北京NOW (B)    
     第12号 2005.7.4発行 by 江原 規由
    中国経済に棲む動物たち <目次>へ戻る
 <狼がやってくる>

 中国経済を未曾有の成長に導いた改革・開放路線は、今、「民営化」と「国際化」の時代を迎えたといえる。そんな中国経済に実存・架空の動物が顔を出し、その時々の中国経済の問題やら状況を語ってくれる。以下に、中国経済研究家である動物各位にご登場願おう。
 まず、中国経済の国際化を決定づけた「WTO加盟」(2001年12月)には、「狼」が登場した。1986年以来希求してきたWTO加盟が15年の歳月をかけてようやく実現したが、この時、中国産業界は「狼来了」(狼がやってくる)と形容し、中国経済の対外開放により、中国市場が外資に席巻されては一大事と大いに警戒したものだ。日本でいえば、「黒船来訪」といったところである。ところが、いざ蓋を開けてみて、「農業」や「自動車業界」など深刻な打撃を受けると心配された業界への影響はほとんどないことがわかると、今度は「与狼共舞」(狼とダンスしよう)となった。英訳すれば、ケビンコスナー主演の映画「Dance with wolves」ということになろう。狼にしてみれば、わずか数年の間に警戒されたり、ダンスの相手にされたりと、中国経済の変化に戸惑うばかりであったろう。今や、外貨準備額で世界第二位、そして元の切り上げ圧力を受けるほどの成長ぶりに、3年半前のあの「警戒ぶり」は一体なんだったんだと、客人の狼は思っているかもしれない。ただ、来年は、金融など中国経済にあって競争力が十分でないとされるサービス分野で一段と対外開放が進む状況にある。中国経済の国際化はWTO加盟以後、第二の山場を迎えるといえるが、今度、狼注1はどんな扱われ方をされるのであろうか。


 <蛇が象を呑む>
 目下、中国経済の国際化の最先端を行くのが、中国政府が国家戦略として俄然積極化しだした「走出去」(中国経済、特に中国企業の海外展開のこと)である。この点では、2004年12月、中国パソコン最大手の聯想がIBMのPC部門をM&Aして、世界的な関心を呼んだことは記憶に新しい。このほか、上海汽車集団の英MGローバーの買収(未成功)、南海航空のハンガリー航空買収(中途断念)、海外石油・鉱物資源の買収、海外での工場建設(ハイアール、TCLなど)、中国企業の海外証券市場での上場など、目的達成に至らなかったケースも多いが、「走出去」は中国経済の国際化の最先端に位置するのみならず、対中ビジネスの要点でもある。
 さて、聯想がIBMのPC部門をM&Aした時、「蛇呑大象」(ヘビが象を呑んだ)と形容された。蛇とは聯想のことでIBMが象というわけである。蛇が呑むものは蛙と、相場が決まっている日本的感覚からすれば、蛇が象を呑むとは奇想天外もはなはだしいと思われかもしれない。その点、中国は「白髪3000丈」のお国柄だ。「大風呂敷を広げる」程度の法螺をよしとする日本とは、比喩のスケールも桁が違うと思ったほうがいい。この点こそ、中国や中国人との付き合いの要点といってよい。
 ただ、この比喩はあながち奇想天外とばかりいえない一面もある。中国企業にとって、世界の多国籍企業をM&Aすることが如何に難しいかを形容しているからだ。例えば、聯想によるIBMパソコン部門の買収では、米国の反トラスト法に基づく審査や対米外国投資委員会の安全保障への影響調査、などもあり、同買収は順風満帆であったわけではない。 同じようなケースが、今年6月に再チャレンジとなった中国海洋石油(CNOOC)による総額185億ドルの米石油大手ユノカル社(米国9位の規模)買収劇注2だ。ユニカル社は米石油第2位のシェブロン・テキサコ社による買収(164億ドル、株式75%、現金25%)に合意しているが、UNOOCはこの合意額を上回る買収額(すべて現金払い)を提示するなど、UNOOC社がシェブロン・テキサコ社の買収案件に横槍を入れた形だ。UNOOC社へ売却するかは、ユニカルの取締役会の検討次第だが、実現すれば、中国企業による中国企業の買収としては史上最高となる。ただ、専門の掘削・採鉱技術、アジア太平洋地域での石油、天然ガス資源を保有しているユニカル社がCNOOCに買収され場合、米国の安全保障が脅かされかねないと一部超党派議員が反発するなど、この買収劇も政治問題化している。
 今後は、聯想やCNOOCなど中国を代表する企業に加え、民営企業など中小企業の海外展開が本格化する威勢にあり、これを、政治と外交で積極的に支援していこうというのが、中国経済の国際化戦略の柱となっている。まだ、「蛇が象を呑む」のには大きな抵抗があるが、少なくとも、「蛇が蛙を呑む」時代はすでに始まったということだ。


 <株式を喰うBULL と BEAR>
 「ブルとべアー」は株式用語である。中国では、「純粋な国有企業はなくす」というほど大胆な民営化が進行中だが、この民営化の柱が株式制度の確立にある。社会主義に株式制とは馴染まない感じだが、これが社会主義市場経済の極意ということなのであろう。
 中国の株式市場は低調だ。即ち、BEARの状況(弱気)にある。中国には上海と深センに株式市場があるが、現在のところ、上場企業は1400程度と少ない。特に、公有性を原則としてきた中国では、非流通株(国有企業株)が多く、株式市場の発展の足かせとなってきた。現在、この非流通株を流通させ、株式市場を活況化させたい、即ち、BULL の状況(強気)にしたいというのが、中国当局のねらいだ。目下、適当な国有企業を選び試行しつつあるものの、非流通株の流通には歴史的要因などもあり、実現までには相当の時間とエネルギーが必要だ。いずれにしても、中国の株式市場が今後どうなるかは、中国経済の発展(民営化など)にかかわる大問題であり、その中心課題としての非流通株の流通問題に、今や内外から大きな関心が集まっているということである。
 中国当局としては、株式市場の活性化のために、1日も早く「熊」(BEAR)には退散いただき、牛(BULL)の登場を期待したいところであろう。

 このBULL & BEARにはもう一つの視点がある。熊といえば、中国北方の大国、ロシアを代表するが、近年来、中-ロ関係は極めて良好だ。国家首脳の相互訪問や資源の共同開発など、50年代の中-ソ蜜月時代を彷彿とさせるものがある。この点に関していえば、中国にとって、BEARを退散させたくないばかりか、今後もっと身近に置いておきたいところである。一方、かつてソ連と覇権を争った米国との関係は、元の切り上げ圧力の急先鋒であったり、中国製繊維製品などに貿易制限をかけたり、上記M&A案件には易々とは首を縦に振らないなどと、中国には、何かとうるさい存在だ。米国といえばCOWBOYの国柄だ。こちらの「牛」には、もう少しおとなしくしていてほしいというのが、中国当局の本音であろう。見方によっては、同じ動物への愛着も全く逆になるということになるが、そこが中国のダイナミズムということであろう。


 <4匹の虎>
 中国流にいうと、虎の居場所は西、但し白虎ということになる。即ち、南は朱雀、東は青龍、北は玄武と相場は決まっている。ここでの虎は中国の東北に住んでいる。色は定かでないが、4匹住むという。東北地区には虎が生息しており、東北虎といわれている。大連の森林動物園には、犬と同居している東北トラが話題を呼んだ時期もある。本来ならありえない同居だが、餌にしてもよい犬と同居するとは、案外、東北トラはおとなしいのかもしれない注3。ここでいう4匹の虎の住家は、大連、瀋陽、長春、ハルビンである。いわずとしれた東北振興の拠点である。中国の経済発展は、区域的発展であったといってよい。即ち、まず沿海大発展があり、続いて西部大開発があり、その後東北振興が現胡錦涛-温家宝政権によって大々的に打ち出された。この東北振興には歴史的意義があると思う。というのは、中国の経済発展を支えたのは、主に華南や上海周辺の軽工業であったが、21世紀に入り、東北振興策が打ち出されたということは、東北地区が中国を代表する重化学工業の拠点であるだけに、中国経済が重化学工業化しつつある、或いは重化学工業化しないと、中国経済が失速しかねないことを宣言したということにほかならないということだ。過去の例に従えば、一国の経済が軽工業から重化学工業を歩むと、その末路はどうも忌まわしい戦争という結果に終わることを歴史は教えている。日本もその例外ではなかった。恐らく、中国はその徹を断じて踏まない、いや踏めないであろうと思われる。なぜなら、これまで重化学工業化したどの国とも異なり、中国には50万社(登記ベース)を超える外資企業の存在がある。これほど多くの外資企業を受入れた国は、中国をおいてほかに存在しない。今後、中国の重化学工業分野に外資企業の進出が相継ぐことが確実視されていることから、外資の母国相手に戦争などする余裕、いや意味がないということになる。中国は悲惨な歴史の轍は踏まなくて済むであろう。ただ、そのためには、これまで以上に外資を受入れる環境つくりが肝要だ。そのことが、中国のみならず世界の経済発展や平和に不可欠であることを、国際的視野で認知される必要があるだろう。その意味で、4匹の虎は歴史的使命を負っているといってよいであろう。
 付言しておくが、最近、「中部崛起」(中部地区の台頭)注4が提唱され、中国の地域経済発展戦略のシンガリを勤めつつある。中国経済が抱える「三農問題」(農業、農村、農民)、即ち、都市と農村間の格差是正や資源・エネルギー逼迫緩和策としての西部における資源・エネンルギー開発支援のための拠点として位置づけられつつある。
 中国東北地区は重化学工業の拠点であり、資源・エネルギーを消費するのに対し、西部はその生産拠点である。資源・エネルギー問題が先鋭化する昨今、その生産拠点たる西部大開発が俄然息を吹き替えし、その後方支援的位置付けのある「中部崛起」が俄にクローズアップされたということである。
 だからといって、東北新興は今後の中国経済発展の中で輝きを失いつつあるのかというと、断じて「否」である。中国の経済発展が世界経済の発展に大きく関わってきている以上、中国の持続的経済発展の必要性を否定できる国、人はいないであろう。中国経済の発展、即ち、その重化学工業化こそ世界経済の発展に大きく貢献することを、中国に証明してほしいと思わざるをえない。そのためには、これまで同様、いやそれ以上に外資を導入する環境整備を心から中国に望みたい。中国には失礼な話しかもしれないが、ある意味で、外資企業には、中国の経済の行く先をコントロールするんだという大胆かつ高邁な発想(例えば、世界のために、中国における大気・河川汚染など環境問題を制御する役目を外資企業が負っているとの自覚)があってもよいと思う。
 今日、中国の問題は世界の問題という視点が強調されている。その核心は、資源・エネルギーそして環境問題に集約されているといっても過言ではないであろう。その多くを具現化しているのが東北振興である。こうしてみると、東北の4匹の虎には、中国経済の持続的発展を支えるという歴史的使命があるということになるまいか。


 <鬼は外>
 米国が牛でロシアが熊なら、日本はどんな動物か。日本は動物でなく架空の生き物になってしまわないか心配だ。架空の生き物とは「鬼」である。日中戦争の折、「日本鬼子」といって、日本の軍隊の非道が非難されたが、国交回復後最悪といわれる今の日中関係がこのままいくと、この言い方が、また言われ出されないか気になるにところだ。
 1970年代後半、私が香港で中国語を勉強していた時に使われていた、外国人のための中国語学習用教科書では、多くの場面で抗日戦線の英雄や日本軍に勇敢に立ち向かった中国人の話しが題材にされており、よくこの「日本鬼子」というフレーズが出てきたが、日本人として、目にし耳にするつけ、居心地の悪い思いをしたものだ。その後、件の教科書からこのフレーズは姿を消したが、終戦60周年の今年には、例の反日抗議行動で、デモの一部参加者が投石するなどの最悪の事態に陥っている。投石が、節分の「福は内、鬼は外」の「豆」代わりにされたわけではないであろうが、今日の「政冷経熱」の日中関係は実に危うい。本音では、こんな両国関係を望んでいる人はいないはずで、何とかしたいと誰もが思っているはずだ。日本も第二次大戦時、「鬼畜米英」といって、米英を鬼に見立てたが、その米国とは、目下、蜜月以上の同盟関係にある。中国との関係もこうなってほしいと思わずにはいられない。


 <蛇足>
 小見出しが蛇足だからといって、「蛇」の話しではない。補足したいことがある。中国は「龍」の国である。「龍」も架空の生き物だが、どんな場面で登場しているか探してみた。インドとの関係で「龍」が登場している。いわく、「龍象結盟」、すなわち、中(龍)-印(象)関係というわけだ。いわれてみれば、インドは象の国である。中国のエースである「龍」をインドとの関係に投入するとは、中国のインドに対する思い入れのほどがわかる。かつて、中-印関係は最悪であった。それが今や、21世紀に飛躍的発展がされているBRIC諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)に入っているほか、両国はアジアの発展を支える2大経済国として大きく期待されている。今後、競合関係も増すであろうが、両国は狼と舞うのではなく、「経済共舞」、即ち、経済と共に舞うとしている。このとろころ影がやや薄くなりつつあるが、アジアの経済大国を自認している日本にとって、中国とインドの関係強化はすごく気になるところであろう。

 蛇足の蛇足になるが、「龍」はワニの化身という説もある。今でも中国の内陸にワニの末裔が住んでいるといわれるが、いずれにしても、「龍」と「水」は切っても切れない関係にある。中国経済は高成長を遂げているが、その中国で水不足が深刻になりつつあり、成長のリスク要因になりつつあるとさえいわれている。水不足が深刻化すれば、「龍」の居場所が無くなり、それこそ一大事である。水不足は生活水準の低下をもたらしかねないし、また昨今の深刻な電力不足とも大いに関係がある。目下、「南水北調」(揚子江の水を北<北京など>に運ぶ)といった世紀の大プロジェクトが進行中であるが、突き詰めれば、中国経済が深刻な資源・エネルギー、そして環境問題に対峙しつつあることを、水不足問題は象徴しているといってよい。
 「龍」に居心地のよい住処を用意するのに、これまで以上の努力と正にエネルギーが、今の中国に求められているということにほかならない。実際、龍に水に代わるもの(石油や鉱物資源など)をあてがうべく、中国は海外に足を伸ばしているのが現状だ。今や、「蛇が象を呑む」のではなく、「龍が象を呑む」といったほうがいいようだ。




                
注1 狼とは外資企業など外国勢力のことを指す。最近では、中国における漢方薬の特許申請の約90%が外資企業に依るとされ、このままでは、漢方薬の本家の沽券に関わると、何とか、外資薬品メーカーと、「与狼共舞」しなければとの声を聞く。
注2 CNOOCはかつてユノカルに対し、買収の現金部分がシェブロン・テキサコ社より多いとされる買収案を提示しているが、同社取締役会で承認されず、土壇場で買収案を取り下げた経緯がある。
注3 生まれた時から一緒に育てられているのが同居を許している理由とされている。
注4 中部とは、山西、安徽、江西、河南、湖南、湖北の6省を指し、GDPで全国の19.7%(2004年)占めている。





     
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