大久保 勲の人民元論壇    
     第52号 2016.9.2発行
福山大学名誉教授
大久保 勲
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「8・11相場改革」から一年
―人民元対米ドル相場は上下に大きく変動して水準を徐々に下げる―

 世界同時株安を引き起こした2015年8月11日からの、いわゆる”8・11相場改革“から一年余りが経過した。
 英国のEU離脱問題は落ち着いてきたが、米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長が8月26日の講演で追加利上げに意欲を示し、金融市場で利上げ観測が広がってきた。これを受けて、8月29日の人民元対米ドル相場中間値は1米ドルが6.6856元と前営業日の26日の中間値に比して368bp(注1)と大幅に下げた。米ドル指数も上昇してきた。 
 これから、人民元対米ドル相場はどうなるか。ます結論から書いておきたい。
(1)中国の外貨準備高は、人民元切り下げ圧力がかかっても、対抗力はかなりあり、人民元対米ドル相場の大幅な切り下げはないであろう。
(2)当局は、人民元相場を中国外為取引センター(CFETS)人民元相場指数〈後述〉に対して、出来るだけ安定的に推移させようとしており、人民元対米ドル相場は、上下に大きく変動するようになるであろう。
(3)米ドル指数(後述)が強くなる時は、人民元を米ドルに対して切り下げる。米ドル指数が弱くなる時は、人民元は米ドルに釘付けにする、あるいは米ドルに対して若干切上げる。
(4)人民元対米ドル相場は、米ドルが相対的に弱かった時期に上昇し、国際決済銀行(BIS)の計算する人民元実質実効相場(注2)は2015年にピークに達し、2016年に入って下落傾向を示している。今後、米ドルは利上げ観測で強含みに推移すると見込まれる。
(5)従って、今後しばらくの間は、人民元対米ドル相場は上下に大きく変動しつつ、水準を少しずつ下げていくものと見込まれる。

 それでは、2015年8月以来の動きを詳しく見ていくこととしたい。
 2015年8月10日の人民元対米ドル相場中間値は1米ドル=6.1162元であったものが、11日は6.2298元、12日6.3306元、13日6.4010元と連日、大幅に下落した。14日は6.3995元と下げ止まりした。8月11日から同13日までに、人民元は米ドルに対して4.45%下落した。一年経って、2016年8月11日の中間値は6.6255元となった。2015年8月13日から2016年8月11日までに、人民元対米ドル相場中間値は3.39%下落している。

1.8・11相場改革について
 まず、8・11相場改革とは何であったのか。
2015年8月11日の中国人民銀行ウエブサイトに、次のような“中国人民銀行の人民元対米ドル相場中間値値決めを完全にすることについての声明”が出た。
 「人民元対米ドル相場中間値の市場化程度と基準性を増強するため、中国人民銀行は人民元対米ドル相場中間値の値決めを完全にすることを決定し、2015年8月11日から、マーケットメーカーは毎日銀行間外為市場が開く前に、前日の銀行間外為市場の終値を参考にして、外為需給状況及び国際主要通貨為替相場の変化を総合的に考慮して、中国外為取引センターに中間値の相場を提供する。」
 これだけでは、中国人民銀行の意図はよく理解できない。2015年8月11日の中国人民銀行ウエブサイトに、“中国人民銀行スポークスマンが、人民元為替相場中間値の値決めを完全にすることについて記者の質問に答える”が出た。その中に次のようなQ&Aがある。
Q:「なぜ、今の時期を選んで、人民元対米ドル相場中間値の値決めを完全にしたか?」
A: 「目下、国際経済金融情勢は複雑であり、米国経済は回復の過程にあり、市場はFRBが年内にも利上げすると見込んでおり、そのため米ドルは引き続き強含みとなり、ユーロと日本円は弱くなる傾向にあり、いくつかの新興経済体と大口商品生産国の通貨は切り下がり、国際資本流動の波は大きくなっている。この複雑な局面は新たなチャレンジを形成した。中国の貨物貿易は引き続きかなり大きな黒字を保持し、人民元の実質実効相場は世界の多くの通貨に対してかなり強くなっており、市場の予想とは一定の乖離が生じている。従って、市場発展の必要に基づいて、人民元相場中間値の値決めを更に完全なものにしなければならない。
 2005年の為替相場形成メカニズム改革以来、人民元相場中間値を基準相場として、市場予想を導き、市場相場を安定させるために、重要な作用を発揮してきた。但し最近、人民元相場中間値が市場相場と乖離する幅がかなり大きく、その持続時間もかなり長く、中間値の市場の基準としての地位と権威性に影響してきた。目下、中国の外為市場は健康に発展しており、金融機構の自主的な為替相場決定とリスク管理能力は増強している。人民元相場の予想は分化し、人民元相場中間値の値決めを完全にする条件は熟しつつある。マーケットメーカーの値決めを適正化し、中間値形成の市場化程度を高めるために有利であり、市場相場の実際の変動区間を拡大し、相場の外為需給調節作用を更によく発揮させることになる。」

2.CFETS人民元相場指数の発表
 2015年8月11日から丁度4か月後の2015年12月11日、中国外為取引センター・ウエブサイト中国貨幣網はCFETS(中国外為取引センターの略称)人民元相場指数を発表した。中国外為取引センターの計算では、2015年11月30日のCFETS人民元相場指数は102.93で、2014年末に比して2.93%上昇した。
 CFETS人民元相場指数はCFETS通貨バスケットを参考にして、具体的には中国外為取引センターで相場を公示している各人民元対外為取引幣種、主として米ドル、日本円、ユーロ等を含む13種のサンプル通貨、サンプル通貨のウエイトの採用は、中継貿易要素を考慮した貿易ウエイト法で計算して得たものである。
 中国貨幣網特約評論員は次のように表明している。中国外為取引センターがCFETS人民元相場指数を定期的に発表することは、社会が人民元相場を観察する視角の転換を推進するために重要な意義があり、市場が過去に主として人民元対米ドル相場に注目してきた習慣を変えるようにし、徐々にバスケットの通貨を参考にして計算した実行相場を人民元相場水準の主要な参照系統とするのに助けとなり、人民元相場を合理的な均衡水準で基本的に安定させるのに有利である。
 市場が異なる角度から人民元実行相場の変化の状況を観察するのに便利なように、中国外為取引センターは、同日、BIS通貨バスケットを参考にした人民元相場指数と、SDR通貨バスケットで計算した人民元相場指数を発表した。2015年11月30日に、上述の二つの指数はそれぞれ103.50と1012.56で、2014末に比してそれぞれ3.50%と1.56%上昇した。

3.米ドル指数と人民元実質実効相場について
2015年8月11日に、中国人民銀行スポークスマンは、上述の通り、「’市場はFRBが年内にも利上げすると見込んでおり、そのため米ドルは引き続き強含みとなり・・」としている。人民元対ドル相場は、米ドルの強さの影響を受ける。米ドルの強さは、米ドル指数が示している。米ドル指数とは、米ドルの動きを先進国市場の主要六通貨(ユーロ50.14%、日本円13.6%、英ポンド11.9%、カナダドル9.1%、スウェーデンクローナ4.2%、スイスフラン3.6%)と比較する指数である。
CFETS人民元相場指数は、2014年12月末を100として計算されている。2014年12月31日の米ドル指数は90.65であった。米ドルが相対的に弱い時期を基準にしたのである。ところが2015年8月10日の米ドル指数は97.20と、米ドルがかなり強くなっていた。CFETS人民元相場指数は2015年8月10日前後には105を超えていたとみられる。上述のように、2015年8月11日から同13日までで、人民元対米ドル相場は4.45%下落した。
 人民元そのものの強さ弱さを示すものとして、国際決済銀行(BIS)の計算している実質実効相場がある。これは2010年を100としたもので、2011年102.5、2012年108.7、2013年115.6、2014年118.3、2015年129.7となっている。最近の実質実効相場を四半期別にみると、2015年第3四半期130.5、2015年第4四半期130.1、2016年第1四半期129.7、2016年第2四半期124.8となっている。人民元は2010年から見ると、年々強くなり、2015年後半がピークとなり、2016年に入り徐々に下げてきていることがわかる。
 人民元対米ドル相場に、通貨の強弱がかなり影響を与えていることがわかる。
 
4.中国の外貨準備高の推移とクロスボーダー資金流出圧力
人民元の場合、中国の外貨準備高の動きが与える影響も決して小さくない。
中国の外貨準備高が史上最高になったのは2014年6月末の3.99兆ドルである。それが2016年1月には3.23兆ドルまで減ってしまった。しかしながら、2016年1月から7月までの外貨準備高を見ると、3.2兆ドル前後で大きな変化がないことがわかる。
 2015年8月以来の中国の外貨準備の変動状況(単位:億米ドル)

2015年 8月 35573.81
9月 35141.2
10月 35255.07
11月 34382.84
12月 33303.62
2016年 1月 32308.93
2月 32023.21
3月 32125.79
4月 32196.68
5月 31917.36
6月 32051.62
7月 32010.57



 外貨準備高にも、人民元相場にも大きな影響を与えるのはクロスボーダー資金流出圧力である。
中国人民銀行通貨政策分析小組がまとめた「中国通貨政策執行報告、2016年第2四半期)」によれば、「2016年1-6月に、クロスボーダー人民元受け取り支払い金額は合計4.82 兆元で、前年同期比15%下降した。うち実際の受け取りは1.92兆元、実際の支払いは2.89兆元、純流出は9728.8億元、受け取り支払い比率は1:1.51であった。経常取引のクロスボーダー人民元受け取り支払い金額は合計2.66兆元、前年同期比21%下降した。うち、貨物貿易受け取り支払い金額2.17兆元、サービス貿易およびその他の経常取引の受け取り支払い金額は4991.6億元、資本取引の人民元受け取り支払い金額は合計2.15兆元、前年同期比6%下降した」となっている。2016年に入って外貨資金流出圧力は明らかに緩和されてきた。

5.人民元相場形成メカニズム運行状況
また、上述の中国通貨政策執行報告、2016年第2四半期に、人民元相場形成メカニズム運行状況が詳しく記されている。たいへん参考になると思われるので、詳しく紹介したい。
「2015年8月11日以来、人民銀行は、人民元対米ドル相場中間値の値決めメカニズムを完全なものにし、バスケット通貨を参考にする度合いを強める等一連の人民元相場市場化形成メカニズムを完全なものにする措置を採ってきた。 2016年春節以来、“終値+バスケット通貨相場の変化”の人民元対米ドル相場中間値形成メカニズムを初歩的に形成し、市場の需給を基礎とし、バスケット通貨を参考にして調節を行う特徴を更にはっきりさせた。
 ”終値+バスケット通貨相場の変化“のメカニズムによって、マーケットメーカーの人民元対米ドル相場中間値の値決めは二つの組成部分を直接加えて作る。一は、銀行間外為市場の前日の16時30分の終値で、主に市場の需給状況を反映させる。二は、人民元相場の安定を保持するために、人民元対米ドル相場の調整すべき幅で、主にバスケット通貨相場の変化を反映する。目下の人民元相場の趨勢の分析は、この二つの部分からそれぞれ観察することができる。
 終値から見ると、2016年年初から企業の外貨建て負債のレバレッジを減らすこと及び海外でのM&Aの意向の高まり等から、中国の外為市場は全体として外貨の需要より供給が少ない局面を呈し、人民元対米ドル終値は多くが中間値よりも下げる方向に傾いた。2月15日から6月30日まで、人民元対米ドル終値は当日の中間値に比して累計で2489bp下げた。
 バスケット通貨相場の変化から見ると、5月以前は、世界経済の回復の力が弱く、国際金融市場の変動が大きくなった背景の下で、市場ではFRB利上げの期待が低下し、米ドル指数がいったんは92前後まで下がり、相応の人民元対米ドル相場中間値は前日の終値に比して、ある程度上昇した。5月以降、市場のFRB利上げに対する期待が再度高まり、英国の“EU離脱”がまた国際金融市場の不確定性を引き起こし、米ドルは弱から強に転じ、人民元対米ドル中間値は前日の終値からの上昇幅も相応にある程度狭まった。2016年春節以来の状況を観察すると、米ドル指数が変動の中で総体として小幅切り下げの趨勢を呈したので、人民元のバスケット通貨に対する総体的安定を保持するために、人民元対米ドル相場中間値はある程度上昇した。2月15日から6月30日まで、人民元対米ドル相場中間値は、前日の終値に比べて変化の幅は累計で1295bp上昇した。
 総じてみると、人民元相場はいま、“終値+バスケット相場の変化”の形成メカニズムで秩序ある運行をしている。市場の需給の要素による終値の当日の中間値と比較した累計の切り下げ幅は、人民元のバスケット相場の安定を保持するため、中間値が前日の終値に比して累計で上昇する幅よりも大きく、春節から6月30日までの人民元対米ドル相場中間値は全体として切り下がっており、累積の切り下げは1194bp,切り下げ幅は1.8%となっている。
 ”終値+バスケット通貨相場の変化“のメカニズムは人民元対米ドル相場中間値形成の規則性、透明度と市場化水準を高め、市場の予想を安定させる面で積極的な作用を発揮した。一面では、規則の明確さ及び前日の終値、バスケット通貨の重みとバスケット通貨相場の変化が全て公開透明な状況の下で、各マーケットメーカーがCFETS、BIS、SDRの三つの通貨バスケットを参考にする程度は同じではなく、中間値の値決めにはある程度差があるが、但し変動の方向と大体の幅にはかなり高い一致性があり、そのため市場参加者はかなり正確に当日の中間値を予測することが出来る。別の面では、米ドルの動きには不確定性があるので、バスケット通貨を参考にすることで、人民元対米ドル相場も双方向に変動する特徴を呈し、このことが市場の一方的な予測を打破するのに助けとなり、一方向の投機を避ける助けとなる。2月以来、市場の新メカニズムに対する理解が深まるにつれて、市場の予測は平穏になった。外貨準備の下降幅は縮小し、ある程度増加する月もある。派生商品市場も人民元相場の切り下げ予想が小幅となっていることを反映しており、6月30日のオンショアとオフショアの先物は、1年後の人民元対米ドル相場がそれぞれ6.7257元と6.8063元となって、切下げ予想幅はそれぞれ1.2%と2.4%である。オフショア人民元の元金受け渡しなしの先物は、1年後の人民元対米ドル相場が6.8170元となっており、予想切り下げ幅は2.5%である。オフショアとオンショア市場の人民元対米ドル・オプションの1年物の隠れた変動率は総体として下降する態勢にある。
 今後、人民元相場は引き続き市場の需給を基礎として、バスケット通貨を参考にして調節を行うメカニズムが秩序立てて運行する。人民銀行は引き続き人民元相場市場化メカニズムを完全にし、相場形成の中での市場の決定的作用を更に発揮させ、徐々に市場の需給を基礎とする、双方向に変動する、弾力性のある相場運行メカニズムを形成し、人民元相場の合理的な均衡水準での基本的安定を保持する。」

6.過去1年間の人民元対米ドル相場月平均相場
 ここで過去1年間の人民元対米ドル相場の月平均相場を記しておくこととしたい。
 
2015年 8月 1米ドル=6.3056元
9月 6.3691元
10月 6.3486元
11月 6.3666元
12月 6.4476元
2016年 1月 6.5527元
2月 6.5311元
3月 6.5064元
4月 6.4762元
5月 6.5315元
6月 6.5874元
7月 6.6774元


これを見ると、人民元対米ドル相場は、2015年8月以降、下落の一途をたどったのではなく、大きく上下に変動しながら水準を下げてきたことがわかる。

7.人民元相場双方向への変動弾力性が強まる
 上述の中国通貨政策執行報告、2016年第2四半期、は人民元相場双方向への変動弾力性が強まる、として、次のように説明している。
 「2016年年初来、人民元はバスケット通貨に対して小幅切り下げた。6月末、CFETS人民元相場指数は95.02で2015年末に比して5.86%切り下げた。BIS通貨バスケットを参考にした人民元相場指数と、SDR通貨バスケットを参考にした人民元相場指数はそれぞれ96.09と95.76で、それぞれ2015年末に比して5.53%と3.11%切り下げた。国際決済銀行の計算では、2016年1-6月に、人民元名目実効相場は5.09%切り下がり、実質実効相場は5.47%切り下がった。2005年の人民元相場形成メカニズム改革以来、2016年6月までに、人民元対米ドル相場は累計24.81%上昇した。
 3月以来、人民元対米ドル相場変動率は既に人民元対バスケット通貨相場指数の変動率を超えた。例えば、3月初めから6月末まで人民元対米ドル相場中間値の年率化した変動率は4.28%だが、CFETS人民元相場指数の年率化した変動率は僅かに2.31%である。これは、”終値+バスケット通貨相場の変化“の人民元対米ドル相場中間値形成メカニズムのもとで、人民元対米ドル相場が更に活発になり、”バスケット通貨を参考にして“が人民元対バスケット通貨相場指数の安定に有利なことも表している。」

8.中国人民銀行とIMFの評価
 2015年8月のいわゆる”8・11相場改革“以来の変化について、中国人民銀行やIMFはどのように評価しているか。
 先ず、中国人民銀行だが、2016年8月2日から3日午前まで、2016年中国人民銀行支店長座談会が開かれた。
・会議の中で、「人民元相場形成メカニズムを更に完全にした。”終値+バスケット通貨の相場変化“の中間値形成メカニズムを初歩的に打ち立て、人民元対米ドル相場の弾力性を強め、バスケット通貨に対する相場を基本的に安定させた。人民元国際化を着実に進め、人民元が世界で受け入れられる程度を顕著に高めた」と認めている。
 次に、IMFは、IMF協定に基づく第四条協議の報告で、「過去1年の中で、中国は更に活発で、市場化した為替相場体系への転向において既に積極的な進展があった。目下、人民元相場は大体において経済の基本面に符合する」としている。
(注1)Basis Pointとは、為替相場変化の最小単位であり、為替相場の最後の一つの数字の変化を1bpという。
(注2)人民元実質実効相場とは、人民元の為替相場の動きを正確に調べるために、中国の貿易相手国との複数の為替相場を貿易額に応じて加重平均したうえで、物価変動の影響を調整した指標である。
 
   (2016年8月29日記す)


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