第19号 2006.2.9発行 by 矢吹 晋
    『マオ―誰も知らなかった毛沢東』を評す
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 21世紀中国総研事務局コメント:矢吹晋ディレクターの本エッセイは長大書評『マオ―誰も知らなかった毛沢東』のほんのエッセンスです。全文は、21世紀中国総研編『中国情報源 2006-2007年版』に掲載しています。
 
図:『誰も知らなかった毛沢東(上)』の表紙 図:『誰も知らなかった毛沢東(下)』の表紙
 
 日本の嫌中・反中感情が劇的に高まっていることは、総理府の外交に対する世論調査等に明らかだ。その原因分析はさておき、嫌中・反中ムードに便乗した悪書が良書を駆逐するかに見えるのは、憂慮すべき事態に思われる。
 たとえばベストセラーの上位に並ぶユン・チアン夫婦著『マオ―誰も知らなかった毛沢東』も、敢えて率直に書けば俗悪の部類だ。前著『ワイルド・スワン』は著者三代の家族史を現代中国史に位置づけて好評であった。しかし今回の『マオ』は失敗作と決めつけざるを得ないシロモノだ。大新聞の書評などで中国現代史に疎い素人教授たちが繰り返し「問題作」などともてはやすので、私のところにも真偽の問い合わせが少なくない。
 毛沢東の神格化や虚像破壊に対して、私は反対ではない。個人崇拝が現代中国史を彩る悲劇の核心であることは明らかだ。しかし毛沢東をスターリンよりも、ヒトラーよりも悪い梟雄と見る観点から、強引に通説を否定しただけの『マオ』は、遺憾ながら三文小説の域を出ない。新説の論拠が示されていないので信憑性が問われる。
 林彪夫人葉群と総参謀長黄永勝の情事を描いた部分は、大陸で出たいかがわしい本の検証なき引写しであること、国民党の張治中将軍が共産党のスパイであったとする新説の成り立たないことなどは、イェール大学ジョナサン・スペンス教授が『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』で論証済みだ。スペンスの書評をまつまでもなく、この分野に知識のある者が読めば、すぐ反論が挙げられそうな誤りに満ちている。
 毛沢東は「人の死を喜ぶサディスト」として描かれているが、これは中国古代の哲人荘子の話だ。荘子は「人の誕生が慶事ならば、生死はツイであるから、葬式も祝うべきだ」と喝破した。毛沢東がこの言葉を引いて「生と死の弁証法」を説いた箇所を著者は理解していない。
 周恩来のいわゆる「転向声明」が国民党諜報機関のデッチあげによることは確認されているが、著者は毛沢東の陰謀かと疑っている。この箇所は高文謙著『晩年周恩来』の誤読である。高は一九三〇年代の「転向誤報事件」を文化大革命期に毛沢東夫人江青が利用し、周恩来の晩年に毛沢東自身が再度利用しようとしたことを論証したが、「転向声明」自体は毛沢東の発明ではないと高が明記している。
 江西ソビエト時代の内ゲバ殺人事件として有名な富田事件を中心とする江蘇ソビエトの死者を七〇万人とするのは、江西ソビエト地区の人口減を死者数を錯覚したものだ。赤色根拠地は蔣介石の包囲討伐作戦の過程で逃亡者が続出した。人口減をリンチ殺人事件と混同するのは初歩的なミスだ(なお、富田事件については、小著『毛沢東と周恩来』九一年で、大躍進期の餓死者が二〇〇〇万前後であることは小著『文化大革命』八九年でも書いた)。
 中国共産党がコミンテルンの指導により誕生したことは史実だが、そのコミンテルンは間違った指導を繰り返した。毛沢東が「スターリンは猫であり、私は猫に命を狙われる鼠」の運命だと述懐したことは有名だ。スターリンの代理人王明は毛沢東と指導権を争い、敗北ののちモスクワで死去した。『マオ』はスターリンの代理人王明の立場に立って毛沢東を断罪する。これは六〇年代に始まる中ソ対立・衝突の過程で行われた旧ソ連イデオローグによる毛批判として繰り返された論点にすぎず、その中身はモスクワで出た『王明回想録』を超えていない。
 十年を費やし関係者を多数インタビューしたというが、中国で取材を受けた人物の中には、取材の事実を否定した者さえある。日本では宮本顕治や三笠宮がインタビューを受けたとされるが、その結果はどこに反映されているのか不明だ。
 このようなフィクションが史実と誤解されるのは困る。出版社の商業主義に利用されて恥じない素人教授たちの責任も大きい。日本に欠けているのは、『ニューヨーク・レビュー』のような独立した書評誌ではないかと痛感する。
 

               
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