北京NOW (B)    
  第29号 2010.01.28発行 by 江原 規由
    <遼寧省の五点一線・瀋陽経済圏を行く> <目次>へ戻る
 2009年9月27日、錦州市で「遼寧濱海大道通車儀式」が盛大に開催された。この日、遼寧省沿海部は全長1443km(西の葫蘆島綏中県から東の丹東東港市に至る)が一線に結ばれた。この濱海大道は丹東、営口、盤錦、錦州、葫蘆島の沿海6市を結び、21県区、25港湾、200余の産業パークを貫く。5点1線沿海経済帯の発展にとっての大動脈を形成するといえる。

1.大連から瀋陽へ

写真:5点1線の主軸~瀋大高速道路
5点1線の主軸~瀋大高速道路 

 筆者は2008年3月、「5点1線沿海経済帯」(下記参照)の主軸となる大連から瀋陽への瀋大高速道路(375Km)を走った。大連駐在時代(1993年~1998年)は片側3車線であったが、今や片側4車線の堂々たる高速道路となっていた。

5点1線沿海経済帯開発戦略:遼寧省が渤海と黄海に面している利点を強調した沿海地区の発展戦略で、「沿海大開発」(外資導入の拠点つくりが主)から始まった改革開放政策の「遼寧省版」と位置づけられる。今後の遼寧省の経済発展と対外開放は、省内の沿海「5点」((丹東市の遼寧省丹東産業園区、大連市の大連花園口工業園区、大連市の大連長興島臨港工業区、営口市の遼寧省営口沿海産業基地、錦州市と葫芦島市の遼西錦州湾沿海経済区)の重点地区と「1線」の高速道路が主役となる。遼寧省は、「5点1線」に沿って臨港産業集積帯、資源開発産業帯、観光産業帯などを形成させる計画にある。


 瀋大高速道路は「5点1線」沿海経済帯を支える主軸であると同時に、、東北地区の海と内陸を結ぶ大動脈を形成している。その沿線には「5点1線」沿海経済帯の拠点である大連長興島臨港工業区域と遼寧省(営口)沿海産業基地がある。

 今回、その長興島に寄ることができた。1時間余りで高速道路を下り料金所を過ぎると長興島と原子力発電所と書かれた道路標識が見えてくる。長興島は「5点1線」の拠点であるとともに、近くに原子力発電所もあるなど、話題に富んだ注目すべき場所となっていた。

 
遼寧紅沿河原子力発電所:正式名は遼寧紅沿河原子力発電所(所在地:大連瓦房店市東崗鎮)。中国東北地区で初の原子力発電所。2007年8月から一号機の建設工事に着工。4期まで建設予定。出力はそれぞれ100万キロワット級で、遼寧省の慢性的なエネルギー供給不足を解決すると期待がかかっている。


 筆者が大連に駐在していた1996年、この地を初めて訪問したが、その当時の長興島は実に鄙びていた。当時を振り返ると、

 『「五点一線」と聞くと、1996年大連から北方にある長興島を訪問した時のことが思い出されます。当時、特段の産業もなく人もまばらな長江(揚子江)以北最大の面積をもつ長興島で大連の接点を感じさせてくれたのは、夏の海水浴客を待って静かに波よせる海岸線だけでした。大連からの海水浴客はどのようにここにやって来るのであろうかと思ってしまうほど鄙びていました。昼食に寄った食堂で食べた地鶏の卵の色の鮮やかさと芳しさに感心して売ってくれないかといったところ30個ほどもってきてくれました。値段を聞いて驚きました。5元だったのです。1個2円足らずで地鶏の卵が買えるなんてと思いつつ大連に帰宅しました。
それから10年が経ちました。今年(2007年)5月遼寧省に出張しましたが、長興島は遼寧省が打ち出した「五点一線」の一つの拠点として大いに注目されていました。「五点一線」のため、長興島では既に2000戸住民の立退きが完了し雑貨バース(7万トン級が2バース、5万トン級が1バース)と長興島大道(16.8km)が建設中で、これが完成すれば、長興島は大連の国際海運センターのコンビネーション港として機能することになります。加えて、設備・石化生産基地の建設も進められようとしていました。既に、港湾・生産建設関係で内外企業と10億ドル超の契約が交わされているということでした。人口は今後15年以内に50万人に増える予定で、寒村であった島が大いに開発されようとしているわけです』

(中国経済36景 外文出版社 2007年9月 筆者著)

(1)中国最大の造船基地を目指す~長興島(大連長興島臨港工業区)
 大連市瓦房店市にある長興島は、中国で5番目の面積をもつ。国家戦略となった「5点1線」沿海経済帯の1点(長興島臨港工業区)である。産業形態は大きく異なるものの、地理的に見ると、広州・深圳(大連)と香港島(長興島)との関係に近いといえよう。その発展方向は、

①東北地区における重要な装備製造業・関連産業の集積地
②大連市の衛星都市(10年後人口80万人規模の新興移民都市)
③大連の北東アジア航運中心の重要な構成部分
④将来の日中韓自由貿易区に向けての戦略的準備の推進地、など。

 長興島には、既に大型の内外企業が進出(予定を含む)しており、各種プロジェクト・基地建設を行っている。例えば、外資企業では、韓国STX社造船産業基地建設、シンガポールIMC社の船舶修理・改造構造物プロジェクト、日本の太陽日酸株式会社(日本最大の工業ガスと空気分離設備会社)、中国企業では、中国国際海運コンテナー(集団)有限公司(CIMC)の海洋構造物プロジェクト、大連船舶重工集団の長興島産業基地建設(造船、海洋構造物、船舶修理など)、中国海洋石油有限公司(CNOOC)の海洋構造物プロジェクトなど。2008年3月末時点、大連船舶配套(組立)産業パークには19社が入園済み、また、日本工業パーク、韓国工業パークには45社が入園協議書を締結している(文匯報 2008年4月17日)。

 中国政府とシンガポール政府が蘇州パークに続く第二の政府間の協力プロジェクトして長興島臨港工業区の開発にあたるとしており、同工業区は天津濱海新区、河北省の唐山曹妃甸地区(下記)とともに環渤海経済圏の重要な発展ポイントとして内外の注目を集めている。

唐山曹妃甸:産業集積区で鉄鋼、石化、装備製造、港湾物流を4大主導産業とし、電力、新型建材、海水淡水化、サービス業を4大付帯産業と位置づけている。曹妃甸新区には首都鋼鉄集団の新工場が建設中である。なお、曹妃甸は2004年、中国初の循環経済発展モデル区となった。

 筆者が初めて目にしたころの長興島は大連の海水浴場以外には何ら魅力はなかったように思えたが、今や、大連でも有数のゴルフ場もあり、週末にはゴルフ客で賑わっている。

 90年代初期、薄氏(当時大連市長、現党中央政治局委員・重慶市党書記)が大連は「北方香港」を目指すとして都市開発や内外企業の導入に奔走したが、今日、長興島が「北方香港」になろうとしている。

 長興島から瀋大高速道路に戻り、しばらく走ると営口だ。営口は遼寧省第二の港湾を有し、「瀋陽経済圏」注1の海への出口として期待されている。営口は、瀋陽経済圏にとって、「北東アジアの航運中心(物流・運輸・交通センター)」の大連の役割を目指す。

(2)軽工業から重化学工業都市へ向かう省内第二の港湾都市~営口
 営口市は、かつて塩、紙、煙草そして楽器の生産といった軽工業中心であったが、今や、重化学工業の発展が著しい。軽工業と重工業の比率(生産額)をみると、2000年にはほぼ五分であったのが、2008年はほぼ2:8となっている。今日、7大産業基地(冶金、マグネシウム材料、石化、装備製造、新材料、軽工・紡織、物流)が既に形成されており、鞍山鉄鋼集団公司の鞍鋼鲅魚圏新廠が営口鲅魚圏で操業予定にある。河北省の唐山曹妃甸同様、今後営口は環渤海経済圏で鉄鋼都市としての一面を鮮明に打ち出すことになろう。

 営口を左に折れ、東北の米処であり中国第3の遼河油田の地である盤錦市を抜け北京に通じる高速道路をしばらく行くと、5点1線の最西の1点(遼西・錦州湾沿海経済区域<錦州西海工業区域、葫蘆島・北港工業区>)のある錦州市に至る。

(3)油田と紡織の町
 中国を代表する遼河油田を抱える盤錦では、世界的ななど石油装備製造基地(石油探査掘削装備生産など)、船舶製造、海洋装備製造業生産基地の建設を目指している。2009年11月錦州濱海新区の西海工業区で東北地区初の太陽光発電所が稼働。京瀋(北京-瀋陽)高速道路や京瀋高速鉄道が通じているなど交通の要衝にある。筆者が、大連駐在時代に盤錦を訪問した折、「いつまでも石油生産に頼っているわけにはいかない。自動車関連の産業を興したい」と、当時の常務副市長が熱っぽく語っていたが、今や、盤錦は太陽光発電など新産業を発展させようとしている。

 錦州港といった良港有する錦州は、光伏(光起電力、Photovaltaic)、自動車・部品、精密化工など新支柱産業の育成に取り組んでおり、目下、東北最大の紡織工業基地を目指している。2009年11月、錦州濱海新区西海工業区で東北地区初の太陽光発電が稼働した。2009年8月現在、錦州湾国際空港の前期工事が順調に進んでいる。錦州というところは、一度訪問すると、なぜかまた訪問したくなるような不思議な感じのする街である。郷愁を覚えるところがあるのだろうか。すぐ近くに、遼西錦州湾沿海経済区の拠点である葫芦島市があるが、戦後この地から引き揚げた日本人は少なくない。

写真:丹東から北朝鮮へ通じるブリッジ
5点1線の主軸~瀋大高速道路 
(4)5点1線の東端~可能性を秘めた国境都市丹東、北方桂林の風光明媚な庄河
 遼寧省の濱海大道東端の丹東市の駅前には、白色の毛沢東像が威容を誇っている。瀋陽市の中山広場にも丹東に勝るとも劣らない毛沢東像があるが、その瀋陽と丹東は高速道路で通じており、また東北東部鉄道も通過、空港も有するなど、丹東は遼寧省の交通の要衝の地である。臨港産業パークや大東港区など経済区を6つ抱えているほか、2009年に明代の万里の長城の東端と認定された虎山長城など9つの自然風景区を有している。風光明媚で遼寧省を代表する観光地でもある。2009年1月、東港市との同城化(都市同一化)戦略を打ち出した。両市は良港(東港、丹東港)を有しており、今後、濱海大道を軸として市中心区を港の方向に拡大発展させ、広州、上海同様に臨江(江:鴨緑江)・臨海都市にしたいとの方針である。鴨緑江を隔てた目と鼻の先の距離に北朝鮮の新義州があり鉄橋で結ばれている。北朝鮮に対する中国最大の国境都市である。2009年7月、本鋼丹東ステンレス冷延プロジェクト竣工式が挙行されているが、生産が開始されば、東北地区最大のステンレス冷延生産基地となる。

写真:大連花園口工業園区(2007年5月)
大連花園口工業園区(2007年5月) 
 丹大高速道路を大連方向に行くと、大連花園口工業園区のある庄河市がある。ここは、大連への供水地であり、また家具生産で有名であった。郊外には北の桂林との異名をとる氷峪溝の景勝地がある。将来的に、製造業、電子情報産業、新材料関連産業の発展が期待される。筆者は、丹東から庄河に至る旧道沿いにある学校に寄ったことがあるが、そこでは日本人教師が日本語が教えていた。日本語を学んでいるのは数百人おり、卒業後中国各地に就職しているとのことであった。案内してくれた人が、「大連のみならず、広州にも就職している」と自慢そうにいった姿を今でもよく思い出す。日本に親近感をもつ人が多い地である。

 2009年10月、錦州で遼寧沿海都市経済聯合体(1985年成立)の会議が開催された。大連、丹東、営口、錦州、葫蘆島、盤錦、朝陽の7市で構成されるこの経済聯合体は1985年に成立し 今は、港湾物流、交通運輸、対外開放、生態環境、産業発展等の分会を設立し、7都市間および企業間の協力を推進している。5点1線が国家戦略として推進されることになり、7市の産業聯合体の役目は大きくなったといえる。

 劉政奎政治協商会議委員は、[遼寧省沿海経済ベルト地帯(5点1線)はかつてない発展の機会を迎えた。国家の更なる支持を得られれば、10年以内に日本の阪神工業地帯のように、東北地区の新たな重要な成長ポイントとなり、北東アジア経済の発展を支えることになるであろう](遼寧日報 2008年3月13日)とインタビューに応えているが、「5点1線」戦略の本質を的確に言い得ている。今後、5点1線を抜きに中国東北地区経済は語れないといってよいほど、その行方が注目されているといえよう。

 かつて、瀋大高速道路を通るたびにいつも目を引く風景があった。それは、鞍山製鉄所の煙突から排出される煤煙の鮮やかな色であった。

 『瀋陽の出口まであと1時間ほどのところでいつも目にするのは、鞍山市の鞍山製鉄所の煙突からもくもくと出される橙色や黄色の煙が空を染めている光景だ。鞍山製鉄所は中国を代表する製鉄所であり、重化学工業のメッカである中国東北地区の象徴でもある。近くには、名品「盤錦米」を産出する土地があり、遼河が流れ、大油田(中国第3位の産出量を誇る遼河油田~当時)が存在している。豊饒の大地に上る色煙を見ていると、現代の地球環境問題を象徴しているように思えてならない』(ドライブ イン 中国」(22、23ページ)

鞍山製鉄所:鞍山製鉄所は中国初の大型製鉄企業で、当時中国で自主建設が不可能とされた鉄鋼生産ラインを完成させた。操業当時は中国が必要とする鉄鋼のほとんどを生産していたとされる。1953年にはシームレス管の生産にも成功するなど、当時も今日でも、東北地区のみならず中国を代表する国有企業で、かつては「共和国の工業長子」とされた。2009年6月、鞍山鉄鋼集団は豪州のGindalbie Metals社の筆頭株主(株式の36.28%を取得)となり、海外に生産拠点を構えている。2010年までには、鉄鋼の年生産量で世界10傑入りを果たすとしている。2009年で創業60周年を迎えた。

鞍本集団:2005年に鞍鋼集団(鞍山製鉄所は傘下企業)と本鋼集団とが鞍本集団の看板を上げてから5年が過ぎた。鞍鋼集団が中央国有企業、本鋼集団が地方国有企業ということもあり、幹部管理、人材配置、税収分配などで調整の難しいところもあるようだが、鞍本集団が名実ともに誕生すれば、鋼材生産量で世界第5位の鉄鋼集団となる。国有企業の集積地であった東北地区では、今後こうした行政、地域の垣根を乗り越えた国有企業間での再編は増える情勢にあるが、鞍本集団の今後の進退はその行方を占う試金石といえる。

 今回、夕暮れ時に鞍山製鉄所を遠望したが、色煙は認められなかった。中国の環境保全に対する姿勢の現われかもしれないなと思いつつ、大連から3時間半余りですっかり暗くなった省都瀋陽に入った。

2.瀋陽にて
 「5点1線」上にはないが、その発展戦略の命脈を握っているといえるのが、遼寧省の省都瀋陽である。大連滞在中、瀋陽にはよく足を運んだものだ。今回訪問で、当時筆者が想像した瀋陽の将来像が実現しつつあるのを確認することができた。当時の瀋陽を振り返ると、

 『瀋陽が世界有数の生産基地として世界の脚光を浴びる日はそう遠くないように思われる。既に、中国を代表する重化学工業基地であるほか、周辺都市との産業連関において、瀋陽ほど恵まれているところは世界にほとんど見当たらない。即ち、瀋陽を中心に鞍山(製鉄)、撫順(石炭)、本渓(製鉄、石炭)、遼陽(化繊)、鉄嶺(農業)、盤錦(石油)、そして良港と外資の受入れ拠点である開発区を有する錦州、営口、丹東などの都市とは高速道路で連結される予定であり、瀋陽の産業力は今後一段と向上することになろう。
また、国家・省級の開発区が瀋大高速沿いに建設されており、瀋陽は外資と国内企業の進出拠点として対外と対内に目を向けている。瀋陽から西に行けば北京(直線距離にして660キロ)、南に行けば大連が、そして北には鉱・農業資源と人材の豊富な大地がある。21世紀には、瀋陽は中国東北地区の中心として四方八方へ通じる整備された陸路と海路をもつことになるであろう』
(ドライブ イン 中国 24、26、27ページ)

 当時、筆者の予想した瀋陽の未来像はその多くが実現しつつあるようである。大都市圏の誕生を目指す瀋陽都市圏、そして、5点1線沿海経済帯といった壮大なプロジェクトが発表されており、瀋陽、鞍山、撫順、本渓、遼陽、鉄嶺、盤錦、錦州、営口、丹東はその最前線にある。「高速道路で連結される予定であり、瀋陽の産業力は今後一段と向上することになろう」が実現したわけである。今や、「瀋陽が世界有数の生産基地として世界の脚光を浴びる日はそう遠くないように思われる」が現実になる時が眼前に迫っている。

写真:毛沢東の見つめる瀋陽
毛沢東の見つめる瀋陽
 今回の訪問では、鉄西新区(瀋陽技術開発区)、省政府、そして、瀋陽一の目抜き通りに店を構える伊勢丹等(伊勢丹瀋陽店:2008年2月、瀋陽駅近くの太源街に地下1階、地上7階、総面積3.2万mの規模)などを訪問したが、瀋陽市の発展への意欲、街の活気、そして都市美が想像以上に増していることを実感できた。サービス産業を含め、今後日本からの投資は増加する威勢にあると実感した。

 2008年、陳政高省長は訪日の講演で「瀋陽にどんな大手日本企業が進出しているかを知るには、進出した日本企業をリストアップするより、進出していない日本企業をリストアップしたほうがよい」といわれたが、瀋陽への外資進出が増えて当然といった陳省長の自信のほどが、今回の瀋陽訪問で納得できるような気持ちがした。今後、日本と瀋陽市は新たなビジネス関係を構築できるか大いに楽しみである。

(1)再び、共和国の工業装備部へ
 1978年に改革開放政策が発表される以前、瀋陽は、重化学工業の拠点であった中国東北地区にあって、「共和国装備部」(中華人民共和国の装備製造業部<重化学工業部>)といわれ、中国で最も輝いていた都市の一つであった。改革開放以後、瀋陽は東北現象に苛まれ、大連、天津、上海、深圳など沿海都市の後塵を拝してきた。その瀋陽にとって成長への大きなチャンスとなったのが、現政権による東北振興策(2003年)、李克強遼寧省長(当時、現党中央政治局常務委員)が打ち出した「5点1線」沿海経済帯(2005年)の発表、そして、瀋陽経済圏の登場であった。

 この間、瀋陽市の行政と党務のトップを務めたのが、現遼寧省長の陳政高氏であった。陳氏は1993年の2月から大連市副市長を務め、1998年1月遼寧省副省長、2003年1月瀋陽市長、2005年12月瀋陽市書記を歴任し、2008年1月から遼寧省長になった。

 陳省長は、市長時代から「木桶理論」(樽理論)を提唱している。樽は寄木で出来ているが、高さが不揃いだと水を入れた時一番低い寄木のところでこぼれてそれ以上溜まらない。市政もこれと同じで、最も遅れた分野を底上げしないと、それ以上の結果が期待できない。  
写真:瀋陽市街中心部
瀋陽市街中心部
 陳省長が市長に就任した折、「瀋陽は水不足で土地が少ないことがウイークポイントだ。この問題を解決しないと、瀋陽の環境はよくならない。環境を良くしなければ、瀋陽はいつまでたってもよくならない」として環境対策を優先した。2005年には国家環境保護総局により「国家環境保護モデル都市」に指定され、2006年には国家森林都市として中国瀋陽世界園芸博覧会」が開催され内外の衆目を集めた。樽理論は生かされた。

 陳氏は瀋陽にあること8年に及んでいるが、1988年当時、世界10大汚染都市の一つといわれた瀋陽を中国で最も幸福感が味わえる10大都市の一つに育てた「環境保護対策では大連時代の経験が大いに役立った。都市建設で大連は中国の前面にあった」と述懐している(第一財経日報 2007年12月24日)。

 陳氏は、市長、書記時代、瀋陽の夜を明るくし、市内の道路を拡張し、地下鉄工事を着工し、また、「招商選資」(外資の選別的導入)も積極的に推進し、瀋陽の特色ある都市つくりを推進している。その瀋陽は、今後アニメ産業都市、国内最大規模の航空産業基地を目指すという。これも樽理論の実践ということになろう。

○瀋陽市の地下鉄建設計画
1998年に瀋陽市が発表した「瀋陽市快速軌道線網規画」(国務院に具申し返答を得た規)によると、地下鉄の総延長距離は182.5Km、東西、南北各2線、および環状線1線となっている。停車駅数は124、うち乗換駅が15となっている。2005年11月18日に瀋陽地下鉄一号線第一期工事(22.2Km、西の瀋陽経済技術開発区から東の黎明文化宮まで))が着工、以後、同第一期延線工事、二号線第一期工事を経て、三号線、四号線、五号線の工事を着工する予定。なお、一号線の開通は2010年5月を予定。

○アニメ産業都市を目指す瀋陽
2007年6月、国家新聞出版総署から、瀋陽市動漫(アニメ)産業基地が正式に国家級基地として認定された。同基地は国家ハイテク産業区である瀋陽市渾南新区内に1kmにわたるアニメ地区として建設されている。瀋陽市のアニメ産業は北京、上海、杭州、深圳などに比べ発展が遅れていたが、2007年9月、北東アジアアニメ産業国際フォーラムを開催したり、また、2008年3月にはアニメ作品コンテスト(国内外から600余のアニメ作家・関係者が参加)を主催するなど、アニメ産業の発展に熱心に取り組んでいる。「建動漫之都 創文化名城」(瀋陽にアニメの都を建設し文化都市とならん)を合言葉に、2010年までに瀋陽のアニメ関連企業を160社にしたい意向である。
現在、アニメ産業の育成・発展は、東北地区主要都市が熱心に取り組んでおり、新たな支柱産業に育成しようとしている。東北地区は、近年、文化産業の発展に注力しているが、アニメ産業はその中心的存在といえる。

○国内最大規模の航空産業基地へ
 遼寧省第11次5ヵ年規画(2005年~2010年)によれば、瀋陽航空機工業(集団)有限公司と瀋陽黎明航空エンジン(集団)有限公司などを中心に、ボーイング社、エアーバス社、Bombardier社、Rolls-Royce社、Textron社など世界一流の航空機・エンジン製造メーカーと合弁するなどで関係強化を図り海外の先進技術を吸収し旅客機製造の発展を図るとされる。2020年までには、国内最大規模の航空産業基地の建設を目指す。

(2)陳政高氏の「先見の明」
 陳政高氏のことで印象に残るのは、副省長時代の1998年5月、中国北方航空公司(現中国南方航空公司)の瀋陽―大阪間航空路開設された折、副省長に選出されたばかりの陳氏を瀋陽桃仙空港に見送ったことがあった。陳副省長は、大阪訪問後、東京にで「産権交易」の説明会を開催している。産権交易とは、今でいうM&Aに近い概念といえよう。

 当時、東北地区の各市は国有企業の売却リストを作成しており、外資系企業にも資産の一部ないし全部を売却しつつあった。今日でこそ、例えば、中国の優良企業である瀋陽機床廠(瀋陽工作機械廠)が株式の49%を売却する方針を出したり、M&A方式による企業再編や外資導入は一般的となっているが、当時は関連法規もなく、いわば暗中模索の中で国有企業が売却されるケース(中心は中国企業が買い手)が目立っていた。陳副省長一行は東京で当時中国経済の最前線ともいえる産権交易の現状を紹介している。その成果はともあれ、今日、中国企業が内外でM&Aを積極展開している状況を思うと、陳副省長は日中経済交流に「先見の明」となる問題提起を行ったといえよう
 
 それから5年後の2003年9月、SARSが沈静化された直後であったが、筆者は北京から在中日系企業を中心とする遼寧省視察ミッション(瀋陽、丹東、大連)を率いて瀋陽を訪問した。その折、「日本企業は瀋陽での大きなビジネスチャンスを逃している。もっと積極的に進出してほしい」といわれたのが、今でも印象的である。

 改革開放の市場経済化の波に乗り遅れたとされる瀋陽市の発展は、「樽理論」をあてはめれば、中国経済の発展を底上げすることになる。国家の地域発展戦略である東北振興に内外の目が向く今日、その主要都市である瀋陽への関心はさらに高まるであろう。

(3)瀋陽市の地域・産業発展戦略
 瀋陽市のウイークポイントは市中心地と周辺地区との経済格差にあるとする識者が少なくない。この差を縮め、如何に対外発展していくかが瀋陽の課題といえる。陳氏の言葉を借りると、「瀋陽が珠江デルタ経済圏における広州、長江デルタ経済圏における上海のような役割を担うには、瀋陽はさらに大きく、そして周辺地区の都市化を加速させなければならない。長期にわたった計画経済の束縛により、瀋陽・周辺経済は遅れをとった。~中略~瀋陽発展のカギは周辺部の都市化にある」(第一財経日報 2005年8月22日)となる。その姿勢は瀋陽市第11次5カ年規画(2006年~2010年)の中に生かされている。

 第11次5カ年計画のハイライトは、瀋陽市の発展方向(都市発展4大空間)が示されていることである。それによると、瀋陽市は「東優、西進、南拓、北統」を目指すという。優は優先、進は前進、拓は開拓、統は統一ほどの意味がある。

①大瀋陽構想 :東優、西進、南拓、北統
 東優とは、東に向けては生態環境を突出させることで、それを象徴しているのが、「棋盘山観光生態区」の建設であり、この地で2006年4月30日から世界園芸博覧会(花博)が、2007年には世界文化自然遺産博覧会が開催されている。2004年にユネスコの世界文化遺産に指定された東陵(清朝を興したヌルハチの墳墓)もこの地にある。

 西進とは、先進装備製造業・重化学工業とその裾野産業の集積する新興産業基地となる瀋西工業走廊・装備製造業核心区(大連の「両区一帯」とともに遼寧省を代表する装備製造業の集積拠点)の建設が中心で、かつて、共和国の装備部といわれた「鉄西新区」がここにある。   

瀋陽近海経済区
 瀋陽市は、「瀋陽近海経済区」を広州南沙新区、上海浦東新区、天津濱海新区に続く経済成長の中国第4極に発展させたいとしている。瀋陽中心部から45Km、遼寧省第二の営口港から69Km に位置する。2009年10月、中国東北地区初の保税区となる瀋陽保税物流センターが、この近海経済区で運営を開始した。
○総面積:668Km2:建設用地面積110Km2、5年間で人口50万人、800企業を導入予定
○キーワード:「一廊、両軸、三城」
一廊:   瀋西工業走廊
両軸: ①  快適な生活空間、②蒲河生態景観
三城: ①  70kmの近海工業新都市、②20Kmの近海ビジネス都市、③20Kmのシーサイド生活都市)
○方向:  ① 瀋西工業走廊に立脚し瀋陽市と営口港を拠り所とし遼寧中心都市群の発展に寄与
 ② 環渤海経済圏を射程距離とし、北東アジアを睨み、瀋陽の対外開放の窓口として最も活力に富んだ近海工業基地
 ③ 北方物流拠点
 ④ 住みやすいシーサイド生活空間の提供
 ⑤ ビジネス機会に富んだ魅力ある経済区

 南拓とは、瀋陽市の南を流れる渾河を越えて新市区、ハイテク区、物流区を建設することであり、4大空間のうち最大面積をもつ。将来的には、瀋陽の魅力ある新市街地として、2020年までに人口は250万~300万になるとされる。ここには渾南ハイテク開発区もあり、さらに国家級の動漫(アニメ)産業基地が建設されている。

 北統とは、農業の深加工(高付加価値加工)を主とする高効率都市型農業を発展させる地域で、市中心部との統一発展を図ることになる。ここには国務院が中国第4の「新区」(そのほかは、上海浦東新区、天津濱海新区、河南省鄭州市鄭東新区)として承認した「瀋北新区」がある。陳氏は、同新区の使命は「瀋陽の全面振興を牽引し、鉄嶺市(中国を代表する食糧生産基地、農産品生産加工基地、石炭火力発電都市と称される遼寧省最北部の都市)などと経済連携を強化し、瀋陽を東北地区中心都市間の架け橋にすることにある」としている。「瀋北新区」からは①鉄嶺市へ通じる瀋鉄工業走廊が、また、②瀋西工業走廊に通じる「工業走廊」が形成される。さらに、「瀋北新区」は大連からハルビンまでの東北地区縦断産業大動脈(哈大<ハルビンー大連)工業走廊)の一角を担うことになる。

②全国のモデルとなるか、瀋陽市と撫順市の同城(都市)化構想
 2007年1月、李克強省委書記(当時)がこの構想を提起した。5点1線沿海経済帯の建設過程で、強大な中心都市を作り、沿海経済の発展を支え内陸経済の発展を牽引するための構想である。この同城化は深圳と香港がすでに打ち出しており、吉林省では長春市と吉林市、山西省では太原市と楡次市、河南省では鄭州市と開封市、陕西省では、西安市と咸陽市などが電子情報通話、金融決済、都市間交通建設の分野などで同城化を進めている。

 瀋陽市と撫順市はいずれも100万超の巨大都市で、重化学工業基地であるなど、同都市化による補完性のメリットは少なくない。また、瀋陽は清朝初期の頃の都であり、撫順はその清朝を建てた満州族の発祥地であり世界文化遺産の「一宮三陵」が両地にあるなどの共通性も有している。

瀋陽市:自動車、装備製造業など。
撫順市:原材料工業(石化、冶金)、エネルギー工業など。

 同城化は行政区画の統一を意味しない。ただ、将来的には、共同発展の必要から国家の批准が得られれば、その可能性はある。当面は、経済管理体制、運行メカニズムの統一が中心で、産業、情報、交通、市場、公共サービスなどの一体化を通じ、資源および発展成果の共有、経済社会発展のために融合する新型経済聯合体と位置づけられる。

 いずれの都市が各事業で主導権を握るか、財政税制の分担、経済発展の成果をどう両市にわけるか、など同城化には難しい面もあるが、5点1線沿海経済帯開発を支え、特に、瀋陽都市圏(今後予定されている瀋陽、撫順、本渓、鉄嶺、遼陽、鞍山、営口、阜新の8都市の一体化構想)の先駆け的意義をもつ。また、東優西進南拓北統の実質的進展を測る尺度いう側面もあるなど、両市の同城化は、両市だけでなく遼寧省の発展に関わっている。また、東北振興の行方を展望する上でも試金石的大事業といえる。

(4)鉄西新区にて
 東北地区の中心都市である瀋陽は「東北現象」を濃厚に抱えていたが、その瀋陽の縮図とされたのが東方のルール地区(ライン川とルール川下流域に広がる、ドイツ屈指の重工業地帯)といわれた鉄西地区であった。当時、「東北を見るなら遼寧省を、遼寧省を見るなら瀋陽を。瀋陽を見るなら鉄西を見ればよい」といわれた中国重化学工業集積地の縮図であった鉄西地区(共和国の工業装備部)は、今、鉄西新区として大きく衣替えしつつある。

 筆者は、2008年3月この鉄西新区を訪問した。

 2002年に鉄西区と瀋陽経済技術開発区が合併、区内では「東搬西建」(東方移転、西方建設)政策を実行、移転前と移転後の土地価格差を利用するなどして5年間に214社が主に瀋陽経済技術開発区に移転している。

 鉄西新区は、「東優、西進、南拓、北統」の瀋陽地域発展方向の「西進」にあたる。鉄西新区は2002年に鉄西区と国家級の瀋陽経済技術開発区が連携した時に始まり、2007年に細河経済区と合併し現在の鉄西新区に至っている。鉄西新区は、鉄西区、輸出加工区、瀋陽経済技術開発区、化学工業園、冶金工業園の5つのブロックから構成されており、2007年、国家から、「鉄西老工業基地調整改造および装備製造業発展モデル区」の称号を得た。その目指すところは、国際競争力のある世界の装備製造業(重化学工業)基地の建設にある。

 鉄西新区には、中国を代表する装備製造メーカーである瀋陽機床、北方重工集団、瀋鼓集団、特変電工、三一重厚のほか、遠大集団、華晨汽車(自動車)、上汽集団、MICHELIN、ALCATEL、BMW、SIEMENS、BASF、コカコーラ、日本の松下電器、三井物産、伊藤忠商事、ブリジストン、韓国の三星電機、現代自動車など蒼蒼たる内外企業が投資している。

 鉄西新区は、瀋陽経済圏の核心地域での重化学工業の集積地となる「瀋西工業走廊」(東西50km、南北17km、規画面積860km2)の最東部にある。瀋西工業走廊は「近海工業区」を通り「5点1線」の一点を形成する港湾都市営口に至る。瀋西工業走廊を貫き営口に通じる道路が出海通道であるが、鉄西新区で作られた製品はこの道路をとおり海路で内外へと運ばれる。

 鉄西新区は瀋陽の発展に大きく関わっていると同時に、正に、国家地域発展戦略である東北振興策の最前線基地でもある。かつて、共和国の工業装備といわれ重化学工業製品を中国各地に送り出した鉄西区は、再び「共和国の工業装備部」として、世界に装備製造製品を中心とする工業製品を発信しつつある。

 こうした瀋陽市の発展構想、大胆なプロジェクトは中国の持続的高成長を前提としている。今後の世界経済の情況、中国経済を取り巻く環境の変化に大きく影響されよう。樽理論を遼寧省の発展に適用していくのか、陳政高省長の手腕に期待がかかっている。


注1 瀋陽経済圏(遼寧中部都市群経済区)発展戦略
 巨大都市化する瀋陽を核に、その周辺都市である撫順、本渓、鞍山、遼陽、鉄嶺、営口の7都市の機能、産業構造を連関させて相互発展させるという戦略で、ここでは唯一の沿海都市である営口の役割が特に注目される。遼寧省には、「5点1線」上に丹東(東港)、大連(長興島を含む)、営口、錦州などに多くの良港があるが、瀋陽経済圏にある営口は、中国を代表する鞍山製鉄所の新工場の建設地であることや瀋陽近海経済区の中心都市であることなどから、今後、瀋陽経済圏の行方を握っているといえる。
 改革開放政策における地域発展戦略でいえば、沿海と内陸が舞台である第三弾の「東北振興」、そして、第四弾の「中部崛起」に相当しよう。その発展の青写真の概要は以下のとおりである。なお、近海経済区で、2009年10月、東北地区初の内陸保税区として瀋陽保税物流センターが封鎖され業務を開始した。綏芬河総合保税区とともに、東北地区の保税物流と保税加工業の発展が促進されると期待されている。


瀋陽経済圏(遼寧中部都市群経済区)発展戦略図
地域発展構想 産業発展構想
瀋陽経済圏に世界的装備製造業基地、技術R&D・創新基地を配置、商業、貿易、金融、物流、科学、文教、サービス、ハイテクセンターを建設。その配置は、「一核、四帯、六群」と称される。
瀋陽巨大都市化(瀋陽)
瀋撫本鉄大都市区(瀋陽、撫順、本渓、鉄嶺)
鞍遼都市区(鞍山、遼陽)
営口都市区(営口)
一核 四帯(五帯) 六群(十郡)
瀋陽(巨大都市) 1) 通海産業大道経済帯 1) 装備製造業産業集群(瀋陽、鞍山、遼陽、営口)
瀋西工業走廊 2) 石油加工産業集群(撫順、遼陽、瀋陽、鞍山、本渓、鉄嶺)  
瀋陽近海経済区 3) 鉄鋼工業産業集群(鞍山、本渓、営口、撫順)
瀋遼工業走廊 4) 新材料産業集群(瀋陽、鞍山、本渓、撫順、遼陽、営口)
鞍海経済帯 5) ハイテク産業集群
営口沿海産業基地 6) 製薬産業集群
2) 瀋鉄(瀋陽・鉄嶺)工業経済帯
3) 瀋本(瀋陽・本渓)工業経済帯
4) 瀋撫(瀋陽・撫順)産業経済帯
世界級の先進装備製造業研究開発基地 瀋撫、瀋本、瀋鉄、瀋遼鞍営、瀋阜の都市際連携 10大主要産業の突出化(瀋西先進装備製造、瀋陽南電子情報、瀋陽航空機製造、鞍山達道湾鉄鋼深加工、営口仙人島石化、遼陽アルキル・化繊原料、撫順新型材料、本渓バイオ製薬、鉄嶺専用車改装、阜新彰武林産品加工)
地域ビジネス・物流・金融センター インフラ、生態環境、産業発展建設の加速化
科学技術・文教サービスセンター 社会サービス機能の充実
ハイテク産業センター いくつかの経済区の建設
東北アジアでの瀋陽の国際中心都市化」 瀋撫の同一化、8都市の一体化

    
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