第48号 2009.4.10発行 by 矢吹 晋
    「輸出指向型」から「内需指向型」への転換
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 オバマ政権の発足後、ヒラリー・クリントン国務長官は早速、東アジア訪問の旅に出たが、最も重要な目的の一つは、日中両国が引き続き米国債を買い続けてくれるよう依頼することであったと見てよい。実際、中国と日本に香港、台湾を加えると、米国債発行総額3兆ドルの約半分を占める。カネを借りる国が貸してくれた国に気を使うのは当たり前の話だが、そこは大国のアメリカ、時には貸した側の神経を逆なでするようなパフォーマンスもするので目を離せない。

◇世界金融危機めぐる水掛け論争
 中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁が発表した論文「国際通貨システムの改革についての考察」(2009年3月24日)で示した「ドルの限界」論に対して、オバマ大統領が早速反論した。




 「カネは貸す方が悪いのか、借りる方が悪いのか」、米中の言い合いが再燃した形である。この議論の口火を切ったのは英エコノミスト誌(09年1月24日号)だ。「中国の高い貯蓄率」と「米国の高い消費率」を対比して「グローバル・インバランス」を論じて、前者こそが米国の過剰消費を支えて、今日の世界金融危機をもたらしたと結んだ。「中国から流れ出すマネー洪水」が米国市民の低所得者向け高金利型(サブプライム)住宅ローンで調達した住宅群を水没させてしまった、という議論である。
 貧しい中国の高い貯蓄率と豊かな米国の高い消費率とが相互補完関係にあることは事実だが、その因果関係は、鶏と卵の関係に似て難しい。ところが、この水掛け論争に米中経済対話の主役ポールソン前財務長官までが同調したために、「盟友に裏切られた」とばかり、中国側は怒りをあらわにした。とはいえ、外貨準備高2兆ドルの約7割を米ドルで保有する中国にとって、今となってはドル資産への不安にもかかわらず、引き続きドルを買い支えるほかに選択の余地はない。
 09年1月末現在の中国の米国債保有は7396億ドルであり、日本の6348億ドルと比べて1000億ドル上回る。3月の全人代では、米ドル保有にかかわる損失論議はタブー扱いされたと香港紙が伝えている(「明報」3月9日)。全人代を終えた後の13日記者会見で温家宝首相が「正直にいえば少し心配している」と懸念を表明した時には、翌日オバマ大統領が早速、「心配しないでほしい」とエールを送ったことも記憶に新しい。

◇泥船にコミットした中国
 さて、周論文の骨子は基軸通貨としてのドルには限界が見えてきたので、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)の使用範囲を拡大し、基軸通貨として活用してはどうかという提案である。米ドルに依存しない世界通貨が欲しいとは、米国以外のすべての人々が考えることだが、現実的には米ドルに代替できる能力を持つ決済手段を見いだせない。とりわけ中国にとっては、米ドルという泥舟にここまで深くコミットした以上、いまや運命共同体であり逃れられない。米国へのほとんど飢餓輸出にも似た形で強制貯蓄を行う輸出指向型経済成長を続けてきた中国が内需指向型に転換することは、一夜にしてできることではない。しかも中国はいまだに資本取引レベルでは、人民元を自由化しておらず、半人前の通貨である(もう一つ付加すると、香港ドルは、100%米ドルを担保としており、事実上は米ドルそのものだ)。



図1
グラフ:共済同舟----日中の米国債保有競争
(資料)Major Foreign Holders of Treasury Securities, Department of the Treasury, March 16, 2009.  



 このような米中関係の構造が作られたのは、21世紀に入ってからのことだ。あえて率直に言えば、05年の反日デモ騒ぎ前後からである。図1から分かるように、中国の米国債保有が2000億ドル台を超えたのは04年であり、06年には4000億ドル台に近づき、08年に7000億ドルの大台を超えた。江沢民前国家主席の敷いた「親米反日」路線は、江沢民の引退後により明確な姿を現したことをこのグラフは端的に示している。
 私見によれば、これは中国が間違った政策を選択した結果にほかならない。1994年初め、朱鎔基首相による人民元レート切り下げ以後、ようやく低位で安定した。経常収支の黒字基調と直接投資受け入れ基調が安定し、外貨準備高が貯まり始めた。
 このような経済実勢にふさわしい政策は、まさに「親米親日」路線であった。まずドルの貯まりすぎを防ぐために、(1)人民元レートを少しずつ切り上げて(2)輸出の伸び率を減らす。人民元レートの切り上げは(3)輸入購買力の拡大をもたらし(4)内需拡大につながる。このような軌道修正によって、「輸出指向型」経済を漸次「内需指向型」経済に転換することが正しい政策選択であったはずだ。これと同時に国内金融体制を整備して、人民元の「資本取引自由化」を急ぎ、遅くとも08年の北京五輪までには、名実共に「半人前の通貨」を卒業し、この分野において「途上国を卒業すること」が期待されていた。中国は95年にIMF8条国に移行したので、それから10年前後には資本取引レベルでの自由化まで歩を進めることは、アジア通貨危機が起こるまでは内外周知のロードマップであった。
 にもかかわらず、97~98年のアジア通貨危機に直面して過度に萎縮し、内外の「人民元切り上げ要求を拒否すること」があたかも「国益を守ること」だとする錯覚に陥った。すなわち「人民元切り上げ→購買力の拡大→国内金融体制の整備→人民元のハードカレンシー化」という一連の政策方向を拒否することが、あたかも「途上国の特権」であり、外圧に抗することだという奇怪なナショナリズム感情に自縄自縛となっていったわけだ。
 一方ではアジア通貨危機の再燃を恐れたドル貯めに安心感を見出し、他方では日本への露骨な敵がい心を示して、米国債保有面で日本を追い抜くという愚劣な競争に狂奔した。「弱い人民元」は、円との協調を強め、それを支えとしつつハードカレンシー化を急ぐべき時に、まるで逆の選択をして、得べかりし利益を逸した(これには小泉政権の嫌中政策もかかわる)。リーマン・ショックで気がついた時には、もうドルという名の泥舟から降りられないジレンマに完全にはまっていた。

◇複雑に入り組む米中の構図
 一種の飢餓輸出により、ドル貯めを行う戦略のもう一つの現れが「バターよりも大砲を」選ぶ生活軽視・軍事優先戦略であった。今年は天安門事件20年に当たるが、この間、軍事費の対前年伸び率は一貫して2桁であり、ひたすら軍拡路線を走った。特に海軍の増強はめざましく、かねて密かに準備されてきた航空母艦の建造はいまや当局者が公言するに至った。
 米中の空軍機が海南島上空で接触事故を起こしたのは01年4月のことだが、さる3月8日には海南島の楡林原潜基地の75マイルまで近づいた米海軍の音響測定艦インペカブルが中国海軍の軍艦5隻に包囲され、立ち往生する事件が発生し、米海軍はただちにイージス艦の派遣を決定した。この海上ニアミス事件は海洋権益保護を実力で示威しようとする中国海軍の最近の動向に周辺国や米海軍が神経をとがらせている姿を映し出すに十分であった。
 この事件が起こるや、楊潔箎外相(前米国大使)は直ちに訪米し、11日ワシントンでクリントン国務長官と協議したが、両者は「事態の再発防止」に双方が取り組むことで合意した、と報じられた。アフガニスタン、パキスタン情勢、イランの核開発問題、気候変動問題などのほか、国内問題ではクリントン長官が中国の人権状況やチベット問題で意見を交わしたが「双方の隔たりが大きかった」とも報じられた。さらにロンドンで4月に開かれる主要20カ国・地域(G20)の第2回金融サミットに向けた準備などでも意見を交わし、ガイトナー米財務長官とも金融問題を協議した。
 クリントン長官の初訪中から1カ月も経たないうちに楊外相が訪中したことは、米中の「経済面における協調と軍事面における対立・協調」の構図が相当に入り組んだ発展を遂げつつある現実を垣間見せてくれた(Remarks After Her Meeting With Chinese Foreign Minister Yang Jiechi, Hillary Rodham Clinton, March 11, 2009)。オバマ政権下で今後の米中関係がどのように進展するのかを考えるうえで、主な材料はすでに出そろったように見える。

 

               
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