北京NOW (A)    
     第3号 2004.9.1発行 by 武田 勝年
    サッカーブーイング

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 先般7月下旬から8月上旬にかけて開催されたサッカーアジアカップで日本チームは、重慶、済南、北京の各地で戦い、見事優勝カップを手にした。中国チームも決勝戦に勝ち進むまで強くなった。
 あれさえなければ、日本人はもろ手を挙げて歓喜し、多くの中国サッカーファンも自国選手の健闘に拍手を送ったであろうが、あの悲しむべき一部観客のブーイングが双方に後味の悪い印象を残してしまった。本当に残念なことだ。
 多くの日本人が、どうして?と訝り、だから中国は嫌とか、小泉首相もいい加減にして欲しいとか、それぞれ複雑な気持ちになったことと思う。中国当局自身も極めて不本意、遺憾な事態と受けとめている。
 日中関係を安定的なものにするために、あの現象の背景に何があったのかを冷静に検討し、双方は的確な対応をとってゆく必要がある。
 様々な要素が複雑に絡み合っているが、次の四点を指摘したい。

 @ 90年代以降の愛国教育;
 89年の天安門事件、91年のソ連解体を契機として、中国は体制の安定を図るため愛国教育を強化したと言われている。民族の団結、国家に対する忠誠を求める教育は日本のみをターゲットにしたものではないが(99年、ユーゴスラビアの中国大使館誤爆では激しい反米抗議行動が見られた)、若い世代が教育を通じて日本の侵略戦争がもたらした祖国の被害、惨状を再認識したことは間違いない。

 A 改革・開放に伴う社会構造変化に対する一般庶民の不安;
 90年代に加速された改革・開放政策の下で、中国は世界が注目する経済成長を遂げたが、一方では拡大する所得格差、農村の困窮、各地で見られる高級幹部の汚職など新たな厳しい矛盾も生まれており、一般庶民の現状に対する不満、いらいらは高まっている。この鬱積はきっかけさえあれば何時でも噴出する。

 B 98年以降の中国政権中枢の姿勢;
 98年、江沢民総書記が訪日した折、歴史問題を強く提起したが、その後中共中央は一貫して姿勢を変えていない。毛沢東が「日本軍国主義に罪があり、人民には罪がない」と論じ、胡耀邦が演説(83年)で「日本民族は偉大な民族です。(中略)過去の教訓を汲み取り、日本と隣国の関係正常化を逐次実現しています」と述べた時代とは正反対と言ってよい位の違いがある。この中央の姿勢を後ろ盾として、一部のメディアが派手に反日キャンペーンをはり、中国当局自身も一部大衆の過度な反日活動を苦々しく思いながらも指導し、抑えることが出来ない。

 C そして、一部日本人の中国観や軽率な言動;
 清朝末期以降の歴史の中で、中国人は日本に対して非常に複雑な心情、見方を持っている。一部の単細胞日本人の中国人を見下げるが如き言動が中国人をいたく刺激している。悲しむべきことは、この影響の大きさを本人達が理解していないことにある。日本の利益、立場を堂々と主張することは当然必要だが、それと中華民族の痛みや悩みに対して思いやりに欠ける言動は別ものである。軽率な言動が嫌日感情を不必要に増幅している。

重慶のサッカー競技場での写真。
http://club.cat898.com/HDLabShowPost.aspx?ForumID=1&TopicID=22754 より


      
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