大久保 勲の人民元論壇    
     第59号 2019.08.10発行
福山大学名誉教授
大久保 勲
<目次>へもどる

人民元対米ドル相場がさらに大きく下げる可能性は低い


 8月5日、人民元対米ドル相場はオフショア市場でも、中国国内市場でも7元の大台に乗せた。米財務省は5日、貿易で有利になるように意図的に人民元を切り下げているとして中国を「為替操作国」に指定した。
 8月1日以降の人民元対ドル相場基準値(中間値)の動きをみると、8月1日1米ドル=6.8938元(前日比+97bp)、2日6.8996元(+58bp)、5日6.9225元(+229bp)、6日6.9683元(+458bp)、7日6.9996元(+313bp)、8日7.0039(+43bp)となっている。
 (注) Basis Point(略してbp)とは、為替相場変化の最小単位であり、為替相場の最後の一つの数字の変化を1bpという。
 同期間の米ドル指数(終値)を見ると、7月31日98.57、8月1日98.37、2日98.07、5日97.52、6日97.63、7日97.54となっている。人民元はCFETS(中国外為取引センター)人民元指数に対して、できるだけ安定的に推移するようにしており、通常は米ドル指数が上昇する、つまり米ドルが強くなった時は、人民元は対米ドルで下げる。逆に、米ドルが弱くなった時には人民元は対米ドルで上げる。ところが、7月31日以降、8月7日までに米ドル指数が下がったのに対し、人民元対米ドル相場も大きく下げている。
 これから人民元対米ドル相場基準値はどのように動くか。結論から先に書けば、人民元対米ドル相場がさらに大きく下げる可能性は低い。その理由を以下に列挙したい。
 一に、7月31日から8月7日までに、米ドル指数は1.03即ち約1%下がった。通常であれば、人民元は対米ドルで上昇すべきなのに、8月1日から8日まで1155bp下落した。
 人民元対米ドル相場は、現状では既に十分に下げているとみられる。
 二に、人民元対米ドル基準値が5日から7日までの3日間で、合計1000bp下げているが、8日の基準値は43bp下げて7.0039元と7元の大台に乗った。既に8月5日にオフショア、オンショアとも7元の大台に乗っており、基準値が7元の大台に乗ったことを過度に注目する状況にはないと思われるが、中国当局が緩やかな元安容認をしているとみるべきであろう。
 三に、今回の人民元対米ドル相場の7元大台乗せは、8月1日に米国が対中制裁関税「第四弾」を9月から実施すると表明したのがきっかけではあるが、中国人民銀行が市場の需給に基づいて、人民元対米ドル相場が緩やかな元安になることは容認する政策に転じたと理解したい。
 四に、米国による為替操作国指定は、これまでの基準に従ったものではなく、唐突であり、中国側の反発は極めて強い。中国としては、為替操作ととられる動きは避ける。
 五に、第四弾の対象となる3000億ドルの対米輸出品は、スマホ、パソコンその他、中国以外からの代替が難しい商品も多いとされ、関税上乗せでも、米国が中国から輸入しなければならないものが少なくない。米国経済にとっても影響は小さくなく、実際に実施されるのか、実施されても短期で終わる可能性もある。
 六に、7月末現在の中国の外貨準備高は31037億ドルとなり、年初より310億ドル増え、前月よりも155億ドル減少した。減少の主因は、7月の米ドル指数が2.5%上昇し、中国の外貨準備高3兆ドルの内三分の一前後が非米ドル通貨であり、外貨準備中の非米ドル通貨のユーロ、英ポンド等が一定程度下落した。為替相場の要因だけで外貨準備は200億ドル近く減少したとされる。少なくとも7月末までは人民元対米ドル相場基準値を維持するための外貨準備使用は、ほとんど行われていないと想定される。中国は、外貨準備が3兆ドルの大台を割り込むことの心理的悪影響を考えて、相場維持のために外貨準備を使うことにはたいへん慎重になっている。そのため現状では外貨準備による介入は避けているとみられる。
 また、8月初めから米ドル指数が或る程度下落しており、FRBがさらに利下げする可能性もあるため、米ドル指数の上昇には限りがあり、外貨準備減少の要因となる、非米ドル通貨の為替相場が対米ドルで下落する可能性は弱まるとみられる。
 七に、中国が今行っているのは、“市場の需給を基礎として、バスケット通貨を参考にして調整を行う、管理された変動相場制度”である。通常の場合、中国通貨当局が市場に介入せず、相場は市場の需給で決まる。しかし、2018年8月から、人民元対米ドル相場基準値値決めモデルは、終値+バスケット通貨相場の変化+逆周期因子となっており、中国通貨当局は実質的に基準値を管理することが出来る。
 八に、中国人民銀行易綱総裁は、8月5日、中国は一つの責任を負う大国として、競争性切り下げを行わず、為替相場を競争性目的に用いず、また為替相場を貿易紛争等外部との騒動に対応する道具として使わない、と強調した。
 習近平主席は今年4月の第二回”一帯一路“国際協力ハイレベルフォーラム開幕式で、「中国は隣国を溝とみなし、自国の洪水のはけ口とするような為替相場の切り下げを行わず、絶えず人民元相場形成メカニズムを完全にし、市場が資源配置の中で決定的な作用を発揮するようにし、人民元為替相場を合理的で均衡のとれた水準での基本的安定を保持し、世界経済の安定を促進する」と述べた。国家指導者や通貨当局の最高責任者が述べたことはそれなりの重みがある。
 九に、最近、先進国も新興国も、相次いで利下げを行っているが、中国は利下げを行っておらず、中国の株式や債券に外資の流入が増え、また中国の株式や債券が西側の指数にも組み入れられつつある。このことは人民元相場の安定、国際収支上も有利である。
 十に、中国人民銀行は、香港の人民元債券のイールドカーブをよくするために、8月14日香港で総額300億元の人民元中央銀行手形を発行すると発表した。これは2018年11月以来5回目の香港での人民元中央銀行手形発行である。中央銀行手形発行は市場の流動性を吸収し、オフショア人民元為替相場を安定させる。中国通貨当局は、オフショア市場の人民元相場の中国国内市場(オンショア市場)への影響を考えて、オフショア市場の管理にも努力しており、このことは人民元の国際化にも有利である。
(2019年8月8日夜記す)
 


           <目次>へもどる