第46号 2008.12.20発行 by 矢吹 晋
    書評 丸川知雄・中川涼司編『中国発多国籍企業』
(同友館、2008年11月)
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『中国発多国籍企業』の表紙
 グローバル経済の重要なプレーヤーの一人は、直接投資(FDI)である。これまで中国の直接投資について語られる場合、ほとんどすべてが直接投資の「受入れ」の話であった。しかし21世紀に入ると、中国は「受入れ国Inward flows」であると同時に、その「供与国Outward flows」としての側面も示し始めた。いわゆる「走出去」戦略である。これを「ソウシュツキョ」と呼ぶのは、はなはだ座りが悪い。中国語を音読みして恰好がつくのは、比較的固い書き言葉の場合である。この表現はきわめて平易な「話し言葉」で「外へ出て行く」の意味だから、企業が「中国から出て外国へ行く」という話だ。このようなコローキュアルな表現は、やはりzouchuquと中国語で読みたい。
 中国の対外直接投資は2000年には10億ドルにすぎなかったが、2006年には212億ドルに急成長した。対内直接投資、すなわちその受入れは当時630億ドルであったから、受入れ額の約3分の1程度に相当する金額を中国は対外投資に用いるようになったことが分かる。
 顧みると、20世紀80~90年代の中国はひたすら外貨獲得に努力し、「外資歓迎」一辺倒であった。しかし、貿易黒字と直接投資により、外貨準備高が着実に積み増して、ついには1兆ドルを超え2兆ドルに迫る状況になると、対外投資に対する厳しい制限は逐次緩和された。規制が緩和されると、中国資本もまた「資本の論理」にしたがって行動し始める。当然、外国での投資に利益を見出す企業も現れる。これが「中国型多国籍企業」の誕生である。これを「国家戦略」のため、と一面的に解する向きも少なくないが、本書の見方は基本的に「資本の論理」に基づくと解するもので、評者も同じ意見だ。かつて「政策的赤字企業」が中国経済のガンと化したように、「国家戦略」だけが一人歩きできるわけはなく、資本の論理に従わない企業は、いずれは倒産の運命を免れない。
 ただし本書の書名は「中国型多国籍企業」ではなく、「中国発多国籍企業」だ。「中国型」ではなく「中国発」という書名の意味は何か。たとえば太陽電池メーカーの尚徳電力など、いくつかの中国系企業は「最初から外国に籍を置き、経営陣も多国籍的で、生まれながらの多国籍企業」である。「中国型多国籍企業」ならば、一般には「中国で成長した企業が海外経営に乗り出す」というイメージだが、中国多国籍企業は必ずしもこのパターンを踏襲していない。ちなみに全世界で国境を超えて活躍する「華僑・華人のイメージ」から察せられるように、中国系企業もまたさまざまな生い立ち、さまざまな活動形態をもつ。この特徴に着目して、本書が「中国発」と名付けたところには、実態を見極めようとする著者のスタンスが端的に示されている。
 丸川知雄の書いた第1章「中国発・多国籍企業」は本書全体の総括だが、この主題の特徴を実に見事に整理して序章兼総括の役割を果たしている。その結論は(1)「後進市場の開拓」、(2)「戦略的資産の獲得」、(3)「資金調達のための多国籍化」、(4)「効率向上を目指した直接投資」、(5)「国境を越えた上流部門の垂直統合」の5つの視点から、「中国発・多国籍企業」の事例を観察すると問題の所在がよく理解できるというものである。優れた着眼と思われる。
 第2章「中国企業の対外M&A」は、もう一人の編者中川涼司が「国際的な対外M&A」と「中国企業の対外M&A」を比較分析したものである。
 国連貿易開発会議の『世界投資報告』によれば、(1)中国の対外直接投資は、2005年122億6100万ドルで世界の1.46%、2006年161億3000万ドルで1.33%にとどまる。量的にはまだ小さいが、その伸び率は大きい。このうち、(2)対外M&Aは2005年52億7900万ドルで世界の0.74%、2006年149億400万ドルで1.69%である。これも量的にはまだ小さいが、伸び率は大きい。(3) 中国の対外直接投資に占める対外M&Aの比率を見ると、2005年43.1%、2006年92.4%であり、近年の傾向としては、9割以上が対外M&Aであることが分かる。たとえば聯想集団(レノボ)のIBMパソコン事業部の買収は、M&Aによる国際化の試みであり、中国海洋石油総公司のユノカル社買収失敗は、米国が安全保障上の理由からこれに横やりをいれたものだ(なお、ワシントンのケート・インスティチュート副所長ドーン教授は、これは米国の国益を損なう愚劣な判断だと批判している。同教授によれば、これは米国の安全保障上なんら問題になりえないだけでなく、むしろ中国石油業界を米国経済と結びつけるうえで、プラスだと論じた。その趣旨の意見書を議会に提出したことを私は同教授から直接聞かされたことを付記しておく)。
 表2-2「中国企業による主要な対外M&A」は2000年から2008年2月までのケースをまとめている。この表によれば、(1)石油天然ガス開発の件数が多く、かつ1件当たりの金額も大きい。ここでは中国石油天然ガス集団公司、中国石油化工集団公司、中国海洋石油総公司など中国石油メジャーが主役であるから、ここでは「資本の論理」よりは「国家戦略」が表に出る。(2)石油を除けば、無錫尚徳太陽能電力のようなハイテク産業のM&Aが目立つ。(3)近年の特徴としては金融機関のM&Aが目立つ。たとえば中国工商銀行のインドネシア・ハリム銀行株式取得、南アフリカ・スタンダード銀行の株式取得、民生銀行のアメリカ・UCBHの株式取得などだ。中国がアメリカ銀行の筆頭株主になったのは、これが嚆矢である。
 中国投資公司CICがモルガン・スタンレーの株式9.9%を取得したのは2007年12月であった。中国国家開発銀行が英バークレイ銀行の株式3.1%を取得し、中国平安人寿保険がオランダ・ベルギーの保険会社フォルティスの株式4.18%を取得したのは、中国と欧州との金融協力の嚆矢だが、いずれも2007年後半のことだ。中川は表2-2に列挙された108の事例をもとに成功例と失敗例の分析を試み、総じて「中国企業のM&A市場に対する経験不足」は明らかだという。さもありなんと思われるが、彼らが成功と失敗の双方からすばやく経験を積む日も遠くはないのであろう。
 第3章「中国石油メジャーの海外進出」(郭四志)は、特にジャーナリズムで話題になることの多いアフリカ進出に焦点を当てており、参考になる。「中国政府の活発な資源外交によって促進されたことは事実である。しかし、同時に企業自身の発展の論理から国際化が行われていることにも注目したい。2大石油メジャーが国家目標の実現のためにコストを度外視して海外展開しているという見方は成り立たない」(66ページ)。「中国石油メジャーは政府と密接な関係を持っているが、同時にニューヨークや香港などの証券取引所に株を上場するという側面も持っている。中国の資源確保戦略の担い手という立場と、株主利益の最大化という立場との衝突の可能性もある」(67ページ)。国策会社的側面と利潤を追求する企業の顔――その矛盾に着目して観察すべきことを郭は教えている。
 第4章「華為技術と聯想集団」(中川涼司)は、中国IT業界を代表する2大企業のライバル物語である。聯想がデル社とヒューレット・パッカード社についで、世界3位のパソコン・メーカーになったことは割合知られていよう。これに対して「華為技術」は、全世界66の電気通信事業者に第3世代移動通信のための設備サービスを提供し、光ネットワーク製品売り上げで世界2位(2006年)、電気通信事業者向けのルータ売り上げで世界3位(2005年)などの実績をもつ技術が売りのベンチャー企業だ。「華為技術」は自主技術の開発と製品輸出から出発し、売り上げの7割弱(2006年)を海外市場から得るに至った。その名が示すように、華為は「技術オリエンティド」企業だ。対する聯想は、徹底的に「マーケティング・オリエンティド」企業であり、海外に販売能力をもつ外国企業をM&Aにより傘下に収めることによって多国籍化したケースであり、両社は対照的な姿を示している。中川は長らくこの分野の研究を進めてきたが、その実績を踏まえて実に手堅く、比較企業論を展開し、読みごたえがある。
 第5章「海爾集団の日本市場戦略」(才鑫、丸川知雄)は、生活に密着した家電製品の話であり、たいへん分かりやすい。鳴り物入りで騒がれたハイアールの日本市場戦略はなぜ成功していないのか。(1)生産コストの面での優位性が大きくない(日本メーカーのコストダウン努力を直視せよ)、(2)製品開発、技術面で独自性を欠如している、(3)品質に優位性なし。これらの問題点を指摘しつつ、これらの欠点を克服する努力よりも、「製品自体の強い特徴作りのために努力せよ」と著者は示唆している。たとえばイギリスのダイソン掃除機、ブラウンの電気カミソリ、イタリアのデロンギ暖房機、台湾サンクンの家電製品、韓国LG電子の家電製品などと対比しつつ、ハイアールの「問題点と対策」を実に具体的に論じている。この論文は、生活者にとってはかつての『暮らしの手帳』の製品テストを想起させ役立つし、他方企業の担当者にとっては、実に頼りになるアドバイザー役を果たす。
 第6章「中国発ITベンチャーの成長と曲折――徳信、展訊、中星微電子」(今井健一)。正直にいうが、私はこの3社の名前をまるで知らなかった。中国のエレクトロニクス産業が急速な成長を遂げたのは90年代半ば以降であり、これら3社のようなベンチャー企業が躍進したのは21世紀に入ってからだ。台湾のファウンドリ「台湾積体電路」のことは、たまたま訪問する機会があり承知していたが(台湾積体の大陸進出『中国巨龍』2002年10月22日)、この章は浦島太郎のような気分で読んだ。
 第7章は「中国系自動車メーカーの海外展開――奇瑞と吉利」(丸川知雄)である。この吉利自動車は、かつてNHKの番組のために現地工場を訪問し、李書福董事長をインタビューしたことがあるので(NHK‐BS1「中国、国民車を13億人に」(2002年6月1日)、この会社のことは多少知っていた。その後、週刊誌に叩かれ、反駁を書いたりした(NHK吉利自動車報道(上・下) 『中国巨龍』2002年07月02、09日)。いま改めて丸川の分析を読むと、当時はよく分かっていなかった細部も含めて全体の構図がよく見えてくる。
 「中国系自動車メーカーは、手早く自社ブランドの自動車を市場に投入するためには、エンジンなど基幹部品、設計やデザインなどを外部から購入することを厭わないアウトソース志向がある」(自社内あるいは系列企業で行う日本メーカーとは対照的だ)。「上海汽車と南京汽車の対外M&Aはアウトソーシングの極致だ」。「ただし、自主ブランド車の開発を外部から購入した設計図などで済まそうとするのはあまりにも奇策であり、自動車産業の世界では通用しまい」。「奇瑞と吉利も輸出を始めてから数年の間に主要な輸出先がめまぐるしく変わった」。「21世紀に入って急激に進んだ中国系自動車メーカーの性急な海外展開によって、かえって輸出先国で中国車に対する信頼を失わせる結果になっていないか」。「現在の規模や実力から言って、まず少数の進出先国に力を集中すべきだろう」(178~9ページ)。
 第8章は「中国アパレル企業の海外進出――カンボジア進出を中心に」(辻美代)である。繊維産業が中国のお家芸であることはいうまでもない。この論文は中国最大のニット生産販売集団である申洲国際集団(ケイマン諸島に登記された投資会社。それがバージン諸島に子会社永泰投資有限公司を設立し、これを通じて出資する形をとる)のカンボジア投資の事例および中国を代表するメンズアパレル・メーカーYoungor集団(1979年浙江省寧波の郷鎮企業からスタートした)の事例を分析したものである。2005年に繊維品貿易が自由化されたあと、欧州や米国との貿易摩擦が激化し、国内的にも賃金の上昇、労働力不足、人民元の上昇など輸出に不利な要素が顕在化した。このような条件変化のもとでアパレル業界の海外進出がスタートしたが、進出先としてはカンボジアの人気が高い。ただし中国の場合、内陸地区にも後進地域を抱えており、申洲国際集団やヤンガー集団のような体力をもつ企業が海外進出を図り、体力のない中小企業が内陸地区への移転を目指している由だ。中国がアパレル産業「大国」から、アパレル産業「強国」への変身を図るには、海外進出と内陸地区への移転の両面作戦が不可欠だと辻は結論している。
 第9章は「尚徳(サンテック)電力の日本進出」(丸川知雄)である。尚徳電力は2001年に施正栄が無錫に設立したベンチャー企業だ。施正栄は元来薄膜太陽電池の特許をもつ技術者である。ただし尚徳がいま生産しているのは結晶型だ。尚徳は2006年に建材一体型太陽電池をもつ日本のMSK社を買収し、話題を呼んだ。
 尚徳は北京五輪の「鳥の巣」130kw太陽光発電システムや無錫空港800kwシステム、上海張江科技園などのシステムを受注した実績を持つ。MSK社は84年に佐久市に太陽電池のモジュール工程をになう工場を設立してから太陽電池の生産と開発を主たる事業としている(シャープや京セラのように、セル工程とモジュール工程の双方をもつ大手メーカーとは異なり、労働集約的なモジュール組立の機能しかない。買収される前はシャープの太陽電池の組立下請けをやるほか、建材一体型太陽電池をミサワホームと共同開発していた)。
 さて尚徳電力のMSK社買収により、大牟田工場はEmployee Buy-Out(従業員による事業買収EBO)となり、尚徳電力は建材一体型太陽電池の技術を手に入れたが、これが尚徳電力にとってどれほど役立つかは未知数だという。
 「現在確立された技術を前提に、ひたすら生産の量的拡大を追求する」中国企業(たとえば薄膜型太陽電池)と、「結晶型太陽電池の製品技術においてQ-Cellsや尚徳電力などに対して優位に立ちながらも量的拡大競争には消極的で、薄膜型など新技術の競争に力を入れる」日本企業のスタンスは対照的だと丸川は指摘する。つまり日中の太陽電池産業はシャープと尚徳電力をそれぞれの代表選手として、相手を倒すか、相手に倒されるのか、という競争に向かっているという。もし日本勢の薄膜型の熱変換効率が改善されず、世界市場の需要が伸びなければ、多結晶シリコンを大増産する中国勢(Q-Cellsや尚徳)に有利だ。逆の場合には、中国はシリコン過剰の事態に見舞われ、日本が優位に立つ。人類の未来を決するエネルギー開発をめぐって、日中がしのぎを削る構図は、北京五輪の日中対決よりも迫力がある。経済関係は基本的には、win-winの関係だといってよいが、ここに技術独占や寡占資源の要素が加わると、途端に食うか食われるかのゼロサムの世界になる。この勝負が結末を迎えるまでには、一波乱も二波乱もあろうが、その帰結をぜひ丸川に教えてもらいたいものだ。
 

               
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