北京NOW (B)    
  第28号 2009.07.07発行 by 江原 規由
    <M&Aで世界の工場から資本輸出国へ> <目次>へ戻る
 商務部は、最近、以下の外資系企業の中国経済における貢献(2008年)を発表した。中国経済にあって、外資系企業の果たしてきた貢献の大きさがわかるが、これらの数字は直接貢献であり、波及効果を含めるとこれらの数字をはるかに上回る貢献をしているといってよいであろう。

外資系企業(外商投資企業)の中国経済への貢献度
 
  全国企業総数の3%
  工業生産額の29.7%
  納税額の21%
  直接雇用数:4500万人
   
  2009年4月時点の外資系企業数:66.6万社
  2009年4月時点のFDI(実行ベース):8,830.8億ドル



 その対中直接投資(FDI)が、昨年10月以来8カ月連続して前年同月比を下回っている。商務部によると、今年1~5月期では、直接投資(実行ベース)、新規設立外資系企業は前年同期比でそれぞれ20.4%減、33.8%減で、5月単月では、外資導入額は前年同月比17.8%減となっている。


 こうしたFDIの前年同期比割れを昨今の金融危機の影響が大きいとし、中国は比較的にまだ投資先国としての魅力は失せていないと分析する識者が少なくない。ただ、改革開放下での中国経済の高成長に大きく貢献した対中直接投資の伸び悩みは、中国経済の先行きに黄信号が点滅しているといえる。

 対中直接投資とは反対に、中国企業の対外直接投資は増勢化傾向にある。今年6月、こうした傾向を象徴する出来事があった。


<歴史的転換> 
 今年6月、騰中重工が米連邦破産法11条(日本の会社更生法に相当)を申請し経営再建を目指している米GE社傘下の自動車ブランド「Hummer」(ハマー)を買収(買収額1~5億ドルと推定)すると発表、さらに、中鋁公司が、「世紀のビジネス」といわれ成立寸前だった豪州のRIO TINTO社のM&A(転換社債の引受け、鉄鉱石鉱山への出資など195億ドル)を断念した。この時を同じくして起こった中国企業によるM&A劇は、連日、中国のマスコミを賑わせた。

騰中重工(大型機械設備製造業):特殊車両、道路・橋梁材料、建設機械石油化学設備等
中鋁公司(中国非鉄大手):中国アルミ社、通称はチャイナルコ

 こうした中国企業による海外展開は、中国では「走出去」といわれ、1999年から国家戦略として積極推進されてきている。その「走出去」(注とするか)の代表は海外直接投資だが、今年は、中国の海外直接投資が対内直接投資を上回ることが確実な情勢となった。

走出去: 走出去:対外直接投資、海外上場、海外工事請負、労務輸出、海外市場開発(中国地場・伝統製品の対外輸出)などを指す。文末の「走出去の10大モデル」を参照

 例えば、スタンダードチャータード銀行によれば、中国の2009年の対内直接投資は800~1000億ドル、対外直接投資は1500億ドル~1800億ドルと予想しており、対外は対内直接投資を大きく上回る。

中国の対外直接投資の推移
(単位:億㌦/2009年の数字は予測の中間値)
 中国の対外直接投資の推移のグラフ

 1978年の改革開放政策下で、外資導入を打ち出の小槌として成長路線を走ってきた中国経済は、30余年にして対内が対外直接投資を上回るという歴史的転換を遂げたといえよう。今年、中国は、「世界の工場」から「世界の資本輸出国」へと変身を遂げる節目の年を迎えようとしている。

中国の対外金融資産(2008年、国家外貨管理局発表):
   ○対外金融資産:2.9兆ドル(前年末比23%増)
    対外直接投資:1,694億ドル(6%増)
    証券投資:2,519億ドル(9%増)
    その他投資:5,328億ドル(18%増)
    準備資産:1.97兆ドル(67%増)
○対外金融負債:1.4兆ドル(前年末比17%増)
    対外直接投資:8,763億ドル(63%増)
    証券投資:1,612億ドル(11%増)
    その他投資:3,637億ドル(18%増)
     ○対外金融純資産:1.5兆ドル


<世界の資本輸出国へ>
その変身への立役者はM&Aだ。中国の対外直接投資の30%から40%がM&A方式によるとされており、近年、M&A関連法規の制定やM&A資金の貸付を制度化するなど国家によるM&A環境の整備が急ピッチで進められており、M&A方式が対外直接投資の主役に躍り出つつあるからだ。

2009年制定されたM&A関連法規
2008年12月「商業銀行M&Aローンリスク管理指引」
(国内企業間でのM&Aへの融資が中心だが、2009年3月27日に中国銀行等国内4
銀行が中国アルミに対し約210億ドルの融資を決定、Rio Tinto社のM&A資金に
流用の予定であった)
5月「境外(海外)投資管理弁法」実施(中国企業の海外進出を政策支援)
(中国側投資額1000万ドル以上1億ドル以下の対外投資案件については省級商務
主管部門の認可とするなど権限の委譲、認可手続きの簡素化など)
5月「大陸企業の対台湾投資に関する管理規則」を制定したと発表
(中国企業の対台湾投資が積極化し台湾企業に対するM&Aもありうる)
6月「関于境内企業境外放款外貨管理有関問題的通知」を8月1日に実施と公示
(海外投資にかかる貸付制限の軽減、手続き簡素化など)

 同時に、金融危機下でM&Aコストが下がっていること、かつ、英国、イタリア、ドイツ、フランスなど中国企業の進出を歓迎する国が増えているなど、M&A方式での海外展開を、「今がチャンス」とみる中国企業は少なくない。

 今年11月には、中国で対外投資だけを内容とする展示・商談会としては初となる「第1回中国対外投資協力商談会」が北京で開催されるが、こうした企画も企業の「チャンス心理」を増幅することになろう。

<最近のM&A方式を中心とする中国企業の海外展開の特徴と課題>
  ただ、対外M&Aの「機が熟した」かというと、「否」となるケースも少なくない。代表的ケースでは、冒頭の中国アルミ社のケース、さらに、2005年、中国海洋石油有限公司による米石油企業Unocal社のM&A(185億ドル)の破綻例(中国企業によるM&Aとしてはいずれも当時最高額)などが指摘できるが、未成立や難産なケースは資源分野での大型M&Aに目立つ。

 下表は、今年上半期の中国企業の主たる海外展開(M&A)を整理したものである。鉱物、石油、天然ガスなど資源分野、国・地域別では豪州に、中国企業によるM&Aが集中していることが分かる。中国は世界有数の資源輸入国である。国際的資源価格の高騰、そして金融危機による海外資源関連企業の資産価値の下落といった環境下で、例えば、世界第3位の鉱業大手のRio Tinto のM&Aは中国アルミにとって一石二鳥の効果があるわけだ。

2009年上半期の中国企業による海外M&Aの主要事例(未成立を含む)
形態 中国企業 外国企業 分野等
株式取得(19.9%) 6月 広東省広晟資産経営(有) 豪パンオースト 鉱業
100%株式取得 6月 シノペック アダック石油(スイス 石油
株式取得 6月 鞍鋼集団 豪Gindalbie 鉱業
条件付交渉開始 6月 北京自動車 GM傘下のOPEL 自動車製造
株式取得(45.51%) 6月 ペトロチャイナ シンガポール石油 石油・天然ガス
株式取得(一部) 6月 蘇寧電気 ラオックス(日) 家電販売
株式取得(4億ドル) 6月 武鋼集団 ブラジルMMX社傘下のSudeste等 鉱業
株式取得など 6月 武漢鋼鉄(集団)公司 Consolidated Thompson(カナダ 鉱業
買収(契約) 5月 卓霊科技(有) HENSEL(徳) EIB技術
買収(資産100%) 5月 中国五鉱 OZ minerals Limited(豪) 鉱業
買収(公表) 5月 吉恩業(ニッケル) Metallica Minerals Ltd 鉱業
株式取得(10%) 4月 SinoCanada集団参加企業 Total Canada社(仏企業全額出資)のオイルサンドプロジェクト 鉱業
買収 3月 吉利集団 DSI(豪自動変速機企業) 自動車部品
買収 3月 傑克集団 PFAFF industrie Maschinen AG(PIM、独) ミシンメーカー
転換社債引受け、資本参加(195億㌦) 2月 中国鋁(アルミ)業 Rio Tinto(豪) 鉱業
中国最大の有色金属企業 6月5日断念
株式取得 2月 湖南南菱集団 Fortescue Metals (豪) 鉱業
買収(19.99億ドル) 1月 シノペック Tanganyika Oil(カナダ 石油


 「世紀のビジネス」とまでいわれた中国アルミ社のM&A劇はなぜ終幕を迎えられなかったか。最大の原因は、国際資源価格の不安定さ、そして豪政府の危機感であり、株主の利益維持への執念、国民の民族意識の覚醒などが背景にあったようだ。

 中国アルミ社がRio Tinto社に195億ドルを注入しようとした2月、鉄鉱石の国際価格は最低ラインを徘徊しており、Rio Tinto社では債務(400億ドル)の取り扱いに苦慮していたという。この時、中国アルミ社は「白馬の騎士」となるはずであったが、その後、国際価格が上昇し資金繰りに余裕の見えたRio Tinto社は、「白馬の騎士」のプロポーズを蹴って、現在、一度は提携を考え断念していた英豪BHP Billiton社との「縁り」を戻す選択をしたわけだ。

 鉱物資源は豪州にとって戦略物資であるだけに、このままでは、中国企業にその価格がコントロールされ国家産業安全が脅かされかねない、中国アルミは中国政府の手先となって豪企業を買収しているのではないか、などといった危機意識があったようだ。英豪BHP Billiton社との「復縁話」で株主や国民がどこまで納得するかは別として、中国アルミ社は、4年前の2005年の中国海洋石油による米石油大手のUnocal社のM&A失敗の轍(1850億ドル、国家安全に関わるとの米国議会による反対)を踏んだことになる。現在、中国鋼鉄協会は、Rio Tinto社と英豪BHP Billiton社の提携には、独禁法に抵触するとして「異議あり」の姿勢だが、仮に、中国アルミ社によるM&Aが成立していたとすれば、立場は逆転していたはずだ。

 余談だが、2008年2月に中国アルミ社は米国のアルミ関連企業(Alcoa社)と共同して、Rio Tinto社の英国上場企業であるRio Tinto plc社の株式12%(140.5億ドル)の取得に成功している。その結果、同年11月、英豪BHP Billiton社はRio Tinto社のM&Aからの撤退を表明した。今回、中国アルミ社は、舞台を豪州に移して2匹目のドジョウを狙ったわけだが、世界の大手企業をM&Aするには、米国など世界の同業者と組むのがよいとの英国での経験を生かせなかったわけだ。

<「蛇呑象」のM&A>
 製造業ではどうか。冒頭の騰中重工によるGM HummerブランドのM&Aは、「蛇呑象」(蛇が象を呑む)と形容されている。この3語は、2004年にレノボ社がIBMのパソコン部門をM&Aした折にもしきりとマスコミを賑わせており、中国企業による世界的大企業のM&Aの形容語としてすっかり定着している。Hummerは中国語で「悍馬」と表記される。今回の買収は「蛇呑象」でなく、むしろ「蛇呑馬」としたほうが適切かもしれない。

 騰中重工は、四川省の民営企業で、今回のM&Aの一件がマスコミに報じられるまではほとんど目立たない存在であった。GM HummerブランドのM&Aを快挙とする声がある一方で、買収資金をどう工面するのか、裏で誰かが糸を引いているのではないか、果ては、M&Aを語った騰中重工の売名行為ではないか(省エネ、環境保護の時代に燃費の悪い売れない車のブランドを買収する意味のなさなどが憶測の背景にある)など、話題性にはこと欠かない。

 何より、中国自動車最大手の上海自動車が2006年に株式の過半を取得しその傘下に収めた韓国第5位の自動車メーカーの双龍社との関係が破綻状況(上海自動車がリストラを条件に資金提供するといた提案に双龍の労働組合が反発、かつ双龍社が破産手続きを裁判所に申請した一件)に陥っていた時であっただけに、各階各層の賛否両論の気勢が上がったというわけだ。

 同社のトップによれば、「オフロード車の分野に業務拡大するのが長年来の経営戦略であり、Hummerブランドの買収は千載一遇のチャンス」としているが、モルガン・スタンレーなど世界のファンドマネーが動いているとの憶測がマスコミには根強い。

 ことの真偽のほどはともかく、今後、世界の投資ファンド、金融機関、大手企業などと連携した中国企業の海外展開が増えることはまず間違いないと見てよいであろう。昨今の人民元高や金融危機を「奇貨」として、中国企業の海外展開を説く識者は増えつつある。



<経済国際化の最前線> 
 中国企業によるM&Aの背景には、有名ブランド、海外資源、海外市場、生産技術の確保や関税障壁の回避などが指摘できるが、「出る釘は打たれる」で、挫折例は少なくない。これには、中国企業の経験不足や人材不足、国によっては中国企業にM&Aされることへのアレルギーの存在などが指摘されているが、何より、被M&A企業先国・地域の関連法規、国民感情そして労使関係など研究・配慮がこと欠けないとの意識が官民で高まってきているのも事実だ。

 中国は1978年以来、改革開放政策の下、高成長路線をひた走ってきたわけであるが、中国経済の国際化が進む中、中国企業のM&A方式による海外展開は、その最前線に踊り出つつある。

 資本輸出国として定着するまでの道のりは平坦ではないものの、中国は外資を自国に引き寄せる「求心力」発揮の時代から、M&Aを通じて中国企業の海外展開を後押して世界経済に打って出るといった「遠心力」発揮の時代を迎えつつあるといえよう。



参考:走出去の10大モデル
海外に生産基地を建設し、自己のブランドを展開する。 
  代表企業:ハイアールなど
企業買収により、そのブランドで世界展開し、かつ販売網、人材を獲得し自己企業(ブランド)の知名度を確立する。「借船出海」と称される。
  代表企業:レノボなど
研究開発重視で途上国市場向け、先進国市場向け製品開発をし国際展開する。国際市場での販売額は50%以上。
  代表企業:華為
海外代理店を通じて自己ブランドを展開する。
  代表企業:長虹
主に大型・中型国有企業による海外資源の獲得
  代表企業:ペトロチャイナ、シノペックなど
海外上場
  「借鶏生蛋」と称される。
  代表企業:商務伝媒体集団(Business Media China AG、フランクフルト株式市場上場中国企業第1号)
海外投資企業、海外投資ファンドによる投資
  代表企業:中国投資公司(CIC)、国家開発銀行など
海外有名ブランドと連携しての自社ブランドの海外展開
  代表企業:TCL
中国民営・中小企業製品の海外市場参入
  代表例:温州モデル(温州の労働集約・伝統製品の海外市場参入)
海外工事請負、労務輸出
 






    
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