大久保 勲の人民元論壇    
     第57号 2018.10.11発行
福山大学名誉教授
大久保 勲
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人民元対米ドル相場は7元を超える可能性はあるが、大きな下げはない



1.はじめに
 中国と米国との間の貿易戦争が続いていることもあり、人民元対米ドル相場と中国の株価の代表的指数である上海総合指数の動きに関心が集まっている。
 10月の国慶節休暇明けの10月8日に人民元対米ドル相場基準値(中間値)は、1米ドルが6.8957元まで下げ、その後人民元相場は連続して下げて、10月11日の基準値は6.9098となった。上海総合指数は、9月28日に比して10月8日の終値が2716.51と3.7%下げた。その後、9日、10日と若干上げたが、10日にニューヨーク市場大きく下げたこともあり、11日は大幅な下げに転じた。
 人民元対ドル相場の下げは、主としてFRBの利上げにより、米ドル指数が上昇したためであり、上海総合指数の下げは、米ドルの長期金利の上昇傾向や米中貿易戦争への警戒の高まりとされている。 
 それでは、これからどうなるか。結論から言えば、人民元相場は6.9098まで下げたので、7元を超える可能性はあるが、逆周期因子の導入もあり、大きな下げはないと見込まれる。株価は底値を割る可能性もある。
 以下、人民元為替相場をめぐる最近の動きを取りまとめておきたい。
 
2.逆周期因子について
 8月24日の中国人民銀行ウエブサイトに、中国貨幣網よりの転記として、人民元対米ドル中間値(基準値)値決めに”逆周期因子“が再度導入されたとの記事が出た。人民元対ドル相場は、毎朝、中国人民銀行から指定された14行が、前日の終値に、バスケット通貨の動きをみて、それぞれに相場を出して人民銀行に連絡していた。人民銀行は基本的には、それを見て、毎朝、中間値(基準値)決めて公表していた。
 2017年5月から2018年1月までは、14行は更に逆周期因子を計算して、相場を決めて人民銀行に連絡していた。逆周期因子について、具体的内容は公表されていないので、外部にはわからない。
 中国当局は、中国経済は決して悪くないとの見方から、人民元対ドル相場の情緒的な下げを防ぐために、中国経済の基本面等を含む”逆周期因子”を導入して、人民元対ドル相場の管理を強めている。もともと、人民元相場は、“需給に基づく単一の管理された変動相場”ということになっている。
 人民元対米ドル中間値値決めモデルは、“終値+バスケット通貨相場の変化”となっていたが、逆周期因子の導入で、“終値+バスケット通貨相場の変化+逆周期因子”に調整された。
 9月3日付けの国務院系日刊紙『経済日報』に、中金公司チーフエコノミストの梁紅氏が
 およそ次のようなことを書いている。「中央銀行は最近正式に、人民元対米ドル中間値値決め銀行が”逆周期因子“を再び始めたと発表した。最近の政策微調整は短期市場の需給を改め、人民元相場を上昇させるのに助けとなり、人民元の先物売りをする人を震い上がらせる作用がある。中長期的に見て、人民元相場に対する根本的な支えは中国投資の効率を高め、投資リスクを引き下げることにある。中国のような大型経済体にとって、為替相場の中長期的な趨勢は最終的には、投資回収率と投資リスクの予測によって決まる。この面で、人民元相場を支持する更に持続可能性のある道筋は、安定成長の予期と市場化改革を継続的に推進して、中国投資の効率において、政策の透明度と予測可能性を高めることしかない。」
 特殊な状況下ではやむを得ないとしても、為替相場決定にどれだけの影響があるのか分からず、また内容も分からない因子が相場決定に関係することは、当然ながら望ましいことではない。
 また、交通銀行チーフエコノミストの連平氏は、9月12日付けの『経済日報』で、およそ次のように記している
 「人民元相場メカニズムについては、”終値+バスケット通貨相場+逆周期調節因子“の中間値形成メカニズムは目下の実際の状況に符合し、為替相場の安定、市場の非理性的な行為の抑制に有利である。長期的に見て、人民元相場メカニズムは断固として市場化の方向を堅持すべきであり、人民元相場形成メカニズムの主動作用の中で、市場の力を絶えず増強すべきである。
 もし、為替相場が過度の調整で、市場に恐慌をもたらしている場合は、外貨準備を使って適当に介入することも合理的である。当然、外貨準備を使って市場介入することは、必然的に外貨準備の相応の減少をもたらし、また市場に対して関係部門の介入能力が弱まる印象を与える可能性もある。そのために為替相場がさらに為替相場が下落する可能性がある。従って通常の状況下では、軽々しく外貨準備を使って市場介入すべきではない。一定規模かつ安定した外貨準備は、為替相場安定のバラストである。」
 今の中国の外為市場は、まだ市場化の過程にあり、当局の管理の度合いが強いため、
 こうした不透明な操作が行われることになる。しかし、正論が堂々と国務院系の日刊紙に掲載されることは、望ましいことである。
 
3.外貨準備について
 国家外為管理局が9月20日に発表した数字では、8月末現在、中国の外貨準備高は31097億ドルで7月末に比べて82億ドル減った。下降幅は0.26%となっている。
 年初から、中国の外貨準備は小幅で双方向に変動したが、総体として基本的に安定を保持した。4月と5月は180億ドルと142億ドル減少した。6月と7月はそれぞれ15億ドルと58億ドル増加した。
 10月7日人民銀行が発表した数字では、9月末現在、外貨準備は30870億ドルで、8月末比227億ドル下降した。
 中国金融40人フォーラム高級研究員管涛氏は、9月にFRBが利上げし、米国債の収益率が上昇し、主要国家の債券価格が下落し、中国の保有する外国国債価格が下落して、外貨準備の帳簿価格が減価した、としている。
 寧吉哲国家統計局長は、10月9日付けの『経済日報』で、最近の中国経済について、「数字では、1-6月に、中国経済は前年同期比6.8%増、持続的に6.7%と6.9%の間で安定している。1-8月に、都市部の新規増加就業は1000万人近く、既に年間の新規増加就業1100万人の目標に近づいている。全国都市調査失業率は5%前後で安定している。CPIとPPIは それぞれ2%と4%であり、温和な上昇区間を保持している。経常収支は黒字で、外貨準備は3兆ドル以上で安定しており、国際収支は基本的にバランスしている」としている。
 
4.中央銀行が香港で中央銀行手形を発行―オフショアの流動性を調節して人民元相場を安定
 中央銀行が香港で中央銀行手形を発行して、オフショアの流動性を調節して人民元相場を安定させるとのニュースがある。
 中国人民銀行が香港で中央銀行手形を発行する。いわゆる中央銀行手形とは、中央銀行が商業銀行の超過した準備金を調節するために商業銀行に対して発行する短期債務証書であり、中央銀行が基礎通貨を調節する一つの通貨政策ツールであり、目的は商業銀行の貸し出し可能資金量を減らすことである。
 中央銀行通貨政策委員会委員、清華大学金融発展センター主任馬駿氏は、流動性管理のツールの一つとして、今後中央銀行は中央銀行手形の発行を通じて、オフショアの人民元流動性を調節し、市場の予期を安定させ、人民元相場の合理的で均衡のとれた水準での基本的安定を保持することが出来る、と表明した。
 ドイツ商業銀行アジア高級エコノミスト周浩氏は、中央銀行の政策ツールが香港オフショア人民元市場をさらに広げることになり、一定程度中央銀行が政策の弾力性を保持したいことを表明していることになり、一旦オフショア市場にかなり明らかに人民元先物売りの情緒が出たならば、中央銀行手形を発行してオフショア人民元市場の金利水準を引き上げ、人民元コストを引き上げ、人民元先物売りを抑制することが出来る、としている。(9月25日付け『経済日報』)
 
5.預金準備率1%引き下げの影響
 中国人民銀行は10月15日から、大型商業銀行、株式制商業銀行、都市商業銀行、非県域農村商業銀行、外資銀行の人民元預金準備率を1%引き下げる。預金準備率引き下げで放出される一部資金は10月15日期日到来の約4500億元の中長期貸借ファシリティ(MLF)の償還に充てられる。この部分を除いて、預金準備率引き下げで更に約7500億元の増加資金を放出することができる。10月7日付けの中国人民銀行のウエブサイトによれば、
 金融は穏健中性であり、通貨政策の方向付けは変わっていない。残りの資金は10月中下旬の納税期にヘッジしており、従って、流動性構造適正化と同時に、銀行体系の流動性総量には基本的に変化はない。中国人民銀行は引き続き穏健中性の通貨政策を実施する、としている。また、準備率引き下げは人民元為替相場の切り下げ圧力を大きくするか否か、との問いに、金融は決して緩和しておらず、市場の金利は安定し、広義の通貨(M2)と社会融資規模の増加率と名目GDP増加率とは基本的につり合いが取れており、合理的で適度で、切り下げ圧力は形成しえない。今回の預金準備率引き下げは経済構造調整促進に有利であり、質の高い発展を推進し、経済の基本面が人民元相場を更にしっかりと支える。大型発展途上経済体として、中国の輸出はかなり強い競争力を持ち、同時に、中国経済は内需を主としており、製造業は各部門が整っており、産業体系はかなりよく整っており、輸入依存度は適当であり、人民元相場は合理的で均衡のとれた水準で基本的に安定を保持する充分な条件がある。中国人民銀行は引き続き必要な措置を講じ、市場の予期を安定させ、外為市場の平穏な運行を保持する、としている。
  以上
 (2018年10月11日記す)
 


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