第00号 2004.3.31発行 by 矢吹 晋
    2004年春のキーワード <目次>へ戻る
 親民
 今北京では、全国人民代表大会(これは日本の国会に当たる機構ですけれども)が開かれております。温家宝さんが首相になったのはちょうど1年前のことです。共産党総書記の胡錦濤さん自身はそれより半年前、すなわち02年秋第16回党大会で選ばれており、胡錦濤、温家宝執行部ができて1年目ということです。

新華社(http://news3.xinhuanet.com/newscenter/2004-01/22/content_1286422.htm)

新華社(http://news3.xinhuanet.com/photo/2004-01/22/content_1286727.htm)
 温家宝の報告、これは3月5日に行われました。約1時間の演説中、拍手の回数が14回あった。これは朱鎔基よりも3回多い。前任の朱鎔基総理は非常に立派な指導者でした。つまり、今日の中国経済があるのは彼のおかげだと言ってもいいすぎではないほどです。そういう意味で私は朱鎔基の采配を非常に高く評価しています。しかし、彼は蛮勇を振るって、かなり強引な舵取りをやったので、敵も相当多かった。その流れを引き継いだ胡錦濤、温家宝執行部路は非常にソフトなスタンスをとっている。「親民」路線が1つのキーワードです。画像で写真をご紹介しましょう。 
 胡錦濤氏は大晦日に北京市の近く、張家口の貧しい農民の家庭を訪ねて一緒に餃子を作っています。この写真は指導部が貧しい人たちの生活に関心を持っていることを非常に象徴的に示そうとしています。もちろん「やらせ」にすぎないではないか、と悪口を言ったって構わない。ただし、こういうことを前任者の江沢民氏はやったことはないですね。このあたり、胡錦濤という男はなかなか賢いと思います。
 温家宝氏も同じです。やはり大晦日に貧しい家庭を訪ねている。河南省新郷県七里営という名前を聞くと、古い世代の人は1958年に最初の人民公社ができたところだとわかる。これは昔黄河の流れた跡で、非常に地味が悪くて貧しい。そういう貧困地区を訪ねて、ちゃんと飯を食っているかということで見舞っている。
 このところインターネット世論調査とか、インターネット民族主義(愛国主義)とか、インターネットに現れる意見、いわゆる世論が政治にさまざまな影響を与えるようになりました。こうしてインターネットは「諸刃の剣」になっています。
 例えばある「全国人民代表」の話ですが、46歳の周洪宇という人物が、議員として初めて、個人のホームページ(個人網站)を開いて、政策に対する自分の主張を提起しています。このホームページにいろいろなメールを書いてもらって、バーチャルなフォーラム(虚擬的広場)で政治を論ずる。そういう「全国人民代表」が現れた。日本の国会議員はみんなやっていることでしょうけれども、中国の議員というのは必ずしも本当に選挙で選ばれるということよりは、共産党があらかじめ示した候補の中から選ばれる形であり、この意味では政治の民主化の課題は大きい。そういう「ゴムスタンプ議員」、「挙手議員」と揶揄されてきた議員の中でも前向きな人たちはこういう試みをやって、「庶民の意見を聞く」ことに努めているという話であります。

 平和的崛起
 次は台湾の話です。これまで中国の人たちは、台湾問題が最も重要である、これがどう転ぶかわからない問題だという言い方をしておりました。今でも表向きは「独立は許さない」と声高に主張し、わいわいマスコミでは騒いでいますけれども、ちゃんとよく物を見ている人は、「台湾はもはや問題ではない」、むしろ「資源摩擦の方が重要だ」、それを深く研究しようと言っています。誰が言っているかというと、中央党校の副校長の李君如という理論家です。「台湾よりは資源がより重要だ」という考え方と絡んでくるのは国際情勢認識です。次の言葉、すなわち「平和的崛起」にご注目ください。日本語で言えば「平和的な勃興」で、これが今中国のキーワードになっている。と言いますのは、中国はWTOにも入って、国際政治的にも、東アジアの地域的レベルでも、たとえば北朝鮮の核兵器をめぐる6カ国協議のホスト役をやるとか、いろいろな形で全方位平和外交を展開しています。しかし、それでも中国のプレゼンスが国際政治の場で大きくなってきたことについて世界的な摩擦がある。それに対して、中国は平和的に勃興する1つのモデルを作ろう、そういう線で国際政治上のスタンスを考えようという話であります。
 第1次大戦後のドイツ、第2次大戦後のドイツと日本、あるいはソ連、こういう国が勃興したときには必ず国際的な摩擦を生んだ。今、中国についても一部で摩擦的傾向が見られる。そこから中国脅威論も出てきている。それをなくすためには、平和的に発展できる可能性を積極的に論証し、それに見合った外交政策を展開しようという非常に大きな戦略であります。
 誰が初めに提起したかというと、鄭必堅という理論家です。非常に有名な人物でもともとは胡耀邦の政治秘書を務めていた。胡耀邦のいろいろな演説の文章を書いた祐筆です。その後、江沢民時代にも引き続いて活躍し、例の「三つの代表」を最初に書いたのも彼です。
 平和的勃興論は、彼が昨年の暮れに海南省のボーアオ・フォーラムで言い出したものです。これから中国の大きな国際戦略は、この線で議論が進むものと予想されます。


<目次>へ戻る