大久保 勲の人民元論壇    
     第23号 2006.8.21発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元相場は更に弾力的になる
 本稿執筆時点の8月15日の人民元対米ドル相場仲値(中間値)は、1米ドルが7.9950となっている。人民元相場上昇が加速されているとの見方が多い中で、意外と落ち着いた相場といえよう。6月末人民元相場は1ドルが7.9956元であったから、8月15日の相場は、6月末とほぼ同じということになる。それでは、今後の人民元相場はあまり上昇しないのか。結論から先に書けば、今後、人民元相場はますます弾力的になり、相場も過去1年間に比して、かなり上昇のピッチが上がると見たい。当然ながら、そう見る理由がいくつかある。
 
グラフ:100米ドル当たり人民元の推移
(資料)国家外為管理局発表データにより、21世紀中国総研事務局作製
 
1.今後は、中国当局が一度で調整することはなくなるとのことであり、そうであるならば、昨年7月21日に2%切り上げ後、現在まで1年余りの間に、約1.5%の上昇というのは、上昇のスピードがやや遅いと見られる。当局による一度の調整なしで、年間3%程度は上昇するとすれば、相場は弾力性を増しながら、これまで以上に上昇することになる。
 
2.中国の企業や個人が、1ドルが8.27元から8.28元の間の事実上固定した相場に慣れて、為替相場変動に対する対応が不十分であった。しかし、過去、1年間、中国当局が為替リスク回避のための種々の手段を提供することで、企業も個人も為替リスク回避に次第に慣れてきた。企業の利潤率が低く、人民元切り上げのリスクを十分に吸収できない企業が少なくなかったが、この点でも企業の意識が高まりつつある。為替相場改革に積極的に対応することは、既に中国企業の共通認識になってきているとされる。しかし、この点では、現状ではまだ大幅な切り上げには対処できない業界と個別企業が存在する。
 具体的には、例えば、中国は世界最大の紡績品生産国である。”十五“期間に、中国の紡績品輸出額は年平均17.2%増えた。世界の紡績品服装貿易額の24%を占める。しかし、中国の紡績業は大きくなったものの、まだ強いとはいえない。中国の50%以上の服装輸出は、原材料を輸入して加工したものである。30%前後は輸入国が商標、デザイン、型紙を提供し、加工したものである。自己のブランドはわずかに10%前後である。統計によれば、目下紡績業輸出企業の平均利潤率は3%に過ぎない。ワイシャツ一枚の輸出で平均0.3米ドル稼げるだけである。大量の労働力、資源、エネルギーと環境コストを払って、もらえるのは、わずかの“ご苦労賃”だけである。(2006年7月15日付け『経済日報』)
 9省市のサンプル調査では、2005年7月の人民元2%切り上げで、輸出企業の利潤率は、4−6月の3.61%から7−9月の2.98%に下がった。10−12月になって、企業は新しい相場メカニズムに慣れ、製品構造調整、貿易金融、先物売買為替等のリスク回避ツールを使い、利潤率は5.07%に達した。(2006年7月27日付け『経済日報』)
 
3.外圧が一層強まる可能性がある。今年上半期(1−6月)の米国の貿易赤字の累計額は3838.58億ドルで前年同期を12.8%上回った。対中貿易赤字は前年同期に比べ13.0%増の1017.72億ドルとなった。7月に就任したポールソン財務長官も「人民元相場の柔軟性を増すことが必要だ」と述べた。(2006年8月11日付け『日本経済新聞』)
 
4.外貨準備高の増加が速く、貿易黒字の増加も速い。6月末現在、国家外貨準備高は9411億ドルで、年初よりも1222億ドル増加した。1−6月の輸出入総額は7957.4億ドルで、前年同期比23.4%増。うち輸出4285.9億ドル、25.2%増、輸入3671.5億ドル、21.3%増であった。ことし1−6月中国は貿易黒字614.4億ドルとなり、前年同期比54.9%増となった。
 
5.”走出去(海外に打って出る)“も適格域外機関投資家(QDII )制度も、外貨減らしの効果をあげるにはまだ時間がかかるし、効果としても限界がある。2006年1−3月の中国の非金融類対外直接投資は26.8億ドルで、前年同期比280%増加した。国家外為局が8月2日、適格域内機関投資家(QDII)制度に新しく35億ドル批准し、これで5行の商業銀行が総計83億ドルの額度を獲得したことになる。この方式は、高い貯蓄、高い外貨準備がもたらすリスクを解消し、人民元上昇圧力を緩和するのに助けになるとみなされているが、金額的に限界もある。
 
6.人民元相場形成メカニズム改革は、主として中国自身の改革と発展の必要に基づいて、マクロ経済の安定、経済成長と就業の影響、為替相場改革の方式、内容とタイミングを十分に考慮しているとされ、市場の変化に基づいて、各方面の耐えうる能力を十分に考慮し、改革を漸進的に進めている。過去1年間の動きは、中国当局による管理の度合が徐々に小さくなりつつあることを示している。
 
7.銀行業監督管理委員会の劉明康主席が主要商業銀行責任者への上半期経済金融情勢報告会で、銀行業には高度に注意すべき七大リスクがあると述べた。リスクの一つとして、商業銀行が直面している市場リスクが絶えず大きくなっているとし、人民元切り上げの可能性と為替相場変動、金利市場化の推進と債券価格の変動問題を取り上げた。(2006年7月15日付け『経済日報』)
 
参考までに、国家外為管理局のホームページから、年初来の人民元対米ドル仲値〈中間値〉を記しておきたい。(1米ドルあたり、単位 元)
  8月15日 7.9950、7月31日 7.9732、6月30日 7.9956、5月31日 8.0188、4月28日 8.0165
  3月31日 8.0170、2月28日 8.0415、1月27日 8.0608、1月4日 8.0702    
 (2006年8月15日記す)


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