大久保 勲の人民元論壇    
     第40号 2010.05.17発行
福山大学名誉教授
大久保 勲
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人民元対米ドル相場は2010年に3~5%切り上げの可能性

 人民元相場に関心が集まっている。結論からすれば、2010年に3~5%切り上がる可能性があろう。順を追って説明していきたい。
 先ず、人民元対米ドル相場の歴史を簡単に振り返ってみたい。新中国成立からしばらく経った1955年から1971年12月まで、中国人民元の対米ドル相場は100米ドルが246.18元であった。
 1950年には朝鮮戦争が勃発した。米国は敵産管理法を作り、中国の在米ドル資産を凍結した。貿易決済に米ドルが使えなくなり、貿易は主として英ポンドで決済されるようになった。米ドルが決済に使われないのに、なぜ人民元対米ドル相場が決まっていたのか。計画経済が必要としたのであろう。 
 固定相場制の時代に人民元が安定した通貨であるということは、金に対する価値を変えないことであった。1967年11月、英ポンドは14.3%切り下げた。そこで人民元対英ポンド相場が調整され、100ポンド=689.30元が590.80元となった。計算式は次のようになる。 98.40/689.30 ×100=14.3
 1971年8月、米国のニクソン大統領は新経済政策を実行し、米ドルの金交換停止を発表した。これをニクソン・ショックという。
 1971年12月、米国ワシントンのスミソニアン博物館で、世界各国の蔵相が集まり、多角的通貨調整が行われ、米ドルは7.9%切り下げた。人民元は金に対する価値を変更しなかったので、人民元対ドル相場の調整がおこなわれた。100ドル=246.18元が226.73元となった。計算式は次のようになる。19.45/246.18 ×100=7.9
 1973年2月、西側諸国は変動相場制へ移行した。これにより、ブレトンウッズ体制は崩壊した。このため、人民元も西側通貨の日々の動きに影響されるようになった。
人民元は、比較的強い西側通貨と同様な動きをした。中国が改革開放政策を採るようになると、輸出促進のために、人民元の対米ドル相場は徐々に切り下げざるを得なくなった。
 1994年1月、外為体制改革が行われ、人民元為替相場の一本化が実施された。
 人民元相場は、“市場の需給を基礎とした単一の管理された変動相場制”となった。1993年末に、公定相場は1ドル=5.8元であり、外貨調整センター相場は1ドル=8.7元であったが、これを1ドル=8.7元に統一した。当時、公定相場の使われた割合は全体の2割であり、外貨調整センター相場の使われた割合は全体の8割といわれた。したがって、1ドル=8.7元とする人民元対ドル相場は人民元の下げすぎであった。
 人民元対米ドル相場は、1994年1月に1ドルが8.7元に統一された後、徐々に上昇し、1997年から2005年7月までは、切り下げの可能性、切り上げの可能性があるとされたものの、1ドルが8.27~8.28元で動かなかった。そのため、人民元相場は固定相場制と理解した人も少なくなかった。
 2005年7月21日、人民元相場形成メカニズム改革が行われた。人民元対ドル相場は2%切り上げとなり、1ドル=8.11元となった。人民元相場は、“市場の需給を基礎とした、通貨バスケットを参考にして調整する管理された変動相場制”となった。
 7月21日に行われた人民元相場形成メカニズムの改革は、2%の切り上げだったが、メカニズムが変わり、市場経済の国の外為市場に近づいてきた。人民元相場は、短期的には上がるか下がるかわからない為替相場となった。
 ここで、2005年末以降の人民元対米ドル相場の推移を取りまとめておきたい。
2005年末相場  8.0702元  前年比 2.56%上昇
2006年末    7.8087元      3.35%上昇
2007年末    7.3046元      6.9%上昇
2008年末    6.8346元      6.9%上昇
2009年末    6.8282元      0.1%上昇
 本稿執筆時点の4月29日の中国人民銀行の人民元対米ドル公表中間値は、1米ドルが6.8265元となっている。
 人民元対米ドル相場は、2008年後半から殆ど上がらなくなった。この主な理由は、国際金融危機の発生といえよう。
 2010年の全人代開催中の記者会見で、周小川中国人民銀行総裁はおよそ次のような趣旨の発言をしている。「人民元為替相場形成メカニズムは、絶えず変化し、改善の過程にある。2005年7月以来、中国は市場の需給を基礎とする、通貨バスケットを参考にした、管理された変動相場制を実行してきた。為替相場は、合理的で均衡の取れた水準で、基本的安定を保持している。ただし特殊な段階を排除しない。例えば危機の条件下で、特殊な為替相場形成メカニズムを含む、特殊な政策をとることである。これは危機に対応する一連の政策の中の、一つの組成部分である。」(2010年3月7日付け『経済日報』)
 つまり、周小川中国人民銀行総裁は、今は危機対応の政策を採っている特殊な段階だといっている。決して切り上げないとは言っていない。
 この時期に、市場参加者の相場予想を映す人民元先物(1年物、ノン・デリバラブル・フォワード=NDF)は3月12日夕時点で1ドル=6.62元台前半。2月上旬に付けた直近の安値(6.67元台後半)を底に上昇に転じている。(2010年3月13日付け『日本経済新聞』)
 2010年3月の全人代終了時の温家宝首相の記者会見で、温首相は人民元について、およそ次のように発言している。
 「第一に、私は人民元が過小評価されていないと考える。昨年37カ国の中国に対する輸出状況をみると、うち16カ国は中国に対する輸出が増加した。つまりEUは輸出が総体として20.3%下降したが、中国に対する輸出は1.53%下がっただけである。ドイツの例をあげると、昨年ドイツの中国への輸出は760億ユーロで、史上最高であった。米国は昨年輸出が17%下降した。ただし、中国への輸出は0.22%下がっただけである。中国はすでに日本、韓国を含む周辺国家の主要な輸出市場となった。また欧米の主要な輸出市場となった。
 第二に、国際金融危機が爆発し、蔓延している期間に、人民元相場は基本的安定を保持して、世界経済の回復に重要な貢献をした。2005年7月から現在まで、人民元相場は米ドルに対して21%上昇した。実効相場は16%上昇した。2008年7月から2009年2月まで、つまり世界経済が極めて困難な時期に、人民元は切り下がらなかった。実効相場は14.5%切りあがった。この期間、2009年に中国の輸出は16%下降した。ただし輸入は11%下がっただけである。黒字は1030億ドル減少した。
 第三に、一国の為替相場形成メカニズムは一国の経済が決めるものである。為替相場の変動も、経済の総合的状況が決めるものである。
 第四に、人民元は引き続き市場の需給を基礎とし、管理された変動相場制度を堅持し、われわれはさらに人民元相場形成メカニズム改革を推進し、人民元相場が合理的で均衡の取れた水準での基本的安定を保持する。(2010年3月15日付け『経済日報』)
 温家宝首相は、人民元が過小評価されていないことを強調するとともに、人民元為替相場形成メカニズム改革を推進するとしている。そうすることによって、人民元が合理的で均衡の取れた水準で安定させるとしている。温家宝首相の発言も、人民元を切り上げないとは言っていない。為替相場形成メカニズム改革とは、結局、需要と供給が、より適切に反映される方向だからである。
 2010年4月の、ワシントンでの胡錦濤主席とオバマ大統領の会見で、両国の経済貿易関係の話になったとき、胡錦濤主席は次のように指摘した。「人民元切り上げで中米貿易不均衡問題を解決できないだけでなく、米国の就業問題も解決できない。中国側は対米貿易黒字を求めるつもりも無いだけでなく、更に措置を講じて米国から輸入を増やし、両国の貿易均衡を促進したい。」また、胡錦濤主席は次のように強調した。「中国側の人民元相場形成メカニズム改革推進の方向は確固として変わらない。これは我々自身の経済社会発展の必要に基づく。具体的な改革措置は世界経済情勢の発展変化と中国経済運営状況を統一的に考慮する。とりわけ外部の圧力のもとで推進することはありえない。」(2010年4月13日付け『経済日報』)
 胡錦濤主席も人民元相場形成メカニズム改革推進を明言している。外部の圧力で切り上げることは無いが、やはり需給関係を適切に反映する方向が改革の方向であり、徐々に切り上がることを否定するものではない。
 2010年に人民元対米ドル相場はどの程度切り上がるか。2005年以来の相場の動きから見れば、おそらく3~5%であろう。
(2010年4月29日記す)


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