北京NOW (B)    
     第11号 2005.6.1発行 by 江原 規由
    豊かさへの希求、挑戦、主張 <目次>へ戻る
 過去四半世紀の中国の経済成長には目を見張るものがある。恐らく、中国が世界からこれほど注目を受けたことは、中国数千年の歴史においてなかったといっても過言ではないであろう。GDP実質指数で見ると、1993年対2004年比で2.4倍注〔1〕と圧倒的な成長を遂げ、かつ、中国に進出した外資企業が51万社超(登記ベース)と、こちらも世界史上類を見ない数を誇っている。これは偏に経済優先の路線を敷いた鄧小平氏が種をまいた改革開放政策の賜物であったといえよう。


 では、中国はどれだけ豊かになったか。この豊かさは、GDP成長率や外資企業数では計れないものであろう。今の中国で、成長がもたらした国富と実感としての人民の豊かさがどう関係しているのかが問われているように思われる。


中国のGDP指数(1980年=100、及び2000年=100実質)


 <豊かさの2面性>

 まず、豊かさについて一言。中国には、沿海と内陸、都市と農村、都市内部、農村内部といった地域間、階層間での格差があり、豊かさを一概には論じられないことを承知で、「三種の神器」の変遷から「豊かさ」を見てみたい。改革開放が始まった当時の「三種の神器」は、腕時計、ミシン、自転車であったが、今日では、マイカー、マイホーム、海外旅行とされている。極論になるが、中国の高度成長の成果を一言でいえば、人民の希求する豊かさのシンボルが自転車からマイカーへと膨らんだということになる。北京では、2004年末時点、常住人口の9%、戸籍人口の11%がマイカーを所有しているとされており、マイカーは既に「高嶺の花」ではなくなりつつあるといってよい。


 しかしながら、かつての三種の神器は、「高嶺の花」というより「手に届くもの」と圧倒的多数の人民が感じていたに違いない。一方、今の「三種の神器」は、人民全体にとっての豊かさのシンボルではなく、鄧小平氏が打ち出した「先富論」の恩恵を受けた限られた人民にとっての豊かさのシンボルになっているといえよう。多くの人民にとって、今の「三種の神器」はまだまだ「手に届くもの」ではないはずである。なぜか、各地域、各階層で「格差」が拡大しているからである。


 <豊かさの中国的定義>
 「三種の神器」を豊かさの尺度とすると、かつてより多くの人民が共有できたという点で、今より四半世紀前の方が豊かであったわけだ。格差が成長の成果を帳消にしているともいえる。成長によって格差が拡大したとは皮肉である。今の政権は、「以人為本」(ヒューマニズム)、すなわち人民に気配りした政策を実施しようとしている。かつてこれほど人民を本位とした政権はなかったといえる。その政権にとって、成長の果実をより多くの人民が実感できず、社会的不平等を感じるとなると、命取りとなりかねない。ではどうするか。「小康社会」の実現を目指すという。2020年までに、誰もが豊かさを実感できる社会を建設すると、現政権は人民に公約している。問題は、「小康社会」の実現で格差は縮まるのかということであろう。「否」である。では、公約はウソか。「否」である。「小康社会」の本音は、豊かさの実感にあり、格差是正を強調していないことにある。「あなたの生活は、昨日より今日、昨年より今年のほうが豊かになっているでしょう。2020年までにはもっと豊かになりますよ」と公約したというわけである。隣人の豊かさ、沿海都市の豊かさと比較するのではなく、どこにいようと時間的推移で各人民が豊かさを実感できる社会が「小康社会」というわけである。格差を横軸から縦軸の比較へと移したという意味で、現政権のレトリックの「凄さ」を感じる。現に、社会各層、各地域で所得は確実に上昇しており、その点で成長の果実としての「豊かさ」を実感できる人民は毎年着実に増えていることは紛れもない事実である。格差意識を薄め、豊かになったと実感でき不平等を感じる人民を少なくすることが、現政権の政策運営の本音である。


 現政権の「三農問題」(農業、農村、農民)への配慮、「都市化」促進、「腐敗」への断固たる姿勢などは、豊かさの実感を増長させ不平等意識を希薄化させる上での政策的共同歩調といえる。さらに言えば、最近、現政権が打ち出した成長の果実を社会各層、各地域で十分に分かち合うという「和諧社会」注〔2〕建設の意図でもある。


 <中国の豊かさと世界の発展>
 多くの場面でこうしたレトリックが存在するというのが今の中国の醍醐味である。それでは、中国と世界という視点で見たらどうなるか。国際社会で中国は豊かさをどう位置づけようとしているかである。


 国際社会からは、今や、中国は世界第3位の貿易大国、GDPでは世界第6位、外貨準備額で世界弟2位に成長したのだから、豊かさを十分享受しているはずだと、人民元切り上げ圧力を受けたり、中国製品がアンチダンピング扱い(中国製品に対するダンピング扱いは世界最多)されたり、海外資源(原油、鉄鉱石など)を買い漁り国際資源価格を吊り上げていると非難されたりする。


 これに対し、中国は一人当たりGDPでは1000ドル余に過ぎず、まだまだ発展途上国だと主張し、国際社会との格差(豊かさギャップ)を縮めるために高成長が必要で、そのために人民元の安定、海外資源や経営資源が必要という。そうすることは、中国の豊かさの向上だけではなく、中国に進出している外資企業にとっても、ひいては世界経済の発展にも貢献すると主張する。


 その一方で、WTO加盟し世界経済での責務を果たし、国内市場を開放しているのだからと、日本や欧米諸国に対し、中国を「市場経済国」注〔3〕として認知するよう主張する。中国を国際社会で大人扱いしろということだが、ある場面では、発展途上国だから未成年扱いしてほしいと主張するとは、豊かさのために中国持ち前のレトリックが世界でも大いに発揮されているということになる。しかしながら、豊かさの追求という中国の主張を、今や、「中国一人勝ち」への飽くなき追求と見つつある国家は少なくない。


 中国経済の成長が世界経済の発展に果たす役割は決して小さくないが、中国の豊かさの追求が、必ずしも世界経済の豊かさに結びつかない局面が出現しつつあることも事実である。今後、中国は豊かさの追求を国際社会にどう納得させていくのか、持ち前のレトリックでの虚々実々な駆け引きを期待したい。



                
注〔1〕 改革開放政策が開始直後の1980年と比較すると、2004年は8.9倍、ざっと9倍の成長を遂げている。
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注〔2〕 北京Now(B) 第08号2005.03.01 「和諧社会」の実現と対中ビジネス 参照  もどる>>
注〔3〕 冷戦時代、西側諸国は中国、旧ソ連、ベトナム、ポーランドなど社会主義国を「非市場経済国」としてブラックリストに載せて差別待遇していたが、中国は未だ同リストからはずされていない。そのため、中国は、国際貿易で相手国からアンチダンピング発動などの差別待遇を受けやすい。    もどる>>





    
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