第45号 2008.12.4発行 by 矢吹 晋
    揺らぐ米ドル支配体制を支える中国経済
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1.過熱抑制から景気刺激策への転換
 新華社によると、11月29日午前に中共中央政治局は「第9次集体学習」を行い、胡錦濤がこれを「主持」し、こう挨拶した。


 「いま,国際金融危機は引き続き拡散し、蔓延しつつあり、中国の発展にとって対外條件はいっそう複雜になりつつある」。
 「突出して直面しているのは外国需要が顯著に減少し、中国の伝統的競争優位性が圧力を受けていることだ。国際競争はますます激烈であり、投資や貿易の保護主義の圧力も増している」。
「人口資源や環境の制約も強まり、〔労働集約型から資本集約型への〕経済発展方式転換の圧力になっている」。
 「この圧力を動力に変え、挑戰を機会に変え、安定的で比較的早い発展を保つ〔保持経済平穏較快発展〕ことができるかどうか。いま党はその執政能力を問われている」。


 「第9次集体学習」とは、昨年秋の第17回党大会以来の約1年間に、9回の学習を重ねたという意味だが、とりわけ今年6月以来は、経済政策の舵取りをめぐって、さまざまな会議が開かれ、過熱抑制から景気刺激策への転換が模索されてきた。たとえば、次のごとくである。


* * * * * *

◆6月13日、中央地方責任者会議が開かれ、胡錦濤・温家宝が重要講話を行った。「内外情勢に新たな複雑な要因、新たな峻厳な挑戦に直面した状況のもとで」という状況認識のもとに、「財政は穏健」「引き締め基調の金融」の言い方が消えた。次いで、国務院経済情勢座談会が開かれた。
◆7月8日、地方責任者座談会が開かれ、広東省、安徽省、陜西省、山東省、湖北省、広西自治区から党書記が出席した。その状況認識は、「インフレ圧力は大きい。石炭・電力・石油の需給逼迫。輸出困難に」なった等である。
◆7月10日、8名のエコノミスト座談会が開かれた。
◆7月11日、専門家座談会が開かれ、金融・不動産情勢が分析されたが、専門家の厳しい建議は紹介されるに至らなかった。景気の見方が引き締めか、緩和か、激しく揺れたことを示唆する。
◆7月15-16日、国務院常務会議が開かれ、「インフレ対策を第一の課題として、マクロ・コントロールの予見性・対応性・柔軟性」が強調された。
◆7月21日、民主諸党派・全国工商連・無党派人士の意見を聴取した。
◆7月23日、全人代財経委員会の経済政策建議が行われた。「高成長・高インフレから、低成長・高インフレへ」の危険が指摘された。個人所得税の課税最低限引上げや預金利子税の引下げを建議され、議会が政府に注文をつける珍しい構図が見られた。議会側は財政金融政策の修正を迫ったわけだ。
◆7月25日、「一保・一控」。成長率を保持しつつ、インフレ控制。(2007年12月以来の「インフレ抑制、過熱抑制」論からの大転換であった。「インフレ抑制」の基調は同じだが、「過熱コントロール」論から「成長率保持」論へ、経済政策の基調は180度転換した。
◆8月1日、輸出税還付率を11%から13%に引上げ、すなわち輸出税の実質減税による輸出ドライブ策が導入された(還付率の2%引上げにより、たとえば紡績業の利潤は26億ドル増加し、企業利潤は176.9億元増加するであろうと『上海証券報』(08月10日)が分析した。ただし『中国証券報』(08月01日)によれば、「人民元切上げ要素とコスト上昇圧力が相殺される」のみにとどまり、「実質的効果はなし」との見方を示した。人民銀行は2008年の貸出規模を5%増額修正した。地方レベルでは10%増額修正した省もあり。これらは主として中小企業対策であり、不動産不況への恩恵はなし。
◆9月5日、党中央政治局会議が開かれた。
◆9月19~20日、中央党校で省部級幹部、学習活動動員大会が開かれ、科学的発展観という胡錦濤イデオロギーが強調された(胡錦濤報告は新華網9月19日、温家宝報告は新華網9月20日にあり)。

一連の会議を踏まえて、9月から10月29日まで3回にわたる金融緩和が行われた。0.27ポイントずつ3回(すなわち0.81ポイント)を引き下げて、人民銀行から各銀行への貸出金利(いわば公定歩合)は1年もので、7.20%から6.39%まで下げられた。

◆11月9日、2010年末までに、4兆元、すなわちGDP25兆元の16%に相当する金額の内需拡大政策が提起された。

◆11月27日にさらなる金融緩和が行われ、10月末以来6.39%であった貸出金利は、さらに1.08%引下げられ、結局5.58%になった。


2.米国経済に深くリンクした中国経済
中国当局は、元来「北京五輪以後の中国経済」という課題を抱えていたが、五輪終了を持つまでもなく、2008年は年初以来、労働契約法の施行によるトラブルやハイテク産業への強引な誘導措置がとりわけ広東省を中心に、労働争議や倒産騒ぎ等を引き起し、温家宝は3回にわたって広東省訪問を迫られるという異例の混乱ぶりであった。各地でのトラブルを踏まえて、引き締め継続か、景気刺激か、政策論争が激化しているさなかに、9月中旬のリーマン・ブラザーズ破産ショックが中国を直撃した。
 リーマン・ブラザーズの中国参入は1993年であり、2008年6月現在、国務院直轄の中国投資基金(CIC)は9000万ドル(同基金の16%)、天津融創集団は2億ドル(35%)、金龍集団は2000万ドルを保有していた。中国の諸銀行は、リーマン債権をどの程度保有していたか。建設銀行1億9140万ドル、工商銀行1億5180万ドル、中国銀行7562万ドル、交通銀行7002万ドル等であり、ほかに招商銀行、中信銀行、興業銀行も取引があった。こうしてリーマン破産と直接的にかかわる不良債権は7.2億ドル程度であり、痛手はそれほど大きなものではない。
 問題はむしろ、連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)や連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)への債券投資の失敗であった。この両社の債券で外資が保有する1兆3000億ドルのうち、中国保有分は3763億ドルに上る。この保有金額は中国の外貨準備高の約2割に相当する。この大口に加えて、米国財務省証券の中国保有高は9月末現在5850億ドル、そしてユーロ通貨・債券が約1040億ドル、都合約1兆1000億ドルの外国金融資産のうち、損失額はおよそ2600~3200億ドルと推定されている。およそ25~33兆円である。中国のGDPは約25兆元(すなわち375兆円)であるから、実際の損失額は、GDPのおよそ1割弱に相当する。つまり中国の今回の損失額を大づかみに概算すると、「GDPの約1割、外貨準備高の約2割」という話になる。
 この数字は中国経済がいかに深く米国経済に巻き込まれているかを端的に物語るものといえよう。この状況で特に際立つのは、中国の保有する米国財務省証券の金額5850億ドルであり、しかも日本の5732億ドルを超えて、世界一になった事実である。
 2008年8月末の時点では、日本5860億ドル、中国5414億ドルであり、日本に次ぐ地位にあった。ところがリーマン・ブラザーズが破産したまさに9月に、中国は日本を超えて世界一に躍進した。これはなんとも皮肉な巡り合わせだ。
 中国はとりわけ1950年代の朝鮮戦争以後、米帝国主義の封じ込め政策のもとで、米帝国主義打倒をスローガンに掲げ、60~70年代のベトナム戦争支援を経て、1979年にようやく国交正常化を果たした。米国との平和共存のもとでスタートしたのが鄧小平路線、すなわち改革開放路線である。今年12月は、改革開放路線30周年記念に当たる。
 この改革開放路線が米国を始めとする西側資本主義諸国との共存共栄体制である事実を象徴する数字が2兆ドルに迫る外貨準備高であり、その3分の1を米国財務省証券として保有し、基軸通貨としてのドルを支えている構図である。


3.日米中、運命共同の経済リンク
 この構図を示すために、3つのグラフを用意した。

図1
グラフ:米国債保有ランキング08年9月

図2
グラフ:日中の米国債保有競争

図3
グラフ:米国債保有 2008年9月  円グラフ


 図1は、米国債保有ランキング(2008年9月末)である。国(地域)別に米国債保有状況を見たものである。
 図3は、これをグループにまとめて円グラフに示したものだ。米国ドルを支えているのは、なによりもまず中国と日本であることが理解できよう。「カリブ」とは、カリブ海金融センターで、具体的には「バハマ、バミューダ、ケイマン諸島、オランダ領アンティル、パナマ」である。石油輸出国とは「エクアドル、ベネゼラ、インドネシア、バーレーン、イラン、イラク、クエート、オマン、カタール、サウジ、アラブ首長国、アルジェリア、ガボン、リビア,ナイジェリア」である。

 図2は、ドル支えに熱中する人民元と日本円の競争だ。


 日中が深い信頼関係で結ばれ、協力し合ってドルを支えるのであれば、支持と同時に米ドルの暴走に対して掣肘の役割を果たすことができ、世界経済の安定的発展に貢献できるはずだ。日中の相互不信によって失われた「得べかりし利益」を試算してみることは、決して「死児の齢」を数えることではなく、21世紀の世界経済を構築するうえで必須の事柄なのだ。
 

               
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