大久保 勲の人民元論壇    
     第45号 2012.03.28発行
福山大学名誉教授
大久保 勲
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人民元相場形成メカニズム改革過程の回顧と展望

1.はじめに
 最近、人民元の国際化についての新聞記事が目につくようになってきた。今年の全人代において、温家宝総理も政府活動報告において民元問題を取り上げている。一つは、人民元相場の双方向の変動の弾力性を増強し、人民元相場の合理的で均衡のとれた水準での基本的安定を保持することである。もう一つは、人民元の資本取引の交換性を緩やかに推進し、人民元のクロスボーダーの貿易と投資の中での使用を拡大することである。
 なぜ国際化なのか。2008年の米国のサブプライム問題を契機に、米ドルの信認が揺らぎ、巨額の外貨準備のかなりの部分を米ドルで運用している中国にとって、大きなリスクを抱えるようになってきた。また、中国の経済力が急速に台頭してきた。こうした背景のもとで、中国は2008年以来、人民元の国際化を加速してきた。いま、クロスボーダー取引の人民元建て決済、人民元建て対内直接投資という形での人民元国際化が進んでいる。
 人民元国際化は長期の問題であり、短期的には、米国が貿易不均衡の原因は人民元を低く評価しているからだとか、中国は為替相場を操作しているといった言論に反駁せざるを得ない。中国人民銀行金融研究所は、そうした目的もあって、2011年10月11日付けで「人民元相場形成メカニズム改革過程の回顧と展望」という報告を出した。
 報告の主な内容は、次の四点である。 
(1) 市場化は人民元相場制度改革が終始堅持する方向
(2) 人民元相場は徐々に合理的で均衡した水準に向かっている
(3) 中米貿易不均衡の主要な原因は人民元相場にはない
(4) 人民元相場形成メカニズム改革を含む一連の措置で積極的に国際収支の基本的均衡を促進する

2.人民元相場について-―これまでの主な経緯
(1)計画経済時代から1993年末まで
 為替相場は、一国の経済を映す鏡ともいえる。人民元相場も中国経済を映す鏡ともいえる。人民元は金を裏付けとはしていなかったが、計画経済の時代に、西側諸国の通貨が固定相場の時は、人民元の対外相場も金に対する価値を変えない形となっていた。1950年の朝鮮戦争の関係で、米ドルは50年代も60年代も使われなかったが、1955年から1971年まで、1ドル=2.4618元という相場は不変であった。1967年に英ポンドが14.3%切り下げると、人民元対英ポンド相場もその分だけ調整された。当時、人民元は「世界で最も安定した通貨」と宣伝されていた。
 他方,人民元については1973年に西側諸国の通貨が変動相場制に移行すると、人民元も変動するようになった。当時の人民元相場を見ると、仏フラン、スイスフラン等相対的に強い通貨の動きに合わせて動くようになった。
 対外開放後、輸出促進のため人民元相場は1993年末まで下げ続けた。
(2)1994年1月の外為体制改革
 1994年1月1日に外為体制改革を行い、1993年末までの公定相場と外貨調整センター相場を一本化し、1米ドルを8.7元とした。1993年末に公定相場は1ドルが5.80元、外貨調整センター相場は8.70元であった。人民元は「需給を基礎とした、単一の管理された変動相場制」となった。外貨調整センター相場に合わせて相場を一本化したため、人民元は下げ過ぎであった。そこで、人民元対米ドル相場は徐々に戻り、1997年12月10日以来、1米ドルが8.2770元から8.2800元で安定するようになった。人民元相場は米ドルに対して切り下げるとの見方があったが、結局、2005年まで大きな変化はなかった。
(3)為替相場形成メカニズム改革
 その後、2005年7月21日と2010年6月19日の為替相場形成メカニズム改革で、人民元対米ドル相場は徐々に上昇するようになった。2005年7月21日、人民元は「需給を基礎とした、通貨バスケットを参考にして調節する、管理された変動相場制」になった。2010年6月19日、中国人民銀行は、為替相場形成メカニズム改革を重ねて行い、人民元相場の弾力性を増強すると宣言した。
 2005年7月21日の人民元対米ドル相場2%切り上げを含めて、人民元対米ドル相場の推移は次の通りである。
2005年末    8.0702元      前年末比 2.56%上昇
2006年末    7.8087元           3.35%上昇
2007年末    7.3046元           6.9%上昇
2008年末    6.8346元           6.9%上昇
2009年末    6.8282元           0.1%上昇
2010年末    6.6227元           3.0%上昇
2011年末    6.3009元           5.1%上昇 
 (出所)各年度統計公報

3.今後の人民元相場動向
 人民元相場は上下に弾力性を強めながら、長期的にみれば、緩やかに上昇する可能性が大きい。その要因をまとめてみたい。
(1)短期国際資本の流出
 2011年12月末現在、中国の外為資産残高は23.238873兆元で、前月よりも310.6億元減少した。2011年10月以来、外為資産は連続3か月減少している。これは欧州の主権債務危機の悪化で、欧米金融機関がアジアの資産を減らし、短期国際資本が流出したためとされる。中国の金融機関の外為占款も連続3か月マイナスとなった。同時に、外貨準備高も2011年10-12月期に、初めて四半期で純減した。2011年10月に、外為占款は4年近くで初めて下降し、減少額は、2011年10月 248.92億元、11月279億元、12月 1003.3億元となった。
 しかし、2012年2月15日、中国人民銀行が発表した『2011年第4・四半期通貨政策執行報告』によれば、「年初来、中国への外貨資金流入はある程度増加し、人民元の先物相場(NDF)も下落予想から基本的に変わらず、あるいは若干上昇に転じている」としている。さらに人民銀行が2月20日発表した数字では、1月分の外為占款は、1409億元増えた。
 市場がひとまず落ち着きを取り戻していることが、人民元にも好影響を与えている。
(2)外貨準備の状況
 中国の外貨準備高は2011年11~12月の2か月で計926億ドル減少した。おそらくこれは一時的な現象であろう。外貨準備の推移をみると次のようになっている。
国家外貨準備及びその前年比増加速度
2006年   10663億ドル、  30.2%増
2007年   15282億ドル、  43.3%増
2008年   19460億ドル、  27.3%増
2009年   23992億ドル、  23.3%増
2010年   28473億ドル、  18.7%増
2011年   31811億ドル、  11.7%増 
 (出所)各年度統計公報
 中国人民銀行金融研究所が2011年10月11日に出した報告「人民元為替相場形成メカニズム改革の回顧と展望」では、もともと外貨準備が増えたのは、人民元相場を低く抑えているからではなく、諸種の原因で内需特に消費需要が不足し、過剰な貯蓄が経常収支黒字の構造的原因となったこと、中国が世界の工場となったことで、大量の貿易黒字が蓄積されたこと、先進国の低金利政策で、ホットマネーが中国に流入したことによるとしている。
(3) 人民元対米ドル相場は均衡点に近づく
 人民元対米ドル相場が均衡点に近づいているとの見方がある。中国人民銀行通貨政策委員会委員李稲葵氏、対外経済貿易大学金融学院長丁志傑氏、中国社会科学院副院長の李揚氏等が発言している。また、2011年10月11日に中国人民銀行が発表した上述の報告も同じ見方をしている。その根拠として挙げている点の一つは、近年、中国の経常収支黒字のGDPに占める比率が次のように緩やかに下降していることである。
2007年  10.1%
2010年   5.2%
2011年1-6月  2.3% 
 また、貿易収支の黒字がGDPに占める比率が低下していることを根拠に挙げる向きもある。近年の貿易収支は次の通りとなっている。
2008年  輸入 11326億ドル、輸出14307億ドル  黒字2981億ドル
2009年  輸入 10059億ドル、輸出 12016億ドル 黒字1957億ドル
2010年  輸入 13948億ドル、輸出 15779億ドル 黒字1831億ドル
2011年  輸入 17435億ドル、輸出 18986億ドル 黒字1551億ドル
 (出所)各年度統計公報

4.為替相場の弾力性の増強
 改革開放の始まりから1994年1月の外為体制改革まで、輸出促進を狙って人民元相場は下落の一途をたどった。2005年7月の為替相場形成メカニズム改革、2010年6月の為替相場弾力化で人民元対米ドル相場は上昇している。
 2011年11-12月に、人民元相場が一時弱くなった原因は、欧州の債務危機による世界的な動揺で、国際資本が米ドルとドル資産を選択しリスク回避したこと、中国の貿易収支黒字幅が縮小していること、年末の季節的な要因で外貨購入がピークとなったこと等によるとされた。
 それでは、米国の期待するような人民元相場の大幅な上昇はあり得るのか。中国の輸出の落ち込みと中小企業を中心とする中国企業の収益力の弱さからも、大幅な人民元切り上げは困難である。米国は、結局、中国に対し、為替操作国認定を行っていない。約9兆ドルの米国国債残高のうち半分は海外マネーが保有しているとされる。中国の保有する米国国債は2011年末現在1.1519兆ドルで米国の最大の債権国となっていることも米国が中国に対しあまり強く出ることが出来ない一因であろう。
 2012年に入ってからの人民元対米ドル相場中間値を半月ごとに並べてみると次のようになる。
1月16日 1米ドル=6.3306元
2月1日       6.3103元
2月15日      6.2958元
3月1日       6.3016元
3月15日      6.3359元
 2012年に入って、人民元対米ドル相場の弾力性は強まった。相場がどちらに動くのか予見できない。為替相場というものは本来そうしたものである。中国人民銀行の2011年10月11日付け報告にあるように、市場化は人民元相場制度改革が終始堅持する方向であり、人民元相場の市場化が進んでいることを相場は示している。
以上 
(2012年3月23日記す)


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