第14号 2005.9.2発行 by 矢吹 晋
    ナショナリズム熱中症の中国「バブル大学教授」
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 中国の「バブル大学教授」問題はかなり重症らしい。私はだいぶ前にデタラメ極まる鄧小平伝を書いた楊炳章が中国人民大学の教授に栄転したという話を聞いて絶句した。その後、一流名門大学で論文剽窃事件が頻発している話も聞いた。少し前には、清華大学のある教授が学内のデタラメ教授を告発するメールをインターネットで読んだ。
 中国の 「大学バブル」は当然大量の「バブル教授」を生み出している。私がここでバブル教授というのは、教授の肩書を詐称する詐欺師のことではない。れっきとした教授として内外共に認められている人々だが、私のみるところ、本物ではないという意味である。日本にも大学教授はゴマンといて、怪しげな教授も少なくないが、中国のあぶない教授の話は、まだ知られていないように見受けられる。

 旧聞だが、七月十四日に人民解放軍国防大学防務学院院長朱成虎少将が核使用発言を行った。翌十五日付の英紙『フィナンシャル・タイムズ』は、朱成虎少将は、外国人記者との会見で、「米国が台湾に関する紛争に軍事介入するならば、中国は米国に対し核攻撃を行う用意がある」と語った。同教授は「個人的な見方」とした上で、「米国が中国の領土にミサイルや誘導弾を発射すれば、われわれは核兵器で対応しなければならないだろう」、「中国は西安(陝西省)以東の全都市の破壊に備える」とする一方で、「米国は数百の都市が破壊されることに備えねばならない」と述べたと報じた。
 私はインターネットでこのニュースを知り、その背景をいぶかっていたが、たまたま滞在中の北京釣魚台迎賓で李肇星外相から、これは「中国政府の見解ではない。個人的見解にすぎない」ときっぱり釈明するナマの声を聞く機会を得たのは幸運であった(2005年7月21日)。
写真:筆者-北京釣魚台迎賓で李肇星外相と
筆者と李肇星外相との会見(2005年7月21日)
 朱成虎少将の物騒な発言が中国政府の立場を示すものではないとする釈明をひとまず受け入れるとして、問題はこれが「愚かな将軍」の「単なる個人的発言」なのかどうかであろう。おそらくそうではあるまい。これは人民解放軍のタカ派グループの代表的な見解にほかならない。この種の見解は個人的なものではないと見るのが常識だ。
 湾岸戦争とイラク戦争を研究する過程でのさまざまな分析を踏まえて、解放軍の少壮派エリートたちが中国のこれまでの核戦略に大きな挑戦状をつきつけたのではないか。

 中国当局が一九六四年に最初の原爆実験に成功して以来、四〇年間にわたって一貫して強調して有名な発言がある。それは中国の核は「自衛のため」であり、決して「核を敵よりも先に使用しない」(不首先使用核武器)という誓約であった。今回の朱発言は、この誓約と根本的に抵触することが問題の核心である。
 「台湾独立」を封じ込めるための武力行動において、核使用を含めた作戦を説く発言は、外国からの核による先制攻撃がない状況においても(アメリカが台湾独立論に対して慎重な立場を保持しているのは周知の通りだ。台湾海峡問題でアメリカが先に核を使用することは現状では想定しにくい)、中国は核を使用すると明言したに等しく、これは抑止論の壁に挑み、先制攻撃のための核使用に踏み切ろうという大転換にならざるをえない。「唯一の被爆国日本」が、この問題に神経質になるのは当然である。
 顧みると、台湾問題において核使用もありうるとする発言は、実はこれが初めてではない。かつて李登輝訪米に始まる台湾海峡の「疑似緊張」のなかで、一九九五年に解放軍副総参謀長熊光楷がアメリカの国防次官と会見した際にも、「アメリカが台湾海峡で武力干渉を行うならば、西部の大都市ロサンゼルスを核で攻撃する」と述べたことがある。これは江沢民高圧外交、台湾恫喝外交の始まりを告げるシグナルであった。

  さて朱成虎少将は一九五二年生まれ、英語に堪能で外国の軍事事情に詳しい。「愚かな将軍」ではない。二〇〇〇年には「中国はイラクに非ず」という論文を『解放軍報』に書き、今年の六月二九日には上海国際戦略研究会で「台湾に対する軍事闘争をいかに準備するか」を論じている。ここからその一端が分かるように、彼は解放軍の総政治部系統のエリート軍人なのだ。
朱成虎少将
  朱発言は、「核を敵よりも先に使用しない」という伝統的戦略に対して、見直し論が出ていることを象徴する発言なのだ。この見直し論は、日本にたとえると憲法第九条見直し発言に似ている。
 より具体的にいえば、鄧小平路線に対する戦略転換である。鄧小平は周知のように、「近い将来には大規模な戦争は起こらない」とする戦略判断のもとに、解放軍の大削減をやり、「経済建設を中心とする路線」を邁進してきた。この鄧小平流の経済第一路線が危ういのだ。
 鄧小平は自力更生の名において事実上鎖国を続けてきた結果、中国の経済発展がどれほど遅れたかを深刻に反省した。そして「毛沢東時代の世界第三次大戦不可避論」こそが中国経済の停滞の元凶であると剔抉した。
 中国経済は鄧小平の反省を踏まえて、毛沢東の呪縛からようやく脱した段階である。鄧小平時代の努力は一定の成果を収めたとはいえ、中国はなお課題が山積している。いま経済建設第一の戦略を放棄することは中国の国益を大きく害うばかりでなく、東アジアの平和にとっても大問題だ。早い話が、台湾問題がいまだ解決に至らない根本的原因は、大陸経済の立ち遅れにある。台湾の人々は、貧しい親戚と一緒になることをためらっているのだ。台湾問題解決の最も重要な条件が大陸の人々の生活の向上であり、それを踏まえた政治の民主化である。この努力が不十分なまま、台湾問題を論ずるのは、木に縁りて魚を求むにほかならない。本末転倒の台湾政策は失敗を免れない。

 ではバブル教授の台湾問題とはなにか。閻学通(清華大学国際問題研究所所長)曰く、「台湾の独立派は、二〇〇六年には新憲法を制定し、二〇〇七年には独立をめぐる住民投票を行い、二〇〇八年八月の北京オリンピック開会式に台湾独立宣言を企図している」。 写真:閻学通
閻学通(清華大学
国際問題研究所所長)
 この「台独プログラム阻止」が解放軍タカ派の戦略らしい。ならば、「平和のためのオリンピック」ではなく、「戦争準備のためのオリンピック」にならざるをえない。閻学通は本末を転倒している。
閻学通はまた「台湾海峡でもし軍事衝突が発生するならば、必ずや巨大な内需拡大がもたらされ、この内需を目指して国際投資がやってくる」とも書く。
 これはほとんどマンガ的な空想だ。一方で核の恫喝、他方で軍需による内需拡大、そして外資がこれに群がる白日夢は、妄想でしかない。かくも幼稚な核脅迫論を清華大学教授の閻学通が書き、これを「中国の知性」を誇る北京大学出版社が出す(『国際形勢与台湾問題予測』)。
 中国の一部知識人はいまナショナリズムに犯されて頭脳は熱中症らしい。愛国者を自称する中国の「愛国賊」は、疑似市場経済のもとで、原稿料の荒稼ぎ、売れる本なら何でも書こうという魂胆らしい。
 この種の機会主義者の思想と行動には、冷水を浴びせることが必要だ。胡錦濤の治世の基本姿勢がいま厳しく問われている。
 
[備考]最後に閻学通の略歴をこの本から紹介しておく。
 1952年天津生まれ。1982年黒龍江大学英語系に学び学士。1986年国際関係学院[学院地址:北京市海淀区坡上村12号、邮政编码:100091、学院网址:http://www.uir.edu.cn]で修士の学位を得る。1992年カリフォルニア大学バークレイ校で政治学博士。現在清華大学国際問題研究所所長。中日友好21世紀委員会委員、アジア太平洋安全保障理事会委員、中国人民外交学会理事、中国軍拡コントロール軍縮協会理事、中国国際関係研究会理事、中国アジア太平洋学会理事、中国国際問題研究・学術交流基金会理事、国防大学兼任教授。
  

               
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