第26号 2006.9.6発行 by 矢吹 晋
    汚職まみれの上海幇

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 上海市高級幹部たちの汚職問題が人々の話題になって久しいが、多維新聞特約記者謝冠平(9月4日、「上海三十億大案直指黃菊江沢民」)が、この問題を詳しく報道している(『多維月刊』2006年8月号)。
 
『多維月刊』2006年8月号表紙
(『多維月刊』2006年8月号表紙)
 
曰く「北京と上海の攻防戦はいまや外堀を越えて、内側に入った」、
「江沢民を守る左右の仁王は、投降するのか」、
「上海市の30億元の社会保障基金を流用した事件が判明」、
「黃菊の妻・余慧文がカゲで糸を引く」、
「黃菊の弟・黃昔曾が「福禧投資」の責任者・張栄坤の不動産開発に直接参画」、
「上海市社会保険局長祝均一、張栄坤と黃菊との親密関係は周知の事実」
---これがこの記事のリードである。
 
  江沢民の腹心ナンバーワン黄菊、その夫人余慧文、黄菊の実弟黄昔曾、不動産ブローカー張栄坤、そして社会保険の基金を預かる祝均一。上海版構造汚職事件の主な役者が揃ったわけだ。黄菊は国務院の常務副総理であり、金融工作担当である。そして黄菊が江沢民の腹心ナンバーワンであることは周知の事実だ。ここまで役者が揃うと、この汚職摘発攻防戦が胡錦濤新執行部の江沢民前執行部に対する「宣戦布告」の意味をもつことはいうまでもあるまい。来年秋に予想されている第17回党大会の準備は、いよいよ人事構想を検討する段階に入っている。こうした状況において、汚職摘発攻防戦が行われることは、その帰結によって党大会の人事配置が決定することを意味する。われわれが重大な関心寄せざるをえないのはこのためである。
   
写真:黄菊 写真:余慧文
 黄菊(写真は新華社より)  余慧文(写真は、sh.sina.com.cnより)
   
写真:張栄坤 写真:祝均一
張栄坤と夫人(写真は、www.76u.netより) 祝均一(写真は、新華社より)
 
 上海市労動・社会保障局局長、党組書記祝均一は黃菊のお気に入りの部下である。
 黃菊が上海市委書記時代に、当時上海市経委副主任を務めていた祝均一を上海市労動局長に任命した。黃菊は祝均一にこう話したという。「いま国有企業改革は大きな障害に遭遇している。列車のレールに丸太棒が置いてあるようなものだ。それをどかさないと列車は前進できない」。こうして黃菊は“丸太棒”をどかす任務を祝均一に与えた。それが“市労動局局長”の人事であった。
 祝均一はこのポストに10年留まった。しかし、上海市人民代表の肩書をも持つ祝均一はいまや、社会保険基金30億元を流用したカドで監視対象にされている。逮捕は時間の問題であろう。謝冠平記者によると、中央紀律検査委員会は祝均一の汚職事件について事実をつかんだあと、「中央の主要領導」(この場合、胡錦濤らを指す)の許可を得て、7月16日に上海市委書記陳良宇および上海市長韓正を北京に呼びつけて協議した。これに対して陳良宇書記と韓正市長はともに「中央が法に照らして事件を捜査すること」を支持すると表明した。こうして7月17日、中央紀律検査委員会の担当者が上海に到着し、祝均一およびもう一人の社会保障基金担当の処長を監視対象に指定した。中央紀律検査委員会の担当者はいま祝均一らを上海から江蘇省某所に移し、審查を続けているという。
 中央からの調査チームが来たことによって、上海指導部はてんやわんやの大騒ぎだ。上海市党政幹部が外省へ出張する「学習団派遣」は取り消された。祝均一が軟禁されたのと同時に、祝が投資した「福禧投資控股有限公司」の「董事局主席」で、第十屆全国政協委員、上海市工商聯副会長を兼ねる張栄坤およびその夫人も中央の関係部門に軟禁された。張栄坤は「上海慈善基金会名譽副会長」を兼ねており、黃菊夫人余慧文は、この基金会の実務工作に責任を負う副会長である。余慧文はまた上海および浙江一帶の成り金たちとつきあいが深く、成り金たちは基金会への献金を通じて余慧文と“顔なじみ”であり、いわばグルである。
 このような人脈を通じて社会的地位を高めた張栄坤はいまや余慧文と深い関係にあり、ここから張は隨時、黃菊と電話で話ができる間柄だという。張の金儲けプロジェクトは、このような人脈網を通じて動いている。一端話が決まると、銀行は積極的に融資してくれる。こうして“リスクなし、金儲けの保証つき”のプロジェクトが闊歩する。張栄坤のこのような金儲けモデルは、まさに羨望の的であり、“張栄坤モデル”と呼ばれている。
 実は張は黃菊との關係のほかに、黃菊の黒幕江沢民とも特殊な關係をもつという。数年前、張栄坤が“上海・杭州ハイウェー”を買収したとき、張栄坤が江沢民辦公室に電話をかけたのを目撃した人物がいる。このような関係を見せつけると、銀行は自分の方から融資を申し出るという仕組みである。今回の30億元事件が暴露された後、上海の各銀行はすでに通知を受けており、張栄坤グループの公司に対して、どれだけ融資したかを報告させられている。
 今年38歲の張栄坤は、江蘇省蘇州出身で、華東師範大學を卒業し、金融問題で修士の学位を得た。九十年代初め、張栄坤は江蘇で「沸點投資發展公司」を設立したが、登録資本は三千万元であり、主として食糧品加工、家俱製造に従事していた。2002年初め、張栄坤は上海浦東に「福禧投資控股有限公司」を登記した。登録資本は五億元であった。同年三月末、福禧公司は32億元で「上海城市建設投資發展総公司」から“上海・杭州ハイウェー”公司の上海区間運営の99.35%の株券を譲り受けたが、これは民営企業がインフラ領域に進出した嚆矢であった。2004年に張栄坤は20億の資產を記録し、中国億万長者番付の39位に躍進し、上海地区の政商として話題になった。
 上海ビジネス界の消息によると、張栄坤は中央高層に有力な黒幕がいるために“上海・杭州ハイウェー”の権益を買収できたという。ズバリ言えば背後で黃菊が幫助した結果にほかならない。こうして張栄坤の「福禧投資公司」は”上海・杭州ハイウェー”の上海区間の30年間の運営権を得たのであった。
 2003年に張栄坤は50億元を投資して、“嘉興・金華ハイウェー”の経営権を買収した。この公路は上海に新設されるF1オートレース場につながる。張栄坤のもう一つの成功物語、成功モデルといわれる。こうした“保證つき金儲け”、“リスクなしのビジネス”の誘惑下で、上海社保局長祝均一は黃菊という黒幕を頼りにしさえすれば、御身安泰と考えた。こうして30億元にものぼる社保基金を張栄坤に渡したわけだ。これは中央紀律検査委員会によれば“投資とはいえないだけでなく、いかなる担保もとらずに支出したのであるから、重大な規律違反事件”であった。中央紀律検査委員会はいま祝均一の背後関係を調べ、黃菊夫人余慧文や黄菊の実弟・黃昔與と祝均一および張栄坤との關係を捜査しているという。
 さて黃菊は2006年1月中旬以後、マスコミから姿を隠した。黃菊は今年春節前の健康診断で膵臓癌が発見されたからといわれる。しかし6月5日に突然、他の八名政治局常務委員とともに、中国科學院および中国工程院の「院士大会」に姿を現し、その後もしばしば姿を現している。消息筋によれば、黃菊の病情は確かであり、病状は進行している。にもかかわらず、彼が姿を現すのは、妻や実弟、部下などへの激励の意味か、それともボス江沢民にまで摘発が及ぶのを防ぐためか。謝冠平記者はこう疑問を投げかけて、この記事を結んでいる。
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 上海の汚職がらみでは、もう一つの話題がある。それは上海随一の富豪といわれる周正毅が上海提籃橋監獄に服役中に「教導員」を担当していた俞金寶が8月22日に軟禁された事件である。周正毅は2004年6月1日に株式売買価格を操作した罪で懲役3年の刑を科された。そして2003年5月26日から2006年5月26日に出獄するまで監獄暮らしを味わった。
 周正毅事件は、この事件に連座した中国銀行前上海支店長劉金寶が2005年8月12日に汚職罪で死刑(執行猶予つき)判決されたのと較べて、軽いことが話題になっていた。
 それだけではない。獄中生活も「教導員」俞金寶の周到な手配りのおかげで、快適そのものであったようだ。まさに監獄のなかも金次第だ。大物周正毅に対して、そのような特殊な待遇を保証していた獄卒がいま審査されている。
 このような一連の事件をどう読むべきか。中国政治史にみる汚職の歴史は深く、長い。江沢民時代には、北京市書記陳希同の汚職が摘発されたことは、記憶に新しい。しかし、上海市の汚職は、江沢民の腹心ナンバーワン黄菊とその夫人、および黄菊の実弟にまで及ぶもので、黄菊をこれまで重用してきた江沢民の政治責任は免れないし、江沢民一族もこれに深く関与している形跡がある。つまり黄菊が汚職で儲けた金がどこへ行ったかの問題だ。黄菊は上海市長・書記の時代に、上海市のためにはよいことは何もやらず、ひたすら江沢民一族に尽くしてきた、とは上海雀がしばしば強調してきたことである。
 上海幇の構造汚職事件は、江沢民のお膝元で、しかも江沢民が利益を享受する形で行われてきたことが重大であろう。これが江沢民長期政権の帰結である。私は江沢民が天安門事件直後に抜擢された直後からこの人物に大国・中国を指導する器量がないことをしばしば批判してきたが、私の予想は遺憾ながら的中していたように思われる。日本の政治もデタラメだが、そのような日本と子供のケンカを続けている中国もまた深い病に犯されているように見える。
 

               
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