北京NOW (B)    
  第20号 2006.10.16発行 by 江原 規由
    北京の一ヶ月(2006年9月) <目次>へ戻る
 ひょんなことから、北京長期出張となった。北京駐在から帰国したのが昨年10月。ほぼ1年経った。北京は刻々と姿を変えている。そんな北京の9月を「走馬看花」してみた。


<麦子店へ>
 立秋は既に過ぎているが、暦の上では9月から秋である。秋の気配は濃厚になってきたが、人々の身なり服装は夏のままだ。今年、中国は洪水、旱魃と異常気象が続いた。北京は例年に比べ雨が多く、北京の水瓶の一つである密雲ダムの水量に心配なかったようだ。今日から麦子店(北京市街地北東)にある1ヶ月の住居に引っ越した。

<潘家園でカプチーノ>
 早朝、空港に人を送る。街中に昼間のような渋滞はない。90年代初頭までは、日中でも車数はこんなものだったなーと思った。今日の朝の空気はどんよりくすんでいる。空には真っ赤な太陽の円がくっきり認められるほどだ。中国では、秋の季節感を「天高気爽」(天高く気分は爽快)というが、そんな一日はもう少なくなった。盆地の重慶では、太陽を見ると犬が吼えるという。くすんだ空気の層の中にくっきり浮かぶ太陽が、犬には異様な侵入者と思えるのであろう。
 久しぶりの北京でのはじめての休日だ。潘家園の旧貨市場に行った。売ってないものはないといってよい広大なマーケットだ。北京駐在時代(2001年11月11日~2005年10月15日)、よく来たものだ。顔見知りの店主が多い。いきなり肩をポンとたたかれ、「次ぎの首相も靖国神社に行くのか」と聞かれた。別の店では、「日本と中国は1箇祖先」(日中両国の祖先は同じ)といわれた。今の日中関係を気遣っての一言と思うが、とにかく中国人は政治の話が好きだ。ましてここは首都北京だ。政治の話は日常生活の「おかず」といってよい。ここの軒下にこじんまりと設えたスタンドで飲ませてくれるコーヒーは実にうまい。お兄さんが一生懸命作ってくれる。旧貨市場の雑踏になじまない風情だが、私はいつもカプチーノを頼む。お世辞にも居心地がよいとはいえない椅子に座って潘家園を行き交う人を窺うのは時間の流れをゆっくり感じられる至極の一瞬だ。「雑踏とした潘家園でカプチーノ」とは、ちょっとシャレている。
 その後、王府井の東方広場に行った。北京ではナウいショッピングモールといったところだ。映画館では「東京裁判」を上映していた。上海電影集団公司などの共同出品作品だ。豪華なパンフレットが無造作に置かれていたので手にして見ると、「号外《東京裁判》9月1日激震開廷」と大見出しであり、下に「毎一個中国人必看的電影」(中国人必見の映画)とあった。日本人俳優が1人、末尾に紹介されていた。見上げると、映画紹介用の6台のモ二ターTVが、大川周明が東条英機の頭をポンとたたくシーンが映し出されていた。見たいという気持ちもあったが、先を急ぐことにした。
 胡同(横丁)を歩いた。伝統的な四合院は残っているが、開発の波にどこまでもちこたえられるだろうか、と思ってしまうほどクレーンの林立が目に入る。胡同の長閑さがなくなるのは惜しい。その一角に「智化寺」というのがあった。大都会のビル狭間にこんな立派なお寺があるとは今まで気づかなかった。入場料を払って境内に入った。梨の木に実がたわわに実っていた。「もう秋」なのだ。若い女性3人が見学していた。赤いランニング、ショートパンツ姿で跪いて参拝していたが、その色気ムンムンさに、如来が驚いているようであった。

<優雅なゴルファー>
 誘いを断れず、ゴルフに行った。2人に1人のキャディーさんが付く。山東省済南から働きに来ているというキャディーさんに聞くと、土日は日本人ゴルファーがほとんど、月~金は中国人ゴルファーがほとんどという。平日ゴルフとは中国人ゴルファーには優雅な人が多いようだ。

  参考: 現在、練習場も含め北京のゴルフ場は100箇所ほど。2005年末の中国のゴルフ人口は450万人と推定されている。

<北京のペット事情>
 早く目覚めたので朝の散歩と洒落込んだ。早朝はひんやりしており秋の到来を実感した。運河沿いの散歩は悪臭が漂っていた。ペットを引き連れる人に何人も会った。鄧小平氏の「先富論」の恩恵を受けた人たちであろう。今やペット産業は朝陽産業だ。
 淀んだ運河で釣り糸をたらす太公望が何人もいる。この緑色の水溜りで魚を釣ってどうするのだろうか、とふと思った。運河沿いに、「水深く危険、水泳、スケート、釣りを禁じる」との立て看板があった。

  参考: 北京市公安局によれば、ペットとして登録された犬は53万4000匹だが、未登録の犬や猫などを含めると北京市のペット数は100万匹を超えると推定されている。人気のある犬はシュナウザー、プードル、ポメラ二アンなど(価格は2000元-5000元が一般的)。犬一匹飼うのに必要な税金は、第一年目が1000元(約1万5000円)、二年目から500元。ペット病院は北京には300軒ぐらいあるというが、批准されているのはその三分の一とされる。ただ、ペット犬の増加などで狂犬病の発症が増加しており、今年1-8月は全国21省から1874例(うち、1735人死亡、前年同期比29.2%増)が報告されている(中国衛生省)。今年9月、北京市公安局治安管理部門は89人からなる「養犬管理執法隊」を組織し未登録犬の没収などをおこなった。

<職場ランチ風景>
 職場の周辺にはランチ処が多いが、外で弁当を買って職場で食べるのが流行のようだ。事務所近くの日本から進出した大手コンビ二の弁当はことさら人気があり、行列が出来るほどという。そこではおでんも売っている。ランチボックスを囲み皆で分け合って食べあうところは中華風的食べ方だ。事務所の昼食時は実に賑やかになってしまった。 

  参考: マクドナルドは中国石油化工(シノペック)が中国全土に有するガソリンスタンドを活用し店舗を共同展開する計画にある。

<財布遺失>
 財布を落とした。昨晩帰宅時に乗ったタクシーの料金支払時にうっかりやってしまったらしい。お金よりカード類などを紛失したのが痛い。交番(中国語:公安派出所)に届出に行ったが、紛失物はここの担当ではないという。対応は親切であった。壁には、「執行為民 争創一流 胡錦涛」(人民に一流のサービスを、胡錦涛)とのスローガンがあった。「以人為本(人民のために)を推進している現政権の意を汲んだ標語だと思った。次に、北京人民広播電台交通局に行った。「拾った方は届けて欲しい」と、ラジオ放送してもらおうというわけだ。そんな無料サービスがあると聞いたことを思い出した。通称「1039」といわれるが、無料ではなかった。1回300元という。有料だが少しでも電波を独占できるのだからやってみようと、担当者が下りてくるのを待った。事情を話すと、財布に金が入っていたのなら出てくる可能性がないからやっても無駄とあっさり言う。商売っ気がないと思ったが、それ以上に、ここでも「為民」の精神が浸透しているようだと、感心するやら、300元無駄使いしないでよかったと思うやらで、財布紛失のショックも暫し薄らいだ。

<月餅経済>
 月餅のシーズンである。百貨店、スーパーを問わず、いずこも月餅、月餅でいっぱいだ。そのほとんどが贈答用で自分で食べるため買う人は少ない。このシーズンには月餅渋滞が起きるほど、月餅を届ける車が行き交う。豪華なものになると、数万元のもあるという。中国では高いものを贈るほど、感謝の気持ちが深いということになるらしい。昨年は、その度が過ぎていると、政府が警告したほどだ。過剰包装に超高価な月餅は贈答用ならまだしも賄賂的に使われていたからだ。月餅とは名ばかりで、純金製の包装のものや中身が貴金属であったものが出回ったようだ。もちろんこういうものは市販されていない。このところ、中国では「商業賄賂」(ワイロでビジネス上の便宜をえること)という言葉が巷に氾濫している。当局はその撲滅に躍起となっている。月餅を貰い過ぎて処理に困ったという話をよく耳にする。流石に今年は、過剰包装ものや超高価な月餅は姿を消したようだが、それでも中秋節後の生活ごみの20%が月餅の包装という。森林資源も大いに無駄にされているわけでもある。月餅は作れば売れるわけだから、食べられずゴミになるとしても、GDPの成長には貢献することになる。目下、中国政府は「節約型社会」や「循環型経済」の建設をしきりと強調しているが、簡単に言えば、月餅がゴミにならないような社会や経済の実現といってもよいであろう。その実現はなかなか難しそうだ。
 今、部屋のチャイムが鳴った。クリーニング屋さんであった。この間出したYシャツのほか月餅を置いていった。まだ、1回しか出していないというのに!

  参考: 昨年、「関于規範月餅価格、質量、包装及搭售等行為的公告」(月餅の価格、品質、包装等の行為に関する公告)や「月餅強制性国家標準」(月餅対する強制国家標準)が出された。中国を代表する月餅ブランドは、好利来、杏花楼、稲香村、利口福、百威、米旗、麦趣爾、天倫、栄華など。
 昨年8月から今年6月までに摘発された商業賄賂件数は6972件(うち、公務員絡みが1603件)。プロジェクト建設、土地使用権譲渡、政府調達、資源開発などが多いとされる。

<タクシーで通勤>
 今日の朝は冷え込んだといえるほどの気温の下がりようだ。北京の秋は駆け足でやってくる。マイカー族が増え自家用車を通勤に使うため道路はいつも渋滞だ。時差タクシー通勤で渋滞難を何とか逃れている。朝は20分ちょっと、帰りは15分ちょっとの通勤だ。タクシー料金は朝23元前後(350円程度)、夜20元前後(300円程度)。タクシー通勤でこの支出とは、日本なら地下鉄代にもならない額だ。いわんや、通勤時間が30分以内なんて超リッチな通勤と喜ぶべきだろう。2008年のオリンピックに向けタクシーが一新されたが、消えた小型のおんぼろタクシーは窮屈ではあったが、北京らしさがあったと懐かしくもある。今、地下鉄や近距離鉄道があちこちで建設されている。やがて通勤ラッシュは道路から車内に移ることになるだろう。オリンピックは、無言でいろいろなことをしてくれるものだ。

  参考: 中国自動車工業協会によれば、今年上半期の自動車生産は388万6400台(前年同期比27.8%増)、うち乗用車210万1000台(同53.2%増)。乗用車生産台数では、今年ドイツを抜き世界第3位の生産大国に浮上すると予測されている。なお、北京のマイカー車数は214.6万台、タクシー数は106.8万台(2005年末)。
 人口100万人以上の48都市のうち、20都市以上で都市鉄道プロジェクトを開始している。計6000億元を投じ55路線、1700Kmを建設する予定という(中国建設省)。なお、2005年末時点、中国の10都市で都市鉄道20路線が営業運転(444Km )を行っている。北京市は2008年の北京オリンピック開催に向け市中心と空港を結ぶ地下鉄新路線の建設に着手(全長28.1Km、所要時間16分、2008年4月完成予定)。また、北京―天津間都市間鉄道の建設工事はその38%が完成しており、2007年末には全線開通予定(2008年6月営業運転予定、全長115Km、最高時速350Km)で両都市間が30分で結ばれることになる。
 2008年8月8日開催(8月24日閉幕)のオリンピックまで2年を切った。北京では、交通渋滞、大気汚染、公共マナー不足、建設関連汚職などが問題点として指摘されており、開催までどこまで改善できるか、オリンピックは中国の国際性を見る試金石でもある。17日間に、28競技302種目がエントリーされている。開催地は北京のほか、青島、天津、上海、香港でも一部が開催される。問題は天候だ。8月8日の過去の降水確率を50年間、30年間、10年間と調べた結果、30~40%という。かなり高いが、8好きな中国人にとって、雨天という可能性を考慮しても、2008年8月8日と8が3つある縁起のよい日を開幕日に選んだということであろう。

<姿を消した自転車通勤>
 今日の北京は、「天高気爽」の秋晴れである。急成長の北京で変わったものをあげよといわれたら、自転車通勤が激減したこととタクシーが激増したことは候補となろう。通勤はバス、地下鉄が中心で、マイカー通勤も増えてきている。バス路線が増え、地下鉄は新線が建設中と、住宅が郊外へと広がっており、北京はスプロール化しつつある。自転車通勤で職場までというのは無理になったという時代的背景もある。大気汚染が心配される北京では、無公害自転車通勤がいいのにと思うのは、傍観者の利己主義であろうか。ただ、原動自転車が流行している。こいで蓄電させて走る無公害オートバイ兼自転車をよく見かけるようになった。筆者が見たのはスクーターモデルで足載せに「一路平安」(お気をつけて)と刻まれていた。実にナウかった。とはいえ、自転車通勤ラッシュが似合っていた頃の北京がやや懐かしい。そんなことを思って路地裏に入ると、道路わきに自転車修理のスタンドが寂しそうに客を待っている風情に出会えたりする。見かけなくなったのは自転車修理屋さんだけではない。歩道で物売りする行商人がほとんど姿を消してしまった。交通の邪魔とか衛生的でないと理由のほか、2008年のオリンピック開催地として大都市北京の風格に合わないということらしい。老北京がまた一つ姿を消しつつある。

  参考: 2005年末の北京のマイカー車数は214.6万台、タクシー数は106.8万台。中国ではハイブリッドバスなど環境にやさしい車両を外資と共同してあるいは単独で開発している。実際、既にハイブリッドバスを走行させている都市もある。また、アルコール混入ガソリンを使ったタクシーを走らせたり、電動バスを再登場させたりしている都市は増えつつある。

<わくわく夜の散歩>
 一日中部屋にいた。さすがに飽きて夕食にタクシーで出かけた。食後、建国門外から長安街を天安門の方向に歩いた。別に目的はなかったが、途中の長安劇院で7時半から始まる京劇でも見ようと寄ったが、今日は特別公演らしく切符は売り切れていた。ほんの数年前はいつ行っても手に入ったのにと、恨めしく思った。180元(当時2500円)払えば、お菓子とお茶のサービス付の一番前のテーブル席で役者の化粧の濃淡までみられたが、もらった公演表を見ると、最上席は2倍から3倍の料金になっていた。京劇の衰退が心配されている中、今日の満席は京劇好きを安心させたであろうと思った。さらに、長安外を行くと、若い女性に声をかけられた。「パンをおごってくれませんか」という。地方から観光に来たが、パンを買うお金の持ち合わせがないという。やんわり断り、少し行くとまた声をかけられた。今度はこちらから、「パンをご馳走するお金はありませんよ」といったら、あっさり去って行った。同じ経験は北京以外でも経験したことがある。どこもフレーズはほぼ同じだった。いずれも腹をすかせているとは思えない元気そうなお嬢さんたちであった。
 街灯が作る街路樹のシルエットが射す長安街の歩道を散歩する人が実に多い。ベンチやら路肩に座っている人もいる。お年よりが、中国で最も有名な「通り」の喧騒を打ち破るほどの大声で話し、男女のペアーは人目も気にせず声を低めてイチャイチャしている。日本では見られない風情だ。長安街から東方広場地下街を抜け、王府井に出た。日曜日の夜の8時頃であったが、人でごった返していた。また若い女性が近寄ってきた。今度は、「カラオケはどうですか」という。2回もカラオケの客引きにあった。「何でこんなに声をかけられるのだろうか」と、ショーウインドーに映るわが身を思わず見てしまった。王府井街を左折すると、100mはある夜店通りに、いつものように人々(その多くは観光客)が群がっていた。この夜店はオリンピックまで残るであろうか、残ってほしいものだと思いつつ、視線を脇に落とすと、犬が一匹、駐車中のオートバイに片足をあげていた。
 夜店がなくなると、通りは明るさを一気に失う。その行き着くところに、故宮の東華門がある。その前のお堀でも釣りをしている人が数人いた。夜釣りで何をつろうとしているのかと、不思議に思った。ちょっと引き返し、両側を高い高塀で仕切られた北池子大街を歩いた。ここの風情は今も昔もあまり変わっていないようだ。人通りは少なく、立派な街路樹が通りの夜を落ち着かせている。中国将棋を打つ音が古い高塀に響き、車の騒音に打ち勝っている。歩道を歩いていると妙な錯覚に囚われてしまう。タクシーの行き交う現代の歩道から高塀の向こうの「100年以上前」の北京に思いを馳せ、その幻想の中でまたタクシーの行き交う今を見ているという錯覚だ。タイムスリップ感を味わいたいと思ったら、夜ここにくればよい。空を見上げると満月に近いお月さんがくっきり姿をあらわしていた。街路樹の陰も幻想もこのお月さんが作っていたのだ。

  参考: カラオケは人民の娯楽として急成長しているがその音楽映像に使用料を徴収するという。著作権侵害を巡るレコード会社とカラオケ店の紛争増加に対処した処置。

<9・11>
 グランド0の日だ。中国ではあまり話題になっていないようだ。人民日報では、海外ニュースのページに「美国踏不帰路?」(引きかえせない米国)、同海外版は関連記事なし。翌12日の人民日報にはほんのわずか「策劃『9・11』事件録像面世」「(実録9・11事件)とだけ、同海外版では「不要把反恐異化為文明衝突」(テロは異文明間の衝突ではない)と紹介されていた。中国にもチベットや新疆そして東北にも異文化問題を抱えている。他人事ではないはずだが、マスコミのクールな扱いはやや意外であった。

<緑色GDP>
 新聞を読んでいたら、龍須溝という活字が目に入った。中国を代表する作家である老舎の小説の題名だ。龍須溝は北京の南に実際にあったお堀、小川であった。悪臭を放っていたという。今日でも中国には龍須溝と異名を取る流れがある。筆者の目に入ったのは北京高碑店村の記事で、2002年以前この村は龍須溝と呼ばれ堀には汚水が流れ、臭気が四方に発散されていたという。今日その堀の流れが浄化され、町並みも一新され、2004年、2005年の2年連続で「北京10大富村」に選ばれたという話題を載せた新聞だった。
 今、中国では、環境汚染に非常にセンシティブだ。成長発展パターンを量的拡大から質的向上路線へと転換しようという姿勢にあり、節約型社会、循環経済の実現を目指している。成長の正味を問う姿勢だ。緑色GDPとは、これまでのGDP-資源消耗コストー環境損失コストのことである。簡単にいえば、龍須溝の悪臭が社会や人民に与えるマイナスの影響をGDPから差し引こうというようなものである。実に難しい作業で、果たしてどこまで算出できるのだろか。昨年のGDP成長率は10%を超えたが、緑色GDPでは果たして何%成長になるのであろうか。今、龍須溝は埋め立てられビルが建っている。北京に林立するクレーンが作るビルの何%が緑色GDPを構成するのであろうか。住人、借り手がなければ、GDPから緑色の2字をとらなければならない。

  参考: 今年9月、国家環境保護総局と国家統計局が発表した「中国緑色国民経済核算研究報告書」によれば、2004年の環境汚染による経済損失はGDPの3.05%(5118億元<1元≒150円>)で、そのうち水質汚染による損失が過半の55.9%(2863億元)であった。

<タイ料理と走出去>
 韓国料理、日本料理、そして中国各地の味と、北京のレストランは実にインターナショナルで多彩だ。事務所の同僚に誘われ、夕食にタイ料理店にいった。筆者は1986年から90年まで、タイに駐在したことがあったので、友人が気を使ってタイ料理でもといってくれたらしい。あまりにも本場の味そのものであったので、タイ人のコックさんがいるのかと思って、店員さんに聞いたら、「いない」という。タイ華僑がやっているのであろうと勝手に想像したが、あながち的外れではないであろう。今、中国は「走出去」(中国企業の海外進出)を国家戦略として積極に推進しているが、中国は既に華僑という「人」と「中華料理」という「味」で「走出去」の実績があるのだと、タイ料理に舌鼓を打ちつつ思った。

  参考: 中国の2005年の対外直接投資は前年比2.2倍の122億6,117万ドルと初めて100億ドルを超え、過去最高を記録した。2005年末までの累計では同27.8%増の572億562万ドルに達した。合併・買収(M&A)を通じた直接投資が65億ドルと53%を占めた(商務部対外経済合作司発表 非金融部門の2005年度中国対外直接投資統計公報による)商務部によれば、8年~10年後には、中国は対外投資大国となると予測している。

<昨今の宴席マナー事情>
 会食が昼と夜と二回あった。昼が中国の人との会食懇談会、いわゆる情報交換というやつだ。夜が事務所の歓送迎会だった。中国では立食は少ない。地位や年齢に応じ座る席が決まる。酒を飲むのは、まず相手に勧めて一緒に乾杯するというのが常だ。宴席では、中国の人は、以前と比べて圧倒的に酒やタバコをやらなくなった。中国ではタバコはどこでもかなり自由に吸える。タール1mg、ニコチン0.1mgといった日本での売れ筋タバコはほとんどない。中国の人には強いタバコが歓迎されているらしい。タバコを吸う中国人女性はめったに見かけない。宴席などではまず皆無だ。中国人女性にとって、喫煙はまだまだファッションにはなっていないということだ。酔っ払いもほとんど見かけない。酒の上だからと許されるお国柄ではない。といって、たくさん飲むと、覚えめでたくあとあとのコミュニケーションがうまくいくこともある。中国では酒に飲まれることなく大飲みできれば、よき人間関係国の構築に役立つ。以前のように、「乾杯、乾杯」と無理押ししなくなった。酒税とタバコ税は中国の税収に大きく貢献している。「乾杯」や「喫煙」が減って税収が減らないとよいのだが。

<地獄の沙汰も金次第>
 病院に行った。といって、体調が悪くていったのではない。打ち合わせに行ったのだ。私の行った病院は、薬のにおいも、緊張感もあまり感じられなかった。自分が病気でないからこんなことを言えるのかもしれないが、雰囲気はおよそ日本と違っている。院内のどこでも携帯電話をかけるのは自由。それも大声で話している。なぜか、日常そのものの雰囲気がある。どうせ入院するならこんなところがいいと、ついつい感じてしまった。中国では、お金を払わないと診てもらえないから要注意だ。大怪我をして、血がたらたらしているのに、デポジットがないため、なかなか診てもらえなかったという人の話を聞いたことがある。いつも多少の現金かクレジットカードは持ち歩いたほうが、万一の時には役に立つ。因みに、救急車も有料であることを知っておいたほうがよい。中国は目下、医療保険など社会保障の整備を急ピッチで行っているがまだ十分ではない。しばらくは、「地獄の沙汰も金次第」というわけだ。

<極楽マッサージ>
 小職の北京の仮住まいの周辺には、マッサージ店が目白押しだ。出張サービスまでしてくれる。サービス内容、足裏、全身、耳垢とり等色々、料金も色々だ。ただ、日本より格段に安いことだけは確かだ。今回初めて行った店は、2時間みっちり全身を揉み解してもらい100元(1500円弱)だ。女性客には男性が、男性客には女性がやってくれる。そのほうが生理的によいという。陽には陰、陰には陽がいいという。男女のどっちが陽か陰か分からないが。マッサージ師のほとんどが地方出身者だ。住み込みの出稼ぎとはいえ、訓練を受け、皆、手に職を持っている。女性のマッサ‐ジャーは誰も実に明るく元気がいい。あまりの気持ちよさに、こちらが寝込むまで淀むことなく話しかけて来る。マッサージルームには、TVがあり、日本人と分かると、日本の番組を選択してくれるほどのサービスぶりだ。トイレに行くと、出口で係りが待っていてくれて、お手拭を出してくれたりもする。最近は、マッサージ店が雨後のたけのこ状況で、マッサ-ジャーの引き抜きが多いという。技術を買われ高い店に移っていくようだ。従業員が他社に引き抜かれるなど定着率の悪さを嘆く外資企業の経営者がいるが、「職業を選ばずペイを選ぶ」の世界はどこでも同じだ。高い経済成長を遂げる中国の現実である。

<多少の縁>
 昨日のマッサージが気持ちよかったので別の店に行ったら、テレビで靖国神社の解説が行われていた。ドキュメンタリーを専門に撮っている人がしきりと語っていたが、なんとその本人が私の隣のソファーで足裏マッサージをやってもらっているではないか。自分の語るのを本人が見ている。その本人を私が見ている。変な気持ちであった。明日は9・18だ。その人とは、話しはしなかったが、日本に8年住んだことがあると、私に足裏マッサージをしてくれたマッサ‐ジャー氏が教えてくれた。明日は、満州事件が勃発した日だ。

<9・18>
 満州事件の発端となった柳条湖事件が発生した日(9・18)だ。北京の今日は、太陽が出て温度は上がったが、はっきりしない日であった。事件の発生から75年経ったが、その日はどんな天気であったのだろうかと思った。昨年、藩陽を訪れたが、柳条湖記念館にはバスで小学生がたくさん来ていて、館内での説明に熱心に聞き入る子、わけがわからないといったような顔をしている子などがいた。その子らのあどけない表情をみていると、中国の歴史教育が身近に感じられた。マスコミではどう報じられているのかと気になった。 

  参考: 事件の発生した遼寧省瀋陽市など全国100都市以上でサイレンが鳴らされ、「国の恥を忘れず中華を復興させよう」などと強調されたほか、遼寧省の14都市では、「9.18」に因んで同日9時18分にサイレンを鳴らす行事が初めて実施された。
 
人民日報海岸版:『刻骨銘心“九・一八”』(18日、第4面)、『参観図片展 銘記“九・一八”』(19日、第1面)
人民日報: 『“九・一八”歴史博物館 開館7年参観人数超超700万』(18日、第4面)、『“九・一八”、我們共同銘記』(19日、第4面)
 
 いずれも、子供たちが登場し、大きな国旗を皆で握り拳をかざしている写真やあどけない表情で写真展を参観する少女たちの姿を撮った写真が掲載されている。歴史を教訓として後世に伝えようとする姿勢がうかがえる。
 東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)の報道となると、大いに過激だ。例えば、勿忘山河変色日(黒龍江省日報、9月18日 8面)、また、731部隊のことや藩陽市が東京裁判博物館を建設する予定であることなどを記した全面記事が目に付く。いずれの新聞も「勿忘国恥」と刻まれた藩陽の9・18歴史博物館前の記念碑を9つの手首が触れている写真がどこかに記載されている。

 今日、日本では敬老の日だ。日本は休日でも、中国は平日だ。当たり前の事だが、日本から電話がかかって来ないので、事務所ではややのんびりした気分になれる。中国の休日は年3回しかないといってよい。中国のお正月である春節(通常1月~3月の間))、5月の労働節(メーデー)、そして10月の国慶節だ。休日はいずれも1週間。休日前後のいずれかの土日に出勤し、もう一方の土日を休みにすることで、1週間連続休暇をとる。休日回数は少なくても、期間が長く優雅なものだ。春節は帰省ラッシュで臨時列車が増発されるほどである。春節に限らず、労働節も国慶節も海外旅行などで休日を過ごす人たちが増えてきている。海外旅行は、現代の「三種の神器」(他の2つはマイカー、マイホーム)の一つといってよい。国慶節まで、あと2週間となった。今年の国慶節中に、中秋節(10月6日)が入る。月餅を食べる日である。今年は2つの祝日が重なるわけだ。国慶節には天安門広場が飾られる。今年はどんなキャッチフレーズで天安門広場が華やぐのか楽しみだ。

<大使館訪問>
 大使館に行った。アポイントを取ってパスポートを持参し、これを提示しないと入れてくれない。まず大使館の外に設けられた柵越しに人民解放軍風のカーキー色の制服を着た警備にパスポートを提示し、その柵を開けてもらう。10歩ほど歩いて門に近づき門が一部となっている高い柵の向こうにいる警備に来意を告げ、またパスポ-トを提示し、許可が出るとこちら側にあるインターホーンで館内に来意を告げる。誰かが迎えに来るか、連絡があると、柵が開けられ、20歩ほど歩いていよいよ館内へ。自動ドア-が開くと、受付で来意と相手を告げ、記帳しカードをもらい、首からかけ、相手が来るのを待つ。外国公館はどこも同じであるが、特に日本大使館の警備は昨年の反日運動以後入館が厳しくなったようだ。
 日本大使館のある一角は公館街で各国の大使館が集積している。日壇公園もあり、散歩などで北京っ子に大いに利用されているようだ。園内早足で一蹴すると20分弱かかる。園内にはロッククライミングの練習に興じている若者がいつも岩に群がっている。人口の岩壁のトップまで上り詰める若者はほとんど目にしたことはない。北京の公園はどこも公園っぽく長閑でゆっくりしている。昔、といっても文化大革命の頃だが、大使館街には中国人の姿は少なかったという。外国人に近づくことが敬遠された時期もあったのだ。今はその中心街の光華路には車が満ちている。人民解放軍であろうと思われるカーキー色を着た兵士達が何人も実に凛々しく整然と行進していく。北京の街は改革開放で大きく変わったが、ここには変わっていない何かを嗅ぐことができる。

<安倍総裁への反響>
 タイのクーデターが明るみになり、安倍官房長官が総裁に選出された。タイに4年(1986年から990年)ほど駐在したが、クーデターは駐在期間中1度は経験すると言われたものだ。幸い、私は経験しなかった。
 21日の人民日報」は3面で安倍新総裁の当選に関する事実関係を伝えると共に、「安倍氏はなぜ簡単に勝てたのか」と題する分析記事を掲載。同記事では、安倍氏の勝因について、①自民党内の権力が(小泉)総裁に集中していること、②小泉首相と安倍氏が緊密に連携を取っていたこと、③北朝鮮問題などで、安倍氏自身が強硬な姿勢を示していたこと、④メディアによる世論調査を通じて、安倍氏の支持率が高かったことを挙げている。英字紙「China Dairy」は20日、同紙の中国語ウェッブサイトにおいて、安倍新総裁の誕生に伴う今後の日中関係の行方について、中国国内の主要な日本研究者のコメントを掲載した。中国人民の最大の関心は、筆者が潘家園の旧貨市場で聞かれた「次ぎの首相も靖国神社に行くのか」であろう。

<携帯電話は大人のオモチャ>
 中国人の携帯電話好きにはイライラさせられることが多い。さすがに、飛行機内では使わないが、そのほかではところ構わずである。今日の出勤途上で、前の車がのろのろと蛇行しているのでおかしいと思ったら、耳に携帯電話をあてがい何やら興奮気味に話していた。運転中は携帯電話の使用が禁じられてはいるはずなのに!映画館でも鳴る。きっと、電源を切り忘れたのであろうと思っていると、小声ではあるが、ちゃんと会話している。普通なら、慌てて切ってしまうか、せいぜい蚊の鳴くような小声で「今、映画を見ているので後で」などと伝え、電源を切るのが常識だと思うが、中国人は違うようだ。さらに驚くのは、病院では携帯電話の使用はお構いなしというところだ。集中治療室前でも平気だ。私が行った病院だけなのかも知れないが、北京で1、2位の病院ということだから、ほかの病院でも状況は同じだろう。心臓にペースメーカーなどをつけている人には影響がないのだろうかなどと、心配になってしまう。
 それにしても、中国人の携帯電話好きには呆れてしまう。ところ構わず、人目も構わず、携帯電話に怒鳴っている。別に相手と喧嘩をしているわけではないが、中国語のわからない人はそう感じるだろう。「現代中国人気質とは」と聞かれたら、「携帯電話好き」という解答はあながち的外れではないであろう。因みに、中国は携帯電話生産大国、使用者大国でもある。携帯電話の世界的メーカーはすべて対中進出済みである。生産されたものが消費される。携帯電話は、目下中国政府が推進している内需拡大策のトップランナーなのだ。それを、中国人の携帯電話好きが支えているといったら言い過ぎだろうか。腹を立てるより慣れだ。これこそ、中国人と付き合う極意である。 

  参考: 2006年6月時点、携帯電話の契約件数は4億2600万台で、100人中32.7人が携帯電話を所有している。なお、昨年の中国(台湾を含む)の携帯電話輸出台数は2.7億台で世界の輸出携帯電話数の28%を占めている。

<修復なった明代の城壁>
 北京には城壁がある。といっても故宮の城壁ではない。「であった」といったほうが適切かもしれない。かつて故宮は2重3重と城壁に囲まれていたが、そのほとんどが交通の障害になるなどといった理由で取り壊されてしまった。その一部が修復され姿をあらわしたのだ。天安門広場の前門に通じる南東の城壁の一部だが、往時を偲ぶには十分な長さだ。青々とした芝生に色とりどりの花の咲くベルト状の城壁公園は、つい最近までバラックつくりの家が続いていて、家並みの切れ目から城壁のほんの一部が垣間見られたにすぎなかった。そこの住民は郊外に移転したのであろう。歩くと20分はかかる。「北京城東南角楼」で入場料を払って城壁にのぼればかつての威容が想像できる。こんなに広かったのかと驚くほどだ。すぐ下を、目と鼻の先の北京駅に向かう列車が頻繁に行き交う。往時を偲ぶには夕方がいい。修復なったとはいえ朽ちた城壁を見ていると時がゆっくり流れていくような錯覚を味わえる。そんな気分でしばらくいたいものだと思って、城壁に視線を走らせていくと、城壁越し北京駅のイルミネーションがそんな錯覚を覚ましてくれる。今や、胡同や四合院といった老北京の風情を壊し、「新北京」つくりが進んでいる。北京オリンピックまでには、「老北京」はなくなってしまうのではと思われるほどだ。そんな中、「老北京」を代表する城壁が姿をあらわしたのはうれしい限りだ。

  参考: 失われつつある古きよき北京(老北京)の風習として、澡堂(銭湯)、放風(凧揚げ)、さらに楽子(趣味道楽)として、京劇観劇、鳥・虫飼い、骨董収集などが指摘できよう。こうした風習は、映画などの題材としても取り上げられている。「ラストエンペラー」の終劇間近、紫禁城で老いた溥儀が子供に、「我是中国的皇帝」(私は中国の皇帝であった)といい、それを証明するために、彼が子どもの頃に大和殿の宝座の後ろに隠していた虫篭を取り出す。生きたキリギリスが虫篭から出てくるといった場面などだ。

<中国でのHOW to 買い物>
 家の近くの「佳億」にいった。ここはアパレルを中心に雑貨が安く売られている。フェイクものもある。何も買わなかったが、中国での買い物は、交渉しだいで値段が決まる。百貨店など一部を除き定価などはない。値引きは当たり前で、言い値の半分は序の口、3分の一、5分の一、10分の一になるのもあるから驚きだ。半分まで値切ったから上出来と思ってはいけない。仁義なき値引き交渉と思ったほうがよい。遠慮すると足元をみられる。まず、値段を聞き、間髪をいれずもっと安くできないかと聞く。それから、値引き交渉を始めるとよい。目標は半値以下、限りなく3割に近づけよう。筆者は、中国人同士の値引き交渉を後ろで聞くのが好きだ。相手の顔色を見て交渉するということはない。どちらも実にエネルギッシュで、ああ言えばこう言う。それを聞いていると中国人が少しは分かったような気分になれる。こちらの言い値では売らないとようだとわかると、「要らない」といってその場を離れる。店主が追っかけてきて売るというか、再交渉が始まるという調子だ。中国での買い物は、自分の買いたい価格で買うことと思ったほうがいい。高く買ってしまったとしても、値切り過ぎて変えなかったとしても、自分の判断がまずかったと諦めるか、日本では出来ない買い方を楽しんだと思えばいい。一度買ったものは、次は同じ値段で売ってくれる。中国人の記憶のよさにはいつも感心させられる。初回は安く買うに越したことはない。

<凧揚げは大人の娯楽>
 凧揚げは北京名物といってよい。雨さえ降っていなければ、いつでもどこでも見られる。日本では凧揚げといえば、正月の子供たちの遊びだったが、北京ではお年寄りが多い。何を競うというわけではないようだ。ただひたすら高く上げるのに奔走している。休日は天安門広場が凧揚げで賑わう。連凧もあれば、単凧もある。色とりどり、形も色々だ。何で凧揚げがこんなに流行っているのかわからないが、日本では目にしない風情だけにいつも足を止め、揚がっている凧より、揚げている人の表情に見とれてしまう。お堀の魚釣りといい、路上将棋といい、凧揚げといい、日本では出来ない街中の大人の娯楽が、ここ北京にはまだあるわけだ。2008年のオリンピックで「老北京」が姿をなくしつつあるが、凧揚げ風景は絵や写真で懐かしむようにはなってほしくないものだ。

<北京空港にて>
 河南省の省都である長砂に出張だ。北京空港には数限りなく来ているとはいえ、なんとなく緊張してしまう。手荷物で液体(酒、化粧品、水など)の持込はできない。ハイジャック防止のためとは言うが、そろそろやめてほしいといつも思う。私は酒好きではないが。液体物があるなら、チェックイン時に預けるのがいい。パスポートチェックと安全検査を受けた後、空港内のショップで買うのは問題はない。北京空港は2008年開催の、いわばオリンピックの顔となる場所だ。いろいろと整備してくれるのはよいが、なんとなく窮屈になったような気がする。綺麗で整然となったのはよいが、規制が多くなり不便になったように思う。いい加減がよく似合うお国柄なのに空港がよそよそしくなってしまったのは残念だ。進歩とはこういうものかと、空港に来るたびに思っている。
 今、中国では「臨空経済」論が華やかだ。空港の利点を利用し、物流を中心にその周辺を開発していこうというものだ。北京空港の近くの拠点は、北京の日本人にもよく知られている順義だ。そこに老舗のゴルフ場があるからだ。

<長沙の博覧会>
 湖南省の省都である長沙では、第一回中国中部投資貿易博覧会が開幕した。日本からは1000人以上が参加した。国務院副総理の呉儀、薄熙来商務大臣などがやってきた。中国中部地区(山西省、安徽省、河南省、湖北省、湖南省、江西省)の魅力を紹介し、外資導入や観光を大いに促進しようとの企画だ。中国では、中部地区の発展戦略を、「中部崛起」というが、中国の地域発展戦略は、沿海大発展(80年代~)→西部大開発(1999年)→東北振興(2003年)→中部崛起(2005年)と、中部崛起はその殿を務めているわけだ。いわば、中国の東西南北の地域発展戦略にあって、真中で四方を固める糊代的役割をもって「中部崛起」が登場したというわけだ。こういった大規模な博覧会やら投資商談会などといったイベントは、中国の北から南、沿海から内陸各地津々浦々で実施されている。いずれも、外資企業誘致が主な狙いだが、最近では逆に中国企業の誘致を目的に参加する海外関係機関・企業が目立ってきた。
 今、中国には24万の外資企業(登記ベース)が進出済だ。こうした外資に中国市場が独占されないかと、当局は外資にやや警戒的になっているようだ。最近、独禁法がようやく世に出たが、戦略的中国企業が外資にM&Aされたりするのをけん制する狙いもあったようだ。ただ、長沙の博覧会は観光も前面に押し出しているところがやや新鮮であった。

  参考: 中国政府は「外国投資者による国内企業のM&A(合併・買収)に関する規定」を2006年9月8日より施行。株式交換による中国企業のM&Aが可能となった一方、M&A行為が経済安全に重大な影響を与えると認められた場合は、取引中止などの措置が講じられるなど規制も強化された。

<賑わう航空ビジネス>
 長沙から北京に飛んでそのまま大連に入った。中国の飛行機はいつも満席だ。ビジネスクラスはなく、エコノミーとファーストクラスの2等級だが、ファーストクラスは3~5列ほどしかない。筆者の経験では南方航空のサービスが一番だろう。飲み物を注ぎ足しに頻繁にやってきてくれる。なんとなく得をした気持ちにさせてくれる。中国の大手航空会社は、南方航空のほか、東方航空、中国国際航空(Air China)の三社体制で、その下に系列航空会社がある。数年前、海外の航空会社(ハンガリー航空)をM&Aしようとした特色ある地方の航空会社(海南航空)も多いが、最近では、民営航空会社が参入し中国の空は賑わいつつある。

<新生旅順>
 旅順は年配の日本人には馴染みの場所であろう。日清、日露の戦場であり、旅順港、203高地、乃木希典、出師営などが思い浮かぶはずだ。今でも軍港だ。そのため、中国にあって全面的に対外開放されていない。今年中にはほぼ全面開放される予定という。既に、出師営、203高地そして開発区などは対外開放されている。中国が改革開放政策を採って今年で28年になる。旅順は大連市の行政管轄下にあり、正式には、旅順口区という。今回の旅順行きは、旅順のこれまでの業績を視察するのが目的で、大連市政治協商会議(日本の国会に相当)の主席を筆頭とするお偉方と行動を共にした。
 今の旅順の白眉は、渤海湾を隔てて大連と山東省の煙台を結ぶ列車フェリー(旅客と列車80両を運ぶという)の大連側の発着地であるという点であろう。20年来のプロジェクトで、試運転では3時間余りで両地を結ぶという。遼東半島と山東半島を短時間で結ぶ交通の大動脈がもうじき完成するわけだ。このほか、旅順では日本語学習で有名な大連外国語大、大連医科大などの広大なキャンパスが建設中である。小山からその建設現場を見下ろしていると、軍港であるがゆえに、改革開放の波に乗り遅れた旅順が大いに飛躍しようとしている息吹が感じられた。

<遼寧省の5点1線戦略>
 大連から東の庄河まで行った。高速道路で約1時間半ほどだ。目下、遼寧省は「5点1線」戦略を推進中だ。「五点一線」戦略の「五点」とは、①遼寧丹東産業園区、②大連庄河花園口工業園区、③大連長興島臨港工業区、④遼寧(営口)沿海産業基地、⑤遼西錦州湾沿海経済区(錦州西海工業区・葫蘆島北港工業区)5拠点のことで、「一線」とは、この5拠点を結ぶ1443㎞(東端の丹東市東港から西端の葫蘆島市綏中県まで)の沿海高速道路ネットワークを指す。その現場の一つを視察したわけだ。目下、土地造成中だが、一角には既に進出した工場もあった。筆者は1993年から1998年まで大連に駐在し、何度もこの地を訪れたが、ここに外資企業を誘致する工業園区が出来るとは夢にも思わなかった。当時高速道路もなく、秋には、馬車の行き交う、黄金の稲穂をキャンバスにコスモスの咲く長閑な道路を行き来したものだ。中国の成長は時の流れをも速くしていると、つくづく実感させられた。10年後にはどんな姿になっているのであろうか。想像も及ばない。こんなところが、中国には、特に東北振興の地である中国東北地区にはいくつも出現しそうだと確信した。

  蛇足: 中国には経済発展を支えている太い「線」が三線ある。即ち、珠江と長江の2つの大河(二線)と、天津-北京間の高速道路を一線とする計三線である。さらにもう一線が名乗りを上げたといえる。遼寧省が打ち出した「五点一線」戦略の一線である。現在、中国の経済発展のポイント、対中ビジネスの拠点が南から北へ急速に拡大している。即ち、80年代の深圳を核とする珠江デルタ経済圏、90年代の浦東を頭とする長江デルタ経済圏、そして21世紀初頭の現在、今年3月の全人代採択された第11次5カ年企劃で正式に開発が決定した天津賓海新区に代表的な京津冀(北京、天津、河北省)経済圏(狭義的には首都経済圏とも称せられる)へと北上している。3線はこの中国3大経済圏の大動脈である。「五点一線」発展戦略を打ち出した遼寧省は京津冀経済圏に北接しており、これに山東省を加えた「環渤海経済圏」の一翼でもある。「五点一線」は遼寧省の発展戦略・新たな対外開放戦略であると同時に、中国の北へ向かう発展のエネルギーを受け止める役目を担っているといえる。北上化だけではない。重化学工業化が進んでいることも、最近の中国経済の際立った特徴の一つである。工業生産額に占める重工業と軽工業の比率をみると、2000年の59:41から2004年は68:32と重工業がほぼ7割を占めるまでになっている(新華文摘 2006・1)。経済の北上化と重化学工業化が交差するところが遼寧省である。即ち、2003年に地域発展戦略として東北振興策が打ち出されており、重化学工業が集積する東北地区(遼寧省、吉林省、黒龍江省)、特に経済規模の大きい遼寧省の発展に内外の注目が集まっている。こうしてみると、「五点一線」は「地の利」と「時の利」を得ているといっても過言ではない。

<はや1ヶ月>
 1ヶ月が経った。「もう」なのか、「やっと」なのか、と聞かれたら、即座に「もう1ヶ月」経ってしまったのかという感慨である。もののない仮寝の宿も、朝夕のタクシーにも慣れた。財布を落としたショックも薄らいでいる。明日は、国慶節だ。いや、日は改まってもう10月1日だ。まだ事務所だ。事務所を出てタクシーを捉まえた。深夜にもかかわらず、街灯やイルミネーションが全開しており、人出もあり、北京の街は明るく華やいでいる。今日ばかりは残業もいいものだと思いつつ家路についた。

<国慶節~57回目の誕生日>
 夕方、国慶節で賑わう天安門広場にいった。国慶節には天安門に掲げられている毛沢東の肖像画と向き合って孫文の肖像画が、烈士の塔の前に掲げられている。その左右に国家のスローガンが掲げられる。それを見ると、国家の大事がわかる。今年は、孫文の肖像画に向かって左は、「熱烈慶祝中華人民共和国成立57周年」、右が「落実科学発展観構建社会主義和諧社会」であった。科学発展観と和諧社会が現政権の人民へのメッセージということであろう。日の出とともに掲げられた五星紅旗(国旗)が日没の6時に降ろされた。朝の掲揚時は人手が多く行っても見られないと思って夕方にした。ここにいる人たちも、国旗が降ろされるのを期待して今か今かと待っている。国旗は何の前触れもなく、するすると音もなく降りてきている。降りた途端に、天安門に灯が点された。広場から「オー」という声が上がった。ただそれだけ。ただそれだけのために大勢が集まる。国旗の掲揚は毎日行われるが、国慶節だけが見物人でごった返す。建国記念日とはそういうものらしい。毛沢東と孫文が向き合う視線を遮るかのように長安街をひっきりなしに車が往来していた。(了)

    
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