第21号 2006.4.5発行 by 矢吹 晋
    日中間田舎芝居「悪化のための努力」を嗤う
<目次>へ戻る
 私は2004年に『日中の風穴』を書いた前後から、日中関係の不毛なやりとりをかねて幼児のケンカにたとえてきたが、今回またもやその愚行が繰り返された。
 胡錦濤による3月31日「ぶちこわし」発言
 3月31日に橋本元首相(日本国際貿易促進協会会長)、野田毅・元自治相(日中協会会長)、高村正彦・元外相(日中友議員連盟会長)ら日中友好7団体の代表が中国・北京市内で胡錦濤国家主席らと会談した。胡錦濤が日本の政治家と会談するのは、昨年5月に訪中した自民党の武部、公明党の冬柴両幹事長以来のことだ。その席で胡錦濤は対日関係の重要議題として、「日本の指導者が、A級戦犯をまつっている靖国神社を繰り返し参拝している。これが両国の関係を損なった原因だ」と述べ、改めて小泉首相の靖国参拝を批判し、「靖国参拝を行わないということになれば、いつでも首脳会談を開く用意がある」と語り、靖国参拝が首脳会談開催の障害となっているという考えを強調した由である。
 虎さん流にいえば、「それをいっちゃおしまいよ」だ。年初以来、営々と積み上げてきて、7団体訪中を契機として、なんとか次の打開策を見出そうとしてきた努力は水泡に帰したわけだ。いったいなぜこのような思惑違いが生じたのか。
 
写真:新華網より
(写真は、新華網より。)
 
 胡錦濤発言で救われた安倍長官
 この胡錦濤発言に対して安倍官房長官は4月2日のNHKなどの番組で、「政治問題を話し合いの中で抑制するのが成熟した国家同士の知恵だ。政治目的を達成するために会わない、というのは間違っている」と批判し、「靖国神社は国内にある神社だ。そこに足を踏み入れていいかどうかを指図することは、どの国もできない」と不快感を示した(4月3日各紙)。安倍官房長官はさらに4月3日午前の記者会見で、「日中関係の困難な局面についてのすべての責任が日本の指導者にあるとの主張は受け入れることはできない」と、中国側の方針を重ねて批判した。「対話の扉は常に開けている。対立があったとしても、対話を通じて未来志向の協力関係を構築する努力をお互いにしなければいけない」と語った(4日各紙)。
 『ニューヨーク・タイムス』(2005年10月18日)が靖国参拝批判を書き、『論座』2月号で犬猿の仲、渡辺恒雄・若宮啓文対談「靖国と小泉首相」(のち単行本、2006年03月、朝日新聞社)が発表され、いまや「靖国断念」が政界の底流になり、安倍や麻生は軌道修正を余儀なくされていた。その苦境を救ったのが胡錦濤発言にほかならない。有力候補が靖国参拝とりやめ、その口実探しに躍起になっているときに、敢えて敵に塩を送り、声援を送ったのが、この胡錦濤発言にほかならない。なんとも愚劣な対応ではないか。
 麻生外相は4日の記者会見で、「台湾に対し『中国の何とかを認めない限りは会わない』という話と同じ手法のように聞こえる。手法は私たちの理解を超えている」と述べ、胡錦濤の発言を台湾問題と結びつけてこう批判した。台湾側との会談について「『一つの中国』の原則と『92年合意』を認めさえすれば、誰でもどの政党とでも、話し合いをしたい」と条件を付けたのと同じではないか」と相変わらず、ボキャ貧の話をした(5日各紙)。
 中国側もむろんこういった日本側の反発は折込済みであろう。にもかかわらず、あえて言い切ってしまったのはなぜか。朝日新聞5日付の解説はこうだ。「その場で胡主席が靖国問題を提起するかどうかをめぐり、中国当局は直前までぎりぎりの論議を続けていた。対日関係者は当初、靖国に言及せず友好交流を強調する方向で、胡主席の発言内容を準備していた。しかし、原案が外務省から外交担当の唐家璇国務委員ら要人を経て胡主席に届く間、「中日関係の最大の政治問題である靖国参拝に言及しないわけにはいかない。これは根本原則だ」などの意見が相次いだ、と日中関係筋は明かす。さらに小泉首相が3月27日の記者会見で「私が靖国神社に参拝するから首脳会談を行わないのは理解できない」などと述べたことで、靖国への言及が定まった」。またしても小泉の挑発に乗せられた。
 以上の解説から、関係者のせっかくの苦労が実らなかった経緯は、ひとまず理解できる。朝日の解説は続く。「日本の世論に詳しい実務者レベルでは、日本側の強い反発を懸念する声は強かった。だが、それが上層部に再び進言されることはなかった」。
 これは重大問題ではないか。日本側の反発を懸念する声が中国内部にあったにもかかわらず、裸の王様もどきの胡錦濤の耳には届いていないというのだ。相手側の反応を計算しない外交はありえない。中国の官僚主義はいまや極端に風通しが悪くなっているようだ。日本の反発を度外視して、みずからの気分で問題を処理しているというから恐ろしい。
 私がここで気づいたのは、3月27日の小泉発言のほかにも、中国が強面のスタンスに転じた理由がもう一つあることだ。それは読売新聞が報じた上海領事館員自殺問題である。読売の記事は以下のものである。読売新聞が日本側7団体と胡錦濤との会談の日に向けて、上海総領事館員の遺書報道を行ったのは、偶然なのか。この会談をにらんでその効果を減殺するために仕組まれたものと見るのは、不自然か。
 もう一つ、これは、年度末までの仕事片づけ予定とも見られるが、橋本元首相が1億円政治献金を受けて、あわや濡れ衣を着せられたそうになった村岡兼造元官房長官への無罪判決言渡しである。村岡は「1億円を受取りながら、記憶にない」とは考えられないと北京滞在中の橋本を批判した。つまり、胡錦濤はこの程度の無責任な元首相を籠絡して日本にメッセージを送ろうとしているのだ、と日本の世論が受け取るよう計算したことになる。これら二つの報道も、小泉27日発言とともに、胡錦濤会談の効果減殺に役立った。
 ちなみに自殺した上海総領事館員の遺書全容を読売新聞が報じたことについて、外務省は3月31日、省内に秘密保全調査委員会(委員長・谷内正太郎次官)を設置したが、あとの祭りというものだ。「省内で遺書が渡った可能性のある職員全員について調査する方針」であり、外務省首脳は「極秘扱いの文書が表に出るということは、ゆゆしきことだ」としている由だが、覆水は盆に返らない。日中関係のトラブルを処理することに責任を負うべき外務省がトラブルを増幅させることに貢献している。これが日中関係の一つの断面である。
 この遺書リーク騒動のさなか、安倍官房長官は31日午前の記者会見で「我が方の調査の結果、自殺の直接の原因は、現地の中国側公安当局関係者による、非情な脅迫、恫喝、それに類する行為があった」と指摘した。中国側に対しては、「厳重な抗議をし、事実関係の究明を求めてきている」「館員は脅迫に屈するべきではないと判断し、国のために命をかけたと思う」と述べた。麻生外相は記者団に、「いわゆる公安当局による恫喝みたいな話が行われていた。その一端が出てきたということだと思う」とし、「厳重に抗議する」と強調した。「誘いは常について回るもので、中国に限った話ではないかもしれない。そういうことがあった時は、上司に報告した方がいい。後々問題を拡大させたり、深みにはまったりさせないのが、大事なことだ」と述べた(4月1日 読売新聞)。
 以上のように、日中間の田舎芝居もどきのドタバタ劇は相変わらず続いている。胡錦濤発言が事態打開のために訪中した政治家たちに、冷水を浴びせる結果となった事実も重要だ。今回のトラブルを通じて「日中7団体」の影響力は、ほとんど死に体になったのではないか。政治家たちによる日中関係「悪化のための努力」は、どこまでも続く。悪化に歯止めをかけようとする努力も、ここで見たようにないわけではないが、これを破壊する動きのほうが巧妙だ。これが桜の季節における日中関係の現実である。


中国側、機密執拗に要求…自殺上海領事館員の遺書入手
 2004年5月、在上海日本総領事館の館員(当時46歳)が自殺した問題で、館員が中国の情報当局から外交機密などの提供を強要され、自殺するまでの経緯をつづった総領事あての遺書の全容が30日判明した。/ 本紙が入手した遺書には、情報当局者が全館員の出身省庁を聞き出したり、「館員が会っている中国人の名前を言え」と詰め寄るなど、巧妙かつ執拗に迫る手口が詳述されている。中国側が館員を取り込むために用いた中国語の文書も存在しており、これが、日本政府が「領事関係に関するウィーン条約違反」と断定した重要な根拠となったこともわかった。中国政府は「館員自殺と中国当局者はいかなる関係もない」と表明しているが、遺書と文書はそれを否定する内容だ。
 自殺した館員は、総領事館と外務省本省との間でやり取りされる機密性の高い文書の通信を担当する「電信官」。遺書は総領事と家族、同僚にあてた計5通があり、パソコンで作成されていた。総領事あての遺書は計5枚の長文で、中国側の接近から自殺を決意するまでの経緯が個条書きで記され、最後に「2004年5月5日」の日付と名前が自筆で書き込まれている。/ それによると、情報当局は、まず03年6月、館員と交際していたカラオケ店の女性を売春容疑で拘束。処罰をせずに釈放し、館員への連絡役に仕立てた。館員は同年12月以降、女性関係の負い目から当局者との接触を余儀なくされた。接触してきたのは「公安の隊長」を名乗る男性と、通訳の女性の2人だった。
 館員は差し障りのない話しかしなかったが、04年2月20日、自宅に届いた中国語の文書が関係を一変させた。文書は、スパイの監視に当たる「国家安全省の者」を名乗り、「あなたか総領事、首席領事のいずれかと連絡を取りたい」と要求。携帯電話番号を記し、「〈1〉必ず公衆電話を使う〈2〉金曜か日曜の19時―20時の間に連絡せよ」と指定してあった。
 館員は「隊長」に相談。すると約2週間後、「犯人を逮捕した」と返事がきた。文書を作った者を捕まえたので、問題は解決した、との意味だった。館員はこの時初めて文書は「隊長」らが作った可能性が高く、自分を取り込むためのでっちあげと気付いた。遺書には、「(文書は)彼らが仕組んだ」と悟った、と書いている。
 「犯人逮捕」を期に、「隊長」は態度を急変。サハリンへの異動が決まった直後の同年5月2日には「なぜ(異動を)黙っていたんだ」と恫喝(どうかつ)した。「隊長」は、総領事館の館員全員が載っている中国語の名簿を出し、「全員の出身省庁を答えろ」と詰め寄った。「あなたは電信官だろう。報告が全部あなたの所を通るのを知っている。館員が会っている中国人の名前を言え」と追い打ちをかけた。/ 最後には、「今度会うとき持ってこられるものはなんだ」と尋ね、「私たちが興味あるものだ。分かるだろう」と迫った。/ 約3時間、恫喝された館員は協力に同意し、同月6日午後7時の再会を約束した。館員は、「隊長」は次には必ず暗号電文の情報をやりとりする「通信システム」のことを聞いてくると考え、面会前日の5日に遺書をつづり、6日未明、総領事館内で自殺した。遺書には「日本を売らない限り私は出国できそうにありませんので、この道を選びました」などとも記している。/ 「領事関係に関するウィーン条約」は第40条で、領事官の身体や自由、尊厳に対する侵害防止のため、受け入れ国が「すべての適当な措置」を取るとしている。遺書の内容は具体的で、それを裏付ける中国語文書も存在しているため、中国側の条約違反の疑いが濃厚だ。

 
NYTimes Editorial
Pointless Provocation in Tokyo
Published: October 18, 2005
Fresh from an election that showcased him as a modernizing reformer,Prime Minister Junichiro Koizumi of Japan has now made a point of publicly embracing the worst traditions of Japanese militarism. Yesterday he made a nationally televised visit to a memorial in central Tokyo called the Yasukuni Shrine. But Yasukuni is not merely a memorial to Japan's 2.5 million war dead. The shrine and its accompanying museumpromote an unapologetic view of Japan's atrocity-scarred rampages through Korea, much of China and Southeast Asia during the first few decades of the 20th century. Among those memorialized and worshiped as deities in an annual festival beginning this week are 14 Class A war criminals who were tried, convicted and executed.
The shrine visit is a calculated affront to the descendants of those victimized by Japanese war crimes, as the leaders of China, Taiwan, South Korea and Singapore quickly made clear. Mr. Koizumi clearly knew what he was doing. He has now visited the shrine in each of the last four years, brushing aside repeated protests by Asian diplomats and, this time, an adverse judgment from a Japanese court.
No one realistically worries about today's Japan re-embarking on the road of imperial conquest. But Japan, Asia's richest, most economically powerful and technologically advanced nation, is shedding some of the military and foreign policy restraints it has observed for the past 60 years.
This is exactly the wrong time to be stirring up nightmare memories among the neighbors. Such provocations seem particularly gratuitous in an era that has seen an economically booming China become Japan's most critical economic partner and its biggest geopolitical challenge.
Mr. Koizumi's shrine visits draw praise from the right-wing nationalists who form a significant component of his Liberal Democratic Party. Instead of appeasing this group, Mr. Koizumi needs to face them down, just as he successfully faced down the party reactionaries who opposed his postal privatization plan. It is time for Japan to face up to its history in the 20th century so that it can move honorably into the 21st.
  

               
<目次>へ戻る