第34号 2007.7.11発行 by 矢吹 晋
    軍の人事
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 秋の第17回党大会の準備が急ピッチである。6月25日に胡錦濤が中央党校の「省部級[省レベル書記、国務院部長級]幹部進修班で「重要講話」を行った。そのタイトルは「中国的特色をもつ社会主義の偉大な道を断固として歩み、小康社会の全面的建設を勝ち取るために奮闘しよう」というものだ。この講話が党大会の政治報告の基調となるであろうことについてはすでにいくつかの報道もあり、党大会の準備が拍車をかけている事情の一端をうかがうことができる。ここでは時折報道される人事異動を中心に観察してみよう。

 秋の党大会で誰が中央委員から引退するのか、誰が昇格するのかは、個人の問題であるとともに実は組織単位の問題でもある。中国の膨大な官僚機構のなかで、一部のポストは中央委員、少なくとも中央候補委員の指定席だからだ。つまり、これらのポストに就くには、中央委員なり、中央候補委員の資格をもつことが前提条件である。
 そこで党大会で中央委員人事が確定してから、これらのポストに配分されるのが大原則である。たとえば国務院の閣僚たちは中央委員の地位をもつ必要があるが、これは党大会の半年後に全人代が開かれるので、最も基本的なパターンだ。党レベルと政府レベルの人事が半年遅れることが制度化していることは、逆にいえば、半年後を想定して党の人事を決めておくことになる。たとえば2003年春に温家宝は国務院総理に就任したが、これは2002年秋の党大会の時点で事実上内定していた。国務院総理は政治局常務委員の地位をもたなければならない。政治局常務委員にはそれぞれの担当が決められており、温家宝は半年前の党大会で常務委員に選ばれたときに、この時点ですでに総理就任含みで常務委員会メンバーになったのである。
 しかしながら、すべての政府ポストをこのようにあらかじめ準備することは到底不可能である。そこでまず党大会で篩にかけて、そこで選ばれた新中央委員、中央候補委員リストをもとに、残りの政府人事、国家人事が進められることになる。
 しかしながら、原則があれば例外も当然ある。党大会を待って、半年後の全人代を待って内閣を作るやり方を厳守した場合、閣僚級人事はさておくとして、次官=副部長レベル以下の玉突き人事がすべてそのあとになるという玉突き人事の連鎖反応では、人事がどんどん遅れてしまう。しかもここで重要な条件は党大会が5年おきに開かれること。全人代で決定される国務院人事も任期は5年である事実だ。
 このような状況のもとで、すべては党大会待ちといったことを完全に実行するとすれば、人事は早くて5年、遅ければ6年程度遅れることになる。そこで一方で党大会における中央委員の昇格人事をにらみながら、他方で定年引退組については早めに引退を確定して、その候補を選ぶ作業が同時並行的に進むことになる。個々の組織において下部の人事を固めながら、中央委員や中央候補委員の人選を進めなければならない。
 今回の場合は、まず5月の連休前に国務院外交部長など4つの閣僚ポストの異動が行われた。同じ頃から省レベル党書記の異動もいくつかの省で進められた。国務院の閣僚と省レベル党書記とは同格であるから、閣僚人事と省レベル書記人事とは、無関係にはできないのである(ちなみに、冒頭の胡錦濤講話の聞き手は省レベル書記と国務院部長級幹部である)。
 さて、ここでは軍の人事を眺めてみよう。
 次の表1のように、7大軍区のうち4つの最も重要な軍区において司令員の異動が行われた。北京軍区の司令員には房峰輝中将(56歳)が昇格した。前職は広州軍区参謀長である。南京軍区では趙克石中将(59歳)が同じ軍区の参謀長から司令員に昇格した。蘭州軍区では王国生中将(60歳)が同じ軍区の参謀長から司令員に昇格した。広州軍区では章沁生中将(59歳)が前総参謀部副部長総参謀長から転出した。
 これらには共通性が見られる。すなわち司令員に昇格する人々の前職は「参謀長」であること、階級は中将であること、年齢は60歳未満であること、これらが必要条件である。
 司令員の階級は原則として上将である。したがっていま中将の彼らは、いずれ上将に昇格する。そして任期は原則に5年であるから65歳をもって定年を迎える。ところで、北京軍区司令員に新たに就任した房峰輝中将はまだ56歳だから、5年後に依然61歳であり、定年に達しない。この事実のもつ意味は大きい。この人物は北京軍区司令員を務めたあと、もし特別のミスがなければ、解放軍本部の総参謀部に栄転する道が残されているわけだ。
 解放軍の場合は、軍令の命令上下関係は厳密でなければならないので、階級的上下関係はきわめて明確である。この事実を内外に周知徹底することが肝要であり、それゆえ外部の観察者からみてもおのずから判断できるように情報を公開していることになる。このような視角から、人事を観察するといくつかの事実が見えてくる。
 第1表 大軍区の司令員異動
北京軍区 司令員 房峰輝 中将 56歳 前広州軍区参謀長
南京軍区 司令員 趙克石 中将 59歳 参謀長から昇格
蘭州軍区 司令員 王国生 中将 60歳 参謀長から昇格
広州軍区 司令員 章沁生 中将 59歳 前総参謀部副総参謀長

 中共中央中央軍事委員会は7月6日、中将3名の上将昇格を発令した。以下のとおりである。
 1.副総参謀長 許其亮中将を上将に昇格(1950年3月生まれ。山東省出身。空軍。元瀋陽軍区空軍司令員。前空軍副政治委員)。
 2.総後勤部政治委員孫大発中将を上将に昇格(1945年生まれ。安徽省出身。元瀋陽軍区政治部主任、元16集団軍政治委員)。
 3.海軍司令員 呉勝利中将を上将に昇格(1945年生まれ。河北省出身。海軍所属。海軍福建基地司令員、東海艦隊副司令員、南海艦隊司令員。2004年から副総参謀長を勤め、2006年8月から海軍司令員)。
  次に大軍区レベルのうち、4総部と7大軍区について、中央委員と中央候補委員の数を調べて見よう。
 第2表 大軍区の中央委員ポスト(司令員と政治委員)
中央委員 候補委員 中央委員 候補委員
総参謀部 3 1 北京軍区 2 1
総政治部 3 1 瀋陽軍区 1 0
総後勤部 2 1 南京軍区 1 1
総装備部 3 1 済南軍区 1 1
海軍 1 1 広州軍区 3 1
空軍 2 0 成都軍区 2 1
第二砲兵 1 0 蘭州軍区 1 1

 上の表2のように、2006年末の時点で数えると、かなりアンバランスが目立つ。総参謀部、総政治部、総装備部はそれぞれ中央委員ポストを3つもち、中央候補委員のポストを1つもつ。これが典型的なケースである。しかし、総後勤部は中央委員ポストが2つ、中央候補委員1つである。4総部は当然ながら、まったく同格ではない。総装備部1998年4月に創設され、組織としては最も若いが、任務の重要性からして、総後勤部よりも上に位置づけられていることがここから読み取ることができる。海軍と空軍は中央委員と中央候補委員を合わせて二つポストを与えられている。すなわち司令員と政治委員である。第二砲兵はいま中央委員1だが、党大会を経て、中央委員2あるいは中央委員1、中央候補委員1の体制になることは当然予想される。
 大軍区はいま広州軍区で(3+1)と最も多く、瀋陽軍区(1+0)となっているのは、アンバランスである。(2+0)すなわち司令員と政治委員の二人が中央委員という形が最も普通であり、より重要な軍区についてはさらに中央候補委員が一人追加される場合が普通である。
 以上、要するに、大軍区の司令員や政治委員は中央委員ポストであり、少なくとも中央候補委員の党内的階級をもち、少なくとも中将の軍内階級をもたなければならない。こうして、属人的な軍内階級と党内職務と連動した党員としての地位との相互作用のなかで高級幹部の人事異動が行われる。私は7年前の時点で、2年後の第16回党大会を予想して、一連の人事予想を行い、『中国の権力システム』(平凡社新書、2000年10月)を書いた。ご用とお急ぎでない読者があれば、私の分析がどこまで当たり、どこがずれていたかを検証願いたいと思う。

               
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