第55号 2010.04.09発行 by 矢吹 晋
    書評・『文革・南京大学14人の証言』(築地書館、2009年12月) <目次>へ

『文革・南京大学14人の証言』(築地書館、2009年12月) の表紙
『文革・南京大学14人の証言』
(築地書館、200912)  

 本書の編者董国強は1962年生まれ、今年48歳になる。文革が始まった1966年には 4歳であった。1985年に南京大学歴史学科を卒業し、現在は母校の副教授であ る。文革は1976年に終わったとされているから、董国強はポスト文革期に大学に 入り、研究者になった世代だ。巻末に付された「文革研究とオーラルヒスト リー」と題した解説のなかで、彼はこう述べている。「この本は、南京大学の文 革経験者数十名に対して行われた聞き取りの中から、普遍的な意義を持ち、かつ 読みごたえのある14篇を精選したもので、南京大学文革専門研究の活動である」 「本書に登場する人々は、文革を身近に経験した優れた語り手であるだけでな く、幅広く人文知識に通じた徳望のある人であり、また深く社会のことを考えて いる民間思想家とも言うべき人々でもある」「年齢は54歳から83歳の間で、全員 南京大学の卒業生である。そのうち、80歳を超える蕭・謝・茅の3人は南京大学 の前身にあたる金陵大学および中央大学の卒業生である。また耿氏が後に工場の 仕事に就いた例を除けば、残り13名は大学その他の研究機関に勤めてきた人たち である。謝・石の二人は事務管理に従事し、その他11名は主に教育・研究に携 わってきた」(388~89ページ)。
 本書に登場するのは、すべて南京大学の卒業生であり、かつ卒業後も教育や研究に従事してきた知識人である。そのような知識人が回顧する文革回憶、これが本書の大きな特色である。
 なぜ南京大学なのか。著者はこの大学の普遍性として次の5カ条を挙げている。
(1)北京大学との同時性。1966年6月2日早朝、北京大学聶元梓の壁新聞をラジオが報じたが、その日のうちに南京大学では「6・2事件」が発生した。
(2)『人民日報』は6月16日に南京大学の「6・2事件」を報道し、学長匡亜明を反革命と非難したことは、各地の文革発動に大きな影響を与えた。
(3)南京大学キャンパスの動きは、終始江蘇省全体の文革の指針となり、各方面から注目されていた。
(4)1976年春の南京大学「3・29事件」は、第一次天安門事件のさきがけとなった。
(5)南京大学は全国に知られた大学として多くの知的エリートを集めており、文革期に南京大学の人々が遭遇した事件は、当時の中国知識人の運命の縮図である。
 著者の挙げた5カ条は、まことにその通りであり、どれ一つとして納得できないものはない。そもそも南京市は、共産党が首都を北京に移すまでは首都であっ た。当時は現在の北京は北平と呼ばれていた。二つの首都の対比というだけでも 意味があろう。もう一ついえば、江沢民は上海交通大学卒を大いに宣伝している が、入学したのは、南京大学の前身中央大学であり、日本占領当時である。この一つだけでも、南京大学を語る意味はある。
 文革当時、さまざまの立場にあった知識人たちの40年後の証言は、どれ一つをとりあげてみても興味津々だ。たとえば当時生物学科副主任の地位にあった蕭氏は、南京大学で自殺した者は「20名以上」と指摘しつつ、彼自身が自殺を思いとどまった理由として、次3カ条を挙げている。一つは、自殺した者は、煩悩から 解脱できても、残された家族は更に苦しむ。二つは、この状況がいつまでも続くとは信じていなかった。「私は最後まで結果がどうなるか見てやろうと決めていた」。三つは、いま私が死んでも、私を恨んでいる者が喜ぶだけという考えです (94~95ページ)。蕭教授は1951年卒だから、当時は40歳前後と思われるが、この 三つを考えて生き延びたという。ほとんど自殺寸前まで追い詰められながら、この3カ条に似た人生観に支えられた者は、察するに意外に多かったかもしれない。
 かつて南京大学副学長を務めた董氏は当時は中国文学科の助教であり、学生と教 授の間にあって、匡亜明学長への批判を見ていた。曰く「私の個人的な観念は 1957年に形成されました。反右派運動が私に与えた影響はたいへん大きい」「そ のため、ウソをつく習慣ができてしまいました」「中国人がウソをつく比率はアメリカ人よりも高いと思います。もしかしたら百倍くらい差があるのかもしれません」「私たちの統治は基本的には暴力と恐怖によるものです。これは畏怖の気持と、服従しなければすべてを失ってしまうという社会真理を作り出すのです」 (294ページ)。董氏はいわゆる文革の始まった1966年を遡る1957年ごろから、共産党の暴力を見てきた。地主階級の出身だからだ。
 本書は14名の証言のほかに、金野純の解説「本書を読まれる方に」が付されており、また12のコラムでキーワードなどを解説しており、文革について知識の乏しい読者にとっても読みやすく工夫されている。文革史を抜きにして、中国現代史 は語れないのであり、一読をお勧めしたい。
 注文を一つ。コラム7では「下放」と「戸籍」を解説している。ここで筆者は 「農業集団化政策で乗り切ろうとしていたため、住民を現住地に定着させるべく 戸籍制度が1957年より施行されることになった」「こうして出生地や家庭によって賦与される戸籍によって、農民は自由に都市に出ることができなくなり、50年 代後半から中国は事実上、都市と農村に分断されることになった」と解説している(184ページ)。 この記述には、事実誤認がある。農民を農村に定着させるために、農村戸籍が作られたのではない。第一次5カ年計画の本格的スタートに伴い、都市に居住する 工業労働者の食糧(すなわち商品化食糧)の確保が緊急の課題となった。農業集団化の強行は、農民のためというよりは、都市への商品化食糧の確保のためにほかならない。当局は、食糧配給対象者としての都市住民・工業労働者にのみ「都市 戸籍」を与え、農民と都市市民とを区別する措置をとった。1956~57年は農村からの都市への「盲目的流入」、すなわち農民の都市への移住を制限する指令を繰り返し発している。こうして食糧配給の特権を享受できる者が都市戸籍の保有者であり、「その特権を持たない者・農民」が差別される分断構造が生まれた。当時は一時的な措置として分断されたにすぎないが、やがてこれが制度として定着した。その過程には、大躍進期の餓死問題も含まれる。配給を保証された都市で は餓死はなく、食糧を生産する農村で大量の餓死者が現れた。原因と結果とをとり違えた説明はよくないので、記しておく。なお、このテーマは渓内謙の一連のソ連の農業集団化研究を読むと、問題の核心がよく分かる。
 以上、本書の印象を記したが、文革研究全体を遠望して結びとしたい。
 私はかねて、文革史を避けるために、ひたすら抗日戦争に逃げ込みつつ、歴史問題を語る中国共産党のイデオロギーを強く批判してきた。南京事件に象徴されるような抗日戦争を語りつつ、文革史をタブーとする中国政治の、ご都合主義にはほとほとあきれていた。そのような政治の文脈で歴史を語る内外の御用学者の醜態に顔をしかめてきた。
 「私は本書が文革に関して現在共有されている認識を覆す可能性がある、少なくとも現在の文革の解釈に重要な補充・修正を加えるものと考えている」「最終的に、本書が一読に値するか市内かを決めるのは、当然のことながら読者自身の判断を仰がなければならない」(398~399ページ)。編者董国強の結びは、きわめて正しい。しかしながら、この本を大陸の読者は読むことはできない。本書に接して、中国にもまともな学者が存在することを知りえたのは欣快この上ない。
 ここで想起したのは、朱学勤(上海大学歴史系教授)の「深圳講演」(2007年12月) の次の一句である。「反対しなければならないのは、文革方式で文革を否定することだ。否もっと反 対しなければならないのは、文革否定の方式で文革を継続することだ」(応該反対的是,以文革的方式否定文革;更応該反対的是,以否定文革的方式延続文革)
 朱学勤のことばの後半の含意は、意味深長だ。21世紀の今日に至ってもなお、中国共産党指導部が董国強の貴重な証言の出版を許さないのは、まさに「文革否定 の方式」で、「もう一つの文革」を継続し続けていることを意味するのではないか。
 歴史の教訓に学ぶことを声高に叫んでいる中国共産党の指導部が、真に歴史から学ぶ気持があるのかどうか、疑わしい。どうやら日本人を威圧するには、日本帝国主義の罪状を並べるのが政治上役立つと錯覚している形跡が濃厚である。
 さて、本書に接して改めて顧みて、文革後30年、文革を正面から見据えた2冊の本が出ていることに気づいた。
 1冊は印紅標(北京大学国際関係学院副教授)の博士論文『失蹤者的足跡――文化大革命期間的青年思潮』(香港中文大学出版社、2009年)を評者は未読だが、紹介によると、本書は印紅標が「十数年の心血を注いで、当事者をインタビューして書いた本」という。「遇羅克、王申酉、楊小凱、李九蓮などの思想について、百人余の青年思想者」からヒアリングして書いたという。この本もまた大陸では出版を許されず、香港でようやく出た。
 もう1冊は、唐少傑(清華大学教授)著『一葉知秋----清華大学1968年百日大武闘』(香港中文大学出版社,2003年)である。清華大学における文革の記録として話題になっているが、大陸では出版を許されない。かつてウィリアム・ヒントン『百日戦争 清華大学の文化大革命』(春名徹訳、平凡社、1976年)を読んだので、いずれ唐少傑の本と読み比べたい。
 

               
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