大久保 勲の人民元論壇    
     第49号 2014.08.29発行
福山大学名誉教授
大久保 勲
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人民元の国際化について

1.はじめに
 「少なくとも3年、多くて5年で、人民元が国際的に使われるレベルは、日本円と英ポンドを超えて、米ドルとユーロに次ぐ世界第三の通貨になることができる。」これは、中国人民銀行金融政策委員会委員で中国人民大学学長の陳雨露氏の最近の発言である。
 2014年に入って、人民元の国際化に関する中国側の報道は少なくない。中国は1996年にIMF8条国となり、貿易取引、貿易外取引等経常取引について、人民元は交換性を持つようになった。しかし、資本取引について、いつ人民元に交換性を持たせるかについては、中国当局はまだタイム・テーブルはない、としている。資本取引に交換性を持たせることは、現時点の中国にとって、必ずしも有利なことばかりではない。従って、中国当局は慎重である。
 しかしながら、貿易取引等国際的な取引の決済に人民元を使うことは、ちょうど米国企業が貿易取引に米ドルを使うのと同様に、中国の企業等にとって為替リスクがなくなるので、明らかに有利である。そこで、近年、中国は対外取引に人民元を使うことを推奨し、種々の施策を講じてきた。当面は、人民元の国際化とは、中国の対外取引に出来るだけ多く人民元を使うことだと解釈できよう。しかし、それだけに止まらない。人民元と外国通貨との交換に当たって米ドルを介さないで、直接行う。人民元で起債して、外国から資金調達する。域外で人民元預金の受け入れを行う。限定的ながら、域外から人民元での中国での証券投資を認める。人民元で対外直接投資を行う。「上海・香港相互株式投資制度」の導入も表明された。更に、一歩進んで、BRICSが新開発銀行を設立し、本部を上海に置くことも決まった。その上、中国の保有する外貨準備高は2013年末現在、3.8兆米ドルと世界第一位であり、巨額の米国債を保有しているので、米国当局に対する影響力も大きい。中国の貿易量も2013年には輸出入総額が4.16兆米ドルとなり、米国を超して世界第一位となった。GDP総量は2013年には56.88兆元(年末相場1米ドル=6.0969元で換算して、9.33兆米ドル)と米国に次いで世界第二位であり、遠くない将来に、米国を超えて世界第一位になるとの見方もある。
 人民元の国際化がどのように進展するかは、将来の国際通貨体制だけでなく、世界経済全体に影響を及ぼす可能性のある問題と言えよう。
 人民元国際化の現状について、以下に取りまとめておくこととしたい。
2.クロスボーダー貿易人民元決済等
 2009年7月、中国は上海、広州、深圳、珠海および東莞の5都市でクロスボーダー貿易人民元決済を試験的に実施することにした。このあと、前後2回、試験的に実施する地域を拡大し、目下クロスボーダー貿易人民元決済の範囲は全国に拡大した。域外はすでに地域制限がない。中国の輸出入貨物貿易のうち、人民元で決済された比率は、2011年の5.5%から2013年には11.7%に上昇した。人民元は既に中国の対外貿易で使用される2番目に多い決済通貨となった。
人民元の対外相場は、もともとは、人民元対米ドル相場を除いては、人民元対米ドル相場と米ドル対その他の通貨の相場から裁定されていた。つまり、対米ドル相場以外は、米ドルを介して相場が決められていた。すでに、人民元は米ドル、ユーロ、日本円、香港ドル、オーストラリアドル、ニュージーランドドル等10種の外貨と直物取引ができるようになった。人民元は既にクロスボーダー貿易決済を通じて200以上の国と地区に入り込んだ。人民元はすでに世界で8番目の決済通貨となった。2番目の貿易金融通貨となった。2013年に年間でクロスボーダー人民元決済業務は累計で4.63兆元となり、前年比57%増となった。中国人民銀行は域外の20を超える国と地区の中央銀行或いは通貨当局と相互に通貨スワップ協定を締結した。〈2014年4月1日付け「経済日報」)
 日本円については、2012年5月29日、日中金融当局から同時に「人民元日本円の直接市場創設」に関するプレスリリースが実施された。それまで米ドルを介して決定されていた算定方式を見直し、2012年6月1日から人民元対日本円のマーケットメーカーの銀行が提示する直接レートを基にしたレート決定方式が導入された。
 2013年末現在、中国銀行オフショア人民元指数は0.91%となった。これは、オフショア預金貸出等国際金融市場活動の中で、あらゆる通貨の中で人民元の占める比率が0.91%ということである。国際決済銀行の数字では、2013年に世界の外為市場取引の中で人民元取引の比率は2.2%となっている。〈2014年4月21日付け「経済日報」〉
 3.オフショア人民元
 中国銀行田国立董事長は、2014年6月26日付け「経済日報」に、人民元国際化について、“世界金融安定の重要な選択”と題しておよそ次のように記している。
 「2013年に中国のGDPは世界の12.4%を占め、対外貿易は世界貿易の11.4%を占めた。人民元は過去十数年、既に世界の金融安定の重要な力となった。特筆すべきは、一に金融危機の”安定器“となったことである。1997年のアジア金融危機の際に、中国は人民元を切り下げない、と公約した。2008年の国際金融危機の際も、人民元を切り下げなかっただけでなく、一定程度切り上げた。二に国際為替相場リスクの”避難港“となった。中国銀行のオフショア人民元市場の観察と研究によれば、2014年1-3月中国銀行オフショア人民元指数は2013年末の0.91から1.07となった。2013年1-3月に比して81%上昇した。オフショア人民元指数を大幅に押し上げた要素には、2014年1-3月、中国からの純流出人民元資金は3400億元で、オフショア人民元の流動性を更に補充したことがあげられる。オフショア人民元預金残高は2.4兆元に達する。世界のオフショア預金に占める比率は1.51%に達した。新しく発行したオフショア人民元債券は718億元で、前年同期比160%増加した。オフショア人民元外為取引量は2013年10-12月期の倍になった。世界の外為取引量に占める比率は年初の2.3%から3.0%となった。
 目下、人民元国際化はまだ始まったばかりである。2014年4月、人民元は既に世界で7番目の決済通貨となったが、世界の支払い清算に使用したシェアはわずかに1.4%である。人民元は世界で9番目の取引通貨であるが、世界の一日当たりの外為取引に占める人民元外為取引の比率はわずかに2.2%である。」
4.人民元オフショアセンター
 オフショア市場建設は人民元国際化の過程での一つの重点である。2014年3月28日付け「経済日報」によれば、英蘭銀行(BANK OF ENGLAND)と中国人民銀行は3月31日、人民元清算と決済メモランダムに調印し、当該領域での両国中央銀行間の協力が正式に始まった。ロンドンが人民元オフショアセンターとなったことの意味について、2014年7月7日付けの「経済日報」は、中国銀行総行公司金融部の賀強氏の詳しい解説を載せている。賀強氏の説明の要旨はおよそ以下の通りである。
 人民元清算銀行の設立(中国建設銀行がロンドンの人民元業務清算銀行を担当)、通貨の直接取引(人民元と英ポンド)、通貨スワップ協定の署名(2000億元の人民元と200億英ポンド)、この三位一体メカニズムの正式実施は、ロンドンが重要な人民元オフショアセンターになることを示している。また、人民元国際化が重要な一歩を歩みだしたことを示している。
 ロンドン清算銀行の設立は、人民元がアジア地区以外で直接清算できることを意味し、これまでの人民元支払業務が主としてアジアに集中していた枠組みを改めた。人民元が直接英ポンドと交換できることの意味は、為替相場が米ドルを介して計算されたものが、デイーラーが直接オファーして形成されることであり、換算コストを引き下げるのに有利であり、為替相場リスクを回避する。通貨スワップ協定の意義は、人民元の域外での使用に安定した流動性源を提供することであり、投資家が人民元を保有することについて自信を強め、金融リスクを有効に防止できる。
 目下、香港、シンガポールは既に重要な人民元オフショアセンターになっているが、どちらもアジア大洋州地区に集中しており、世界をカバーし、時差のない人民元清算取引プラットフォームを構築することはできない。従って、ロンドン人民元オフショアセンターの建設は、人民元国際化の重要な一里塚であり、人民元国際化は最も要(かなめ)となる舞台に上った。
 オフショアセンターは人民元の国際化に特殊な意義がある。他の国の通貨と異なり、人民元の国際化は資本取引がまだ交換可能となる前に進められるものだ。資本取引が自由化されていないので、海外の人民元は中国国内に回流する方法が無く、海外人民元は投資ルートに欠けており、人民元を保有したいとの願望に影響している。オフショアセンターは人民元の資産プールと資金プールとして、人民元債券の発行を通じて、地域性債券市場を建設し、オフショア人民元資産種類を拡大するのに助けとなり、人民元の収益水準を高め、人民元の吸引力を強める。
 中国人民大学陳雨露学長は、およそ次のように述べている。「香港は依然世界最大の人民元オフショア市場であり、クロスボーダー人民元貿易決済の主要なプラットフォームであり、最大の域外人民元資金プールを形成している。アジアのその他の地区では、シンガポール、台湾、マカオ等のほか、人民元清算協定の締結に伴い、韓国ソウルも追い上げている。
 欧州では、ロンドン、フランクフルト、ルクセンブルグ、パリ、チューリッヒ等多くの国際金融センターが人民元オフショアセンターになることを希望している。2014年の年初来、中国とドイツ、英国、フランス、ルクセンブルグ等がそれぞれ人民元清算協定を締結した。
 中国国内から見ると、オフショア市場は中国国内企業に新しい融資ルートを提供した。そのほか、オフショア市場は中国資本の金融機構に国際競争の洗礼を受けさせ、出来るだけ早くサービス水準とイノベーション能力を高め、また中国が適時に資本取引改革の推進を行うために有利な条件を創造した。」(2014年7月22日付け「経済日報」) 
5.人民元国際化の意味―中国人民大学陳雨露学長へのインタービュー
 7月20日、中国人民大学は《人民元国際化報告2014》を発表した。2012年から中国人民大学は毎年、人民元国際化シリーズ研究報告を対外的に発表している。また人民元国際化指数((RII)を出している。この指数は人民元の国際経済活動の中での総合的な使用レベルを客観的に表している。この指数によって、人民元が世界的範囲で貿易建値、金融取引及び外貨準備等三つの面での発展動態を追跡することが出来るだけでなく、その他の国際通貨と横並び比較をするのに便利である。2013年主要通貨の国際化指数は、米ドル52.96、ユーロ30.53、英ポンド4.30、日本円4.27となっている。人民元国際化指数は、2012年1-3月0.56、4-6月0.70、7-9月0.79、10-12月0.92、2013年1-3月0.95、4-6月1.14、7-9月1.14、10-12月1.69となっている。7月20日、《人民元国際化報告2014》対外発表の際に、「経済日報」紙は陳雨露学長にインタービューした。〈2014年7月22日付け「経済日報」〉その要旨はおよそ次の通りである。
Q: 人民元国際化指数(RII)が2013年に84%も高まった原因は何か。
A: 中国は世界第一の貿易大国、世界第二の直接投資流入国、世界第三の直接投資流出国である。2013年に貨物貿易で人民元を決済に使用した比率は既に10%を超えた。投資の中で、人民元外商直接投資は4481.3億元、人民元対外直接投資は856.1億元、合計で前年比1.9倍となった。これらはすべてRIIの快速増加の主要な原因である。最近の数字によれば、2014年1-3月期と4-6月期のRIIの概算値はそれぞれ1.74と1.96で、保守的に見積もっても、2014年末にはRIIの予測値は2.40に上昇する可能性がある。もしBRICS開発銀行等の進展が順調であれば、楽観的に見積もって、2014年末にはRIIは3を超える可能性がある。重大な不利な事件が起きさえしなければ、少なくとも3年、多くて5年で、人民元が国際的に使用されるレベルは日本円と英ポンドを超えて、米ドルとユーロに次ぐ世界第三の通貨になることができる。
Q: これは米ドル、ユーロ等への挑戦か。
A: 人民元国際化は決して米ドルあるいはその他の国際通貨に挑戦することではない。2008年の国際金融危機発生は、現今の国際通貨金融の枠組みには重大な矛盾が存在することによる。例えば、米国は20%の世界経済総量で、52%の国際通貨供給を引き受けている。米国には明らかにその気はあるが実力がない。ここ数年、欧州の多くの国際金融センターが、わが国と人民元清算協定締結を要求している。このことは、人民元の国際化というのは、国際経済、貿易枠組みの調整により発生した現象であることを説明している。
 次に、中国は既に世界第二の経済体となり、さらに大きな責任と義務がある。世界の流動性不足への対応、最後の貸し手、世界の金融市場での金利決定への参画、為替相場が安定した国際通貨体系の建設等も含まれている。
 また、人民元の国際核心通貨への距離はまだまだ遠いので、米ドル、ユーロに対して脅威とはならない。
6.人民元国際化は急ぐべきか
 2014年7月23日付けの「経済日報」は、“人民元国際化推進は急いではいけない”との見出しで、「経済日報」紙記者の書いた、およそつぎのような記事を載せている。
 「近年、人民元の国際化は重大な進展を見せた。概括すると、一にクロスボーダー人民元決済の発展が迅速である。二に資本取引開放の規模がますます大きい。三に各種通貨スワップと清算メカニズムが更に健全になった。四に、人民元が域外でますます重視されるようになった。数字で示すと、2013年末現在、中国人民銀行は既に23の国と地区の通貨当局と通貨スワップ協定を締結し、総規模は2.57兆元に達する。人民元国際債券と手形の残高は719.45億米ドルに達した。これは前年同期比34.9%増である。人民元は既に世界で8番目の決済通貨となった。中国銀監会政策研究局李文泓副局長は次のように表明している。中国は既に世界第二の経済体になったが、総合実力からみると米国、欧州と比較して差は小さくなく、わが国の金融市場はまだ完全ではなく、通貨の国際化にはまだ、科学的計画と確かな段取りで、腰を据えてじっくりと進めることが必要である。
 中国人民大学財政金融学院趙錫軍副院長は、もし、人民元の国際化にさらに長い目標があるならば、例えば国際準備通貨になる、世界の金融体系の安定のために流動性を提供することが出来る等には一連の深いレベルの改革を組み合わせることが必須である、としている。
 モルガンチェースアジア太平洋戦略主管、元IMFアジア太平洋部門主管Anoop Singh氏は次のように述べている。中国は三つの重点改革を推進し、人民元国際化の趨勢を絶えず強化しなければならない。一に、為替相場改革、二に金融市場開放、三に資本取引開放である。」 
7.BRICS国家開発銀行の設立
 BRICS国家指導者は、2014年7月、ブラジルで行った第六回サミットの期間に、BRICS五カ国の協定に署名し、BRICS国家開発銀行の成立を宣言し、併せてBRICS応急準備処置、即ち危機対応ファンドを設立した。7月15日、中国人民銀行総裁周小川氏は中国政府を代表し、ほかのBRICS 代表と《BRICS国家応急準備処置建立に関する条約》に署名した。
 BRICS国家応急準備処置(国際収支圧力に直面した時に、短期流動性を提供)の分担額は、中国410億ドル、ブラジル180億ドル、ロシア180億ドル、インド180億ドル、南アフリカ50億ドルとなっている。
 BRICS国家開発銀行(インフラ建設と持続発展の為資金提供)の起動資金は、 中国、ブラジル、インド、南アフリカ、ロシア、各100億ドルとなっている。同銀行は2016年にスタートし、本部は上海に置き、初代総裁はインドが獲得した。総裁の任期は5年で輪番となっている。〈2014年7月18日付け「経済日報」ほか〉」
8.終わりに
 2013年3月27日の雑誌Businessweekのサイトに、南アフリカのダーバンで開かれたBRICS五カ国のサミットを取材して、“BRICSは彼ら自身の世界銀行を持つことが出来るか”と題した記事を載せている。銀行設立が可能であり、育ち得る、としながらも、短期間に合意に達することは難しい、との論調であった。
 しかし、一年余りあとの2014年7月15日、開発銀行も危機対応ファンドも合意に達した。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの五カ国の中で、経済力が突出しているのが中国である。危機対応ファンド1000億米ドルのうち、中国の分担額は410億ドルであり、開発銀行の本部も上海に置かれることになった。BRICS五カ国の人口は世界の約43%であり、そのうち約半分は中国、BRICS五カ国の外貨準備は約5兆米ドル、うち約4兆ドルは中国が保有している。中国の人民元が資本取引について交換性を有するようになるのは、まだいつのことか、わからない。しかし、中国は自国の国情を踏まえて、人民元の国際化を積極的に進めている。この動きはやがて、国際通貨体制にも世界経済にも少なからず影響を及ぼすことになる可能性があり、今後の動向をしっかりとフォローする必要がある。
 
(2014年8月26日記す)


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