第44号 2008.11.5発行 by 矢吹 晋
    世界金融危機の中の中国経済
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1.「中国の底力」は、まだ残されているが……
 米国発の金融危機のなかで、中国経済の舵取りがたいへん難しくなっている。中国の輸出はどのような影響を受けているのか。国務院商務部の高虎城・副部長が10月28日に記者会見で明らかにした統計数字を眺めながら、当面の問題を考えてみよう。
 米国サブプライムローン(=次貸)危機に端を発した世界的金融危機は、依然拡大・深化しつつある。世界経済成長の減速傾向はますます明らかであり、中国の輸出に対する影響もはっきりと見えてきた。2008年1~9月の国・地域別統計を見ると、

 (1)中国の米国への輸出の伸び率は11.2%であり、07年同期比15.8%から4.6ポイント低下した。
 (2)大陸から香港地区への輸出の伸び率は8.9%にとどまり、07年同期比21.6%から12.7ポイント低下した。
 (3)欧州への輸出の伸び率は、8月は前年同月比22%、9月は同比20.8%で比較的高い水準だが、これは2007年の伸び率が小さいため大きく見えるのであり、1~7月までの伸び率27.1%と比べると、8~9月の低下は明らかであり、影響ははっきりしてきた。
 2008年1~9月の輸出を製品別に見ると、労働集約型製品の輸出の伸びの低迷が目立つ。たとえば   (4)衣類の輸出伸び率は07年同期23%から1.8%へ、玩具は同期比20%から3.7%へ、それぞれ21.2ポイント、16.3ポイントの激減である。
 米国発の世界金融危機がいまや実体経済に対して深刻な影響を与え始めたことがよく分かる。これらの動向を踏まえて、国際通貨基金(IMF)などの世界経済や国際貿易の見通しも成長率を引き下げている(輸出の伸び率にかかわる数字は、人民網2008年10月29日報道による)。


 このような状況に直面して、中国当局はどのような対策を考えているのか。現在の状況から見て、国際経済情勢の悪化が中国輸出に与える影響は、ますます大きくなることは当然予想されるが、悲観的な材料ばかりではない。「中国の底力」は、まだ残されていると見てよい。たとえば


 (1)中国の輸出産業の比較優位性が失われたわけではない。中国商品はまだ強い競争力を持っている。なによりも低賃金を武器とした価格競争力だが、近年はこの条件に加えて研究開発を通じた自社ブランド製品の開発も目立つ。
 (2)もう一つは、中国輸出の大宗をなす商品群が中級・低級品であり、高級品ではないことだ。不況に際して国際市場の需要減少はまず高級製品・奢侈品において顕著である。しかし、中国の輸出品は基本的に中級商品・低級商品である。すなわちほとんどが日用品であるから、消費をやめるわけにはいかない。品質・価格面で中国商品の優位性は失われていない。中国の主力輸出商品がこのような性格をもつことは、むしろ強みでもあり、「輸出拡大のチャンスとみる見方」にも根拠がないわけではない。
 (3)交易条件にかかわる人民元レートを見ると、06年以来人民元の対米ドルレートは、累計17.4%程度、すなわち2割近く値上がりしており、この条件は、明らかに輸出に不利に作用し、輸入には有利に作用していることは明らかだが、この条件の変化が「輸出競争力をそこなう」ことはなかった。それをカバーできる柔軟な体質を中国企業は備えているわけだ。


 俗に「濡れ雑巾をしぼる」やり方に対して、「乾いた雑巾をしぼる」という言い方がある。合理化を極端に進めた企業がそれ以上の合理化を行うのは、まさに「乾いた雑巾をしぼる」ように苦痛を伴う。これに対して、中国の一般的な状況は、「濡れ雑巾」に近い状態であり、輸出競争力の点では、まだまだ国際競争力が失われるといった話にはならないことを見極めておく必要があろう。


 (4)中国当局が輸出税還付率を引き上げることによって、すなわち輸出税率を実質的に引き下げることによって輸出ドライブをかけたことも、むろん輸出の伸びに寄与している。たとえば繊維製品・衣類・おもちゃ・家具・高付加価値機械電気設備製品の一部の輸出税の「還付率引き上げ」すなわち事実上の「輸出税減税」効果である。


2.危機を見据えながら状況を先取りした対策を
 中国の輸出競争力だけについて見ると、以上のような状況だが、現在の経済危機は、輸出入だけで論ずることはむろんできない。農業・農村問題、株価の低迷、不動産市況の問題など、枚挙にいとまがなく、しかもこれらはすべて相互に連関している。
 そこで、中国経済全体をどう見るかという話になると、ことは簡単ではない。悲観論、楽観論、いずれが正しいかは別として、それぞれに一応の根拠があるように見える。
 そこで「中国は金融危機において、最大の儲け頭になるか」という刺激的なタイトルを付した『マカオ日報』(2008年10月29日、来源は中国新聞網)の社説を読んでみよう。


 米国発の「金融ツナミ」(原文=金融海嘯)に対しては、楽観派と悲観派が甲論乙駁、侃々諤々の論争を行っている。
 一部の楽観派によれば、これは中国にとっての歴史的なチャンスだ。各国が流動資金の不足に見舞われているとき、中国には2兆ドルの外貨準備がある。この資金で良質の外国資産を買い占めるならば、西側大国の没落に拍車をかけ、中国の勃興を加速させるであろう。
 一部の悲観派は、この金融危機において、中国当局は苦労してためこんだ外貨を投資の失敗により失い、加えてこれまでの輸出指向の経済成長のパターンも有効に機能しなくなる。中国当局には内需指向型経済への転換の舵取り能力もなく、結局は中国経済が衰退に向かう。


 「飛躍へのチャンス」なのか、「衰退に向かう岐路」なのか。両者の見方は正反対だ。中国当局が保有している米国財務省証券の価値がドルの減価分だけ損失を被ることは明らかであり、また平安保険や中信泰富などの公司が海外投資の失敗で数百億元の損失を抱えたことは事実だが、中国の金融システム全体から見れば、それで中国がどうなるという話ではないのも確かだ。
 世界金融危機が実体経済の危機に波及するスパイラルの影響を受けないことはありえないが、前述のように、輸出が伸び悩み、GDP成長率が二桁から一桁に減速したとしても、依然9.9%の高さである。都市の登録された失業者数は830万人であり、これに都市で雇用を探している「農民工」を加えると、雇用情勢はきわめて厳しい。中小企業の倒産も多く、「失業大軍」対策は大きな課題である。
 とはいえ「失業大軍」とは、見方を変えれば低賃金労働力人口のプールであり、資源そのものでもある。こうして「失業大軍」は、社会治安を乱す攪乱要因にもなりうるが、経済政策に誤りがなければ、労働力資源の宝庫ともなりうる。
 1929年の世界恐慌以来の危機は、まだ底が見えていないのであるから、楽観論・悲観論、いずれの側にも軍配を上げることはできない。いま言えることは、過度の悲観論も、過度の楽観論も妥当ではないことだ。危機の展開・発展を見据えながら、状況を先取りした対策を模索するという態度に尽きるであろう。鄧小平のモットーは「河底の石をさすりながら河を渉る」(=摸着石頭過河)であった。目の前が見えないとき、これ以外に正しい方法はありえまい。「鄧小平路線はもはや時代遅れ」などと、これを批判する論者の声が大きくなったときに、まさに鄧小平流の実事求是のやり方が冴えるのは、歴史の皮肉というべきであろう。
 

               
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