第10号 2005.4.6発行 by 矢吹 晋
    カラスの恩返し中国農業論
   -----白石和良著『農業・農村から見る現代中国事情』
       (家の光協会、2005年)を読む
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  QアンドA方式で書かれているため読み易いが奥行きの深い中国農業論である。ベテラン白石和良のような専門家にして初めて書ける本だ。
 「三農問題」といういい方が中国で行われている。これが「農業・農村・農民」の三つを指すことは、常識であろう。だが、この三者がなぜ並列されるのか、その秘密を本書ほど分かりやすく説いた本はあるまい。日本にも農業問題はあるし、農村問題もある。しかし「農民問題」とは普通はいわない。農民の子が都市で働くのはよくあることだし、サラリーマンがUターンして農民になる例もしばしば見られ、農民と非農民は職業選択の自由が憲法上保障されている。

 中国の農民も辞書のうえでは、「農村で農業生産に従事する勤労者」と説明されている。この定義によるかぎり、中国の農民も日本の農民も違いはない。著者白石はここで、農民という言葉の「裏の意味」に着目する。辞書には載せられていない農民という言葉の「裏の意味」とは、なにか。
 「農民という名の身分」あるいは「農民という名の階層」だと白石は説く。要するに、農民という言葉は、辞書に書かれた「表の意味」では、日本と同じく職業を表すものとして使われているが、「裏の意味」としては、「身分あるいは階層」を表しているのだ(101ページ)。
 農民という身分は、フランス近代史を想起すれば「第三身分」(第一は僧侶、第二は貴族、第三は商人・職人・農民)に比べられ、日本近代史を想起するならば、明治政府が設定した士族(武士)・平民(農・工・商民)の差別にも匹敵するほどなのだ。これが中国共産党の統治下で1950年代に始められ、21世紀初頭の今日依然として堅持されている固い事実である。
 中国の戸籍制度として都市戸籍と農村戸籍が区分されていることは、近年よく知られるようになってきたが、その区別が生まれた経緯、その区別が上位と下位の差別に転化して固定観念になった事情が手にとるように説明されている。中国革命成功の第一の功績は農民にこそ帰せられるべきで、都市労働者は農民に感謝すべきであるにもかかわらず、現実は逆の状態になっている(103〜106ページ)。
 このあたりまでは普通の論者もしばしば書いていることだ。白石の分析が光るのは、この先である。「子どものカラスであった工業、都市、都市住民が、親カラスの農業、農村、農民へ恩返しをしなければならない時期になった。正に、工業、都市、都市住民が農業、農村、農民を支える新たな時代が始まろうとしている」(はじめに)。

 ではどのような恩返しが必要であり、可能なのか。
 農民の所得がどこから、どのように得られているかを分析したのち、白石はこう説明する。農民所得は第一次産業所得と非第一次産業所得との二本立てからなっている。
 (1)まず第一次産業所得を増大させるためには、需要に即応した農産物生産への転換が必要であり、これによってパイを大きくする。次にパイの分け前を大きくするために第一次産業就業者の縮減が必要である。
 (2)非第一次産業所得を増大させるためには、農村地域での第二次産業、第三次産業の振興が基本になる。都市への出稼ぎよりも、農村地域での第二次産業、第三次産業の振興に主体を置くことが重要である。すなわち郷鎮企業の振興であり、小城鎮の建設である(141ページ)。

 都市住民と農民の所得格差をどう扱うべきか。
 所得格差が存在するのは現実の問題としてはやむをえないが、問題はその程度である。「農民所得が減少する事態になると、一挙に問題が噴出する」。各省レベルでみて農民所得が前年より減少した状況は次のごとくである(143ページ)。

1997年 チベット
1998年 黒龍江、江西の2省
1999年 山西、遼寧、吉林、黒龍江、甘粛、新疆の6省
2000年 遼寧、吉林、黒龍江、広西、陜西、寧夏の6省
2001年 内蒙古
 
 全国31の省・市・自治区のうち、6つの地区で1999年と2000年に減少したことがわかる。特に食糧主産地の東北3省がここに含まれていることの意味が大きい。中国当局がいわゆる「三農問題」に力を入れなければならないと痛感したのは、この事実を確認したことによる。その舞台裏が察せられるであろう。
 農民の内部での所得格差は、ジニ係数で見ると、1996年0.3229から、2003年0.3680へと増大してきた。国際的に0.4が警戒ラインとされている。この危険水域に近づきつつある。この意味でも恩返し対策は急務である(143ページ)。
 農村の地域格差を見ると、一人当たり所得がトップの上海市は6653元であり、最下位の貴州省1564元の4.25倍である(2003年)。一人当たりの農民所得が全国平均を上回るのは沿海地域だけであり、内陸地区は改革開放のメリットを受けていない(145ページ)。ここから、恩返しの主な対象をどこに設定しなければならないかがわかる。
 ではどのように恩返しをやるのか。その基本的コンセプトは「多予、少取、放活」である。農民に多く与え、農民から取るものは少なくし、政策によって農村経済を活性化させる」ものだ(158ページ)。

 農民の所得増加のために、現在採られている三つの政策は、
 A. 農業収入の増加策、B. 農民の過重負担軽減策、C. 財政投資による支援策、に大別される。A. 農業収入の増加策は(1)農業生産の増加策、(2)農業の付加価値の増加策、(3)非農業就業機会の増加策、からなる。(1)は新作目の開発や新市場の開拓からなる。(2)は農業の産業化経営の推進と農産物加工業の振興からなる。(3)は郷鎮企業の発展、農村における第三次産業の育成、計画的な労働力移出策、すなわち出稼ぎ促進からなる。
 B. 農民の過重負担軽減策は、これまで郷鎮や村の財政収入確保のために、また税制が整っていないことから、恣意的に農民から巻き上げてきた資金徴収を制度化し、さまざまの名目による恣意的な徴収をやめさせる措置である。これを「費改税」と呼ぶ。すなわち勝手な費用徴収を合法的な納税制度に改革するものだ。これによって、たとえば1996年に農民一人当たり純収入の約6%を占めていた徴収額は2003年には2.57%へと半減した。しかしこれは全国平均の数字であり、黒龍江省の場合は1998年に14.7%であったものが2003年に7.9%に減少したものの、依然高い徴収率の水準である(165ページ)。農民からの徴収をやめて減少した収入は中央政府から財政補填が行われている(167ページ)。
 C. 財政投資による支援策は、西部大開発と貧困人口の解消策からなる。貧困地区人口は1978年には2.5億人あったが、2000年末には3000万人、農村人口の3%程度に減少した(161ページ)。

 昨2004年11月、中央経済工作会議が開かれ、そこで「以工促農、以城帯郷」の方針が決定された。これは工業によって農業を促進させ、都市が農村を先導する、という意味だ。
 これまでは農業の利潤によって工業の発展を図り、農村が都市を養う状況であった。すなわち農業は工業によって搾取され、農村は都市によって搾取されてきた。この構造を180度転換させようというのが、胡錦濤の「以工促農、以城帯郷」の方針であり、これは「二つの趨勢」論と呼ばれている(171ページ)。
 国家財政(財政総支出)に占める農業総支出は1996年には700億元であったが、2003年には1754億元となり、1000億元増えている。ただし国家財政支出に占める農業支出のシェアは、この間8.8%から7.1%に減少している。これは中国の工業化、都市化が急発展するなかで、中国経済の規模が拡大しているためだが、白石はいう。「国家財政に占めるシェアはむしろ減少しているが、総額が増大していれば、まずは満足すべきだ」と(172ページ)。このあたりのコメントが実に的確である。

 東京銀座のカラスがどれほど賢いか、身近でしばしば議論になっている。中国のカラスにも恩返しをしない種類のカラスがいるらしいが、少なくとも胡錦濤・温家宝の政策はカラスに学ぶ姿勢であるようだ。「カラスに反哺はんぽの孝あり」。カラスと為政者とどちらが賢いか、成果を見守りたい。



               
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