大久保 勲の人民元論壇    
     第24号 2006.10.10発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元対米ドル相場は緩やかに上昇
 去る9月29日の人民元対米ドル相場中間値(仲値)は、1米ドルが7.9087元であったが、日中の最高値は7.9050元となった。2005年7月の切り上げ前に比して、およそ4.4%切り上がった水準である。1ヶ月前の8月30日の人民元対米ドル相場は7.9598元であった。これは切り上げ前に比しておよそ3.8%切り上がった水準である。9月の1ヶ月間の人民元対米ドル相場は、かなり急速に上昇したことになる。今後もこんなに速く上昇するのであろうか。結論的には、上下への変動を繰り返しながら、年末にかけて緩やかに上昇することになるであろう。
 
グラフ:100米ドル当たり人民元の推移
 
グラフ:100円当たり人民元の推移
 (資料)国家外為管理局発表データにより、21世紀中国総研事務局作製
 
 ではなぜ、9月におよそ0.6%も上昇したのであろうか。9月16日に、七カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議が共同声明を採択して閉幕している。共同声明では、為替レートは経済のファンダメンタルズ〈基礎的条件〉を反映すべきだとの考え方を再確認した。過度な変動や無秩序な動きは経済成長に望ましくない、とした。引き続き為替市場を注視し、適切に協力する、としている。そして、多額の経常黒字を有する新興国・地域、特に中国の為替レートの一層の柔軟性が、必要な調整が進むためには望ましい、としている。G7の言う柔軟性の拡大は、国際的な不均衡を無くすのが目的であるが、中国の貿易黒字は1−8月で前年同期比55%増の946億ドルに達した。相場を市場に任せるなら人民元高がもっと進む筈だが、現実がそうなっていないことへの不満の表明でもある、とみられた。しかしながら、中国人民銀行の周小川総裁のいう柔軟性の拡大は、人民元相場を大きく上昇させるのではなく、まず変動幅を大きくすることを指していると見られる。人民元相場が上下に大きく動けば、人民元高を狙った投機資金が入りにくい。相場が上下に動くことで投機筋にはコストが増えることになるからである。
 G7の共同声明は、中国には圧力となるが、G7の直後に、米国のポールソン財務長官が北京を訪問している。北京では、胡錦濤国家主席、温家宝総理、呉儀副総理などがポールソン財務長官と会見している。そして、このタイミングで「中米戦略経済対話メカニズム」が始動した。人民元対米ドル相場は、ポールソン財務長官の訪中を成功させるために、大きく上昇したと見てよいであろう。これでとりあえずは、米議会の対中強硬派を抑え込むことができた。
 G7と米国のポールソン財務長官の動きを見て、1971年10月の中国の国連復帰を思い出した。当時、私は北京に駐在していたが、国連で中国の国連復帰が決まるのと、ほぼ同じ時間に、米大統領特別補佐官のキッシンジャーは、北京空港を出発した。中国の新聞では、ポールソンにも米国大統領特別代表という肩書がついていた。
 話を元に戻そう。それではなぜ、今後も上下動を繰り返しながら、人民元対ドル相場は緩やかに上昇すると見るか。少なくとも次のような背景があると考える。
 一に、去る10月6日、国家外為管理局は中国の2006年1−6月の国際収支が“双子の黒字”であったと発表している。統計によれば、2006年1−6月の中国の国際収支経常取引、資本と金融取引はいずれも黒字となり、外貨準備高もかなり速く増加した。2006年1−6月の国際収支経常取引の黒字は916億ドルであった。うち、貨物の黒字は800億ドル、サービスの赤字は57億ドル、収益の黒字は37億ドル,経常移転黒字は136億ドルとなっている。2006年1−6月の資本と金融取引の黒字は389億ドル、うち直接投資純流入は310億ドル、証券投資純流出は292億ドル、その他投資純流入は352億ドルであった。経常取引、資本と金融取引の”双子の黒字“が進む中で、中国の外貨準備資産は引き続き増加し、2006年6月末で前年末比1222億ドル増加し、9411億ドルとなっている。
 二に、1−8月の中国の対外貿易は既に1兆米ドルを突破した。税関総署の統計では、2006年1−8月の中国の輸出入総額は11046.1億ドルで、前年同期比23.9%増であった。2005年よりも1ヶ月早く1兆ドルの大台を超えたことになる。うち、輸出は5996.3億ドル、25.9%増であった。輸入は5049.8億ドル、21.6%増であった。
 三に、去る9月20日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げは見送られ、これまでの5.25%の金利水準を維持することを決定している。FRBはインフレ防止のため、連続17回金利引き上げをおこない、現在の水準に達した。9月26日付け『.経済日報』は、米国経済界の目下の基本的共通認識では、もし意外な事件が起きなければ、FRBは今年年末前ないし明年年初まで、目下の金利水準を維持することが出来る、との見方を報じている。
 四に、今後は、中国当局が一度で調整することはなくなるとのことであり、そうであるならば、昨年7月21日に2%切り上げ後、8月末までにおよそ1.6%の上昇というのは、上昇のスピードがやや遅いと見られたが、9月だけでおよそ0.6%上昇しており、年間3%程度は上昇するとすれば、これから年末までややペースを落としてもいいのではないか。
 五に、中国は内需に立脚し、特に消費需要を経済発展の立脚点としようとしているが、短期間に内需を伸ばすことは難しく、引き続き輸出への依存度は高い。輸出を伸ばすためには、人民元高は輸出採算を悪くする。
 六に、固定資産投資の伸びがやや弱まってきたとはいえ、経済の舵取りは微妙な時期にあり、人民元相場を短期的に引き続き大きく上昇させる状況にはない。
 (2006年10月8日記す)


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