大久保 勲の人民元論壇    
     第53号 2017.8.20発行
福山大学名誉教授
大久保 勲
<目次>へもどる

”8・11”為替相場改革二周年を迎えて
人民元対米ドル相場の今後の展望

1.はじめに
 2015年8月11日の為替相場改革から2周年になる。2014年末の人民元対米ドル相場中間値(基準値)は1米ドル=6.1190元で、2015年8月10日までは、基準値はほぼこのレベルで推移してきたが、当時、市場相場と基準値が乖離してしまっており、中間値は基準値の役割をはたしていなかった。そこで、当局は、中間値の値決めを前日の終値を基準とすることに変更した。そして、2015年8月11日の中間値は6.2298元、12日は6.3306元、13日は6.4010元と3日連続で人民元は大幅に下落した。
 最近、人民元対米ドル相場は上昇を続けており、年末年初には1米ドルが7元台になるといわれていたが、最近は6.7元前後で推移している。年末までに、7元台まで下がることはないとみる向きが多くなってきた。この一つの原因は、米ドルが弱くなっているために、総体的に人民元が対ドルで強くなってきたことがあげられる。クロスボーダーの資金流出も減ってきたとされる。しかし、米ドルがまた強くなれば、資金流出の圧力が強くなる可能性がある。外貨準備も増えているが、これは米ドル以外で保有している外貨準備が、米ドルが弱くなってきたために、米ドル換算で増えたことの影響が小さくない。
 ここで、2015年8月のいわゆる”8・11“為替相場改革から最近までの状況を振り返り、 人民元対米ドル相場の今後について展望することといたしたい。
 


2.“8・11”為替相場改革から最近までの推移
 中国が2015年8月11日から、人民元対米ドル中間値(基準値)を大きく引き下げたことで、中国経済が厳しい状況になって、習近平政権は元安誘導していると、大きく報じられた。しかし、単なる元安誘導ではなく、為替相場改革であった。
 8月11日、中国人民銀行は、次のような声明を出した。
 中国人民銀行の人民元対米ドル相場中間値値決めを完全にすることについての声明
 人民元対米ドル相場中間値の市場化程度と基準性を増強するため、中国人民銀行は人民元対米ドル相場中間値の値決めを完全にすることを決定し、2015年8月11日から、マーケットメーカーは毎日銀行間外為市場が開く前に、前日の銀行間外為市場の終値を参考にして、外為需給状況及び国際主要通貨為替相場の変化を総合的に考慮して、中国外為取引センターに中間値の相場を提供する。
 その後、2015年12月11日、人民元相場指数を発表した。周小川人民銀行総裁は記者会見で次のような発言をしている。「目下、人民元相場形成メカニズムは既に米ドルだけに注目するのではなくなったが、完全に自由変動でもない。予見できる将来に、バスケット通貨を参考にする度合いを大きくする、即ちバスケット相場の基本的安定を保持する。このことは、人民元相場形成メカニズムの主な基調である。」「バスケット通貨の参考程度について、徐々に高める過程もある。現在、三つのバスケット通貨相場指数を発表しており、今後のメカニズム設計はマクロ経済の動きと需給関係につれて、絶えず調整する。」
 2016年2月に、周小川人民銀行総裁は、記者会見で、次のような問答を行っている。
 記者:私の聞きたい問題は、人民銀行が目下バスケット通貨に注目している政策を市場はどのように理解すべきか。なぜなら、同時に米ドルも参考にしているので、注目すべき重点は何であるというべきか。
 周小川:これは皆さんご存知のように、人民銀行の正式な言い方は、バスケットに注目するとは言っておらず、我々はバスケット通貨を参照するのである。バスケット通貨を参照すると言い出した時間はかなり早いが、バスケット通貨参照の進展には起伏がある。その主な原因は、やはり世界経済の多元化である。つまり世界の多種の通貨がみな影響しており、しかもいくつかの通貨は徐々に影響を強めている。従って、我々のいわゆるバスケットを参照してということは、初日の外為市場での取引の基礎の上に、第二日のオープニングの中間値を形成する時に、中間値の形成過程でバスケット通貨の変動を考慮するので、バスケット通貨を参照してということになる。
 世界経済の多元化に連れて、多種の通貨の重要性の重みが変化し、バスケット通貨の重要性がますます大きくなる。但し実際上は、皆さんがよく御存じのように、バスケット通貨の中で、米ドルがやはりもっとも主要な通貨である。我々には三種の主要な人民元相場指数がある。これらの指数の中で、米ドルがやはり主導的な働きをしている。但し、ユーロ、日本円、英ポンドとほかの通貨も、更には新興市場の通貨を含めて、皆一定の適当な重みがある。従って、あなたのいう、バスケット通貨と米ドルを参照しての間の関係は、つまりバスケット通貨を参照する中で、重みが最大なのは、やはり米ドルということである。
 バスケット通貨を参照するが、重みが最大なのは、やはり米ドルと言っている。このことは、例えば次の取引量を見れば明白である。
 ・2016年1-6月銀行間外為直物市場人民元対各幣種取引量
  (出所:中国外為取引センター、単位:億元人民元)

米ドル 159412
ユーロ 2166
日本円 1614
香港ドル 636
英ポンド 156
オーストラリアドル 371
ニュージーランドドル 52.5
シンガポールドル 839
スイスフラン 61.1
カナダドル 107
マレーシアリキッド 13.5
ロシアルーブル 79.2
南アフリカランド 6.6
韓国ウォン 16
タイバーツ 0.89

 2016年4月、中国貨幣網特約評論員の文章には、次のような表現がある。
 「3月分人民元対米ドル相場中間値相場形成メカニズムの”終値+バスケット通貨相場の変化“の特徴はさらにはっきりしている。いわゆる”終値+バスケット通貨相場の変化“は、マーケットメーカーが前日の終値の基礎の上に、人民元対バスケット通貨相場が24時間安定するように、人民元対米ドル相場の調整幅を直接加えて中間値の値決めをする。マーケットメーカーが値決めをする時、CFETS人民元相場指数を考慮するだけでなく、BISとSDR通貨バスケット人民元相場指数を参考にし、バスケット通貨相場の変化の中の騒音を取り除き、国際市場の波動が大きくなった時には、一定の濾過機の働きもある。3月からの毎取引日の数字から見ると、米ドルがその他通貨に対して上昇する時、人民元のバスケット通貨相場の相対的安定を保持するために、人民元対米ドル相場中間値は終値の基礎の上に切り下げ、反対の場合はその反対になる。このメカニズムは市場の予想の安定を保持し、人民元対バスケット通貨相場の相対的安定の基礎の上に、人民元対米ドル相場の弾力性を強めた。」(下線は筆者のつけたもの)
 2017年5月27日付け「経済日報」等は、人民元対米ドル相場中間値値決めモデルに”逆周期因子“の導入を報じた。”逆周期因子“は、人民元対ドル相場の市場化の流れに反するとの見方が少なくないが、為替相場は基本的には、経済の基本面を反映するものであり、中国経済については、中国崩壊論に見られるように、意図的に厳しい見方がされる場合も少なくなく、付和雷同的に相場が下がるケースもあり、単に市場化の流れに反するとは言いがたい。
 中国人民銀行は2017年8月11日に出した《2017年第二四半期中国金融政策執行報告≫で、中間値値決めモデルに”逆周期因子“を導入後、運行状況からみて、新しいメカニズムは外為市場での付和雷同的反応を有効に抑制し、中国のマクロ経済等基本面の要素の人民元相場形成の中での作用を増強し、人民元が合理的均衡水準での基本的安定を保持したとした。
 2017年の年初来、中国工商銀行をトップとする外為市場自律メカニズム”為替相場工作組“が、関連の経験を総括し、中間値の値決めモデルをもともとの”終値+バスケット通貨相場の変化“を調整して”終値+バスケット通貨相場の変化+逆周期因子”とすることを建議した。この建議は外為市場自律メカニズム核心メンバーの賛同を得て、2017年5月末外為市場自律メカニズム秘書処が正式実施を宣言した。
《報告》は、”逆周期因子“の導入は、外為需給の趨勢と方向は変えられず、ただ適当に外為市場の付和雷同的反応を濾過するだけであり、決して市場に逆行したものではなく、市場を尊重する前提の下で、市場行為を更に理性的にすることを促進するものである、と強調した。
 
3.人民元対米ドル相場の今後の展望
 国際通貨基金(IMF)は8月中旬に、中国との年一度の経済と政策についての協議を終えた。IMFは、中国経済は引き続き更に持続可能な成長の道に向かい、改革は広範な領域で進展し、今年の中国経済は6.7%の強い成長の水準を保持するだろうと表明した。IMFは、人民元相場について、目下人民元相場と基本面は大体一致しており、資本流動管理措置の強化とさらに安定的な為替相場予測で、資本流出が緩やかになった、と認めた。
 中国の外貨準備は、2017年7月末まで、6か月連続で増加した。人民銀行が発表した数字では、2017年7月末現在、外貨準備規模は30807億ドルとなり、6月末よりも239億ドル上昇した。国際金融市場で、非米ドル通貨が対米ドルで総体的に切り上がり、米ドルを計量通貨とする外貨準備規模は上昇している面があるが、それを差し引いても中国の外貨準備は増えている。
 最近の中国の輸出入も好調である。2017年7月分の輸出入総額は、5月と6月に次いで年初来3番目に多い数字である。関係専門家によれば、7月分増加速度が下がったのは、主に前年同期の基数がかなり高かったこととのほかに、人民元相場が切り上がったことで、人民元で計算した貿易額がある程度狭まった。
 税関総署が2017年8月8日発表した数字では、7月分の中国の輸出入総額は2.32兆元、前年同期比12.7%増。うち輸出1.32兆元、11.2%増、輸入1兆元、14.7%増、貿易黒字3212億元、1.4%拡大した。
 物価も安定している。国家統計局が8月9日発表した2017年7月分CPIは前年同期比1.4%上昇、PPIは前年同期比5.5%上昇。 7月分のCPI,PPIを分析すると、目下中国の物価動向は基本的に平穏である。今年後半、CPIは引き続き弱含みであり、工業製品にもまた顕著に上昇する基礎は備えておらず、中国経済のインフレ・リスクはかなり低いとみられている。
 国家外為局によれば、2017年7月、銀行の買為替8632億元(1276億米ドル相当)、売為替9681億元(1431億ドル相当)、買為替-売為替=マイナス1049億元(155億ドル相当)。2017年7月、銀行が顧客に代わって海外から受け取った外貨は15691億元(2319億ドル相当)、対外送金は7180億元(2359億ドル相当)、海外からの受取―海外への送金=マイナス1489億元(220億ドル相当)となっており、かなり落ち着いた動きになっている。外為局スポークスマンによれば、7月分クロスボーダー資金流動は引き続き基本的にバランスしているとしている。
 国際収支は、経常勘定と資本・金融勘定のどちらも黒字になった。1-3月に経常勘定は184億ドルの黒字で、非準備性質の金融勘定は2016年10-12月期の1031億ドルの赤字から368億ドルの黒字となり、それ以前の連続11四半期の赤字の局面が終わった。
 2017年8月4日に人民元対ドル相場中間値は1米ドル=6.7132元となり、2016年10月以来の高値となった。年初らい人民元は累計で3.4%上昇した。本稿執筆時点の8月17日の人民元対米ドル相場中間値は1米ドル=6.6709元である。
 人民元が最近強くなった主な原因は、米ドルが弱くなったこととされる。米ドル指数は2016年12月30日の終値が102.21、2017年8月15日の終値が93.83で、年末から8月中旬までに8%以上弱くなっている。次に中国経済の基本面が好くなっていることが、人民元が安定を保持するのに有利になっている。1-6月の中国のGDPは6.9%であり、その他の数値も既述の通り、比較的好調である。
 2017年末まで、人民元対ドル相場は6.7から6.9の間で変動するという予想があるが、 8月中旬現在、すでに6.6元台となっており、米政局の動向から、米ドルがさらに弱くなる可能性もあり、人民元対米ドル相場は、少なくとも6.5元台まで上昇する可能性は否定できない。
 
  (2017年8月17日記す)


           <目次>へもどる