%前後の増加となる。貿易黒字は900億ドル前後を見込んでいる。初歩的な予測では、2006年の中国の対外貿易規模は16000億ドルを超え、15%前後の増加となる可能性がある、としている。増加幅は2005年よりも明らかに小さくなる。(11月1日付け『経済日報』)
 中国社会科学院も商務部も、2006年は人民元切り上げ等の影響で、中国の輸出は鈍化すると見込んでいる。2006年の輸出の鈍化をかなり大きく見ていることは、貿易摩擦のほかに人民元相場の切り上げを見込んでいるとも推測される。
 
4.為替管理の強化
 中国への資金流入の中で、債務性資金の流入がかなり大きな比率を占めている。域内機構の貿易金融と外商投資企業関連の短期外債資金の流入が中国の対外債務増加の主要な源となっている。対外債務、特に短期対外債務資金の過度の流入は、潜在的リスクを形成する可能性があり、中国経済の平穏で健康な発展に不利な影響を及ぼす可能性がある。そこで、人民元切り上げ観測による投機資金流入防止の観点から、国家外為管理局は10月21日付けで「国家外為管理局対外債務管理の改善にかかわる問題に関する通知」(七四号通知)を出し、対外債務管理を一層厳しくした。12月1日より実施される。
主な内容は次の通りである。
(一)輸入決済について
・US$200千以上、かつ180日以上のユーザンス(為替手形の支払期限のこと)決済の場合、輸入貨物通関後15日以内に外債登記が必要。ユーザンス決済外債登記限度額は、原則として前年度の輸入総額の10%まで。
(二)外商投資企業の対外債務管理
・外国出資者の出資比率が25%未満の外商投資企業については、中資企業に対する外債管理規定が適用される。
・総投資額と登録資本が同額等の場合、投資総額及び登録資本を改めて申請する必要がある。
・投資性企業(いわゆる傘型企業)の外債限度額は、登録資本US$30百万以上の場合、払込資本金の4倍まで。US$100百万以上の場合、6倍まで。
(三)多国籍企業
・ 中国国内で登記している多国籍企業が、海外関連会社の資金を中国内で利用する場合、外債とみなす。
(四)国外保証
・保証契約書に基づく外債管理から、保証履行額に基づく外債管理に変更になる。(10月22日付け『経済日報』 )
 他方、米ドルの短期金利はさらに上昇すると見込まれる。米連邦準備委員会(FRB)は11月1日、フェデラルファンドの誘導目標を0.25%引き上げ、年4%とした。グリーンスパン議長は12月13日と来年1月31日のFOMCはグリーンスパン議長が指揮し、来年2月1日にもバーナンキ大統領経済諮問委員会(CEA)委員長と交代する、と報じられている。既に米ドル預金金利が人民元預金金利を上回っており、今後の金利動向次第で、中国への資金流入にも微妙に影響してくる可能性がある。
 
5.人民元の資本取引の開放と人民元に交換性を持たせる方向への歩み
 中国人民銀行は11月1日に公告を出し、香港の人民元業務を拡大することとした。人民元現金の両替サービスを扱うことの出来る範囲を交通、通信、医療および教育サービス等の業界に拡大する。香港住民の一回当たりの両替限度を6000元から20000元に拡大する。香港住民の人民元の送金限度額を現在の一日あたり50000元までから80000元までとする。香港銀行の発行する人民元カードの最高授信額100,000元を取り消し、限度を無くす。
 人民銀行の責任者は、香港の人民元業務の発展は、内地の資本取引の開放と人民元に交換性を持たせる改革と歩調を合わせなければならない、と述べている。(11月2日付け『経済日報』)
 以上は、香港特別行政区での扱いだが、人民元に交換性を持たせる方向に一歩一歩着実に歩んでいる足音が聞こえてくるようだ。
 
6.銀行や企業はリスク抵抗能力向上が望まれている
 国家外為管理局は最近、"人民元為替相場形成メカニズム改革関連外為政策説明会"を開き、企業と銀行が新しい為替相場メカニズムのもとでリスク抵抗能力を高めることを支援している。魏本華国家外為管理局副局長は、中国が相場形成メカニズム改革を行い、併せて一連の外為管理政策を出したのは、人民元為替相場形成メカニズム改革を改善する必要のためであり、貿易と投資の利便性を促進し、同時に投機資本の流動を抑制し、為替相場の安定を守るためである、とした。また、新しい人民元相場形成メカニズムのもとで、銀行、企業は自身のリスク抵抗能力を高めなければならない、と述べた。(11月2日付け『経済日報』)
当面は、人民元為替相場に大きな変化は無いであろう。しかしながら、もはや人民元は、7月21日以前のように、事実上固定相場であった時代は終わり、上下に変動を繰り返す通貨となった。また、変動幅拡大だけでなく、相場の水準調整もありうる通貨となった。そうした前提で、為替相場変動リスクへの対応を考えていかねばならない。
(2005年11月13日記す)



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