大久保 勲の人民元論壇    
     第62号 2022.05.23発行
福山大学名誉教授
大久保 勲
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人民元対米ドル相場は、米国の金融引き締めの程度により年末までに
一時的に6.9元前後まで下落する可能性がある

 今年年初から5月17日までの人民元対米ドル相場中間値(基準値)を見ると、人民元が一番強かったのが、3月1日の6.3014元であり、人民元が一番弱くなったのが、5月13日の6.7898元である。つまり2か月余りで、人民元は4884bp(0.4884)下落している。特に、4月19日から5月13日までの一か月足らずで、4178bp下落している。人民元対米ドル相場が、短期間にこれほど大きく動いたことは、これまでにない。
 結論から先に記せば、人民元対米ドル相場は今後さらに大きく下落する可能性は低いが、米国の金融引き締めの程度により、年末までに一時的に6.9元前後まで下落する可能性がある。
 最近、中国銀行保険監督管理委員会の関係部門の責任者が次のように表明した。人民元の為替相場の下落が一方的に長く続くことはない。我が国の巨大な貿易黒字と外商直接投資は人民元相場の安定に強い保障を提供し、人民元相場の短期的変動は主として市場の情緒の影響を受け、長期の趨勢は主としてファンダメンタルズが決定する。(『経済日報』2022年5月7日付け)
 また最近、国際通貨基金(IMF)は、5年に一度の特別引き出し権(SDR)のレビューを行い、人民元のウエイトを現在の10.92%から12.28%への引き上げを決定した。これは、人民元の国際的地位の向上を示しているといえよう。



2017-2021年 国内総生産及びその増加速度

GDP(億元) 上昇率(%)
2017年 832,036 6.9
2018年 919,281 6.7
2019年 986,515 6.0
2020年 1,013,567 2.2
2021年 1,143,670 8.1


2017-2021年年末 国家外貨準備

国家外貨準備(億米ドル)
2017年 31,399
2018年 30,727
2019年 31,079
2020年 32,165
2021年 32,502

年間平均人民元対米ドル相場

年間平均人民元対米ドル相場 前年比
2017年 6.7518元 1.6%下落
2018年 6.6174元 2.0%上昇
2019年 6.8985元 4.1%下落
2020年 6.8974元 0.02%上昇
2021年 6.4515元 6.9%上昇


国際決済銀行(BIS)実質実効為替相場
( 2010=100)

人民元 米ドル 日本円
2017年 121 114.9 75.6
2018年 122.6 113.7 74.8
2019年 122 117.1 77.0
2020年 124.7 118.7 77.8
2021年 128.6 116.1 71.0

中国外為取引センター(CFETS)人民元指数

年末 人民元指数 米ドル指数
2017年末(12月22日) 94.66 92.3
2018年末(12月21日) 92.91 96.39
2019年末(12月27日) 91.65 97.09
2020年末(12月25日) 95.21 89.68
2021年末(12月24日) 102.43 95.97


 まず、今後の人民元対米ドル相場に影響を与える要素について考察してみたい。
Ⅰ.今後の人民元対米ドル相場に影響を与える要素
(1)米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締め
 人民元対米ドル相場の最近の下落は、FRBの金融引き締めで米ドル金利が上昇したことに一因がある。そこで、米ドル指数をみると、今年年初から5月17日までで、米ドル指数が一番低かったのが1月13日94.79、米ドル指数が一番高くなったのが、5月12日104.85となっている。米ドル指数が4か月余りで10%以上強くなった。
 それではなぜ米ドルが上昇したのか。約40年ぶりのインフレに対峙するため、FRBは3月の会合で、ゼロ金利を解除し,0.25%の利上げを決定した。その後、FRBは5月3~4日に米連邦公開市場委員会(FOMC)を開いて、22年ぶりとなる0.5%の利上げを決めた。保有資産を圧縮する「量的引き締め(QT)」を6月から開始することも決めた。FRBパウエル議長は0.5%の大幅利上げに踏み切った5月のFOMC後の記者会見で、6月、7月の会合でも同じ幅の利上げを連続で実施すると強く示唆した。パウエル議長はそれ以降の利上げについても「必要なら全く躊躇しない」と話した。つまり年内にどこまで政策金利が引き上げられるか、現時点では明らかでない。したがって、今後の米ドル指数がどうなるかの見通しは難しい。
(2)中国にとっての米ドル需給
 今年1-4月、中国の輸出入総額は12.58兆元、前年同期比7.9%増となった。うち、輸出6.97兆元、10.3%増、輸入5.61兆元、5%増となっており、貿易黒字1.36兆元、39.2%増となった。
 今年1-4月の中国の実際に使用した外資はドル換算で744.7億ドル、前年同期比26.1%増加(銀行、証券、保険領域を含まず)した。
 4月末現在、中国の外貨準備規模は31197億ドルとなり、3月末よりも683億ドル下降し、下降幅は2.14%となった。FRBの利上げ、ロシアウクライナ衝突等の要素の影響を受け、4月末の米ドル指数は103前後となった。米ドル以外の通貨は米ドルに対して、かなり大幅に下落した。
(3)中国の国内動向
 今回の為替相場調整は国内の新型コロナ流行で都市封鎖が行われたことも含めた複数の要素の総合作用の下で、市場の売り圧力が強まったこと等の影響がある。
 国家外為管理局副局長でスポークスマンの王春英氏は、近年、中国の外為市場の靭性は絶えず強まり、FRB の政策調整の現在のラウンドに適応するための基礎と条件があると表明した。王春英氏は更に次のように述べた。人民元相場は双方向に変動し、併せて合理的で均衡のとれた水準で基本的安定を保持するであろう。中国経済の靭性は比較的強く、長期に好くなる発展の態勢は変わらず、国際収支構造は穏健で、経常収支は合理的な規模の黒字を保持し、人民元資産は長期投資の価値を備えており、これらはみな人民元相場の基本的安定のために根本的な支えを提供する。(2022年5月7日付け『経済日報』)
 中国における新型コロナの流行も終息しつつあり、国内面の要素で、人民元が大きく売られる可能性は小さくなりつつある。ちなみに、5月18日の人民元対米ドル相場中間値は433bp上昇して6.7421元となった。
 2022年秋に、5年に一度の党大会である第20回党大会を控えており、中国経済の年間の発展期待目標を実現するための努力が続けられる可能性が大きい。
 
 次に、今後の人民元対米ドル相場の動きを予測するための参考に、中国の報道から2021年初め以降の人民元対ドル相場関係の情報を拾ってみることとした。
Ⅱ.中国の報道からみた2021年初め以降の人民元対米ドル相場関係の情報
 現在の人民元対米ドル相場は、「市場の需給を基礎とし、バスケット通貨を参考にして調節を行う、管理された変動相場制」となっている。中国外為取引センター(CFETS)は2015年12月から、CFETS人民元指数を発表している。この指数は米ドル、ユーロ、日本円、香港ドル、豪ドル等13種の通貨のバスケットの指数で、2014年末を100とし、2021年12月24日が102.43で2022年5月6日は102.39とほとんど変わりない。それぞれの日の人民元対米ドル中間値は、6.3692元と6.6332元となっている。
 注目に値するのは、米ドルに対する人民元の現在の減価は比較的大きいが、人民元のバスケット通貨に対する為替相場指数は決して大幅な下落になっておらず、新型コロナ流行前より大幅に高くなっている。中国社会科学院の馮煦明氏の見解では、これは中国の輸出製品の競争力と国際収支の安定性が世界平均水準と比較して依然として上昇していることを反映している。他方では、中国は故意に為替相場を引き下げて輸出促進しているのではないことを意味している。(『経済日報』2022年5月16日付け)
 中国の2021年の国際収支は基本的にバランスしており、経常収支の3157億ドルの黒字がGDPに占める比率は1.8%で、国際公認の合理的で均衡のとれた水準にあり、しかも約3.2兆ドルの外貨準備がある。今年1-2月、中国は依然として貿易収支、資本収支とも黒字で、人民元の貨幣価値をしっかりと支えている。米国が金利を引き上げ、中国と米国の金利差が縮小しているにもかかわらず、中国の『政府活動報告』は今年の経済成長目標が5.5%前後であることを明確にし、米FRBが最近予測する米国の今年の2.8%の経済成長目標よりはるかに高い。(『経済日報』2022年4月4日付け)
 2022年は年初から人民元は上昇したが、上昇は続かないと予測された。「今年年    
 初から、人民元は全体として変動しつつ上昇する態勢にある。2021年6月以来、FRBの通貨緊縮予測は絶えず強まり、人民元は米ドル指数が徐々に上昇する背景のもとで、逆に強まり、まだ米ドルの上昇に伴って弱くなっておらず、市場の広範な注目を浴びている。
 業界人士の見方では、短期的には、人民元はなお強含みの状況を維持するであろうが、中期的に見ると、世界の主要な先進経済体の金融政策の転換が速まるにつれて、中国と米国の金融政策の分化が顕著に大きくなり、人民元は切り下げの圧力に直面する可能性がある。」(『経済日報』2022年2月26日付け)
 2021年に、米ドルが強くなっていったのにかかわらず、人民元対米ドル相場が上昇した。これは主として需給の影響を受けたからとされる。「中銀証券グローバルチーフエコノミスト管涛氏は、2021年に人民元が上昇したのは、主として市場の需給が駆動した影響を受けたものであるとした。
 2022年の人民元相場動向に影響を与える要素について、管涛氏は、貿易については中国の輸出見通しが、なおも人民元相場動向に影響を与えるカギとなる要素であると表明した。
 輸出見通しのほかに、2022年に人民元相場に影響を与える市場要素には、中国と米国の金利差、金融リスク、経済回復及び米ドル指数等がある。(『経済日報』2022年1月7日付け)
 中国人民銀行工作会議は、これまでに何回も次のような要求を行ってきた。人民元相場の弾性を増強し、人民元相場は合理的で均衡のとれた水準で基本的安定を保持しなければならない。今年の1月にもこの要求が行われている。(『経済日報』2022年1月7日付け)
 中国人民銀行は、人民元相場を合理的で均衡のとれた水準を保持するための努力を続けている。例えば、「2021年12月9日、中国人民銀行は金融機関の外貨預金準備率を2%引き上げると発表した。これにより200億ドルの流動性が凍結されるとされた。このほか、人民銀行は金融機関の人民元の預金準備率を0.5%引き下げると発表し、1.2兆元の流動性を放出することとした。これらにより、内外金利差を縮小し、外貨供給を適度に減少し、人民元が合理的で均衡のとれた水準を保持するという理性的な予期を市場が形成するようにしたわけである。」(『経済日報』2021年12月11日付け)
 最近の人民元相場は、双方向への変動がかなり激しくなっている。2015年の”8・11“為替相場制度改革実施から、今年の8月で7年になる。2015年8月11日、中国人民銀行は、バスケット通貨の力を参考にする度合いを大きくすること等を含む多くの内容の改革を行った。専門家は、人民元相場形成メカニズムの市場化程度が明らかに高まり、為替相場の双方向への変動が常態となったことが、”8・11“為替相場制度改革以来の最大の変化であるとしている。」(『経済日報』2021年8月21日付け)
 為替相場制度改革の推進に連れて、人民銀行は既に人民元相場に対する常態化関与から基本的に退出しており、人民元相場の上下の変動に対する容認度は大幅に上昇し、為替相場の変動は主として市場の需給によって決まる。(『経済日報』2021年5月27日付け)
 北京時間5月5日早朝、FRBはフェデラルファンド金利を50bp(0.5%)引き上げると発表し、同時に6月1日から保有資産を圧縮する量的引き締め(QT)を行うと発表した。中銀証券グローバルチーフエコノミスト管涛氏は、FRBの金融引き締めは、今年の人民元相場動向に影響を与える重要な要素の一つであるとみている。3月中旬から下旬の下落であろうと最近の調整であろうと、それは基本的にオフショア市場によって推進されている。これは外資の域内人民元資産売り、オフショアでの外貨購入により、オフショア人民元が弱くなったことを反映している。
 管涛氏は「今回の為替相場調整は国内のコロナ流行の強まり、金融市場の変動、中国と米国の金利差の収斂等の要素の総合作用の下での、外為市場運営の最終結果であり、相場水準の変化は決して政策的に工夫を凝らして追求した目標ではない」とした。(『経済日報』2022年5月7日付け)
Ⅲ.まとめ
 国際決済銀行(BIS)の実質実効為替相場によると、2010年を100として、2021年の年間平均で、人民元が128.6、米ドルが116.1、日本円は71.0となっている。2010年からの10年余りで人民元は3割近く強くなり、日本円は3割近く弱くなった。米ドルも強くなったが、その強さは人民元には及ばなかった。そこで、2021年には、米ドル指数が上昇する中で、人民元は逆に強まったりした。米ドル指数が上昇したのは、米ドル金利が上昇したからである。約40年ぶりとされるインフレに対峙するために、金利を引き上げ、量的引き締めを行うのであるから、景気が悪くなることが予想され、米国の株価はすでに連続何週間も下落し続けた。
 経済が強ければ通貨も強いが、そうした意味で米ドルが強くなったわけではない。最近の人民元相場の調整は、中国の通貨当局が意図したわけではない。中国のゼロコロナ政策による都市封鎖が大きく報道され、米国の金融引き締めが実際に始まった等多くの要素で、人民元がオフショアで集中的に売られた短期的な動きである。これから新型コロナの流行が収束し、インフラ投資が積極化し、住宅ローン向け金利引き下げ等景気刺激策が増えてきて、中国の代表的株価指数の上海総合指数も徐々に上昇し、人民元対米ドル相場も双方向への変動を繰り返しながら、強含みの動きをしていくと期待される。
(2022年5月21日記す)
参考データ(出所:中国国家統計局統計公報、BIS, CFETSその他)
 


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