北京NOW (B)    
  第22号 2007.2.5発行 by 江原 規由
    柔力量(ソフトパワー)とチャングムの誓い <目次>へ戻る
  <「チャングムの誓い」が意味するもの>
 昨年(2006年)、中国で韓国の連続TV番組である「長大今」(日本番組名「チャングムの誓い」)が大いに人気を博した。こうした状況をニューヨーク・タイムズ紙は、「韓国のTV番組が巻き起こしたブームで中国の若者たちの間に韓国人スターへ憧れ、三星の携帯電話・TVを所有することが流行となった」と紹介したが、実際、今中国で韓国料理がますます人気を呼び韓国旅行をする若者が増えているという。「大長今」がこれに一役買ったのは確かである。日本でも、「チャングムの誓い」や「冬のソナタ」が大ブレークして「韓流」(韓国ブーム)が起き、韓国への観光客が増え韓国関係の書籍が書店を賑わせたが、TV番組など映像はその国のイメージを向上・改善させ、各種交流や相互理解を大いに推進するといえる。

「チャングムの誓い」のイメージ
(画像は、百度図片の検索結果より)

 このところ中国の新聞・雑誌、レポート、要人発言などで「ソフトパワー」(中国語:柔力量)という言葉が目立ってきている。「ソフトパワー」とは、文化など精神的な無形な力(思想、道徳、法律、教育、言語、価値観、政治制度、生活方式など注1)のことで、その先進性と吸引力を発揮し他人や他国に影響する力と解される。長大今などTV番組(ドラマ・アニメ)、映画、書籍・雑誌・新聞、音楽、ブランド、知的財産権などは「ソフトパワー」注2の重要な媒体である。
 今、中国はこの「ソフトパワー」の発揮をしきりと喧伝するようになった。その背景に何があるのか考えてみたい。

<次は「文化」の出番>
 筆者は最近「文化貿易」という言葉に目を引かれた。あまり見慣れない用語であったこともさることながら、中国は文化関連貿易でほぼ全面赤字となっているという。中国の対外貿易は巨額な黒字を記録しており、2006年2月には日本を抜いて世界第一位(同年10月末Ⅰ兆ドルを突破)の外貨保有国となっていたから、全面赤字のものがあるとはちょっと意外な気持ちがした。
 さて、輸出入される文化製品の内訳を整理すると、図書、新聞、定期刊行物、ビデオディスク、レーザーレコード、電子出版物、ゲーム関連、DVD等ソフト、放送・TV番組・映画(アニメを含む)などとなる。狭義な意味では、コンテンツ産業(中国語では、「内容産業」)の製品ということになろう。
 表1から文化製品は中国側の極端な入超となっていることがわかる。貿易全体に占める割合からみれば金額的にはまだまだ少ないものの、米国や日本といった先進諸国では対外貿易に占める文化製品の割合は極めて大きく、世界第3位の貿易大国となった中国にとって、次は「文化大国」だとの意識が大いに芽生えている。中国には、三流国家は商品貿易を、二流国家はサービスと技術貿易を、そして一流国家は文化貿易を発展させているとの意識が強い。国家の威信をかけて文化貿易を黒字にしたいというわけだ。
 1960年代に全国を吹き荒れた「文化大革命」は中国の文化を否定したが、今度はその「文化」で世界における中国のプレゼンスと理解を大いに高めていこうという姿勢でもある。


表1:中国の主要文化製品貿易(2005年)
出入額
輸入(万米ドル) 輸出(万米ドル) 差額(万米ドル) 輸入/輸出
品目図書、新聞、定期刊行物3287.216418.4△131315倍
うち、定期刊行物228.910736.7△10507.947倍
電子出版物、音響・映像製品211.01933.0△1722.09倍
うち、電子出版物35.11737.2△1702.150倍
版権(件数)151710894△93777倍
うち、図  書注314349382△79486.5倍
出典:国際貿易 2006年 第10期

<走出去の前提>
 文化貿易の発展にかける期待は、中国の国家戦略である「走出去」(中国企業の海外進出)との関係を抜きには語れない。2006年、中国の対外投資は前年の世界第17位から同13位(金融部門を除いた対外投資額は前年比32%増の161億ドル)へと躍進中だが、「走出去」後の撤退事例も少なくない。経験不足や現地事情の研究不足などもあろうが、進出先での中国に対する理解度とも大いに関係があろう。国際化が急速に進む中国経済では、今、現地に受け入れられる「企業文化」を創造する必要が痛感されている。そのためには、ソフトパワーの発揮による中国文化の対外発信が必要となる。文化貿易での輸出が大いに増えることが期待されている所以である。

<ブランド意識に目覚めよ>
 中国は「自主創新」(イノベーション、オリジナリティの発揮)をしきりと強調し企業に対しては「ブランド意識を発揚しよう」とことあるごとに提唱する。その背景には、世界第3位のGDP大国、同3位の貿易大国となったが、世界100大ブランドに「中国ブランド」(名牌)が1つも入っていないという現実がある。例えば、乗用車。今や世界第2位の自動車生産大国になろうとしている中国で合弁生産されている車はほぼ全てが「外国ブランド」注4である。ゲームソフトや映画についても、中国の古典である三国志演義をゲームソフト化した日本企業が大きな利益を上げ、また米国の映画会社が中国に題材をとった映画(花木蘭など)を製作し大きな配当収入を得ている状況は、中国の沽券に関わるということになる。今日、中国で姿を消しつつある「老舗」(国内・伝統ブランド)を残そうと国家が介入したり市民運動が盛り上がっているのも、国家的「ブランド」意識の高まりといってよい。さらに、「フェイク大国」、「海賊版大国」といわれた中国が臆することなく知的財産権の保護に積極的に乗り出したのも「自主創新」への国家の「こだわり」である。
 こうした背景には、対外貿易の60%が中国に進出している外資系企業に依っていることや最近急増しているM&Aによって中国企業が外資系企業に経営権を握られつつあることなどから中国のオリジナリティがなくなるのではとの危機感があろう。ソフトパワーで「文化貿易」を発展させ「中国らしさ」を協調する必要があるというわけだ。
 世界における中国経済のプレゼンスが高まり中華意識が大いに目覚めていることを、昨今のソフトパワーという言葉の執拗な露出が物語っているといえる。

<ソフトパワー発揮の機会とは>
 では、中国はどのようにソフトパワーを対外発信しようとしているのであろうか。近年、中国は「中国文化年」、「中国文化月」、「中国文化週間」、「中国文化祭」、「中国観光年」などを世界各国各地で、国家指導者の訪問時に、また国交何周年の記念行事として大々的に開催している。こうした機会はソフトパワーを紹介する絶好の場でもあるわけだ。中国のソフトパワー発揮の最大の機会は何といっても2008年の北京オリンピックと2010年の上海万博ということになろう。
 また、昨年4月、胡錦涛主席がアフリカを公式訪問した折、訪問地のケニヤで「孔子学院」を訪問し中国語を勉強する学院生に中国とケニヤの文化交流に大きく貢献するよう励ましている。「孔子学院」とは、国外にあって中国語を学ぶ外国人を増やす目的で設立された、いわば政府公認の学府といえる。2006年3月時点、世界30カ国・地域に54の孔子学院が建設されている。このほか、30余ヵ国・地域、70機関が孔子学院の建設を申請中で、2006年末には100ヵ所を超えたとされている。孔子学院は中国関係機関との合弁での運営を軸としている。国家主席が訪問するほど中国語や中国文化の普及、即ちソフトパワーの発揮に力を入れているわけだ。
 蛇足だが、第一回「北京国際文化総意産業博覧会」の開催(2006年12月)、天津濱海新区注5におけるアジア文化産業園の建設計画(同12月)など中国のソフトパワー関連企画が、最近矢継ぎ早に展開している。

<ワインと茅台酒>
 国家「11次五カ年規画期(2006年-2010年)文化発展規画綱領は、「今日の複雑な環境にあって、国際競争に勝ち抜くには、強力な経済力、科学技術力、国防力に加えて強大な文化力が必要である。わが国は憂患意識を強め文化事業と文化産業の発展を加速し民族の生命力をかき立て民族の結集力を増強し民族の想像力を高め国際競争において主導権を握らなければならない」としている。
 この綱領を敢えて喩えて言えば、「フランスはワインをソフトパワーにしたが、我々は『茅台酒』をソフトパワーにしよう」ということにほかならない。今後、中国がソフトパワーをどう操るか、こればかりは外資の手を借りるわけにはいかないだろう。

【注】
注1 儒教、中華料理、世界各地でブームとなりつつある中国語も「ソフトパワー」と位置づけられる。
注2 「ソフトパワー」の対極である「ハードパワー」(硬力量)とは軍事、経済などの物質的な有形な力のことである。
注3 版権(図書)の輸入先上位5傑は、米国(輸入/輸出:246倍)、英国(22倍)、台湾(2倍)、日本(47倍)、韓国(2倍)
注4 自主ブランド車を生産し輸出までしている奇瑞<国有>、吉利<民営>などが自主ブランド車を生産し輸出している。
注5 中国第3の経済圏として今最も内外の注目を浴びている。

    
<目次>へ戻る