第09号 2005.3.3発行 by 矢吹 晋
    朱鎔基の慨嘆
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  朱鎔基についての旧聞である。朱鎔基は2003年春の引退後、きっぱりと引退生活に入った。その直前、すなわち2月20日に声涙ともに下る大演説があり、それについて4日後に「自己批判」(自我検討)を発表した事件である。
 「自己批判」云々の風聞は当時もあったが、何についてのものか、どのような内容かが2年後にようやくリークされた。一読して、いかにも朱鎔基らしい発言である。このような率直な発言はニセモノをつくろうとして、できるものではない。
 2002年2月20日、国務院は第4次廉政工作会議を開いた。「廉政」とは清潔な、クリーン政治である。中国社会には「両袖清風」の4文字がある。袖のなかはすがすがしい風ばかりという意味だ。役人の袖はワイロの金銀でズシリと重いのが普通であり、それに汚染されていない「清官」を指す。
 さて典型的な「清官」朱鎔基がこの会議である報告に接して怒りを爆発させた。そして「中国共産党は執政党であることの合法的地位が危うい」と口をすべらせた。
 
『反腐敗には、まず虎を打ち、次いで狼を打つべきだ。
虎に対しては断じて姑息な手段を用いてはならない。
百個の棺桶を準備せよ。私の分も一つ要る。
死なばもろとも、それと引き換えに国家の長期安定発展と
庶民のわが事業に対する確信を獲得するのだ。』
   --- 陳希同事件を摘発したあとで、激怒する朱鎔基 ---
「虎翼網」www.51.net より

 しかしその4日後に「これは国務院党組[国務院内の共産党フラクション]の討論を経たものではない」として、この発言によって党内に「一定の消極的影響」が出たことについて自己批判したものである。
 曰く「会議に出席した同志は発言稿をもって正本とし、党の精神を理解されたい。私は会議で不適当な誤った講話を行い、工作に対して影響を与えたが、すべて私の責任であることを丁重に声明する。同志たちは全局の利益から出発し、私個人[朱鎔基]への援助と愛護を考慮して外部に伝えないように。すでに生じている影響については、本人が万分の謝意を表明していることを適度に釈明されるよう希望する」。
 一体なぜこのような釈明が必要になったのか。
 2月20日の国務院廉政工作会議には、国務院系統各部、委員会、弁公室の250余の部長級高官および中央紀律検査委員会書記尉健行らが列席した。江沢民のお気に入り、李嵐清常務副総理も出席していた。会議はもともと105分の予定で、うち60分が朱鎔基講話に予定されていた。しかし朱鎔基は話し始めると、予定原稿から離れてついに80分しゃべりまくった。司会者の王忠禹(国務院秘書長)がいくども予定時間について注意を喚起したのを一切無視してしゃべりまくったという。
 「私の任期はあと1年1カ月だけだ。党内外で私[朱鎔基]に対しては、さまざまな評価があるのは当然としても、おそらく私が官僚として未練たらたらポストにしがみつく類の人間だと見る向きはまずあるまい。私は生来「事務主義」者である。役人としての立場においても性改まらざる自由主義者であった。生きてる限り改めようとしてもむずかしいので、思い切ってキッパリと改めないことにしよう。私は人民に対する約束をやりとげていない(おそらく国有企業を3年で黒字にするとか、政府部門の行政を半分簡素化するというのはホラ吹きと見るものか)。これからさらに3年の時間があったとしても、やりきれない。客観的環境からしてできないのだ。
 庶民は改革されていないではないかと、われわれを非難するであろう。私は忸怩たるものを感じて苦痛である。総理として切実にそれを感じている。庶民が悪口をいい、基層幹部が恨み言をいい、在席の部長諸氏が受け入れられないというのも理解できる。内外の批判の嵐や声なき非協力の態度で、私は身も心も砕けた。
 大きな借金も小さな借金もすべて私につけたらよい。私朱鎔基は神仙ではなく、ケ小平同志のような権威もない。これからはケ小平同志のような権威はもうないだろう。私には周恩来総理の才知と修養もない。私の上には総書記がいて、政治局の集団があり、全人代という監督もある。思い切ってやるといっても、集団指導のカベがある。大胆にやるといっても、法規に従わなければならない。これをやり、あれをやるにも発展、改革、安定の関係を正しく処理しなければならない。この面で近道は発見できず、私は失敗を運命づけられている。
 今日私は白状するが、会議や公開の場で私は心にもないこと[違心話]を語り、ウソ[空話]、イツワリ[仮話]を少なからず話してきた。続けて全国人民政治協商会議、全国人民代表大会を開くが、下部で意見を聞いても、自分の工作、所属部門のために利害を計ってしまう。基層へ、街道へ、学校へ、退職労働者家庭へ、農村へ行って、自分の仕事を考えるならば、科学的な、実事求是の評価が本来できるはずだ。
 しかし実際には、社会で形成されているいわゆる「同感」「共通認識」なるものは表も裏も、西も東も、すべてデタラメ、インチキなものだ。ただ一つデタラメでなく、インチキでないのは、党政指導幹部の腐敗であり、これは絶対にホンモノだ[社会上形成的所謂同感共識里里外外東西南北全都是仮的、偽劣的、唯独只有一個不仮不偽劣的、那就是党政領導幹部的腐敗、那才是貨真価実的]。これに対しては、在席の同志のなかには受け入れられない方もあろう。私にとっても受け入れにくい。しかしこれは一部をもって全体を論ずるもの[以偏概全]、過激な意見であろうか。もしわれわれが頭脳をはっきりさせ、自分は人民の公僕であることを認識するならば、もしわが党規約に照すならば、もし中央が繰り返し下達した領導幹部の紀律に照すならば、もし勇気を人々のなかで話を聞くならば、もし自分の財産を整理できるならば、受入れはそれほどむずかしくなかろう。
 それから朱鎔基は中国共産党16回大会準備領導小組、中央紀律検査委員会、中央組織部が[2002年]1月末に完成した「中央委員、中央候補委員予定者に対する審査結果」に言及した。
 政治局常務委員会はこの結果を見て震撼し、沈痛になった。共産党はすべての責任を負わなければならない。政治局常務委員会は主な責任を負わなければならない。政治局常務委員会は最高の意志決定機関であり、これが責任を負わなければ誰が責任を負うのか。この局面を続けるならば、政局が乱れず、庶民が造反しない道理があろうか。国家の命運、民族の振興はわれわれの肩にかかっている。この局面を変えなければ、体制、メカニズムの改革の緊迫性に対して認識を一致させ、貫徹しなければ、わが国家の前途は憂慮すべきものである。共産党の執政的地位の合法性が問われる危機はすでにわれわれの目の前にある。
 汚職腐敗の横行、これに対して鈍感になりマヒしている幹部たちに対して、朱鎔基の碇が爆発したものであろう。放置すればその帰結は、共産党政権の崩壊であり、それは眼前にあると言い切った。遠くは旧ソ連の解体、近くは台湾の国民党の凋落の現実がある。これらを踏まえて朱鎔基が警告したものと読むべきであろう。
 では朱鎔基はなぜここまで激昂したのか。
 この廉政工作会議すなわち汚職追放会議で尉健行の示した資料を見たからである。
それは現職の「正副省部級幹部」200余名に対する「工作、作風、大衆との関係」についての調査結果であった(グラフ参照)。
 これらのうち中央各部委の場合、「良い幹部、比較的よい幹部」は15%にすぎず、「悪い幹部、最悪の幹部」が30%を占めていた。残りの55%が「良くはなく、それほど悪くもない」幹部ということになる。そして省級党委、省政府の場合、「良い幹部、比較的よい幹部」はわずか8%にすぎず、「悪い幹部、最悪の幹部」が60%を占めていた。残りの32%が「良くはなく、それほど悪くもない」幹部であった。
 尉健行はさらに次の事実も明らかにした。
 2001年に中央紀律検査委員会が受け取った内部告発[挙報信]のうち、「中央部委副部長級以上の幹部を告発したもの」は900件余であった。「地方の副省長級以上の幹部に対するもの」は7000件以上であった。その内容は贈収賄、生活の腐敗、権力乱用、配偶者や家族による権力を利用したマネービルなどである。
 かつてイギリスの政治思想家ジョン・アクトンは「権力はすべて腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」と喝破したことがある。おそらくこの箴言は、現在の中国政治にびったりとあてはまる。朱鎔基はそれを語り、舞台から引退したのであった。
 時間のある方は、中央検察院のホームページに掲げられている汚職事例一覧をご覧いただきたい。これを分析すると、汚職天国中国の姿が理解できよう。



               
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