第29号 2006.12.6発行 by 矢吹 晋
    「新華社内参」資料:『陳良宇言論選編』を読む

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 9月24日の陳良宇書記解任は、中国政治にとって数年来の大事件であった。
胡錦濤執行部が処分断行を決断するまでには、陳良宇は陰に陽にさまざまな手段で中央の指導に抵抗することともに、胡錦濤執行部を攻撃してきた。その一端をまとめたものが新華社內參『陳良宇言論選編』である。これは新華社が「内部参考」のためにまとめた資料の意である。陳良宇の鼻息がいかに荒いか、中南海の権力闘争がいかにはげしいか。それを知ることができよう。この秘密文件は民間通信社・多維社が流したものである。新華社は陳良宇の発言を以下の項目にまとめて批判的に紹介し、その反党・反中央ぶりを批判している。
陳良宇書記長の写真
陳良宇書記
 
 一﹑共産党について
 二、上海について
 三、中共中央への抵抗について
 四、政策の「弾力性」(変通)について
 五、中央の指導同志と中央の政策への攻撃
 六、個人主義の膨張と狡猾な主張
 七、市場経済について
 八、上海地方主義
 九、その他の奇談怪論
 十、党内批判の範囲を逸脱した個人攻撃
 十一、思想の混乱
 
一、共産党について
 陳良宇の共産党観を示す発言を拾ってみよう。「いま最も重要なのは、共産党が崩れることを懸念することではない。わが国が国際競争のなかで伍していけるかどうか、である」「党校は中央の文件政策を学習して決意表明をするところであってはならず、いわんや派閥をつくりイデオロギー闘争をやるところであってはならない」。陳良宇は胡錦濤が中央党校を利用して、派閥作りをやっていると批判している。
 
二、上海について
 「三つの代表とは共産党が先進的派生産力、先進的文化、広範な中国人民の根本的利益を代表する、とするものだ。この三つの面からいえば、上海は全国の最前列にある。それゆえ、上海こそが中国共産党の先進性を代表している」「上海の発展は高速度の安定発展である。これは中央から支持されているが、中央に依存してはいない。甘粛省は中央に依存しているが、上海は甘粛省が中央依存から脱却するのを助ける能力がある」。貧しい甘粛省を助ける上海といういい方は、胡錦濤がかつて甘粛省で働いた経験をもつことを揶揄したものと読める。
 
三、抵制中共中央への抵抗について
 鄧小平の「発展こそが硬い道理だ」ということばをなぜ語らなくなったのか。発展は硬い道理ではなくなったのか。鄧小平の「小康社会思想」について、小康生活水準に達した者はさらに発展してはならず、到達しない者が追いついてからさらに発展すべきだとする考え方は道理に合わない。このような機械的思考によって社会主義建設を行うことはできない。太陽が昇るときはまず東を照す。東と西を同時に照すのではない。マクロ・コントロールと均衡発展を平均主義の代名詞にしてはならない。より多くの農民を市民にしてなぜ悪いのか。農民を永遠に農民にしておくのか。中央の若干の者はなぜ都市の拡充や新興都市の発展に制限を加えようとするのか。――陳良宇はここで自らを鄧小平路線の執行者と自任し、胡錦濤・温家宝の指導を毛沢東的悪平等主義と非難している。
 
四、弾力的政策について
 腐敗と弾力的政策とは異なる。腐敗は私利を図るものだが、弾力的政策とは人民の利益を図るものだ。党に対して顔向けができ、良心に背かず、人民に顔向けできることならば、私はリスクを恐れない。責任を回避しない。――胡錦濤からすれば、上海の汚職・腐敗の構造が問題だが、陳良宇にとっては、「弾力的政策」であり、政策の許す範囲内のことであり、違法な、中央の政策からの逸脱ではない。
 
五、中央の指導同志と政策に対する攻撃
 不動産建築の値上がりは需要に供給が追いつかないためだ。土地の転売で暴利をむさぼるのは土地の供給が需要においつかないためだ。西瓜売りにさえ分かることが党と国家の指導者には分からない。分からないフリをしている。経済的トラブルに対して調査研究なしに指示を出すやり方は改めるべきである。これでは党の執政能力を強めることにはならない。国務院の指導的同志〔温家宝を指す〕が些細な事件に指示を出す場合に尊重しないわけにはいかないが、いったいどんな法律に基づいてそのような指示を出す権力があるのか。人口移動は地域間の不均衡発展を加速する重要な要素である。北京にはどれほど多くの省が事務所をもうけているのか。これらは北京の発展に貢献している。各地の企業は上海に窓口をもうけている。各地の個人も上海で発展の機会を求めている。香港・台湾企業や外国企業もそれを求めている。これが上海の発展を加速しているが、この状況下で、全国的な均衡発展はありうるだろうか。上海の建物を延安に建てれば、建築価格は安くなるが、そんな道理があるだろうか。いま中央の指導者は行政手段を用いて経済社会の事務に干渉していると見る向きがあり、私自身はそうは思わないが、確かに中央の精神を誤って理解している者もある。いわゆる上海幇のいい方があるが、少し反論したい。なぜ四人組を憎まず、上海幇を憎むのか。外国のメディアを利用して、上海幇への侵攻などを語るのは、党内の事柄を党が解決できないことを世界に暴露しているようなものではないか。これほど危険なことがあろうか。――胡錦濤の上海閥退治の世論攻勢への反論である。
 
六、個人主義の膨脹と狡猾な弁明
 上海の市委書記として、私は職責範囲内のことに責任をもつ。私の職責は総書記とは異なる。上海市政府は中央のマクロ・コントロールを全面的に実行してきたが、私的資金や外国資金が流入するのを押さえる法律はない。経済的手段と法律的手段によって発展させるべきであり、行政手段によるべきではない。私は行政手段や党の指導に反対しているのではなく、経済的手段を用いるべきときに行政手段を用いてはならないということである。党の執政能力を高めることは行政手段による干渉とは異なる。全国ではGNPの4割を私営企業が生み出しているが、上海では国有企業が8割のGNPを生み出している。もし社会主義の堅持を語るならば、上海こそが称賛さるべきである。上海は資本主義をやっているといったレッテルを上海に貼り付けてはならない。――上海は経済の論理で発展している。そこへ中央が行政手段で介入するのは許されないと反論している。
 
七、市場経済について(略)
 
八、上海の地方主義
 他の省が発展しないときに、上海が発展すると、上海の地方主義という者がある。たとえば江西省X市で外国資本を導入したとする。その最初の金は上海で使い、上海に窓口をもうける。上海から専門家を招くので、第二の金も上海に落とす。外資導入が成功すると、産品は上海から輸出するので、上海はこれを助けてもうける。経営者はもうけると上海に家を買うので、上海はもうける。経営者の家族は上海で店を開く。10年後には、彼らはもう上海人になっている。少なくとも次の世代が上海人になることは確実だ。こうして全国、全世界の者が上海に発展を求めるので、上海の発展は停止することがない。――上海の発展には発展する論理が存在するからだ。この根拠を見ないで、「地方主義」のレッテル貼りは納得できぬと反論している。
 
◆総括的印象。
 新華社すなわち胡錦濤の側が陳良宇の反党言論の証拠として集めたものがこの資料である。これを読むと、陳良宇の側の理論武装がそれなりの論理をもつことが分かる。すなわち中国共産党の理論家たちが毛沢東時代のイデオロギーを清算することなしに(鄧小平流にいえば、論争を棚上げして)、いわゆる社会主義市場経済論なるものを導入した。こうして社会主義市場経済論はその出発点からして曖昧な性格をもっている。胡錦濤が鄧小平式の発展理論の軌道修正を試みたときに、陳良宇が鄧小平理論を援用して、胡錦濤路線を悪平等主義の毛沢東路線だと反論したとき、これは論争自体としては決着をつけにくい。そこで胡錦濤は、陳良宇の弾力政策が中央の許す政策の範囲を逸脱した違法な経済行為として処断することに踏み切ったものとみてよい。
 陳良宇が胡錦濤の個人攻撃を含めて、その権威を無視できた背景には、むろん上海閥の大ボス江沢民の存在のためであり、陳良宇が胡錦濤の権威を認めず、軽視した状況は、かつて北京市の陳希同書記が新任の総書記江沢民を軽侮した姿と酷似している。敢えて違いを挙げるとすれば、陳希同の摘発に際して、江沢民は鄧小平以下長老の権威を頼りにできた。今回、胡錦濤にはそのような利用できる権威はなく、旧勢力の江沢民が陳良宇を支えていた。こうした新たな状況は、胡錦濤の困難が大きいことを意味しており、それゆえに、胡錦濤は2002年秋の党大会で総書記に就任して丸々4年間の周到な準備を必要とした。この間の二つの司令部の並立状況のもとで、中国政治はきわめて不透明なイメージを与えたが、来年の第17回党大会を前にして、ようやく胡錦濤のリーダーシップが政治の表舞台にも明白に浮かび上がったものとみてよい。
 

               
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