大久保 勲の人民元論壇    
     第44号 2012.01.08発行
福山大学名誉教授
大久保 勲
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2012年の人民元対米ドル相場上昇は年間で3%程度か

1.はじめに
 2010年末の人民元対米ドル相場中間値は1米ドルが6.6227元、そして2011年末は6.3009元であったので、2011年の人民元対米ドル相場は、年間で4.86%上昇したことになる。2012年の人民元対米ドル相場は上昇するのか、しないのか。上昇するとすれば何%程度上昇が見込まれるのか。結論から先に記せば、2012年はあまり上昇しないであろう。年間でせいぜい3%程度であろう。
 しかしながら、人民元については、相場の上がり下がりだけでなく、他に注目すべき点がある。それは、中国の通貨3原則(主体性の確保、管理の可能性、漸進性)を前提として、人民元を徐々に国際化していこうとする動きである。資本取引について人民元に交換性を持たせるには、まだかなり時間がかかる。しかし、特に2011年来の人民元の動きから見ると、通貨三原則を前提とした、人民元の国際化は、特に香港というオフショア市場を活用して、着実に進みつつあることに注目したい。

2.近年の人民元相場上昇について
 最初に、最近数年の人民元対米ドル相場の上昇がどの程度であったか確認しておきたい。2005年7月21日の人民元対米ドル相場2%切り上げを含めて、人民元対米ドル相場の推移をまとめると次のようになる。
2005年末相場   8.0702元       前年末比 2.56%上昇
2006年末      7.8087元           3.35%上昇
2007年末      7.3046元           6.9%上昇
2008年末      6.8346元           6.9%上昇
2009年末      6.8282元           0.1%上昇
2010年末      6.6227元           3.0%上昇
2011年末      6.3009元           4.86%上昇
 1994年1月に、人民元対米ドル相場が一本化された時、公定相場の水準を勘案せず、外貨調整センター相場の水準の1ドルが8.7元と決められたため、徐々に8.2~8.3元に上昇した。その後、固定相場のような動きであったが、2005年7月に2%切り上げられた。
 その後も、相場は大きく上下することは基本的になかった。しかし、2010年7月の相場形成メカニズム改革以降、特に2011年後半に、相場の弾力性が高まった。そこで、人民元相場が香港の先物(NDF)市場で切り下がり、内地では切り上げという状況も発生するようになった。
 特に、中央銀行が2011年11月21日に出した数字では、10月分の中国の外為占款は248.92億元純減となった。これは2007年12月以来、外為占款が初めて下降したものである。香港の先物(NDF)市場では、1ヵ月ものから2年物まで、人民元対ドル相場は下がる状況も出現した。しかしながら、2011年末の中間値は6.3009元まで上昇した。
 相場が弾力化して、上下に変動することは、通貨として当然のことである。
しかし、中国経済の実情を反映して、大きな趨勢としては、人民元対米ドル相場が徐々に上昇していくとみるべきであろう。
 なお、外為占款とは、中国当局が外貨を購入し外貨準備に入れる際の外貨の代り金の人民元を支出する財政支出項目である。

3.人民元対米ドル相場は均衡点に接近
 人民元対米ドル相場があまり上昇しないと判断される理由の一つとして、人民元対米ドル相場が均衡点に近づいているとの見方があげられる。具体的には、中国人民銀行通貨政策委員会委員の李稲葵氏は、「目下、人民元相場は均衡点に接近している。2008年国際金融危機が爆発してから、国際社会とりわけ経済学界等は均衡相場について新しい認識を持っている。一般に、一国の為替相場が均衡しているかどうかの最も核心的な指標は当該国の経常勘定が均衡しているかどうかである。」(2011年12月8日付け『経済日報』)
 対外経済貿易大学金融学院長丁志傑氏も、「人民元相場水準が均衡点に近づいている。」(2011年12月16日付け『経済日報』)と述べている。中国社会科学院副院長の李揚氏も、「相場については最終的には均衡相場を見なければならず、人民元相場は均衡相場に近づき始めた」、と語った。(2011年11月30日付け『経済日報』)
 近年、中国の経常収支黒字がGDPに占める比率は緩やかに下降しつつある。
2007年  10.1%
2009年   5.2%
2010年   5.2%
2011年前半 2.8% (2011年10月5日付け『経済日報』)
 2011年の中国の輸出入額を見ると次のようになっている。税関総署によれば、2011年1-11月の中国の輸出入総額は33096.2億ドルで前年同期比23.6%増えた。うち、輸出は17240.1億ドルで21.1%増、輸入は15856.1億ドルで、26.4%増となった。貿易黒字は1384億ドル、18.2%狭まった。(2011年12月11日付け『経済日報』)
 2011年から2012年にかけての人民元の主な動きは、通貨3原則(主体性の確保、管理の可能性、漸進性)を前提として、人民元を徐々に国際化していこうとする動きである。その方針は、2011年初の中国人民銀行工作会議で明らかにされている。2011年年初に開かれた2011年中国人民銀行工作会議で、人民元について次のように提起した。「金利市場化改革と人民元形成メカニズム改革を緩やかに推進しなければならない。人民元相場形成メカニズムを更に改善し、市場の需給の相場形成における作用を発揮させ、通貨バスケットを参考に調節を行い、相場の弾力性を増強させ、人民元相場の合理的に均衡する水準での基本的安定を保持し、国際収支の基本的平衡を促進しなければならない。人民元の国境を跨ぐ貿易と投資の中での使用を拡大し、人民元の流出と流入のルートを緩やかに広げなければならない。(2011年1月7日付け『経済日報』)

4.為替相場の弾力性の増強
 2011年の全人代後の記者会見で温家宝首相はおよそ次のように述べた。「われわれの改革は、主として米ドルに釘付けされた状況を改めて、市場の需給に基づいて、通貨バスケットを参照して、管理された変動相場制度を実行することである。我々は市場の需給の変化に基づいて、さらに人民元相場変動の弾力性を更に大きくすることである。但し同時に、われわれはこの種の改革はやはり漸進的であることを考慮しなければならない。なぜなら企業の引き受けることの出来る能力と就業に関係してくるからである。我々は社会の安定全体を保持しなければならない。」(2011年3月15日付け『経済日報』)
 中国は漸進的な方法を堅持して、為替相場改革を推進し、為替相場の弾力性を増強する。2010年6月から更に為替相場改革を推進したのは、為替相場の弾力性を強めるためであった。(2011年3月12日付け『経済日報』)
 中国の外為市場で、オプション取引を進めるマクロとミクロの条件として、人民元相場の弾力性が増し、オプション取引に必要な変動率が存在するようになった。

5.人民元国際化の動き(1)―人民元の国境を跨ぐ貿易と投資の中での使用を拡大
 2009年7月、上海市、広州市、深圳市、珠海市と東莞市は率先して国境を跨ぐ貿易の人民元決済のテストを行なった。2010年6月、国境を跨ぐ貿易の人民元決済のテスト地区は20の省(区、市)に拡大した。輸出テスト企業はテスト初期の365社から67724社に増えた。2010年に銀行が処理した国境を跨ぐ人民元決済業務は累計で5000億元を超えた。これは同期の対外貿易総額の2%を占める。2009年に比して約48倍に増加した。(2011年4月15日付け『経済日報』)
 中国人民銀行、財政部、商務部、税関総署、税務総局と銀監会は最近連名で、《国境を跨ぐ貿易人民元決済地区拡大についての通知》を出した。(2011年8月24日付け『経済日報』)
 2011年3月11日、中国人民銀行胡暁煉副総裁は記者会見で、「人民元の資本取引の交換性は人民元の国境を跨ぐ業務の発展に有利である。人民元の国境を跨ぐ業務の発展は、人民元の資本取引の交換性にも一定の需要と促進作用がある。発展の趨勢と方向から見て、資本取引の交換性は既定の目標であり、引き続き推進しなければならない(2011年3月12日付け『経済日報』)」と述べている。
・中国、海外直接投資の人民元建て決済実験を実施へ
 中央銀行は、2011年第一号公告「域外直接投資人民元決済実験管理弁法」(規則)を公布した。それによると、クロスボーダー取引の人民元建て決済実験地区の銀行と企業は海外直接投資の人民元建て決済実験を行なうことができる。許可を受けて海外直接投資を行なう国内(域内)企業はすべて人民元で海外直接投資を行なうことが出来る。(2011年1月14日付け『新華網日本語』)
 この規則が出たことは人民元での資本取引を初めて開放したことであり、人民元の国際化の過程の重要な一歩とみられている。
・域外人民元を域内証券に投資することについて水門が開かれた
 中国証監会、中国人民銀行、国家外為管理局は2011年12月16日、連名で《基金管理公司、証券公司人民元適格域外機関投資家域内証券投資テスト弁法》を出した。これは域外の人民元を域内証券市場に投資することが正式に認められたことを意味する。人民元適格域外機関投資家(RQFII)が域内の証券に投資するテストが基金公司、証券公司の香港子公司から始められ、香港で募集した人民元資金を認められた人民元額度の範囲内で域内で証券投資業務を展開できる。初期のテスト額度は約200億元となっている。(2011年12月17日付け『経済日報』)

6.人民元国際化の動き(2)―リスク回避手段の提供
・人民元の対外貨オプション取引等を認可
 中国の国家外為管理局は2011年3月16日「人民元の対外貨オプション取引問題に関する国家外為管理局の通知」を発表し、中国外為取引センターがインターバンク外為市場において、人民元の対外貨オプション取引を行なうことを認可した。「通知」は4月1日から施行された。(2011年3月17日付け『新華網日本語』)
 人民元外為金融派生商品市場の発展が速い。外為市場の直物と先物の取引幣種が増加している。2011年3月、国家外為管理局は、銀行の対顧客市場で、人民元対外貨のスワップ業務を推進した。4月には上述のとおり、人民元対外貨のオプションを推進した。12月には人民元対外貨のオプションの組みあわせを推進した。(2011年12月16日付け『経済日報』)

7.人民元国際化の動き(3)―オフショア市場として香港の活用
 香港の人民元金融商品の市場が発展しつつある。中央銀行の関係責任者は、香港が人民元金融商品市場を発展させることは、香港の国際金融センターの地位を固め高め、香港の長期繁栄安定を促進し、人民元の国境を跨ぐ使用に有利であると述べた。2010年12月末までに、香港の人民元預金は3149億元に達した。香港で発行した人民元債券は累計730余億元となった。うち2010年に350余億元発行した。(2011年4月15日付け『経済日報』)
 元中国人民銀行総裁で、全国社会保障基金会理事会理事長の戴相龍は2011年4月16日、ボアオアジア論壇で、人民元の国際化は緩やかに推進すべきで、15年ないし20年の時間を要すると述べた。その過程で、人民元資本取引の交換性と人民元のさらなる弾力性をつけることになるとした。戴相龍氏は、人民元の国際化には一つのオフショア市場が必要であり、香港が最もよく、これも香港の発展に有利だとした。(2011年4月17日『中国経済網』)
 中国人民銀行研究生部教授呉念魯氏は、香港は人民元業務を”橋頭堡”にしなければならない、と述べた。2011年前半、香港の銀行が処理した人民元貿易決済総額は8000億元に達した。これは内地の人民元貿易決済総額に占める比率は83.5%であり、人民元の国境を跨ぐ貿易決済のもっとも重要な場所となった。2011年7月末までに香港の人民元預金は既に5722億元に達した。これは香港銀行業の預金総額と外貨預金総額に対する比率はそれぞれ9.4%と18.8%になった。人民元債券発行は累計1324億元に達した。(2011年11月4日付け『経済日報』)
 香港オフショア市場の優位性を発揮して、市場が迅速に発展している。
:一に、国境をまたぐ人民元決済額が一定の規模に達した。2011年1-8月で1.1兆元に達した。
二に、人民元預金が迅速に増えた。2011年8月末で6000億元に達した。
三に、人民元金融商品が徐々に豊富になった。2011年1-9月に、66社の企業と機構が債券を発行した。発行額は854億元に達した。(2011年12月16日付け『経済日報』)
以上 
 (2012年1月4日記す)


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