第39号 2007.12.6発行 by 矢吹 晋
    習近平(既得利益擁護派)VS李克強(改革派)の図式
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習近平 李克強
習近平 李克強
 党大会において、中国共産党のトップ人事が決定されて1カ月、その内幕が少しずつ明らかになりつつある。
 先の党大会における最大のサプライズ人事は、常務委員会の新任メンバーのうち、習近平の序列が6位、李克強が7位と、予想されていた順位が逆転したことであった。5年後の第18回党大会では、9名中7名がすべて年齢制限により引退し、習近平と李克強だけが留任し、それぞれ総書記と国務院総理に就任する計画はすでに確定している。
 両者の順位逆転の背景説明として、「党内の予備選挙の結果による人気度を反映したもの」とする説明が行われてきたが、その具体的内容がいまひとつ曖昧模糊としていた。両者の序列を決定したいわゆる予備選挙とは、全国31からなる「1級行政区」党書記によって行われたものだという。中国大陸の地方行政は、4大直轄市(北京、上海、天津、重慶)、22省(河北省、河南省など最も一般的な行政区画)、一定比率以上の少数民族を含む5自治区(内蒙古、広西、西蔵、寧夏、新疆)、都合31地区からなる。各地区の党委員会書記を束ねているのが中共中央組織部であり、大会前は賀国強(現、常務委員)が部長を務め、大会後は李源潮(現、中央書記処書記)が部長に就任した。この「省級書記全国会議」における人気投票において、習近平の得票が李克強を上回ったことが序列逆転の理由とされている。
 全国の省級書記を集めて現場の声を聞くやり方は、毛沢東が人民公社運動、大躍進運動をやったときに、しばしば用いた方法であり、この種の会議自体は、特に珍しいものではない。ただし、その結果を「そのまま追認した」と説明するのは、きわめて珍しい。
 胡錦濤は「党内民主主義」を強調し、各人が一票をもつ「票決制度」により、多数決で決定するよう提案した。このような「委員会による集団指導的決定」制度を「制度化」することに力を入れ、今回、それを実行した結果が、習近平、李克強の序列に反映されたと説明されているわけだ。これはまさに胡錦濤の党内民主主義論を逆手にとられた形だと見るほかあるまい。
 人事を決めるもう一つの基準である「68歳定年制度」については、説明を要しない。68歳定年制度を守るためには、任期5年を前提として、63歳前後を候補者選考の基準とする考え方も説明を要しないであろう。
 こうして胡錦濤流の人事決定システムは、まず(1)定年制で候補者をしぼり、次いで(2)票決制により、多数決で決定するやり方だ。この種の制度化は、毛沢東や鄧小平が決定し、江沢民が模倣してきたやり方と比べて、いくらか民主的なことは明らかであり、評価できる面もないわけではないが、手放しで褒めるわけにもいかない事情がある。
 ちなみに、「省級書記の声」を聞いて人気度を調べるやり方は、小泉首相が選ばれた当時の自民党総裁選挙を想起させる。小泉は、独特のパフォーマンスにより、自民党地方支部すなわち各県レベル選挙で「選挙に勝てる顔」の声を盛り上げ、両院議員総会の空気をみずからに有利な方向に導いたことは記憶に新しい。
 さて、中国共産党の場合、省級書記会議の手順を決めて、具体的に執行したのは、中央書記処書記として党大会の準備を一手に引き受けた曽慶紅である。策士として知られる曽慶紅は、自らの引退というフリーハンドを巧みに使いながら、習近平人気を盛り上げることに成功した「その経緯」が問題なのだ。ここで上海市書記に就任してわずか半年の習近平が胡錦濤のプリンスとして10年来、下馬評の高かった李克強を一夜にして飛び越えてしまった、隠された真の理由が問われなければならない。
習近平人気を支える条件として、(1)父親習仲勲の功績と人柄、(2)習近平本人の人柄と能力、(3)夫人彭麗媛が解放軍所属の有名歌手であること、の3条件が挙げられることが多い。
習近平夫人の彭麗媛(解放軍所属の有名歌手)
習近平夫人の彭麗媛(解放軍所属の有名歌手)
 しかしより重要なのは、習近平と解放軍との関係であろう。彼は清華大学化学工程部を1979年に卒業した後、国務院弁公庁に入り、当時副総理兼国防部長を務めていた耿飈の秘書になった。耿飈は、79年1月から82年9月まで中共中央軍事委員会委員であり、81年7月までは軍事委員会秘書長も兼任していた。この経歴からして、解放軍としては習近平をいわば「身内の人間」と見ているわけだ。
 これに対して、李克強は北京大学卒である。同窓の胡平や王軍濤が天安門事件以後、アメリカに亡命し、その「亡命組からエールを送られたこと」が李克強にとってマイナスに作用した。一方は太子党代表として、既得利益擁護に走る官僚主義者階級や保守的な解放軍から支持され、他方は民主化を願う亡命派から期待される。
 ポスト胡錦濤時代の中国のトップ習近平とナンバーツー李克強は、それぞれが「世襲の既得利益を擁護しようとする一派(太子党)」と「民主化願望派あるいは自らの実力で出世しようとする共青団一派」の利害を代表しているとみてよい。そして今回の習近平の勝利は、既得利益擁護派すなわち改革への抵抗勢力の根強さを象徴的に示すものが習近平・李克強の順位の差と読むべきであろう。
 なお、李克強は最近、国務院党組副書記に就任して明春の全国人民代表大会で筆頭副首相、すなわち常務副首相就任が確実視されるに至った。それだけではない。『大公報』孫志記者の北京11月21日電によると、李克強はすでに温家宝の助手として国務院の行政機構に大鉈を振るう「大部制」改革の仕事を始めている。
 国務院改革はおよそ10年前に朱鎔基によって行われ、中央政府の要員を約半分に減らしたが、これを国際比較すると、まだ国務院は外国と比べて肥大化している。たとえばアメリカのホワイトハウスは13部門からなり、日本の内閣は内閣府+12省庁であり、ドイツは15部門、イギリスは18部門からなる。これらと比べて中国の国務院は28部であり、どこよりも大きな政府となっている。これを10~15部門に減らすための具体的な行政改革案作りに着手したという。
 なるほど、来年3月の全国人民代表大会で第2期温家宝内閣の目玉として改革案を提起するには、一刻もムダにできないことは明らかだ。李克強の中央での初仕事に注目したい。
 

               
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