第23号 2006.6.2発行 by 矢吹 晋
    日米中三極の構図から日本のアジア外交を考える

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 「東アジアの平和と繁栄に向けて---今後の日米中関係はどうあるべきか」と題した公開シンポジウムについての報道が載った(『読売新聞』2006年5月30日付15面)。同紙によれば、これは5月23日に行われた公開シンポジウム(主催=財団法人経済広報センター、後援=読売新聞社)が「前日まで2日間」すなわち21-22日に非公開で集中的に行われた「日米中トライラテラル会議」を受けて開かれたもので、同会議に参加した日米中3国の有識者のうち10氏が、東アジアの安全保障ビジョンを主題に、大勢の聴衆の前で熱のこもった議論を展開した」と報じられている。私は非公開の会議に出席したが、ここでは『読売新聞』が報道された内容に限って、若干のコメントを加えておくことにしたい。
 王緝思教授(北京大学国際関係学院院長、2005年まで中国社会科学院米国研究所所長、中国における米国研究の第一人者)の基調報告「中国、日本の孤立化意図せず」は、次のように紹介されている。
 「最近の胡錦濤国家主席の訪米を通じ、米中関係は着実に改善している。米中間には広範な共通利益の基礎があり、米国から中国はステークホルダー(利害関係者)と呼ばれる。日中関係には見解の相違があるが、両国は経済問題をきちんと処理している。東シナ海の問題も平和解決の道を歩んでおり、関係は機能し、改善している。中国は台湾問題で現実的に対応し、中台関係は以前より安定している。日米には民主主義、法の支配、市場経済など共通の価値観があることを疑う余地はないが、中国にも歴史的な経験に基づく価値判断がある。日米の価値観を口実に中国が建設的に対処することを阻むべきではない。中国は既存の国際秩序を変えたいと思っていない。世界貿易機関がWTO体制に従い、知的財産権の保護、開かれた地域主義などを目指している。米国の東アジアのプレゼンスを排除しようと意図せず、日本を国際フォーラムから孤立化させることも中国のためにならないと考えている。政治的な違い、価値観の違いがあっても、より多くの共通利益が増えるだろう。中国の政治制度が日米に近づくのを待つという態度はよくない」。
 以上の要約は500字足らずだが、現在の中国の国際協調派の立場を最も簡潔に述べたものと解してよい。彼らの努力によって米中関係は、いまや米中双方が認めるように、相対的にかなり安定した形に発展してきた。そのキーワードがstake-holderである。stakeとは元来、競馬などの賭け金のこと。これを託された者は、「賭場の平和」を守らなければならない。中国はいまや「賭場の秩序」をかき乱すのではなく、その秩序安定のために責任を持つべきだという考え方である。いかにも西部劇的な発想だが、中国側もいまや、この比喩をいやがるどころか、喜んで受け入れているかに見えるところが今日の米中関係の核心である。
 ではアメリカの基調報告はどうか。見出しは「対韓改善、日米の重要課題」である。カート・キャンベル氏(米戦略国際問題研究所CSIS上級副所長、クリントン民主党政権で国防次官補代理、超党派のアーミテージ報告に参加)の報告要旨は以下のごとくである。
 「米国はイラク、アフガニスタンの問題処理にとらわれ、アジアに割く注意と時間がないのが現状だ。イラク政策では、明確な挫折か戦略的な失敗のどちらかが予想される。戦略的失敗であれば、輝かしい民主主義は生まれずとも、何とか機能する社会が生まれる。ブッシュ政権はギリギリの合格と言えるだろう。そうなれば、ほかの地域に軍事的、戦略的展開ができるようにもなる。だが米国はこれから数年で、戦略的に内向きになるだろう。東アジアでの今後の課題の第一は、台頭する中国ではなく、韓国との関係だ。以前、米韓は協力で、日韓も普通の関係だったが、今は共に最低レベルだ。核を持つ対北朝鮮戦略の困難さにもかかわらず、一貫した戦略を持つことが難しい。二つの関係を改善しなくてはいけない。重要な第二は、日露関係の改善だ。両国はエネルギー、戦略協力などでも協力できないままにきた。第三は、日米中三国対話の進展。その上で、韓国、ロシアと外交的な役割をきっちり宣言することが重要だ。第四にはイランとの関係。最後にやはり重要な課題は、気候変動、鳥インフルエンザ、エネルギー問題など国境を超える問題への対応だ。これらは日本から学べることがたくさんある。日本も世界を引っ張ってほしい」。
 以上の要約も500字足らずだが、うち4割はイラクの泥沼である。少し誇張すると、いまやアメリカの安全保障担当者にとって、脳裏はほとんどイラクに占領され、ハイジャックされて、それ以外のテーマは考える余裕がないといったところか。
 イラク問題を除いた残りの課題が「米韓、日露、日米中、イラン」の4つのトピック、そして最後に国境を超える温暖化、鳥流感である。
 大国アメリカから見ると、東アジアの位置がいまいかに小さいかが分かるであろう。一説によると、これを象徴するのがアメリカの「東アジア専門家300人足らず」という数字だという。敢えて誇張するが、これがアメリカから見た東アジアである。
 では、日本から見たアメリカはどうか。5年間の小泉政権のもとで、対米関係がどうであったか、対アジア外交がどうなったか。これはわれわれがいやというほど日々接している現実である。
 日米中三角関係が安定するためには、三つの辺が相対的にバランスのとれることが肝要だ。いま日米、米中の関係はそれぞれ安定しているが、日中両国は事実上関係断絶に近い。これでは日米中三角関係が成り立たないばかりか、東アジア世界でも、グローバル世界でも、日中の確執のために危うい局面がしばしば出現している。
 劇的な一例は、日本の国連常任理事国入り騒動である。日中両国の多数派工作のために、世界は二分された。アジアでは日本が完敗したが、国際社会全体を見ると、中国が失ったものも大きい。アメリカは当初、両国の争いに「静観の構え」であったが、いまや憂慮や懸念を繰り返し表明するに至っている。
 ポスト小泉外交に期待すべき課題は、アジア外交の再構築以外にはない。
 

               
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