大久保 勲の人民元論壇    
     第18号 2006.2.27発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元相場は当面大きく変わらない
  上海の外貨取引センターが2月24日朝公表した人民元対米ドルの仲値は、1米ドルが8.0432元となっており、昨年7月21日に人民元が米ドルに対して2%切り上げて1米ドルが8.11元となってから、0.83%切り上がったことになる。
 昨年8月以降の月末時点の相場を列挙してみると、8月末8.0973元(7月21日から0.16%切り上げ、以下同じ)、9月末8.0930元(0.21% )、10月末8.0840元(0.33%)、11月末8.0796元(0.38% )、12月末8.0702元(0.50%)となっている。春節後の2月15日の終値が8.0479元であり、この時点で0.77% の切り上げであったので、2月16日付け『日本経済新聞』の報道にあったように、最近の人民元相場は昨年に比して動きが活発になってきたことは確かである。しかしながら、筆者が『2010年の中国経済』(2005年12月刊行、蒼蒼社)のP78以下に記した“2010年までの人民元相場変動の予測シナリオ”の範囲内の動きといえる。
 それでは、人民元相場形成メカニズム改革は進まないのか。今年1月初めに、人民元相場の決定方法が変わり、市場経済のやり方に一層近づいてきた。こうした動きは更に進み、最近の報道では中国は金利スワップを試行することになった。金利と為替相場は相関関係が深いので、金利市場化が極めて重要になっている。中国人民銀行は既に『2002年中国通貨政策執行報告』の中で、金利市場化の具体的な考え方を公表している。それによれば、外貨取引−人民元取引の順、貸出−預金の順、長期・大口取引−短期・小口取引きの順となっている。すでに外貨取引の金利は市場化され、人民元取引金利の市場化が進みつつある。こうした中で、去る2月9日、中国人民銀行は、《中国人民銀行の人民元金利スワップ取引試行に関する通知(下図参照)》を出した。金利スワップは、英語でInterest Rate Swapというが難しく考える必要は無い。変動金利と固定金利を交換する取引のことである。金利部分だけを交換するため、バランスシートに載らない簿外取引となる。一般に金利が上昇すると見込まれると、固定金利を払い、変動金利を受け取る取引が膨らむ。人民銀行のサイトで説明された具体例を記しておきたい。A公司が変動金利の人民元債券を発行し、期間10年、毎年1回利息を支払い、券面の利率が、一年定期預金利率+40BP(基本点)だとする。A公司は人民元金利が上昇すると予測すると、このように変動金利債務を持っていると、金利負担が大きくなるので、固定金利債務に変えたいと考える。そこでA公司とB銀行が金利スワップを行い、利払い日に、A公司はB銀行に、例えば固定利率4% で計算した利息を支払い、A公司はB銀行から一年定期預金金利+40BPの利息を受け取る。こうすることによって、A公司は金利リスクを回避することが出来るというわけである。一般的には6ヶ月ものLIBOR(ロンドン銀行間取引出し手金利)など代表的な変動金利と交換対象になる固定金利がスワップ金利である。金利上昇観測が広がるとスワップ金利は上昇することになる。


中国人民銀行の人民元金利スワップ取引試行に関する通知
図:中国人民銀行の人民元金利スワップ取引試行に関する通知
資料:中国人民銀行 http://www.pbc.gov.cn/detail.asp?col=100&id=1721 より。

 中国はなぜ、このようなことを試行することになったのか。中国人民銀行は次のように説明している。「インターバンク債券市場投資者の金利リスク管理及び資産負債管理の切迫した需要を満たすものであり、金利市場化改革加速の必然の要求である。一面では、市場投資者は大量の固定金利の債券を保有し、かなり大きな金利リスクを抱え、別の面では投資者の資産負債構造は日増しに複雑になっており、人民元金利スワップ等金融デリバテイブで資産負債管理を行なう必要に迫られている。同時に、中国の金利市場化改革が進むにつれて、金融機構とりわけ商業銀行の金利リスクを管理する必要が日増しに切迫している。」(2月10日付け『経済日報』)
 中国は市場経済化を鋭意進めているわけで、金利市場化も進み、為替相場の市場化も進むことになるので、リスク回避の手段を整備していかねばならない。そのために、為替の先物取引、金利スワップ等リスク回避の手段が徐々に整備されてきつつある段階にある。
 それでは、今年の外為政策での重点は何か。
 国家外為管理局胡暁煉局長は、全国外為管理工作会議で、2006年の国家外為管理局の主要な任務は国際収支均衡を守ることであると述べた。胡局長は次のように述べた。今年外為管理局はさらに外為管理を改善し、資本取引の交換性を緩やかに推進し、資本流出のルートを広げ、外為市場を大いに育て発展させ、更に人民元為替相場形成メカニズムを改善し、短期資本流入管理と国際収支監視警告を強化し、国際収支の基本的平衡を促進する。資金流出入のルートを広げ、資本取引の交換性を緩やかに推進することでは、外為局は域外投資のための外貨使用枠の制限を取り消し、域外投資企業への政策面での支持を強め、対外金融投資のルートを緩やかに拡大する。適格域外機関投資家制度を改善し、引き続き国内資本市場の発展を支持する。資金流入を更に規範化することでは、外為局は短期対外債務の監視と管理を強化し、域内外の利ざや稼ぎの資金がオフショア運用を通じて規則違反で域内に侵入するのを防ぐ。
 外為局は、外貨準備経営管理を改善し、更に有効に外貨準備資産を運用する方式を積極的に探る。外貨準備の通貨構造と資産構造をさらに改善し、引き続き外貨準備の投資領域を広げる。リスク管理を改善し、積極的に準備資産の収益水準を高める。(2006年1月6日付け『経済日報』)
 中国人民銀行は2006年工作会議を開き、会議は2006年の通貨政策の目標を確定した。引き続き穏健な通貨政策を実施するほか、外為管理体制改革を推進し、人民元為替相場形成メカニズムを改善する。中国の経済金融発展と安定の必要から出発し、主動性、コントロール可能性と漸進性の原則に基づいて、管理された変動為替相場制を改善し、市場の需給の人民元相場形成の中での基礎的作用を発揮させ、人民元為替相場を合理的で、均衡の取れた水準での基本的安定を保持する、としている。(2006年1月6日付け『経済日報』)
 外貨準備はどうか。人民銀行によれば、2005年12月末現在、外貨準備高は8189億ドルとしている。2004年の外貨準備は6099億ドルであったが、2005年末には34.3%増えた。増加幅は17%減少した。巨額の外貨準備は中国が各種のリスクを防ぐ有力な基礎であるが、国際収支の均衡を保持することは今後の金融マクロコントロールの一つの重要な目標である、としている。
 2005年の中国の対外貿易総量は1.4兆ドルを突破し、14221.2億ドルとなった。前年比23.2%増加した。うち輸出は7620億ドルで28.4%増、輸入は6601.2億ドルで17.6%増であった。中国としては、1000億ドルもの黒字を出し、世界各地で貿易摩擦を引き起こしていることは、国際収支均衡の面からも問題視している。
 全国外為管理工作会議で、国家外為管理局胡暁煉局長は、次のように述べた。「外貨準備の通貨構造と資産構造を更に改善するため、引き続き外貨準備の投資領域を広げる」と述べ、同時に「引き続きリスク管理を改善し、準備資産の収益水準を高めなければならない」と述べた。外為管理局は細かいことに触れてはいないが、金融界は、"中国は外貨準備多元化の信号を出した“と解読し、市場で中国が保有する巨額の米国国債を投売りし、その他の通貨に投資するとの緊張不安を引き起こした。
 中央銀行の関係方面の責任者は、「中国が外貨準備中の米ドル資産の売却の計画があるとは聞いていない」と述べた。(2006年1月12日付け『経済日報』)
 全体としてみると、中国の外為市場の市場経済化は着実に進んでいる。貿易面では今年に入り輸入が増加しつつある。国際収支の均衡を目指す努力も続けられている。人民元相場の緩やかな上昇は見込まれるものの、当面、大幅な切り上げの可能性は極めて小さい。
 中国経済は高度成長を続けているが、今の経済成長方式で持続的経済成長が出来るのか。
 高度成長には種々問題があった。例えば環境問題や経済効率の問題がある。そこで、胡錦涛、温家宝体制は、科学的発展観とか調和の取れた社会と言っている。しかし、最大の問題の一つは雇用問題であろう。そうすると、やはり出来るだけ高度成長を維持する必要がある。そうであるならば、人民元の緩やかな切り上げはむしろ望ましいものの、大幅切り上げは難しい。
 近く全国人民代表大会が開催され、”十一五”計画が決まる。”十一五“計画も今年の中国経済もポイントは高度成長と調和の取れた社会の実現とのバランスをどう取るか、ということに尽きるのではないだろうか。


 (2006年2月26日記す)


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