北京NOW (B)    
  第23号 2007.3.26発行 by 江原 規由
    鄧小平氏の想定外の事態 <目次>へ戻る
走出去

 今年、2月27日中国の上海株式市場で株価の総合指数が8%以上下落した。これが引き金となって、株価の世界全面安になった。中国の深圳と上海の株式市場に上場している企業は1400社足らずである。見方によっては、この1400社足らずの中国企業に世界が翻弄されたともいえる。株価の変動に一喜一憂する中国人民が確実に増え、中国で発生した事態が世界経済に即連動する現状を、鄧小平氏がいたらどう思うであろうか。彼が発動した改革開放の成果なのか挫折なのか。

<まず、南巡講話ありき>
 1992年鄧小平氏が南巡講話を行ってから今年でちょうど15年になる。1978年に改革開放政策が打ち出され、それまでの政治重視から経済優先の国家運営へ舵を切った中国は、以後年率平均9.6%(1978年-2005年)という高成長をひた走ってきた。南巡講話がなかったとしたら、成長はペースダウンしていたかもしれない。南巡講話のハイライトは、89年の天安門事件後、世界における中国の孤立化が懸念される中、“改革開放を大胆にやれ”注ということであった。以後、外資導入は急拡大していき、今や発展途上国において最大の直接投資受入国となった。

 今日、中国に進出している外資系企業は59万(批准ベース)と発表されており、また中国の対外貿易のほぼ60%を、雇用では、都市就業人口の10%にあたる2500万人余を、納税額では全体の21%を担っているなど、中国の高成長に大きく貢献してきている。今年に入って、中国各省・市からの訪日ミッションが目白押しだ。目的は、「招商引資」(対中投資の進め)である。鄧小平氏が去ってもこの巨人の思いは今でも決して減じてはいない。

 2006年、中国は経済規模で世界第4位、対外貿易で同3位、外貨準備で2006年2月に日本を抜いて世界第1位に躍り出ており、正に「経済大国」となったといえる。鄧小平氏の改革開放政策のエキスである「発展是硬道理」(発展こそが正道である)は花開いたといえる。

 しかしながら、このところ鄧小平氏にとって想定外の事態が出現あるいは進展しつつある。

<目指すは和諧社会>
 緑色GDP」という言葉が、最近紙面によく登場するようになった。成長至上主義の反省が込められている。緑色GDPとは、既存GDP-(経済拡大に伴う①自然災害②環境汚染③資源浪費④その他)となるようだ。経済成長の過程で生じたバブル面を取り除こうとする作業にほかならない。人に喩えれば、贅肉をとるためのダイエットと思うと分かりやすいかもしれない。中国経済は肥満になっているということである。 「緑色GDP」の算出は困難が伴なうが、中国各地で試算が試みられている。
 中国経済の贅肉はいろいろあるが、例えば、資源・エネルギー問題、環境問題などだ。2006年に報告された「中国緑色国民経済核算研究報告2004」によると、環境汚染による経済損失は5118億元(同年のGDPの3.05%)、さらに、環境保全関係で2874億元(同1.8%)が費やされたという。これら成長に伴う「マイナス面」が先鋭化しつつあり、これへの対応が急務となっている。今、「節約型社会」や「循環型経済」の建設が希求されているが、鄧小平氏が提唱した「発展是硬道理」だけでは収まらない環境が出現しているわけである。

 鄧小平氏は「先富論」も説いた。「先に豊かになれる人から豊かになれ」ということだが、確かに豊かになった層は増えた。が、都市と農村、沿海地区と内陸部、都市内部間格差が拡大している。人民内部に不平等感が生まれており、現政権は、「新農村」建設や「以人為本」(人民が主役、生活優先、ヒューマニズム)を標榜し格差是正を政策の重点としている。「先富論」が通用する時代ではなくなっているということであろう。目指すは「和諧社会」(各地域・階層で調和のとれた社会)だ。

<M&A、奨励か規制>
 外資についてはどうか。中国は「世界の工場」になったが、そこで主たる製品を製造しているのは外資系企業である。最近では、外資による中国企業のM&Aが急増しており、「世界の工場」の経営が外資に乗っ取られかねないと懸念されているほどだ。例えば、米国のCarlyle(カーライル)社による中国建設機械大手の中国徐工機械(上場企業)のM&Aのケースが好例だ。2005年10月カーライル社が中国徐工機械の85%の株式(3.75億ドル)を取得すると宣言、徐工機械が中国を代表する企業であったことなどから、このM&Aの是非(国家経済の安全を損なうなど)が世論を交えて展開され、結局両社は合弁企業(カーライル社が50%の株式保有)を設立することとし、2006年11月商務部の批准が下りたケース(最終的にはカーライル社の株式保有は45%となったとされる)。

 実際、このカーライル社によるM&A騒動をきっかけとして、2006年9月には「関于外国投資者併購境内企業的規定」(外国投資者による国内企業のM&A<合併・買収>に関する規定)が施行され、戦略的企業・ケース(重点企業、中国経済の安全に影響を与える又はその恐れがあるケース、著名商標あるいは老舗企業の実質的支配権の移転を伴うケース)の外資によるM&Aには商務部への申請が義務づけられた。鄧小平氏の「大胆に外資を導入せよ」一点張りでは済まない事態が進行しており、政府が介入しなければならないほど中国における外資系企業のプレゼンスが向上しているということである。

 さらに、企業所得税の2免3減措置(利益を計上してから2年間は所得税免除、3年間は半減すること)など外資系企業が享受していた優遇措置も見直される状況だ。

<想定外への対応>
 鄧小平氏の想定外の中で最大なのが、「走出去」(中国企業の海外展開)が国家戦略となったことであろう。人民元高が進む中、「走出去」は急増する威勢にある。2006年、中国の対外投資は前年比31.6%増の161.3億ドルで、世界第13位の対外投資国(世界全体の0.5%)となっている。額にして直接投資受入額(実行ベース)の4分の1強に相当しているが、2011年には2006年の直接投資受入れ額に相当する600億ドルに達するとの見方(ドイツ銀行研究報告、中国経済時報1月16日)もあるほどだ。分野も飲食関係、加工業、販売ネットワーク、運輸・物流、資源開発、製造業、R&Dなど多岐に及んでおり、資源確保、事業拡張(基礎材料、電信など)、ブランド・技術の確保などを目的に「走出去」が展開している。

 世界大手企業が売りに出されると、買い手として中国企業の名前が取りざたされるなど、中国には世界的企業に名を連ねようとしている企業が出てきている。最近の例では、経営難のダイムラー・クライスラー社のM&A(同社はM&Aを否定)に上海自動車や奇瑞が名乗りを上げたと報じられた。鄧小平氏は中国企業の海外展開を夢見たかもしれないが、それが現実になると思っただろうか。

 成長の過程で発生している環境問題や海外資源の買いあさりなど、「中国脅威論」が内外で議論を呼んでいる。これに対し、中国は「和平崛起」(中国の成長は世界経済の発展に益するとの見解)を唱えている。今や中国の問題は世界の問題となったといってよい。

 さて、現政権は「科学発展観」を打ち出した。これこそ鄧小平氏の「発展是硬道理」を受け継ぐ国家的指針であるが、改革開放を生んだ巨人の想定外の事態への決定打かとなるか、気になるところである。

   我不管你們搞的什麼主義、現在就很好。你説這是社会主義、那就社会主義好、你説這是資本主義、那就資本主義好(私は皆さんがやっている主義が何であれ今がよければかまわない。社会主義でも資本主義でもどちらでもよい)といっている(1992年1月、広東省順徳市で農民を前にした発言)


    
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