大久保 勲の人民元論壇    
     第33号 2008.07.27発行
福山大学経済学部教授
大久保 勲
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人民元相場改革3周年を迎えて
―今後のキーワードはホットマネーと米ドル相場

100米ドル当たり人民元の推移のグラフ
100円あたり人民元の推移のグラフ
(資料)国家外為管理局発表データにより、21世紀中国総研事務局作製
はじめに
 本稿執筆は丁度、人民元対米ドル相場形成メカニズム改革が行われて3周年の日に当たる。2005年7月21日午後7時、人民元対米ドル相場が2%切り上げられた。今日、7月21日の中国人民銀行が公表した人民元対米ドル中間値(仲値)は1米ドルが6.8271元であり、2005年7月の切り上げ後の水準から18.79%上昇したことになる。年初来6.92%上昇したことになる。
 これから人民元対米ドル相場はどうなるか。いくつかの要素を考えねばならない。            
1.米ドル相場の動向
 最近、人民元対ドル相場がかなり動いている主な理由は、米ドル相場の動向である。
7月16日に1米ドルが6.8128元と最高値をつけた後、7月17,18,21日と三日連続で戻している。これは、米住宅公社の経営不安など米金融不安で米ドルが売られたが、経営不安の住宅公社について米政府が支援策を表明したこと、原油価格の下落、米株式相場の上昇等を受けて外国為替相場では足元で一時的にドルが回復していることによるものであろう。しかし、ポールソン米財務長官は「難局は数ヵ月続く」との認識を示し、また、“米景気、秋以降下振れも”と報じられており、米ドルの今後の動向が人民元対米ドル相場に大きく影響するであろう。
 温家宝総理は、今春の全人代後の3月18日に行われた記者会見で、およそ次のように述べている。「中国経済は既にグローバル化した。世界経済の各種の変化は中国経済の上に反映させないわけには行かない。したがって、われわれはこれらの政策を実行する時に、国際経済動向に密接に注目し、情勢の変化に基づいて、弾力的に、適時に相応の対策を採らねばならない。われわれの実行する政策の効果は、中長期的に見なければならない。私が今憂慮しているのは、 米ドルが絶えず下落しており、いつ底を打つか?米国は一体どのような通貨政策を採るのか。米国経済はどうなるのか。人民元相場形成メカニズム改革については、われわれの為替相場形成は、市場の需給に基づき、通貨バスケットを参照して確定している。今までのところ、二年余りで、人民元は米ドルに対して既に15%上昇した。しかも最近の上昇幅はますます大きい。われわれは必ず利益と弊害を計りくらべて、総合的に研究し、総合的に考慮しなければならない。」(3月19日付け『経済日報』)       
2.中国の貿易動向
 米金融不安や米景気等がどうなるかのほかに、中国の貿易動向も少なからず影響を与えるであろう。
税関総署が7月10日発表した数字では、2008年1-6月の中国の対外貿易輸出入総額は12341.7億ドルとなり、前年同期比25.7%増となった。1-6月の貿易黒字は990.3億ドルで、前年同期比11.8%下降し、132.1億ドルの純減となった。うち6月分の貿易黒字は213.5億ドルで、前年同期比20.6%下降し、55.4億ドルの純減となった。統計によれば、貿易黒字減少の主要な原因は輸出増加速度が相対的に緩やかになったことであり、輸入増加速度が相対的に高まったことである。2008年1-6月の輸出は6666億ドルで21.9%増となった。増加速度は昨年同期よりも5.7%低下した。輸入は5675.7億ドルで30.6%増加した。増加速度は昨年同期よりも12.4%高くなった。年初来、中国の一般貿易輸入が大幅に増加し、一般貿易の黒字規模は明らかに下降した。1-6月に一般貿易輸出入は5968.6億ドルで、35.4%増、うち輸出3064.2億ドル、24.8%増、輸入2904.4億ドル48.7%増となった。一般貿易の黒字は159.8億ドルに過ぎない。貿易黒字の減少と輸入一次産品の価格上昇が密接な関係がある。統計によれば、1-6月の一次産品の輸入は1840億ドルで、69.9%増加した。うち輸入鉄鉱石2.3億トン、22.5%増、輸入平均価格トン当たり132.6億ドル、77.4%増、輸入原油9053万トン、11%増、輸入平均価格トン当たり717.7ドル、67.3%上昇となっている。一般貿易は赤字になる可能性もあるのではないか。中国の対外貿易は加工貿易が一般貿易を上回っていることが特徴であった。しかし、政策の変更で、加工貿易は2008年1-6月に初めて一般貿易を下回った。しかも、伸び率は大幅に低下している。こうした状況を勘案すると、今後の貿易動向次第で、中国政府は人民元対ドル相場上昇をかなり緩やかにする可能性がある。年初来、対ドル相場が既に6.92%も上昇していることからすれば、なお更である。     
3.ホットマネーの流入
 もう一つの大きな問題は、ホットマネーの存在である。商務部が7月11日に発表した数字では、2008年1-6月に、中国が実際に使用した外資金額は523.88億ドルで、前年同期比45.55%増加した。外商投資新設立企業は14544社で前年同期比22.15%下降した。6月分の中国の実際使用外資金額は96.1億ドル前年同期比44.9%増加した。増加幅は5月分よりも7%高い。外商投資新設立企業は2629社で前年同期比27.19%下降した。外商直接投資大幅増加の背後には、暗に直接投資の形をとって国際短期資本の流入があることを排除しない。(7月12日付け『経済日報』)
 外商直接投資で中国が実際に利用した外資金額が前年同期比45.55%というのは、かなり異常といえよう。
 ところで、去る6月25日、中国社会科学院世界政治・経済研究所張明博士が発表した報告で、中国に流入したホットマネーは1.75兆ドルと記したことが大きな反響を呼んだ。この数字は2008年3月末の中国の外貨準備高のおよそ104%に相当する。これに対し、外為管理局の某責任者が”中国にはホットマネーが存在せず、異常資金があるだけ“と述べた(7月14日付け『新華網』)。7月14日、国家外為管理局は外為局のサイトを通じて声明を出し、外為管理局の某責任者が”中国にはホットマネーが存在せず、異常資金があるだけ“との観点は外為管理局を代表していない、とした。(7月15日付け『新華網』)
 1.75兆ドルは大きすぎるにしても、一体どのくらいのホットマネーが中国に入っているのか。モルガンスタンレー大中華区首席エコノミスト王慶氏は報告を発表し、2005年から今までに中国へのホットマネーの流入量は3109億ドルとした (7月14日付け『新華網』)。北京師範大学金融研究センター鐘偉主任の計算では、2005年末現在、中国域内のホットマネーは3200億ドルを超えた。2006年末は4000億ドル、2007年末は5000億ドルとなった。2008年末は6500億ドル、2009年末は8000億ドルを超えると見込まれる(7月.17日付け『中国経済網』)。中国社会科学院の張明博士も、2005年から2007年までに中国に流入したホットマネーは8000億ドル以上になった(6月11日付け『中国経済網』)としている。
 ではなぜ最近、ホットマネーが注目されるようになったのか。一つは中国と米国の金利差である。米連邦準備制度理事会(FRB)は4月30日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、主要な政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を0.25%引き下げ、年2.0%にすることを賛成多数で決定、即日実施した。利下げは昨年9月以降7回目で、FF金利の下げ幅は計3.25%に達した。もう一つは、最近のベトナムの悪性のインフレと通貨相場下落である。更には今後、インドでの動きが注目されるかもしれない。低迷が続くインドの株式市場で、海外機関投資家(FII)による年初来の売り越しが70億ドルに拡大した。過去最高となった2007年の170億ドル超の買い越しから一転、半分近くが半年余りで流出した(7月21日付け『日本経済新聞』)。
 今、米ドルあるいは香港ドルを人民元に換えて、中国内地の銀行に預ければ、預金金利と人民元相場上昇分だけ利益を上げることが出来る。昨年12月21日から中国の金融機関の預金金利は普通預金が0.72%、定期預金は3ヵ月3.33%、6ヵ月3.78%、1年4.14%、2年4.58%、3年5.40%、5年5.85%となっている。香港の人民元普通預金は0.45%、6ヵ月定期はおよそ0.75%となっている。今は誰も人民元が切り下がるとは考えていないので、米ドルや香港ドルを人民元に換えて中国内地の銀行に預ければ、リスクなしで確実に利益を上げることが出来る。株を買っても、損はしても儲けることの難しい時代に、こんなにうまい話はない。香港ドルを人民元に換えて深圳の銀行に預けることについては、最近、国家外為管理局が深圳の銀行に報告を求めるようになったが、まだ新しい制限措置は出ていない(6月3日付け『中国経済網』)。
 投機筋は巧妙に米ドルを中国に持ち込む。貿易ルートはホットマネーが中国に入る主要な方式の一つである。域内外の貿易企業が、低価格での輸入、高価格での輸出の方式でホットマネーを入れる。また、前受け金あるいは延べ払い等の方式で資金を国内に入れる。或いは偽の契約で輸出したことにする。次に、国外の一部のホットマネーは、偽の外商直接投資で、堂々と国内に入ってくる。外商直接投資は現金を銀行に預けることも、銀行で人民元に両替することも出来る(7月17日付け『中国経済網』)。
 ホットマネーの流入で、しばしば一国の株式市場、債券市場、不動産市場で,暴騰暴落し、通貨政策の正常な操作に影響する。中国に入るホットマネーは巨額であり、これらのホットマネーは既に、不動産と株式市場に浸透しており、ホットマネーが一旦逃げ出すと、中国の経済と金融の安定にはっきりと衝撃をもたらすことになる。
 投機筋は最後の買い手ではないので、一旦儲けが手に入ると、身を翻して出ていってしまう。中国社会科学院の張明博士は、最も恐ろしいのは、突然の事件でホットマネーが集中的に、大規模に出ていってしまうこと、としている。ホットマネーが出て行くことで、資産価格が突然下落し、あるいは資産価格のバブルが破滅すれば、投資家にとってたいへん大きな財産の損失となる(7月17日付け『中国経済網』)。
 今のような人民元相場を上昇させるやり方は、ホットマネーをますます呼び込むことになる。一度に切り上げるとしても、その水準が難しい。また、中国経済の現状からすれば、軽々に切り上げることは出来ない。そうだとすれば、なんとかホットマネーの流入を阻止するしかない。
 そこで、国家発展改革委員会は7月18日通知を出し、各地の関係部門が外資プロジェクトの審査を強化し、ペーパーカンパニーの設立を杜絶し、外為資金の異常な流入を厳しく防止しなければならないとした。(7月19日付け『中国経済網』)
4.人民元相場はいつまでも上昇を続けるか
 もう一つ、頭に入れておきたいのは中国の保有する米国国債残高である。米国財務省のサイトによれば、2008年5月末現在、中国の保有する米国国債残高は5065億ドルに達し、史上最高となった。2008年3月以来、37億ドル、114億ドル、45億ドルと増やしている。2008年5月末現在、中国の外貨準備高は17970億ドルであり、外貨準備高に占める米国国債の比率は28.19%となった。2000年には比率は46%に達していた。保有額で一位は日本、二位中国、三位英国となっている(7月18日付け『中国経済網』)。
 2005年7月21日の人民元相場形成メカニズム改革から丁度3年が経った。主導的で、コントロール可能で、漸進的という原則の下で、人民元相場改革の幾つかの主要措置が3年来続々と出された。
――為替相場改革の2ヵ月後に、中央銀行は銀行間直物外為市場の米ドル以外の通貨の対人民元取引相場の変動幅を1.5%から3%に拡大した。
――2006年初めに、銀行間外為市場は相対(あいたい)取引方式とマーケットメーカー制度を導入した。人民元相場中間値(仲値)形成方式を中国外為取引センターがマーケットメーカーの相場を加重平均して出すことにした。
――2007年2月1日から、中国の住民個人の為替決済と域内個人の外貨購入年度総額を2万元から5万元に増やした。域内機構と個人の外為収支活動が更に便利になった。
――2007年5月、銀行間直物外為市場の人民元対米ドル取引相場の変動幅を0.3%から0.5%に拡大した。
――2007年8月、国家外為管理局は通知を出し、経常取引の外為勘定限度額管理を取り消し、域内機構が自らの経営の必要に応じて、経常取引の外為収入を自ら保留することを認めることとした。
――2007年9月、中国投資公司が正式に成立した。公司は財政部が起債して購入した外貨を資本とし、域外投資に用い、中国の多元化、多レベルの外為投資体系を切り開いた。
――2008年7月14日から、外為管理局、商務部、税関が連合で輸出代金決済の調査を実行し、資本の  国境を跨ぐ流動の監督管理を強化した(7月21日付け『新華網』)。
去る3月11日の新華網に、およそ次のような記事があった。
 中国は人民元切り上げで、どんなよい点があったか?筆者は切り下げるべきだろうと思う。目下、人民元切上げがもたらしたよい点は、もたらした危害にはるかに及ばない。輸出企業は需要減退に直面しており、人民元相場上昇は輸出企業にとり重圧となっている。例えば、中央銀行は1.53兆ドルの外貨準備を保有し、更に増えている。人民元が1%上昇するごとに中央銀行の損失は1000億元を超えている。人民元相場上昇でホットマネーが流入し、中国の流動性過剰の一つの直接の原因になっている。流動性過剰は、投資過熱、不動産上昇、株価上昇、資源価格上昇をもたらした。事実上、人民元相場上昇の最大の受益者は我々ではなく、国際的なホットマネーである。
 今、誰もが人民元対米ドル相場は緩やかに上昇して当然と思っている。人民元相場が下降するなど誰も考えていない。オリンピックも,8月8日の開会式を迎えれば、あっという間に終わってしまう。中国株はいつまでも上昇を続けると思って、多くの日本人を含めて株主になった。ピークから60%近くも下落するとは誰も思っていなかった。株価は何れ持ち直すであろう。ホットマネーは中国からいずれ出て行くであろう。
出て行くなら一度に出て行ってもらっては困る。そのためにはどうしたらよいか。
(2008年7月21日記す) 


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