大久保 勲の人民元論壇    
     第21号 2006.6.14発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
<目次>へもどる
人民元相場は当面、弾力的に変動はするが大きく切り上がる可能性はない
 去る6月9日の人民元対米ドル相場仲値は8.0180元であった。去る5月15日午前9時半、中国外為取引センターが、公布した人民元相場仲値は1米ドル=7.9982元となり、2005年7月21日の人民元相場メカニズム改革以来、初めて7元台となった。しかし、その後また8元台にもどってしまった。昨年7月21日以降、人民元相場形成メカニズムは徐々に改善され、人民元相場は更に敏感に市場の需給の変化に反応するようになり、更に弾力性に富むようになってきた。特に本年1月4日、相対〈あいたい〉取引き方式(OTC)とマーケット・メーカー制度を銀行間直物外為市場に導入後、人民元相場変動が更に活発となった。
 去る6月5日付けの『経済日報』紙に興味ある絵と文章が出ていた。その絵は新華社発となっていた。“専門家が個人の外為売買には慎重であるようにと注意を喚起”との見出しがあり、財務管理の専門家は言う、として以下の内容が書いてあった。
人民元の対米ドル相場の中間値は8:1を突破したが、ただし売値が8を突破するにはまだかなり長い時間がかかる。
市場の予測では、人民元の切り上げ幅は有限であり、広範な外貨預金者は保有する外貨を人民元に換えることを急ぐ必要は無い。
米ドルの価値を保つには三つの方法がある。@人民元の切り上げは米ドルに対するものであり、米ドルをユーロ、日本円等に換えることで為替相場リスクを回避することが出来る。A外貨の財テク商品を購入する。B定期預金をする。
 人民元の対米ドル相場が7元台に突入したことは、日本の新聞でも大きく取り上げられたが、中国の外貨預金者も、人民元切り上げリスクを感じているのであろう。中国では人民元相場が長期に安定していたので、企業も個人も為替リスク回避にはまだ慣れていない。したがって、中国当局も短期的に人民元の大幅な切り上げは行ないにくい。
 人民銀行は5月31日、《2006年第一四半期中国通貨政策執行報告》を出した。その中で、人民銀行は引き続き穏健な通貨政策を執行し、政策の連続性と安定性を保持し、通貨貸出総量を合理的にコントロールし、人民元外貨政策協調を強化し、コントロールの主導性を高め、通貨貸出の速過ぎる増加を防ぎ、経済構造調整と経済成長方式の転換のために安定的通貨金融環境を提供すると表明した。
 今後の通貨政策の方向として、通貨政策の主導性の向上、金利市場化、貸出構造の改善、三農と社会主義新農村建設への金融サービスの強化、金融市場の発展、金融企業改革深化のほか、七番目の方向として、引き続き外為管理体制改革を深化し、人民元相場形成メカニズムを改善するとした。中国の経済金融の発展と安定の必要から出発し、引き続き、主導的で、コントロール可能で、漸進的という原則で、管理された変動相場制度を改善し、人民元相場形成の基礎的作用の中で、市場の需給を発揮させ、人民元相場の変動弾性を増加させ、人民元相場の合理的で、均衡の取れた水準での基本的安定を保持する。(2006年6月1日付け『経済日報』)
 人民元切り上げについての論争は本当ににぎやかだ。しかし、ここにいう「中国の経済金融の発展と安定の必要から出発し」という中国当局の立場への理解が必要なのではないかと考える。
 2005年度国際収支報告によれば、結論としては、経常取引の黒字が大幅に増加し、資本と金融収支の黒字は大幅に減少している。したがって、人民元の上昇圧力は経常取引による「実需」ではなく、資本収支による「投機」によってもたらされたことを理由に切り上げに反対するという論法はもはや通用しなくなってきている、との見方がある。
 中国政府は、国際収支の均衡を極めて重視しているが、国際収支の均衡を人民元切り上げで達成するのが望ましいのか。或いは十一五計画にあるように、科学的発展観、経済成長方式の転換、内需拡大等で国際収支の基本的均衡を達成するのか。
 国際収支の均衡を達成し、持続的経済成長を実現するために、人民元の大幅切り上げに依存することが出来ないことに人民元論争の問題点があるのではないだろうか。
 去る5月14日に中央銀行スポークスマン李超氏が新華社のインタービューに答えた。
国際収支の基本的均衡のためにどのような措置を採るか、との問いに、李超氏はおよそ次のように答えている。国際収支の基本的均衡は一つの長期的で複雑な過程である。@経済構造調整を速め、内需特に消費の経済成長促進作用を更に発揮させる。A対外貿易増加方式の転換を速め、輸出入商品構造を改善し、努力して輸出入の基本的均衡を実現する。先進技術と設備の輸入を増加させ、更に多く科学技術の進歩と自主革新能力の向上に依存する。B外資利用の質を高める。C国内金融市場発展を促進し、条件のある企業の“走出去”を支持する。今後、引き続き外為管理体制を深化させ、さらに外為管理を改善し、資本取引の交換性を緩やかに推進し、人民元相場形成メカニズムを更に改善し、短期資本の流動管理を強化し、国際収支の基本的均衡を実現する。(2006年5月15日付け『経済日報』)
(2006年6月11日記す)
 
以下は、上述の諸点の詳細に渡る新聞情報であり、ご多忙な方は無視していただいてよい。
 最近、国家外為管理局が出した2005年度国際収支報告は、中国の国際収支は引き続き双子の黒字と同時に四大特徴と三大変化があることを示している。国際収支の四大特徴は、一に国際交易の規模が引き続き拡大していること、二に、経常収支の黒字が明らかに増えている。うち、モノの貿易の黒字が大幅に増加し、経常収支の黒字は1608億ドルとなり、2004年に比して134%増えた。三に、資本と金融収支の黒字がある程度減少した。うち資本と金融収支の黒字は630億ドルで、43%減った。資本と金融収支の黒字が減少したのは主として証券投資とその他投資が黒字から赤字に転じたためである。四に、準備資産がかなり大幅に増加した。2005年に、中国の準備資産増加は2070億ドルで、国際収支は引き続きかなり強いリスク抵抗能力がある。
 外商直接投資(FDI)の数字と商務部が発表した数字には252億ドルの差がある。対外証券投資が大幅に増加し、黒字から赤字になった。純誤差脱漏は貸方から借方になった。
 商務部の公布した2005年のFDIは603億ドルである。外為局の公布したのは855億ドルである。この差額252億ドルについて、専門家は、97億ドルは域内外の親会社子会社関連の株主貸付であり、34億ドルは域外企業が域内建物を購入したものであり、121億ドルは金融部門の外商直接投資である、としている。あとの三項目は商務部の統計には入っていないが、外為局が国際慣例に基づいて、統計に入れた。
 関係専門家の分析では、2005年の中国の資本と金融収支の黒字が減った主な原因は、域外投資主体の域内銀行等の機構が、株式制改革と域外上場等の要素で、運用できる外為資金が増加したこと、次には国際金融市場の金利が持続的に上昇していること、国内金融市場の投資余地が有限であること等多くの要素が影響し、金融機構の対外投資が相応に増加した。2005年の域外の中国への証券投資純流入は212億ドルで61%増加した。うち、域内銀行と企業が域外で発行した株式は189億ドルであった。
 純誤差・脱漏が貸方から借り方の168億ドルとなった。多くの人が貸方はホットマネーの流入と理解し、借方は資本逃避と理解している。しかし実際の状況は決してそのようではない。168億ドルはモノの貿易の輸出入総額の1.21%に過ぎない。
 国際収支状況は国内経済運営の対外経済上での反映である。関係専門家の分析では、中国の国際収支交易規模がGDPに占める比率は、1982年の19%、2004年の99%から2005年の109%に発展した。これは中国経済の対外経済開放度が更に拡大し、世界経済との融合が更に緊密になり、対外経済運営の国内経済への影響が強まりつつあることを示している。
 国際収支の黒字規模の拡大は、関係専門家の分析では、国内経済運営中に存在する幾つかの不均衡問題が激化している。うち、経常勘定の黒字がGDPに占める比率は、2001年の1.3%から2005年の7.2%に増えた。これは国民の貯蓄(注:2005年末都市農村貯蓄預金147054億元)が国内投資(注:全社会固定資産投資88604億元)よりも大きく、国内総産出が総需要よりも大きく、生産能力が相対的に過剰であることを反映している。同時に、中国の投融資体制改革が遅れており、金融市場が発達しておらず、金利がまだ完全には市場化しておらず、資金コストを真実に反映することが出来ず、企業の投資需要を刺激している。そこで一部の業界の輸出が拡大し、輸入が減少した。しかも、国内金融市場が発達しておらず、企業金融のルートが有限で且つコストがかなり高いので、一部の企業は域外で資金調達せざるを得ず、一定程度資本流入を激化させた。(2006年5月9日付け『経済日報』)
 国際収支の状況を更に精しく理解するためには、中国が初めて発表した国際投資資金表が参考になる。国家外為管理局は5月25日、2005年末中国国際投資資金表を公布した。国際投資資金表は特定時点(例えば年末)の一国或いは地区の世界のその他の国或いは地区に対する金融資産と負債の残高の統計表である。対外金融資産と負債の差額が純資金であり、その国或いは地区が対外純債権国か純債務国かを示している。統計によれば、2005年末現在、中国の対外金融資産は12182億ドルで、対外金融負債は9307億ドルとなっており、対外金融純資産は2875億ドルである。国家外為管理局の紹介では、対外金融資産中、対外直接投資は645億ドル、証券投資1167億ドル、その他投資2112億ドル、準備資産8257億ドルとなっている。対外金融負債中、対中直接投資6102億ドル、証券投資766億ドル、その他投資2439億ドルとなっている。 
 中国の国際投資資金表は国際通貨基金の《国際収支ハンドブック》(第五版)の基準で作られた。対外金融資産には対外直接投資、証券投資、その他投資(主として輸入先払い金、輸出未収金、貸付金、通貨と預金等)と準備資産の四部分、対外金融負債は対中直接投資、証券投資とその他投資(主として輸入未払い金、輸出前受け金、貸付金、通貨と預金等〉の三部分である。
 2005年末現在、中国の対外金融資産残高は12182億ドルで、前年同期比32%増、対外金融負債残高は9307億ドルで同16%増となっている。2005年末の対外金融純資産は2875億ドルで前年末比2倍余りとなっている。対外金融資産中、準備資産が68%を占め、その増加分は対外金融資産増加の71%を占める。対外金融負債中、対中直接投資は66%を占め、その増加分は対外金融負債増加の59%を占める。2004年の対外純資産は1203億ドルで、世界第六位、2005年は対外純資産が2875億ドルで、順位も上がっていると見込まれる。対外資産は外貨準備が主であり、流動性が高く、負債は対中直接投資が主で、安定性がかなり強い。(2006年5月26日付け『経済日報』)


           <目次>へもどる