北京NOW (B)    
  第16号 2005.12.9発行 by 江原 規由
    富国から富民へ <目次>へ戻る
 中国のマスコミでこのところ、「贅侈」(ぜいたく)とか、「富豪」といった活字が目に付く。社会主義とはややなじまない言葉ではあるが、中国が生み出した社会主義市場経済には違和感がなくなりつつあるようだ。2005年10月、世界の最高級品を集めた展示会(上海Top Marques注1)が上海で開催された。1000万元(1元≒14)もする超高級車、140余万元の腕時計、50gで2000元もする超高級茶、1200万元の中国家具、そのほかミキモトの黒真珠、白酒など、「超」のつく高価商品が陳列された。単なる陳列でなく、開館1時間で600万元もする車が2台売れたという。実需目当ての展示会である。 写真:上海Top Marquesの様子(その1)
写真:上海Top Marquesの様子(その2)
(上海Top Marquesの様子、写真はいずれもSOHU.COMの
http://news.sohu.com/20051020/n227259183.shtml より)

<拡大する不平等感>
 経済観察報(2005年10月31日)によれば、中国は米国、日本に続き世界第3位の「ぜいたく品」消費国注2(1000万人口)になったという。上海Top Marquesに出展したり、展示品を購入できるような中国人はごく一握りであろうが、彼らは、鄧小平氏が打ち出した「先富論」により「富」を追求した人たちの中で頂点に上り詰めた一握りといえよう。また、彼らの中には石炭価格の値上がりでひと山あてた山西省の「俄か成金」や「灰色財富」(職権乱用、汚職などによると思われる蓄財した人)などもいるようだが、今後、人や職業は変わっても、中国でTop Marquesの展示品を買いたいと思う人は確実に増える状況にある。
 
 荀子の言ったことに、「下貧則上貧、下富則上富。富国必要先富民」(民貧しければ国貧し。民富めば国富む。国を富ませるにはまず民を富ませよ)というのがある。中国はGDP で世界第7位、外貨準備高では世界第2位(いずれも2004年、以下同じ)だが1位の日本に迫る勢いだ。中国は既に経済大国であり、荀子の言を借りれば、「上富」は実現されたということになろう。それでは、「下富」はどうか。一人当たりGDPはほぼ1270ドルで、依然世界の後塵を拝している。また、中国のジニ係数は0.45注3で、既に国際的に警戒ラインとされる0.4を超えている。90年代初めが0.3、90年代中期が0.4であったことから、所得や資産の分配の不平等もかなり進んでいるということにほかならない。総じて、国は富んだが、民はそれほどに富んでいない。「贅侈」とか、「富豪」といった華やかさの影で、むしろ不平等感が広がっているといってよい。

<富民の理由>
 今の政権は、「富国必要先富民」を前面に出している。解放後半世紀余を経てようやく富国から富民への姿勢を前面に打ち出したことになる。言葉を変えれば、前号で紹介した「和階社会」や「小康社会」の実現を目指すということになる。ではなぜ、「富民」が強調されているのか。第一、指導層の面子、第二、持続的経済成長、第三、国際社会での主張、の「三个為了」(三つのため)に集約されよう。
 
 まず第一について。江沢民が打ち出した「三个代表」で、党は「農民」と「労働者」から幅広く「人民」の利益を代表する党へと脱皮したわけである。党にとって、成長の果実や豊かさを実感させなくてはならない層は明らかに拡大している。このまま不平等感が拡大すれば、人民の党への信頼、支持が広範囲で失いかねない。俗な言葉で言えば、党の面子が失われるということである。ソ連の崩壊は、党や国家が人民の利益を省みなかったからだとする論調がマスコミに目立つが、「民富」は、中国も同じ轍を踏まないようにとの「転ばぬ先の杖」である。

 「杖」と期待されるのは、新たな農村改革ともいえる三農問題注4への対応、主に沿海地区と内陸部の格差是正のための都市化の推進、戸籍制度の改善注5、私有財産の保障、腐敗取り締まり強化、個人所得税の課税所得水準の引上げ、義務教育の無料化など、人民の利益になり、所得の向上につながる施策といってよい。その結果どうなるか、一例で言うと、現在の「三種の神器」の一つであるマイカーについていえば、第11次5カ年規劃(2006年~10年)の最終年までにマイカー保有率が現在の1000人につき4台から10台(保有総数1500万台)になるという。1000万元の超高級車は望むべくもないが、マイカーを「高嶺の花」とみる人は確実に減るわけだ。

 第二の経済成長との関連だが、「富民」の核心がここにあるといってよい。経済成長なしに「富国」も「富民」も語れないわけで、第11次5カ年規劃でもGDP伸び率は年平均7.5%を目標とするとしている(馬凱中国国家発展改革委員会主任)。この持続的経済成長を達成するには、これまでの外需主導から内需主導の経済発展パターンを如何に構築するかがカギとされる。内需喚起の決め手は、「民」の消費拡大であり、そのためには広範な、特に農村部の所得向上が不可欠とされる。中国経済においては、「民」が主役になりつつあり、やや飛躍的な言い方をすれば、「人民」が中国経済の行方、ひいては、「党」と「国家」の運営にもこれまで以上に発言力を持ちつつあるということにほかならない。
 
 これまで、中国経済は生産面に重点が置かれてきたわけで、その立役者はつくる側の「企業」、とりわけ「国有企業」であった。これからは、消費する側の「人民」が、中国経済という舞台で主役をはるということになる。

 では中国に進出した外資はどうか。中国経済における外資は、「富国」優先の時代であっても「富民」重視の時代であっても、「なくてはならない存在」に変わりはない。ただ、「民富」の時代には、従業員に対する手厚い福利・厚生、一層の社会的貢献や現地化などが求められよう。中国における経済活動はややコスト高となる状況にあるといえる。

 第三の国際社会での評価についてであるが、最近、「中国は世界の資源を買い漁っている、中国の大量輸入で石油の国際価格が釣り上がっている、成長本位で環境問題を先鋭化させている」などと中国経済の規模拡大や国際化に対する風当たりが高まっている。これに対し、中国は第11次5カ年規劃では年平均成長率を低めに設定注6したり、節約型、循環型社会の建設を目指す方針、即ち、経済発展パターンを転換する方針を明らかにし、省エネ化、資源消費型産業構造の調整、経済のスリム化を図る姿勢を表明することで、中国経済に対する世界の警戒感を払拭しようとしている。

 これに加えて、「富民」を強調するということは、世界第7位の経済大国、世界第2位の外貨準備保有国としての中国の地位ではなく、世界の後塵を拝している一人当たりのGDPを前面に押し出す姿勢にほかならない。中国には持続的経済成長が必要であり、その過程で内需が拡大すれば、世界経済の発展に大きく貢献するはずだとの主張は十分に説得力がある。

<消費の時代へ>
 生産本位の経済成長路線は、中国経済に生産過剰体質をビルトインさせた。モノをつくればつくるほど、また、ビルをつくればつくるほど、GDPは伸びる道理だ。問題は、つくったモノが売れたかだが、果たして、売れ残ってバブル化しているところに今の中国経済が抱える問題の核心がある。大なり小なり、いずれ中国経済のバブルは弾けるといわれるが、買うことに力点を置く消費の時代、即ち「民富」の時代には、超高価な買い物でGDPの成長が図られるようなことがないように期待したい。

『脚注』
注1 毎年5月、モナコのモンテカルロで開催されていた。上海は初開催。
注2 中国は、ルイビトンの4番目の得意先、グッチの5番目の市場、モンブラン万年筆の5番目の市場、スイス時計の10番目の輸出先となったといわれる
注3 全人口の20%にあたる貧困層の所得総額は全体の5%弱、同20%の富裕層のそれは50%を占める。
注4 三農とは農業、農村、農民のこと。農層の余剰労働力は1.6億人から1.8億人、失地農民は4000万人との報道があるなど、三農問題は、中国経済最大の問題点の一つ。
注5 人民の戸籍の移動は制限的ではあるが、同一行政区内(省、自治区、直轄市)だと、戸籍の移動制限は緩和されつつある。因みに、戸籍が移らなくても、出稼ぎは可能。北京市で戸籍を持たない出稼ぎ労働者らの流動人口は360万人といわれる。
注6 第10期5カ年計画期(2001年~2005年)の平均年率成長率は8.8%。




    
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